P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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本の虫と古びたティアラと私

 二月に入ると一回目の姿現わしの講習が行われた。

 講習は校庭で行われる予定だったが、雪解けが思った以上に進まず校庭は今泥の沼と化している。

 そのため急遽大広間に場所が変更された。

 大広間には六年生の殆ど全員と一部の七年生、そして各寮の寮監と魔法省の役人らしき魔法使いの姿があった。

 

「みなさんおはようございます!」

 

 寮監が各寮の参加者が全員揃っていることを確認すると、魔法省の指導官が説明を始める。

 

「これから十二週間の間、姿現わしの指導官を務める魔法省のウィルキー・トワイクロスです。みなさんが姿現わしの試験に受かるよう、共に頑張りましょう」

 

 トワイクロスは生徒全員を見回すと、更に続けた。

 

「知っていることとは思いますが、ここホグワーツでは魔法によって姿現わしも姿くらましも出来ないようになっています。ですが校長先生がここ大広間に限って練習のために一時間だけ魔法を解いてくださりました。ですので、大広間の外や、一時間過ぎた後に姿現わしを試そうなどとは考えないことです」

 

 それから指導官と寮監は各人に一つフラフープのような輪っかを配り、足元へと置かせる。

 この輪っかの中に姿現わしする練習を行うようだ。

 

「姿現わしにおいて大切なのは三つのDです。どこへ、どうしても、どういう意図で! この三つをしっかりと思い浮かべなければ姿現わしを成功させることは出来ません。そして、無の中に入り込むような感覚でその場で回転する。私が号令をかけますから、まずはやってみましょう」

 

 トワイクロスの言葉に、生徒たちは皆自分の少し前に置いた輪っかの中に意識を向け始める。

 私も自分が移動すべき輪っかに視線を向け、三つのDを意識し始めた。

 

「どこに、どうしても、どういう意図で! いいですか? それでは、いち、にの……さん!」

 

 周囲の生徒が一斉にバランスを崩し大広間の床へとすっ転ぶ中、私も右足を軸にして回転を始める。

 空間移動系の魔法は何度も経験してきた。

 この程度の移動なら何の問題もないだろう。

 回転と共に狭い水道管に頭から捩じ込まれるような感覚が私を襲う。

 私はそのまま更に回転し、無の空間へと体を捩じ込んだ。

 その瞬間だった。

 

「あれ?」

 

 気がつくと、私は全く知りもしない空間へと移動していた。

 

「……おっかしいわね」

 

 私はローブから杖を抜きながら辺りを見回す。

 はじめに目についたのは本棚だ。

 私の左右には高さが自分の身長の何倍もある巨大な本棚がそびえ立っており、その中にはびっしりと本が収まっている。

 これほどの高さだと、たとえハグリッドでも一番上の本には手が届かないだろう。

 

「ホグワーツの図書室……ではないわね」

 

 私は少し歩いて本棚の双璧から脱出しようとする。

 だが、巨大な本棚はこの二つだけではないようで、本棚の奥には全く同じデザインの本棚が置かれていた。

 この部屋自体がどれほどの大きさかは分からないが、どこを向いても壁が見えないあたりかなり広い空間であることは確かだ。

 そしてこの本棚は、きっとこの空間一杯に所狭しと並べられているに違いない。

 

「凄まじい量ね。大英図書館とどっちが大きいのかしら」

 

 私は周囲をキョロキョロと眺めながら真っ直ぐ本棚の壁を辿っていく。

 光源らしい光源は見つからないが、明かりがなくとも歩き回ることができる程度には周囲が見える。

 私は左手に杖を握りしめながら、慎重に歩を進めた。

 

「何であなたがここにいるのよ」

 

 その時だった。

 突然背後から声を掛けられ、私は咄嗟に前方に飛び退く。

 そして油断なくその声の主に対して杖を構えた。

 

「落ち着きなさい」

 

 そこに立っていたのはパチュリー・ノーレッジだった。

 いつも通りの紫色のローブに、全く変わらない少女のような容姿。

 去年の六月にホグワーツで授業していた時と全く同じ姿だ。

 

「ノーレッジ先生? なんでこんなところに……」

 

「こんなところとは失礼ね。私としてはなんで貴方がここにいるかの方が謎なんだけど」

 

 ついてきなさい、とパチュリーは本棚の間を歩き出す。

 私は軽く首を傾げながらもパチュリーの後についていった。

 

 

 

 

 五分ほど本棚の間を歩くと、ようやく部屋の壁が見えてきた。

 壁の周辺にはこの空間を暖めるにはあまりにも小さい暖炉と、大きな長机と椅子が置いてある。

 きっと暖炉は煙突飛行用のものだろう。

 長机は半分以上が本の山で埋もれており、場所によっては羊皮紙が広げられていた。

 

