P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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ラブレターと人気者と私

 両足が地面に着いた瞬間、全身に纏わりつくように灰が巻き上がる。

 私は軽く咳き込みながら暖炉から出ると、魔法で自分の服と体を清めた。

 

「……と、本当に校長室に着いたわね」

 

 私の目の前には見慣れた校長室が広がっている。

 小物が並べられた棚に、大きな椅子が備え付けられた机。

 壁には歴代校長の肖像画が掛けられており、皆私を見ながらヒソヒソと囁きあっていた。

 

「さて、どうしようかしら。多分そのうちダンブルドアがやってくるとは思うけど」

 

 私は手に持っていたティアラを棚の上に置き、軽く校長室を見渡す。

 歴代校長の肖像画はホグワーツには校長室にしか掛かっていない。

 だとしたら頼れるのは……。

 

「フォークス」

 

 私は部屋の隅の止まり木で羽の手入れをしていた不死鳥に近づく。

 

「きっとダンブルドアも私を探していると思うわ。だからダンブルドアに私は校長室にいると──」

 

「それには及ばんよ」

 

 突如背後から声がして、私は机の方へ振り向く。

 するとそこにはまるで何時間も前からそこにいたかのような自然さでダンブルドアが椅子に腰掛けていた。

 

「随分遠くへのお出かけじゃったようじゃの、サクヤ」

 

「ええ、ちょっとお父様のところへ」

 

 私が冗談めかして言うと、ダンブルドアの視線が鋭くなる。

 

「冗談ですよ」

 

 また真実薬を飲まされてはたまったものじゃない。

 私は棚に置いてあるレイブンクローのティアラを手に取ると、ダンブルドアに向かって放り投げた。

 

「……これは?」

 

「レイブンクローの髪飾りです」

 

 私がそう伝えると、ダンブルドアの目の色が変わる。

 私はダンブルドアの机の前まで行き、今までの経緯を話した。

 

「で、帰り際にこれを渡されたわけです。ノーレッジ先生はティアラに封じ込められている魂が誰のものか知らないようなことを言っていましたが、先生はどう思います?」

 

「どう思うというのは?」

 

 ダンブルドアは眼鏡をキラリと光らせながら問い返してくる。

 

「ノーレッジ先生は本当の話をしていると思いますか?」

 

「確かに、全てを理解した上で、真実を隠した可能性はあるじゃろう。じゃが、わしが思うに彼女は本当に何も知らずに分霊箱の魂を消し去った可能性が高いと見ておる」

 

「何故です? 彼女ほどの魔女ならそれぐらいの事情を知っていてもおかしくはないと思いますが」

 

 私の問いに、ダンブルドアはしばらく沈黙を返す。

 そして机の引き出しを開けると、便箋の束を取り出した。

 

「それは?」

 

「届かなかったラブレターの束じゃよ。去年、彼女がホグワーツの教員として城に滞在しておる頃から何度もわしは彼女に協力を求めた。じゃが、結果はこの通りじゃ。彼女は自らの居場所を完全に隠しておる」

 

 私はダンブルドアの机に近づき、便箋を覗き込む。

 机の上に広げられた便箋にはどれもしっかりと封蝋がなされていた。

 

「届いてすらいない。先生もしかして嫌われてます?」

 

「もしそうなら悲しいのう。今では数少ない同窓じゃ」

 

 冗談はさておき、これを見せられると確かにダンブルドアの話にも信憑性が出てくる。

 そこまで巧妙に居場所を隠しているとなると、パチュリーは意地でもこの争いに関わり合いたくないようだ。

 そんな彼女が闇の陣営に対し分霊箱の破壊という直接的な敵対行為を取るとは思えない。

 ヴォルデモートの分霊箱と知らずに破壊したと考えた方が自然と言うのは確かにそうだろう。

 

「それに、彼女自身君が自らのテリトリーに現れるとは想定しておらんかったはずじゃ」

 

「誘い込まれたという線は?」

 

「それもない。もし君と接触したいだけならば、もっと良い場所があるはずじゃ。自らのテリトリーに引き込むのはリスクしかない」

 

 まあ、私がパチュリーのあの図書館に飛ばされたのはほぼ事故のようなものだ。

 それに、ダンブルドアの言う通りパチュリーはこの戦いに何の興味も抱いていないように見える。

 片方だけに利があるようなことはしないだろう。

 

「まあ、その話はさておき、問題はこのティアラじゃな」

 

 ダンブルドアはティアラを持って立ち上がると、グリフィンドールの剣の横に並べて置く。

 

「彼女はこれをどこで見つけたかは話したかの?」

 

「いえ、ただホグワーツで見つけたとだけ。詳細な場所までは……」

 

 私はそこまで口にし、パチュリーとの会話を思い出す。

 

「そういえば、確か彼女は必要の部屋と言っていたような。聞いたことのない名前だったので失念していました」

 

