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評価、感想等いつもありがとうございますー!


どうも途中に話を挿入すると栞の位置がずれてしまうようです。

地図を挿入した結果、栞がずれてしまった方がいる模様。

混乱させてしまい失礼いたしました。この場を借りてお詫びいたします。

代官として~統治と軍務~
――139――

 周囲で行われている血戦の中で、魔将(ゲザリウス)の巨体と正面から向き合ったヴェルナーの内心は見た目ほど自信満々という訳ではない。坂の上に立つはずのヴェルナーよりも魔将の頭が高い所にあるのだ。迫力も凡百の魔物と異なる。背中に冷汗が流れた。勇者でもない人間(モブ)が向き合うにはいささか強力すぎる相手である。もしその直撃を受ければ一発で致命傷すらあり得るだろう。


 だが一方、奇妙な余裕もあった。恐らくだが魔軍が体を奪う際には、その肉体の損壊が大きすぎると使えないのではないかという予想があったのだ。

 その仮説は会話をすることで逆に補完されていた。躊躇なく連続攻撃を加えられていれば避けきれなかったかもしれない。それがわざわざ短くでも会話に応じたことで、向こうも距離を測っていることをヴェルナーに確信させた。


 ゲザリウスが距離を詰めて腕を振るう。寸前でヴェルナーは躱した。新しい槍なら受け止められたかもしれないが、以前から使っていた古い槍だと途中から折られるかもしれない。その反面、わずかでも軽いこの槍は身のこなしという意味ではヴェルナーに味方する。


 さらなる一振りも体を低くして躱すと逆にその姿勢のまま槍を突き出した。下から突き上げるように顎を狙った一撃だが身を翻される。踏み込んだ足を軸に身を回転させると、先ほどまでヴェルナーの胴があったところに腕が振り下ろされた。地面にめり込む拳が窪みを作るのを横目にヴェルナーが数歩距離を取る。坂の上下ではなく、ほぼ中腹で横向きに向き合う形となった。


 ヴェルナーの方が積極的に攻勢に出た。鋭く数度の突きを繰り返す。軽く当たった程度では傷さえ与えられない。ゲザリウスが嘲笑を浮かべた途端、ヴェルナーは素早く逆に一歩下がった。その動きに誘われるようにゲザリウスが前に出る。その足を払うようにヴェルナーが槍を横に薙いだ。


 ゲザリウスが予想外の動きに避けられず一撃を被り、体勢をわずかに崩したが、その程度では戦闘力を奪うにはほど遠い。大きく腕を横に薙いでヴェルナーを殴り飛ばそうとする。ヴェルナーがその一撃を避け、坂の低い方に逃れ体勢を整えた。結果的に坂の上に位置することになったゲザリウスが向き直ることで、ヴェルナーがほとんど見上げるような形となる。そのまま少しの間、睨み合う。


 次の瞬間、鈍い音と共にゲザリウスは背中に強烈な一撃を叩きつけられ、自らの体が宙に浮かぶのを自覚した。


 かろうじて振り向いた視線の先、砦内部に小型の弩砲(バリスタ)が据え付けられていることに気が付いたゲザリウスが驚愕の表情を浮かべる。先ほどまで存在していなかったはずのそれから発射された、鋭い鏃のついた矢ではなく、巨大な棍棒という方が近いような金属の塊が近距離から勢いを衰えさせることもなくゲザリウスの背中を直撃したのである。


 予想もしていなかった方向からの強烈すぎる一撃に魔将ですら体勢を維持できなかった。崩れ落ちる魔将を見、ヴェルナーが攻撃を避けるよりも真剣な表情を浮かべ巻き込まれないようにその場から逃れる。


 これはもともとは牽引式弩砲(キャロバリスタ)を考えた際に、大容量の魔法鞄(マジックバッグ)があれば弩砲(バリスタ)を運べたから発展しなかったのではないかという仮説を持ったことからだ。いっそ逆に弩砲(バリスタ)でも単発発射用なら持ち運べるのではないかとヴェルナーは考えたのである。

