P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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スラグ・クラブと力の変換と私

 グリンゴッツから校長室に戻ってきた私は、時間を止めていることを思い出しダンブルドアの方を見た。

 

「時間停止を解いても?」

 

 ダンブルドアが頷いたのを見て、私は時間停止を解除する。

 それと同時に校長室にある小物が一斉に動き出し、チャカポコと音を立て始めた。

 

「で、どうです? 分霊箱ですか?」

 

 ダンブルドアはカップを摘み上げると、何度かひっくり返す。

 そして何かを確認したのか、私の方に投げて寄越した。

 

「おっと」

 

 私は左手でカップをキャッチする。

 その瞬間、本能的に理解した。

 ああ、これは分霊箱だと。

 

「当たり……ですね。だとしたら、他の分霊箱も創始者の遺品である可能性が高いと」

 

「そうじゃろうな。スリザリンのロケットと、レイブンクローの髪飾り。この二つは分霊箱と見て間違いないじゃろう」

 

 現在分霊箱だということが確定しているのが日記帳と指輪とカップ。

 分霊箱と予想されているのがハリーと蛇のナギニとロケットと髪飾り。

 

「問題は、分霊箱がいくつあるかということですよね。それに関して何か情報があればいいんですけど……」

 

 私はカップをダンブルドアに投げ返す。

 ダンブルドアはカップを机の上に置くと、悪霊の火でカップを焼いた。

 

「そのことなのじゃが、ホラスから興味深い話を聞いての。過去、ホラスはトム・リドル、学生時代のヴォルデモートから分霊箱について質問を受けたそうじゃ」

 

 ダンブルドアは机の引き出しから銀色のもやのようなものが入った小瓶を取り出す。

 きっとあれはスラグホーンの記憶だ。

 

「じゃが、この記憶には改竄した形跡があった。きっとホラス自身が自ら記憶を書き換えたのじゃろう」

 

「では、有益な情報にはなり得ないと?」

 

 ダンブルドアは小瓶から記憶を取り出すと、憂いの篩へと落とす。

 私は髪の毛を後ろにかき上げると、憂いの篩の水盆に顔をつけた。

 

 

 

 

 水盆の中へと落ちていった私は、そこそこの大きさのある部屋の中へと着地した。

 部屋を見回すと、まだ若々しい容姿のスラグホーンと、ホグワーツの生徒と思われる子供達が机を囲んでいる。

 どうやらここはスラグホーンの私室のようだ。

 

『スラグホーン先生、メリィソート先生が退職なさるというのは本当ですか?』

 

 生徒の一人がスラグホーンにそんな質問をする。

 この顔には見覚えがあった。

 学生時代のヴォルデモート……トム・リドルだ。

 スラグホーンはその質問を受けて、やれやれといった様子で肩を竦めた。

 

『トム、一体どこからそんな情報を仕入れてくるのか……君はホグワーツで誰よりも情報通だ』

 

「これは、いつの記憶ですか?」

 

 私はいつのまにか横に立っていたダンブルドアに質問する。

 ダンブルドアは無言でリドルの右手を指差した。

 リドルの指には、ゴーント家に代々伝わる指輪……蘇りの石が嵌っている指輪を嵌めている。

 

「この指輪がリドルの手元にあるということは、既にリトル・ハングルトンを訪れた後ですか」

 

 だとしたら、一九四三年以降。

 リドルは今七年生か。

 

「少し時間を飛ばそう」

 

 ダンブルドアがそう言うと、部屋の中が白い霧に包まれる。

 霧が晴れたときには、部屋の置き時計の針が数時間進んでいた。

 

『おっと、もうこんな時間だ。あんまり遅くなると困ったことになりかねん。レストレンジ、明日までにレポートを書いてこないと罰則だぞ。エイブリー、君もだ』

 

 それを聞き、椅子に座っていた生徒がぞろぞろと部屋を後にしていく。

 だが、リドルは人がいなくなるまで待っているかのように椅子の上でグズグズしていた。

 

『トム、早くせんか。時間外にベッドを抜け出しているところを捕まりたくはなかろう? 君は監督生なのだし』

 