 必要の部屋。聞いたことのない名前の部屋だ。

 だが、ダンブルドアにはそれで通じたらしく、少々驚いた顔をしつつも頷いた。

 

「わしもその部屋の存在を知ったのはつい最近のことじゃ。しかし、そんなところに隠されていたとはの」

 

「どのような部屋なのです?」

 

「時がきたら教えることもあるじゃろう。だが、まだその時ではないとわしは考えておる」

 

 ダンブルドアの強い言葉には、絶対に私にその部屋の存在を知ってほしくないという意思を感じる。

 これは推測でしかないが、きっとその部屋には私の監視を継続できないような何かがあるのだろう。

 

「ヴォルデモート卿が分霊箱の一つをホグワーツに隠すというのは考えられない話ではない。ヴォルデモートはホグワーツに強い思い入れがある」

 

 ホグワーツの創始者の持ち物に自らの魂を封じ込めるほどだ。

 そのうちの一つをホグワーツに隠そうと思うのは不自然な話ではないだろう。

 

「何にしても、これで残るはスリザリンのロケットだけですか。これに関しては所在の手がかりは掴めているんです?」

 

「情報を集めておる最中じゃよ。まだしばらく掛かるじゃろう。それに、正確な分霊箱の数もまだ掴めてはおらん」

 

「今まで破壊した分霊箱は日記、指輪、カップ、髪飾り、ハリーの五つ。あと分霊箱だと推測されているのはスリザリンのロケットとペットのナギニ……ですよね?」

 

 私の問いにダンブルドアは静かに頷いた。

 残る分霊箱は二つだが、これ以上分霊箱がないという確証が今のところはない。

 その手掛かりを持っていそうなのはスラグホーンだが、彼に口を開かせるのもそう簡単なことではないだろう。

 

「さて、では話はここまでにしよう。お主がどこへ行っていたかもわかったしの」

 

「あ、そういえば姿現わしの講習中でしたね。大広間に戻らないと──」

 

「今週の講習はもう終わっておる。今頃は皆それぞれの談話室に戻っておる頃じゃろう」

 

 なら、私もグリフィンドールの談話室に戻るとしよう。

 私はダンブルドアに軽く礼をすると、校長室のドアノブに手を掛ける。

 そして退室の間際に、ふとパチュリーの言葉を思い出して言った。

 

「ノーレッジ先生は、もしかしたら既に手を貸している気になっているのかも知れませんね」

 

「そうであることを願おう」

 

 私は重たい樫の扉を押し開けると、螺旋階段を下った。

 

 

 

 

 結局のところ、あの時の失敗は何だったのかと思うほどに二回目の姿現わしの講習は上手くいった。

 私の体は考えた通りの軌道で無を移動し、どうしても行きたいと念じていた場所へ出現する。

 とりあえず、姿現わしはよっぽどのことがない限り失敗することはないだろう。

 春にある姿現わしの試験も何の問題もなくパス出来るはずだ。

 そうなると考えることが一つ減って、私の意識は自然と分霊箱と謎のプリンセスに集中していく。

 いまだにスラグホーンから分霊箱のことを聞き出せていないし、上級魔法薬学の元の持ち主である『白と黒のプリンセス』についてもさっぱりだ。

 きっとそれの答えも、スラグホーンが握っているに違いない。

 これは近いうちに一対一でスラグホーンと話す機会を設けた方がいいだろう。

 何かよいキッカケがあると良いのだが、そう簡単に見つけるものでもない。

 そうしているうちに一月と二月はあっという間に過ぎ去り、三月に差し掛かろうとしていた。

 

「これ以上悩んでいても仕方がないわね」

 

「何が?」

 

 大広間でベーコンを齧りながら呟いた私に、横にいたハーマイオニーが反応する。

 

「占い学の宿題よ。どんな予知夢を見たことにしようか考えていたの」

 

「貴方ねぇ。仮にもあのスカーレット先生に気に入られているんだからもう少しちゃんと彼女の授業を受けるべきよ」

 

 私がそう誤魔化すと、ハーマイオニーはそれを間に受けて頭を抱える。

 私はそんなハーマイオニーに対し小さく首を傾げた。

 

「仮にもあのスカーレット先生?」

 

「スカーレット先生、今凄く人気なの。生徒からも教師からも慕われているというか」

 

 そう言われて私は教員用のテーブルに目を向ける。

 そこにはスネイプと楽しそうに会話しているレミリアの姿があった。

 

「スネイプが他の教師とあそこまで親しく話をしているのは見たことがないわね」

 

「スネイプだけじゃないわ。昨日はフリットウィック先生、その前はマクゴナガル先生と話してた。スカーレット先生の座っている位置は変わってないから、きっと他の先生たちが自らスカーレット先生の横に集まってるんだと思う」

 

「よく見てるわね」

 

 確かにレミリアがこの学校に勤め始めてからというもの、彼女の悪い噂を全く耳にしない。

 

「私の印象では自己主張の激しいわがままお嬢様って感じだったんだけど」

 