 そして、もしそういうことが可能な物があればとセイファート将爵に大容量の魔法鞄(マジックバッグ)を一時的に貸してほしいと頼み込み、アンハイム着任後にそれを借り受けることができた。王都からの荷物は、内容物とは別に魔法鞄(マジックバッグ)そのものも軍需物資であったのだ。


 弩砲(バリスタ)入りのそれをシュンツェルに預け、魔将が丘の上から目を逸らすまでは取り出さずに隠し通すように指示をしておいたヴェルナーは、戦闘の場面でも自分が囮となり、弩砲(バリスタ)の直撃を加えられる瞬間を狙っていた。そして魔将が丘に背を向け、ヴェルナーに意識が集中した瞬間、弩砲(バリスタ)の引き金が引かれたのである。


 ゲザリウスの巨体が丘の上から転がり落ちる。周囲で戦っていた魔軍がそれを驚愕の表情で見た。勇者がいるわけでもない、ただの人間の軍に魔将が坂から叩き落とされたのだ。魔軍から見れば驚愕の光景である。


 「目潰し! 弩砲(バリスタ)次発装填急げ!」


 ヴェルナーが怒鳴るように指示を飛ばすと陶器の目潰し弾が無数に飛ぶ。丘の下に転がり落とされたゲザリウスが崩れた体勢のままとっさにそれを手で払うが、魔将の力に陶器が耐えられるはずもない。一振りで二つも叩き割られたことで目潰しがその周囲に充満し、激痛と刺激臭がゲザリウスの視覚と嗅覚を完全に奪った。

 さらに複数の陶器が叩きつけられ、周囲に舞い上がった内容物が体といわず顔といわず全身に覆いかぶさる。


 苦痛の声を上げてゲザリウスが逃げ出した。本人は目潰しと弩砲(バリスタ)の射程から逃れるために移動しただけのつもりだったのかもしれない。だが現実として魔将が背中を見せて人間の軍から逃れたのだ。信じがたい瞬間を目撃した魔軍に動揺が広がった。


 「追い落とせえっ!」


 ヴェルナーの一喝に全軍が喊声を上げる。動揺した獣化人(ライカンスロープ)に剣が叩きつけられ、槍の穂先が毛皮を貫き、人虎(ワータイガー)の毛皮が赤く血に染まり蹴飛ばされた人狼(ワーウルフ)が体勢を崩して坂を転がり落ちていく。指揮者をその逃亡という形で戦場から失った集団が戦意を失った一瞬であり、人間の側が魔軍への恐怖や不安をなげうった瞬間でもある。人間の軍相手としてはあり得ない勢いですべての魔物が丘の上から突き落とされた。


 「全員坂を登れ! 転石用意!」


 追い落としたヴェルナーは追撃をしなかった。追撃の代わりに、ここにいた賊を襲う際に投石機(カタパルト)で丘の上に打ち上げたような子供の頭ほどもある石を、あらかじめ固定してあった網を切ることで一斉に転がり落としたのだ。


 丘の下に叩き落とされた魔軍が、転がり落ちて来る巨大な石から驚愕し丘の下から距離を取る。群れの心理と言うものであろう。一体が身を翻すと、一斉に魔軍が逃げ出した。将であるゲザリウスを追いかけただけかもしれない。だが丘の上にいた王国軍から見れば確かに魔軍が逃げ出したのである。驚愕と歓声が入り混じったような奇妙な声が丘の上から周囲に響き渡った。


 「ヴェルナー様!」

 「やりましたぞ、閣下!」

 「浮かれるな、まず怪我人の治療急げ。撤退用意を進める」


 ハッタリで魔将を撤退させたヴェルナーは周囲で歓喜の声を上げているノイラートらにそう指示を出すと、大きくため息をついて汗をぬぐった。


 実は弩砲(バリスタ)はアンハイムの町にあった旧式の物で、上下に狙いをつけることはできても、回転台(ターンテーブル)がないので魔物の運動性で横に避けられると手の打ちようがなかったのだ。二発目を当てられる可能性はむしろ極小とさえ言えるだろう。だからこそ先に目潰しを使いゲザリウスの視覚を奪ってそのあたりを把握させないようにしたのだ。