『すぐ戻ります』

 

 リドルは椅子から立ち上がったが、扉には向かわずスラグホーンの方を見る。

 

『先生、お伺いしたいことがありまして』

 

『遠慮なく聞きなさい。手短にな』

 

 スラグホーンは上機嫌でリドルに対し微笑む。

 なるほど、きっとこの頃、リドルはスラグホーンにとって一番のお気に入りの生徒だったのだろう。

 

『先生、ご存知でしょうか。ホークラックスについて──』

 

 だが、リドルがその質問をした瞬間、またもや部屋を濃い霧が包む。

 そして次の瞬間、スラグホーンの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

『ホークラックスのことなど知らんし、知っていても君に教えたりはせん! さあ、すぐに部屋を出ていくんだ!』

 

「この記憶はここで終わりじゃ」

 

 ダンブルドアがそう言うと同時に両足が床から離れる。

 そして次の瞬間には校長室へと戻ってきていた。

 

「先程の記憶……改竄されているというのは最後の部分ですよね?」

 

 ダンブルドアは記憶を水盆から掬い上げながら頷いた。

 

「そうじゃ。わしが思うに、ホラスは分霊箱について何か重大なことをヴォルデモートに教えたのではないかと考えておる」

 

「作り方……ではないですよね。この時ヴォルデモートは既に分霊箱を作っているわけですし。だとしたら……分霊箱はいくつまで作ることができるかとか」

 

「それを聞いた可能性が高いじゃろう。だが、わしではホラスの心を開くことは出来なんだ。……わしは、お主ならホラスから真実を引き出すことができると思っておる」

 

「私が、ですか?」

 

 確かに初めて会った時も、スラグホーンはダンブルドアを警戒していた。

 そのような相手に、自らの過ちとも言えるような記憶は渡さないだろう。

 

「わかりました。私がスラグホーン先生の心を開き、真実の記憶を引き出します」

 

「良い返事じゃ。なんにしても、急ぎというわけでもない。分霊箱の数の確証を得るための情報じゃ」

 

 私は無言で頷く。

 ようはスラグホーンを可能な限り油断させ、開心術で記憶を抜き取れということだろう。

 警戒されているダンブルドアでは油断させる段階で躓く。

 スラグホーンに気に入られている私なら、ある程度容易に油断を誘うことができそうだ。

 

「それじゃあ、今日のところはこれで失礼します。すっかり忘れてましたが、今日はグリフィンドールクィディッチチームの選手選抜らしいので」

 

 私がそう言うと、ダンブルドアは目を丸くする。

 

「選手選抜? お主が?」

 

「ええ。これでも去年はシーカーだったんですよ?」

 

 まあ、一回も試合には出てないが。

 

「それに、今思えばシーカーはハリーから託されたポジションですもの。ファイアボルトも私が持ちっぱなしだし」

 

「……どこまで本気かはわからんが、まあ良いじゃろう。じゃが、あくまで優先すべきは分霊箱じゃ。それを忘れるでないぞ」

 

 私はダンブルドアに一歩近づくと、ダンブルドアの顔を見上げる。

 

「何か焦ってます?」

 

「──ッ」

 

 私はダンブルドアの瞳をじっと見る。

 その時、一瞬だけダンブルドアの心を覗き見ることが出来た。

 

『夏までに決着をつけなければ』

 

 決着という思いが何を指しているかはわからないが、十中八九ヴォルデモートのことだろう。

 何故夏なのかはわからないが、ダンブルドアはこの件に関して明確なタイムリミットを持っている。

 

「まあ、なんでもいいですけど。それでは先生、またいつでもお呼びください」

 

 私はダンブルドアに対し深々と礼をすると、校長室を後にした。

 

 

 

 

 グリンゴッツへの侵入は時間を止めて行われたため、私が想定していた時間よりも随分早く自由になった。

 この時間なら十分選手選抜に間に合うだろう。

 私は一度談話室に戻り、ソファーに腰掛けてストックしていたトーストを齧る。

 時間を止めて動いていた時間は四時間ほど。

 腹時計的にはお昼ご飯の時間だ。

 