「パチュリー先生、ここは?」

 

「私の研究室兼資料室」

 

「ああ、それは失礼しました」

 

 私は先程こんなところと言ったことを謝罪する。

 パチュリーはそんなことはまったく気にしていないのか、いつも通りの無表情で私の近くに椅子を飛ばしてきた。

 

「まあ座りなさい。なんで貴方がここにいるのか興味があるし」

 

「興味も何も、私にもよくわかっていないんですけどね。気がついたらここにいたとしか」

 

 私は椅子に座ると、パチュリーと向かい合う。

 

「気がついたらで侵入できるほど甘いセキュリティにはしていないと思うのだけど……先程まで何をしていたのかしら?」

 

 私はホグワーツでの姿現わしの講習中に、姿現わしを試した結果ここに来てしまったことをパチュリーに説明する。

 パチュリーは私の説明を軽く相槌を打ちながら聞くと、頭を抱えてため息を吐いた。

 

「なるほどね。そういうこと」

 

「どういうことです?」

 

「多分セーフティネットに引っかかったのね」

 

 セーフティネット?

 私が首を傾げているとパチュリーが説明してくれる。

 

「つまりは魔力式多次元量子ワープに何らかの問題が発生したときにセーフティネットが働いてここに飛ばされるようになってるのよ。貴方の場合中途半端に姿現わしと魔力多次元量子ワープが混ざり合った結果、別次元の宇宙に飛ばされそうになったところを私が張ったセーフティネットに引っかかったのね」

 

 パチュリーは納得したように頷くと、何もない空間から一冊の本を取り出す。

 

「私以外にこの移動魔法を使うものがいるとは思えなかったから利便性も含めて事故があった時の移動場所を大図書館に設定していたのをすっかり忘れていたわ。このセーフティネットの魔法式自体作ってから起動されたのは今回が初めてだし」

 

 パチュリーは机の上に置かれている羽ペンで本の中に書かれている文章を一部修正すると、また何もない空間へ本を収納する。

 

「場所をホグズミードに変更しておいたわ。貴方もこの移動魔法を使うなら、移動場所はホグワーツに近いほうがいいでしょうし」

 

「あ、ありがとうございます。……というか、この移動魔法って事故を起こすと別次元の宇宙に飛ばされてしまうんですか?」

 

「知らずに使っていたの? といってもそうそう事故なんて起こらないはずだけど。貴方の場合は魔力式多次元量子ワープを行なおうとしての事故ではなく、事故が起こりやすい姿現わしに中途半端に魔力式多次元量子ワープを混ぜてしまった上での失敗なわけだし」

 

 パチュリーはもう一度小さくため息を吐く。

 

「というか、姿現わしぐらい一発で成功させなさいよ。仮にも私の弟子なわけだし」

 

「弟子……私がですか?」

 

「違うの? 私はその認識だったのだけれど」

 

 パチュリーの意外な言葉に、私は呆気に取られてしまう。

 

「いえ、そう思っていただけているなら光栄なことだなと。でも、私は貴方の弟子のシリウス・ブラックを殺した人間ですよ?」

 

「ブラックが私の言いつけを守っていたらあんなことにはならなかったわ」

 

 パチュリーがもし本当に私のことを弟子だと思っているのだとしたら、他にも気になることが多々ある。

 

「……もう一つ聞きたいことが。一昨年、炎のゴブレットに私の名前を入れたのはパチュリー先生ですよね? それは一体何故です?」

 

「興味本位と修行の一環。といっても、第三の課題では私がちょっかいを掛ける前にリトル・ハングルトンへ飛んでいってしまったから何もしていないけど。貴方の能力、ちょっと興味深過ぎるのよ」

 

 パチュリーはあっけらかんとそう言う。

 きっとその言葉に嘘はないのだろう。

 この人は悪気など全くなく、ただただ自分の知的好奇心を満たすために私の名前を炎のゴブレットに入れたに違いない。

 

「私がそれでどれだけ苦労したことか……というか、結果的に私が死喰い人入りするきっかけにもなってしまいましたし」

 

「悪かったわ。まさかあんなことになるとは思っていなかったの。ブラックの件含めてね。危険な大会だとはいえあくまでも生徒が挑む競技じゃない。貴方レベルが危険に晒されるとは考えもしていなかったし」

 

「その割には、第一の課題のドラゴンが冗談では済まされないほど強化されていたのですが?」

 

 私がそう言及すると、パチュリーはぷいっと目を逸らす。

 

「貴方が時間操作の能力を使わないのが悪いわ」

 