「私が思うに、それは半分演技だったんじゃないかって思うわ。吸血鬼というだけで怖がられたり避けられたりすることが多いと思うし、少しでも親しみやすいキャラに見えるようにというか」

 

 まあ確かに、容姿は幼いので勘違いしそうになるが、彼女は既に五百歳に近い。

 

「まあ確かにダンブルドアより何百歳も年上なわけだもんね。話が面白い老人は人気者になりやすいってことか」

 

「それ、スカーレット先生に聞かれないようにしたほうがいいわよ」

 

 ハーマイオニーは少し声を潜めて言う。

 私はチラリとレミリアの方を伺うが、レミリアは聞こえているわよと言わんばかりに視線を返してきた。

 

「まあ何にしても占い学の宿題をやっつけないといけないから先に行くわ」

 

 私はベーコンの最後の一切れを口の中に放り込むと、いつもの鞄を持って立ち上がる。

 そして軽くハーマイオニーに手を振り、大広間を後にした。

 

 

 

 

 大広間を出た私は、談話室に帰ることなく真っ直ぐスラグホーンの私室へと向かう。

 大広間にはスラグホーンの姿はなかったため、もう既に夕食を取り終わって私室に帰ってきているはずだ。

 私はスラグホーンの私室の前に辿り着くと、部屋の扉を三回ノックする。

 しばらく待っていると、少し眠そうな顔のスラグホーンが扉を少し開けて顔を出した。

 

「っと、君から訪ねてくるなんて珍しいこともあるものだ。一体何の用かね?」

 

 スラグホーンは来訪者が私だとわかると、途端に目を輝かせる。

 私は少し縋るような仕草を見せながらスラグホーンに言った。

 

「スラグホーン先生にお聞きしたいことがあって……」

 

「とにかく入りなさい。中でゆっくり話を聞こう」

 

 スラグホーンは扉を開けて私を中に招き入れる。

 そして暖炉の前の暖かい肘掛け椅子に座るよう勧めてきた。

 

「何か飲むかね? バタービールは切らしているし、紅茶なら……っと、寝る前だしな。サクヤ、君は確かもう成人しているね? ワインと蜂蜜酒ならどちらがいい?」

 

「蜂蜜酒で。甘い方が好きです」

 

「はは、きっとそうだと思った」

 

 スラグホーンは上機嫌で棚から蜂蜜酒の瓶を取り出すと、二つグラスに半分ほど注ぐ。

 そしてそのうちの一つを私に手渡してきた。

 

「それで、聞きたいことと言うのは何かな?」

 

 スラグホーンは私の口からどんな単語が飛び出すかワクワクしているような素振りで私に聞いてくる。

 私は手に持っていたカバンから一冊の教科書、スラグホーンから渡された上級魔法薬学を取り出した。

 

「この教科書のことです」

 

 スラグホーンは私が取り出した教科書を見て事情を察したように何度か頷く。

 

「この書き込みだらけの教科書、先生は中を読みましたか?」

 

「勿論だとも。でなければそんなボロを君に渡したりしない。その教科書に書き込まれているレシピはどれも興味深い。違うかね?」

 

「ええ、確かに。どのレシピもとても繊細で、挑戦的です」

 

 私はグラスを置きスラグホーンの目の前で教科書のページを捲る。

 

「いくつか挑戦してみたかね?」

 

「何度か」

 

「結果は?」

 

「半々と言ったところです」

 

「ならまだ魔法薬の腕は私の勝ちだ。私は八割程成功させることができる」

 

 スラグホーンは満足そうにニコリとすると、グラスを机の片隅に置き教科書を手に取る。

 そしていくつかの魔法薬の特に難しい工程を上機嫌で話し始めた。

 

「これなんかどうだ? よくこんな工程を思いつく。まさに挑戦的だ。もっと雑に、もっと手順を簡略化しても効能は殆ど変わらない。だが、このレシピは美しい。そうだろう?」

 

 スラグホーンはペラペラと教科書のページを捲る。

 私はそんなスラグホーンの顔を見ながら言った。

 

「この教科書に書き込みをした人物が物凄い魔法薬学の腕を持っていたことはわかりました。でもまだわからないことが一つあるんですよね」

 

 スラグホーンはページを捲る手を止めて私を見る。

 

「何かね? たまに詰め込むように書かれているオリジナル呪文のことか?」

 

「いえ、そうではなく……」

 

 私はスラグホーンの手元の教科書に視線を落としながら言った。

 

「この本に書き込みしたの、一体誰なんです? ここまでのレシピを残しているような人物です。今も有名な魔女なんですよね?」

 

 その瞬間、スラグホーンは意外そうな顔をする。

 そして、全く予想していなかった言葉を返した。

 

 

 

「誰って……君の母親に決まっているじゃないか」




設定や用語解説

レミリア・スカーレットの人気
 傲慢ではあるが、誰に対しても等しく傲慢なためある種の親しみやすさが生まれている。

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