「これさえなければ完璧なんだけど」

 

 私はトーストを齧りながら掲示板へと近づく。

 どうやらクィディッチの選手選抜は三十分後に始まるらしい。

 選抜を受ける生徒はもうすでにクィディッチのスタジアムへと集まっているだろう。

 

「まあ遅れるとは連絡してるわけだし、腹ごしらえが済んでからでいいわね」

 

 私はソファーに戻り、追加で紅茶とスコーンを取り出す。

 シーカーの選抜が最後に行われるのだとしたら、まだ一時間以上は時間の猶予があるはずだ。

 私は人の少ない談話室で紅茶を飲みながら、魔法薬学の教科書の書き込みを読み始めた。

 

 

 

 

 腹ごしらえと休憩を終えた私は鞄を片手にクィディッチのスタジアムを目指す。

 スタジアムには一つの寮の選手選抜とは思えないほどの人数が集まっており、観客席にも寮関係なく沢山の生徒が座っていた。

 

「さて、しばらくは見学しますか」

 

 私は観客席へ上がると、周囲を見回し知り合いがいないか探す。

 すると屋根のある職員用の席にレミリアと使い魔の姿があった。

 この真昼間に起きているとは珍しいと思ったが、よく考えれば占い学の授業は昼に行われている。

 ホグワーツの教員をするにあたって、無理矢理昼夜逆転した生活を送っているのかもしれない。

 そんなことを考えていると、私の視線に気がついたのかレミリアが私に対し手招きしてくる。

 呼ばれたとあっては、行かないわけにもいかないだろう。

 私は座席の間を縫うように移動し、レミリアの横へと腰掛けた。

 

「貴方も見学?」

 

 レミリアはオペラグラスでチェイサーの選抜を眺めながら私に聞く。

 

「取り敢えずは。そういえば、レミリア先生はクィディッチがお好きなんでしたっけ?」

 

「お祭りごとはなんでも好きよ。そう言う貴方は?」

 

「微妙なところです。好きでもなければ嫌いでもないですし」

 

 レミリアは何度か頷くと、オペラグラスを横にいる小悪魔と呼んでいる使い魔に渡す。

 小悪魔はオペラグラスを杖で叩き、どこかへと消失させた。

 いや、違う。消失魔法ではない。

 

「え、今のどうやって……」

 

 私はつい口に出してしまう。

 小悪魔はその呟きを聞いて、楽しそうにクスクス笑った。

 

「変身術です。さて、私は一体何をオペラグラスに変身させていたでしょう?」

 

 私は改めて先程の光景を思い出す。

 小悪魔が杖で叩いたオペラグラスは完全に消滅したように見えた。

 何かその場に残った様子もない。

 私が頭を悩ませていると、レミリアが横から声を掛けてきた。

 

「そういえば、一昨年の対抗試合で見事な変身術を使っていたわよね。そんな貴方でも小悪魔の変身術の正体はわからない?」

 

「そうですね……空気を変身させている、とか?」

 

「うーん、三点の回答です」

 

 小悪魔はやれやれと肩を竦める。

 

「正解はですね……違う次元から場のエネルギーを持ってきて、それを質量に変換してるんですよ。変身を解除する時にはまた違う次元へと場のエネルギーを放出するだけ。ね? 簡単でしょう?」

 

「違う次元? 場のエネルギー? エネルギーが質量に変換できるってことはなんとなく知ってますが……」

 

「おやおや、勉強不足ですねぇ。人類はようやく物質の量子性に気がついたのに」

 

 それを聞いてレミリアが呆れたように言った。

 

「貴方ねぇ……マグルの大学院レベルの話を魔法使いにするんじゃないわよ」

 

「魔法使いはもっと科学を勉強するべきだと思いますけどね私は。そういう意味では、かのパチュリー・ノーレッジは偉大な魔法使いだと思いますよ」

 

「彼女、マグルの学問もそこそこ出来るんだっけ? 対抗試合の審査員席で少し世間話をした程度だから彼女がどんな研究をしているかまでは知らないのよね」

 