 実のところ、弩砲(バリスタ)で矢を放たなかった理由もそこにある。一撃で魔将を斃すことができるのならそれでもよかったのかもしれない。だがもともと騎士団を待って魔将を斃すことが目的である。矢の二発目を当てられない以上、丘から突き落とすという視覚効果の方がヴェルナーの目的には合致していた。ゆえに一撃の衝撃が大きい質量武器を打ち出させたのである。


 その他に投石機(カタパルト)で丘の上に打ち上げた石もすべて一度に使い切った。目潰し用の壺もかなり消耗した。二度はできない勝利である。


 「夕刻までに準備を整えろ。日が落ちる頃に移動を開始する」

 「来ますか」

 「むしろ夜襲の方が連中の本能に近いと思うね」


 最高のタイミングで弩砲(バリスタ)を撃ったシュンツェルを称賛すると、魔法鞄(マジックバッグ)に仕舞うように指示を出していたヴェルナーがホルツデッペの問いにそう答える。縄張りのような本能に影響を受けるのであれば、姿の基になった動物の考え方も影響するのではないかというのがヴェルナーの予想である。だからこそ夜の準備を整えていたのだ。


 「撤退の際に使う魔道ランプに気を付けろよ」

 「承知しております」


 頷いてホルツデッペに偵騎を出すように指示を出すと、最も精巧な地図を取り出しノイラートやシュンツェル、ホルツデッペやゲッケに意見を聴く。しばらくの相談の結果、意見は一致した。


 「ここだな」

 「私もそう思います」

 「狩りをするならここだろう」


 ホルツデッペとゲッケも頷く。第三の砦に向かう方向で狩りをするのに適した場所を確認すると、まずここまで急ぎ移動することを決定し、撤退準備を急ぐようにヴェルナーは指示を出した。


 


 夜間になって視覚や嗅覚が回復したゲザリウスが砦に向かった際、砦が燃え上がっていることにまず驚愕した。そしてすぐに周囲を確認する。魔物からすれば、夜であっても地面を探ることは困難ではない。馬蹄の跡を見つけ、移動する方向が西であることはすぐに把握できた。アンハイムの町とは異なる方向であるが、恐らく別の施設でもあるのだろうと目途をつける。


 通常、獣の集団による狩りは、逃げる獲物を追いかけるものと待ち伏せするものに分かれることが多い。その意味では集団戦に近いだろう。だがヴェルナーが既に砦を離れて移動しているとなるとそのように分ける暇も惜しい。ゲザリウスは集団そのままで後を追った。


 幸いというか、荷物も運んでいた人間の軍は動きが遅い。月夜であるがツェアフェルトの旗らしきものが翻っていることも彼らの視力ならば容易に判別できる。地形の有利不利もない平地で、人間よりもはるかに夜間の暗視力に優れている魔軍である。敵にも小細工ができない地形である以上、そのまま突入すればよいと判断し、それでも注意深く距離を詰めつつ動いた。


 確かにヴェルナーたちは移動していた。だがそれは敵が追ってくることを想定しての動きだ。ゲザリウスが襲来する方向もある程度予想できていたヴェルナーは、その方向に騎士を配置してある。単純に戦闘力に優れているからではない。馬という生き物はもともと臆病な動物である。それだけに、敵意が近づいてきたらすぐに察知してくれることを期待したのだ。


 そして馬たちは期待に応えた。決して遠くはない距離であったが、それでも注意深く接近していた魔軍に人間よりも早く気が付いたのだ。一頭が高く嘶きを上げる。王国軍全員が振り向いた。


 『行くぞ!』


 発見された、と察したゲザリウスが吠える。魔軍が一斉に走り出した。王国軍の騎馬隊がそれから逃げるように駆け出す。騎馬が走り去った先に、歩兵が列をなしているその後ろに金属を張った盾のような板が並んでいるのを確認した。