 んな理不尽な。

 なんにしても、パチュリーが私に敵対心を持っていないというのはかなりの朗報だ。

 正直目の前にいる魔女は、ダンブルドア以上に相手にしたくない。

 私が内心安堵していると、パチュリーが小さくため息を吐きながら言った。

 

「弟子と認めていない相手に賢者の石なんて渡したりなんかしないわ」

 

「それはまあ、ありがとうございます?」

 

 私はポケットの中から賢者の石を隠している懐中時計を取り出す。

 この賢者の石は一昨年パチュリーから受け取ったものだ。

 

「パッと見る限りその石で命の水を作って飲んでいるわけでもないみたいだし。純粋に能力の強化にしか使ってないんでしょ?」

 

「まあ、そうですね。というか、まだ延命を考えるような歳でもないですよ」

 

「なによ。言ってる間におばさんよ」

 

 パチュリーは私の懐中時計を覗き込むと、思い出したかのように顔を上げる。

 

「そういえば貴方、姿現わしの講習中だって言ってたわね。今頃ホグワーツでは大騒ぎになってるんじゃないの?」

 

 パチュリーの指摘に、私もハッとする。

 確かにそうだ。

 今頃ホグワーツではどこに飛んだかすらわからない私の捜索でてんやわんやしていることだろう。

 

「えっと、今すぐホグワーツに戻った方がいいですよね」

 

「そうしなさい」

 

 パチュリーは壁に設置されている暖炉に手を向ける。

 すると煙突飛行粉を入れていないのに暖炉に緑色の炎が上がった。

 

「校長室に繋いでおいたわ。事情は直接ダンブルドアに説明しなさい」

 

 私は火のついた暖炉に向かって数歩進む。

 だが、私は一つ心配事がありパチュリーに向き直った。

 

「こっそりヴォルデモートのところへ行っていたとかって疑われないですかね?」

 

「そんなの知らないわよ。……でも、そうね。だったらこれ上げるわ」

 

 パチュリーは何もない空間へ手を突っ込むと、古びたティアラを取り出す。

 そしてそのティアラを私へ対し投げて寄越した。

 

「あの、これは?」

 

「レイブンクローのティアラよ。噂ぐらいは聞いたことあるでしょ? 叡智を授けるってやつ」

 

 レイブンクローのティアラ。聞いたことがあるどころの話ではない。

 もしレミリアとダンブルドアの予想が正しければ、レイブンクローのティアラはヴォルデモートの分霊箱の一つだ。

 

「あ、あの! このティアラどこで……」

 

「どこって、ホグワーツよ。去年ホグワーツで教鞭をとっていた時に必要の部屋で見つけたの」

 

 パチュリーは何でもないことのようにあっけらかんと言う。

 

「変な魔法が掛かっていてね。歴史的に価値のあるもののはずだから持って帰って綺麗にしたの。そのうちダンブルドアに返そうと思っていたんだけどすっかり忘れていたわ」

 

 変な魔法というのは分霊箱のことだろうか。

 まあパチュリーからしたら分霊箱なんて便所の壁の落書き程度の認識なのだろう。

 

「それって、もしかして分霊箱──」

 

「あら、分霊箱を知っているだなんて勉強熱心ね。そう、誰かの魂が封じ込まれていたわ」

 

「……その魂、どうしたんです?」

 

「え? 消したけど」

 

 私とパチュリーの間に沈黙が流れる。

 パチュリーは少し私の顔を伺うと、ハッとしたように言った。

 

「このティアラが分霊箱であることを知っているということは……もしかして貴方の魂だった?」

 

「ああいえ、違いますけど」

 

 再び私とパチュリーの間に沈黙が流れる。

 

「じゃあ何も問題ないじゃない。歴史的な文化財に悪戯するようなやつが悪いのよ」

 

 ここまでくると呆れるしかない。

 パチュリー・ノーレッジ。分かってはいたが、どこまでも規格外で常識外れだ。

 私は少し前までヴォルデモートの魂が封じ込められていたティアラ片手に暖炉へ向かって歩く。

 そして緑色の炎の中に踏み込むと、パチュリーに小さくお辞儀をした。

 

「ホグワーツ!」

 

 私がそう叫ぶと、私の体は回転しながら煙と共に煙突へ吸い込まれていった。




設定や用語解説

大図書館
 この世界のどこかに存在している巨大な図書館。パチュリーが管理している。

魔力式多次元量子ワープ
 次元の狭間をすり抜けるようにして瞬間移動する技術。パチュリーの言うように、失敗すると別次元の宇宙へと飛ばされる。

一昨年の仕掛け人パチュリー
 サクヤを代表選手にしたりドラゴンを操ったりしていたのは他でもないパチュリーだった。本人曰く、サクヤの能力を探りたいからという話だが……

パチュリーの弟子サクヤ
 サクヤの将来の就職先の候補が増えました。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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