 まあ、パチュリーとレミリアじゃ生きている世界があまりにも違いすぎる。

 いくら人脈の広いレミリアでも、パチュリーとの接点は殆どないのだろう。

 

「その変身呪文、私にも使えるようになるでしょうか?」

 

「無理じゃないですかね」

 

 私の質問に対し、小悪魔はバッサリと否定する。

 

「さっきお嬢様が言った通り、そもそもの概念が高度すぎてスタートラインに立つのに何年も掛かると思いますよ? それに、結局のところ普通に魔法界の魔法を極めた方が早いっていうのもありますし」

 

 所詮余興にしか使えない、と小悪魔は笑う。

 

「まあ、私はその余興に楽しませて貰ってるからいいんだけどね。さて、スタジアムに注目したほうがいいわ。ちょうど貴方のお友達の番よ」

 

 レミリアの言葉に私は視線をスタジアムのゴールポストへと向ける。

 そこには朝より何倍も青い顔をしたロンが必死の形相でクアッフルを睨みつけていた。

 箒を握る手は力を込め過ぎているためか、小刻みに震えている。

 

「ああ、えっと……」

 

「キーパーの選抜は彼が最後。今まで一番成績が良かったのは一つ前に受けた大柄の七年生ね。五回中四回ゴールを守ったわ。ほら、そこにいるアイツ」

 

 レミリアは指が日向に出ないように注意しながらグラウンドの隅を指差す。

 そこにはホグワーツ特急でスラグホーンの食事会に呼ばれていたマクラーゲンの姿があった。

 

「正直ロンより彼のほうがキーパー向いてると思うわ」

 

「まあ、体格を見る限りではそうだけど……なに? 彼と喧嘩でもしたの?」

 

 レミリアはニヤニヤしながら私に聞いてくる。

 私は軽く首を横に振りながら答えた。

 

「強いチームを作るにはって観点からですよ。そりゃ、ロンが選ばれた方が嬉しいですけど。彼キーパーの才能があるわけではないですから」

 

「妹の方は才能ありそうなのに……神様っていうのは残酷なものね」

 

「どうですかミス・ホワイト。悪魔崇拝しません?」

 

 小悪魔はニコニコしながらそんなことを言う。

 私はそんな小悪魔の言葉を聞こえないフリすると、クアッフルを持ってロンに突っ込んでいっているジニーを見た。

 

「確かに、ジニーは筋がいいですよね。今年のチェイサーは彼女で決まりかな?」

 

「多分そうよ。キャプテンのケイティ・ベル、ジニー・ウィーズリー、デメルザ・ロビンズの三人で決まりでしょうね。この三人のうち誰かがシーカーに立候補しなかったらだけど」

 

 ジニーはゴール直前でクアッフルを思いっきりゴールへと投げる。

 ロンは必死にクアッフルを追い、ギリギリのところで弾き返した。

 その後も二回、三回とロンはゴールを守り、最終的には五回全てのゴールを守り切る。

 純粋に点数で選手を選ぶのならば、グリフィンドールのキーパーはロンということになる。

 

「あら、貴方のお友達の勝ちみたいね」

 

「慰める手間が省けてなによりですよ。っと」

 

 どうやら次がシーカーの選抜なのか、ケイティがわかりやすく周囲をキョロキョロとし始める。

 きっと私を探しているのだろう。

 

「順番のようです。少し行ってきますね」

 

「ええ、精々頑張りなさい」

 

 私はレミリアに対して軽く手を挙げると、カバンからファイアボルトを取り出しクィディッチのグラウンドへと降り立った。




設定や用語解説

悪霊の火
 闇の魔術の一つ。分霊箱をも破壊せしめるほどの呪いが宿されており、また、制御も困難。扱いを誤ると、例え術者が焼死してもその火は消えることなく全てを燃やし尽くすまで燃え広がり続ける。

スラグホーンの記憶に出てくるレストレンジ
 この場合のレストレンジはベラトリックスおばさんではなく夫の方。

ホークラックス
 分霊箱の別名。

場が持つ力を物質に変える小悪魔
 サクヤからしたら「なんか凄いことやってんな」ぐらいの印象。高度すぎていまいち凄さが伝わらない。

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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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