 「伏せろっ、起動!」


 今までにないほど鋭くヴェルナーが指示を飛ばし、歩兵が一斉にその場に伏せる。歩兵と金属板の列の間に隠されていた、魔道ランプを数十個並べた列が目に入った。ランプの操作をしていて伏せなかった兵が金属板の裏に隠れる。


 次の瞬間、光が爆発した。


 通常、魔道ランプは節約して使えば二〇日程度は持つ程度の魔力がある。その分、明るさという意味では蝋燭よりは明るいが、一部屋を照らすのがせいぜいだ。その魔力を僅か数分で使い切るほど、限界を超えて魔道ランプの光量を“暴走”させたのである。


 魔道ランプの暴走、という方法を相談された魔術師隊のフォグトが何を考えているのかと疑問を持ったのは当然であっただろう。普通はそんな使い方はしない。だが夜間にそれほど強力な光が発生することなど通常はあり得ないのだ。金属を張り鏡状になった板により反射された光も含め、ほぼすべての光が魔軍に襲いかかる。

 強烈な閃光が周囲を漂白し、その明るさは遠く離れたアンハイムからも目撃され、星が落ちたと騒ぎをひき起こしたほどである。


 魔軍はなまじ夜目が利くことが災いした。元々視力がいい所に、暗闇の中で昼間でも目を眩ませるだろう光量を直視してしまったのである。魔軍の全軍がその場に崩れ落ちのたうち回った。


 「後ろを向くなよ! 突撃いっ!」


 閃光を背にヴェルナーの軍が突入する。魔軍は目を開けられぬ。苦痛の中で両手で目を覆っている人狼(ワーウルフ)の体に無数の刃が突き立ち、地面でのたうつ人虎(ワータイガー)の体が槍で地面に縫い付けられる。


 「突破して西だ!」

 「光を見て動けなくなったものは置いていくぞ!」

 「敵にかまうな、第三の砦に向かうっ!」


 口々にそんな声をかけながらも王国軍が敵中を突破しながらただひたすらにその場にいる魔軍を切りつけ、貫き、刃を喉笛に突き立て、腹を裂くように剣を振り下ろし、時に怒りに任せて蹴飛ばすとそのまま走り抜ける。

 戦場が苦痛と絶叫の悲鳴に満ち、血臭が平野を充満させていく。同じように目の苦痛を堪えていたゲザリウスの耳に聞き覚えのある声が飛び込んだ。


 「どうだ魔将。自分たちの低能ぶりが理解できたか?」


 その声がヴェルナーの声であることを理解するよりも早く腕が動く。怒りに任せた一振りで、当たれば間違いなく命を落としただろうが、視界を奪われている上に周囲の戦闘音と血の臭いが距離感すらつかめさせていない。むしろ大振りしすぎたゲザリウスは大きく姿勢を崩す。隙だらけである。ヴェルナーが待っていた瞬間であった。


 ヴェルナーの槍がゲザリウスの右目を刺し貫いた。


 苦痛と怒りの声を上げてゲザリウスが腕を振りまわす。ヴェルナーは槍を手放し距離を取る。愛用していた槍だが耐久力からいってもそろそろ限界である。それに夜間、目のような小さい狙いを貫くのには穂先のサイズもちょうどよかったのだ。


 「その槍はくれてやるよ。そのかわり、次は左目を貰うぜ」


 わざわざ大声でゲザリウスにそう声をかけるとヴェルナーも走り出す。王国軍が中央突破した後、その場は魔軍側の苦痛の声が野を満たした。おそらく前魔王時代からいままで、ここまで一方的に野戦で魔軍がしてやられたことはなかったであろう。しかも魔軍の方が有利なはずの夜襲である。二重三重にあり得ない結果となった。


 『あの小僧……っ! 覚えておれ! 死を望むような苦痛を与えてくれるぞ!』


 一方的に叩きのめされた怒りに震えながら、ゲザリウスは引き抜いた槍を握りつぶす。その憎悪の声は夜空に吸い込まれていった。

切りがいいところまで書いていたら五千字越えてしまった…

勢いは大事です、はい

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