P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
レミリアが私の家を訪れてから数週間が経ち、新学期まで残すところ二週間となった八月の中旬。
私は目の前にそびえ立つ巨大なビルを見上げていた。
「……本当にここに不死鳥の騎士団の本部を移すの?」
私の横でトンクスが呆然とした表情で呟く。
「ダンブルドア先生に渡されたメモに依ればここらしいですけど……絶対おかしいですよね」
私は周囲で私と同じようにビルを見上げているルーピンとムーディ、シャックルボルトの表情を伺いながらトンクスにそう返した。
レミリアが私の家を訪れた時、不死鳥の本部をもっとちゃんとしたところに移すべきだと言っていたが、まさかこんなところを指定してくるとは。
レミリアがいくら金持ちだとしても、こんなビルをポンと買い取れるとは思えない。
「っと、ようやく到着しましたね。中でレミリアお嬢様がお待ちですよ」
私たちが入り口の前で呆然としていると、スーツ姿の美鈴が自動ドアを通ってビルの中から出てくる。
「あの、本当にここに騎士団本部を?」
「お嬢様はその予定みたいですけど……というか、その検討をしにきたんですよね?」
美鈴は軽く首を傾げたが、特に気にしないことにしたのか私たちをビルの中に招き入れる。
ビルのエントランスは五つ星ホテルのエントランスのような豪華さをしており、正面には受付が備え付けられていた。
美鈴は受付の女性に軽く手を上げ、そのままエントランスの奥にあるエレベータへと歩いていく。
そして手慣れた様子でエレベータを呼ぶと、私たちをエレベーター内へと招き入れ、扉の脇に付けられたボタンを順番に押し始めた。
「決められた順番にボタンを押すと、エレベータが地下に向かうようになってます」
エレベータのボタンを見る限り、このビルに地下は無いようだが、体感では確かにエレベータは下へと向かっている。
どうやら地下室は隠された空間になっているようだ。
「それじゃあ、騎士団本部はこのビルの地下に?」
ルーピンが美鈴に聞くと、美鈴は楽しそうに頷いた。
「お嬢様の予定ではそのつもりのようですけど、あとはダンブルドアが気に入るかじゃないですか?」
美鈴がそういった瞬間、チンという軽い音を立ててエレベータが地下の階層に到着する。
「さて、到着です。侵入者対策で少々入り組んでいるので迷子にならないようにしてくださいね」
エレベータが到着した先は黒を基調としたシックなデザインの廊下だった。
廊下の照明は間接照明になっており、ぼんやりと廊下の奥を照らしている。
そして廊下には一定間隔ごとに扉があり、そのどれもが同じデザインをしていた。
「どの扉だ?」
ムーディが魔法の義眼で廊下を見回しながら言う。
「どの扉も違いますよ? 正解はこっちです」
美鈴は廊下を数歩歩くと、扉と扉の間を軽く押す。
すると、模様に合わせて壁に隙間ができ、そのまま扉のように奥へと開いていった。
美鈴はそのまま壁の隙間へと消えていく。
私たちは軽く顔を見合わせると、美鈴の後についていった。
「あら、意外と遅かったわね」
隙間を抜けた先は広々としたエントランスになっており、その中心にレミリアとダンブルドアが立っていた。
二人の立ち位置から察するに、先程まで何かを話し込んでいたようだ。
「いいでしょ。秘密結社のアジトとしては最高の場所だと思わない?」
レミリアは両手と羽を広げる。
エントランスは先程のモダンな雰囲気とは違い、どこかイギリス王室を思わせるような、それこそレミリアの屋敷の内装にそっくりだ。
違いがあるとすれば、レミリアの屋敷ほど赤くないところだろうか。
「金持ちだとは聞いていたが、マグルの一等地にこんなビルを持っているとはな……」
ムーディが近くにあったソファーの背もたれに手を付きながら言う。
レミリアはそれを聞いて一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐにケラケラと笑い始めた。
「ダンブルドア、貴方何も説明してないの? ここは私の知り合いの資本家が所有しているビルよ。ここは一時的に場所を借りているだけ」
「マグル所有? 大丈夫なのかそれは……」
マグルという単語にムーディが眉を顰める。
「なによ? 問題があるっていうの?」
「本部の場所が死喰い人に漏れたらどうする?」
レミリアはムーディの言葉を聞き、大袈裟に肩を竦める。
「大丈夫よ。所有者の資本家はなんにも知らないもの。心配なら貴方たちでその資本家に忘却術でもかける?」
「いや、それならよいのだが……」
ムーディは少し口ごもると、ソファーに腰を下ろす。
レミリアはその態度に満足したのか、ドヤ顔で腰に手を当てた。
「さて、それじゃあ軽く案内をしましょうか。美鈴」
「はい、お任せください」
美鈴はレミリアに一礼すると、私たちに向きなおる。
「ではご案内しますねー。私についてきてください」
美鈴は言うが早いかエントランスの奥にある扉に向かって歩いていく。
私はダンブルドアのそばに駆け寄ると、美鈴やレミリアに聞こえないように小声でダンブルドアに聞いた。
「本当にここに本部を移すんです?」
「わしはその予定じゃよ。上にそびえ立つ高層ビルが良きカモフラージュとなるじゃろう。少なくとも、民家を本部としておるよりかは幾分もよいじゃろうて」
まあ、それはそうだとは思うが。
美鈴は会議室や資料室、休憩室などの部屋を順番に紹介していく。
そのどれもが広々としており、団員の数が今の三倍になっても対応可能だろう。
「取り敢えず、ホグワーツの夏休みの終わりにはここの運用を開始しようと思ってるわ。必要な物があれば美鈴に言いなさい」
「すぐにここを使い始めないんです?」
「まだ場所を用意しただけだしね。壁を魔法で強化したり、姿現しができないようにしないと」
まあ、それもそうか。
だとしたら、ここから先は騎士団員総出でここの護りを固めていくのだろう。
「さて、それじゃあこれで見学会は終わり! で、特に問題がなければここに本部を移しちゃうけど……いいわよね?」
レミリアは得意げな顔で私たちを見回す。
そして、反対意見が出ないことを確認すると、無邪気な笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今日はこれで解散にしましょうか。私はこの後細かいことをダンブルドアと詰める予定だけど、貴方たちはどうする?」
私は懐中時計を取り出し、時間を確認する。
現在時刻は午前の七時五十九分。
確か今日は朝からダイアゴン横丁で新学期の買い出しをするとモリーさんが言っていたか。
レミリアとダンブルドアの話し合いも気になるが、そちらに合流したほうがいいだろう。
「私は新学期の買い出しもあるのでこのまま漏れ鍋に向かおうと思います」
「む、そうか。だとしたらわしらが護衛に──」
ムーディがそう言いかけたが、それを遮るように美鈴が右手を勢いよく挙げる。
「はいはいはーい! 私が一緒に行きます! 護衛なら私がね」
「それがいいでしょうね。できるだけ多くの魔法使いの意見を聞きたいし。護衛は美鈴一人じゃ不満かしら?」
レミリアにそう言われて、ムーディとシャックルボルトが顔を見合わせ、ダンブルドアの表情を伺う。
ダンブルドアは何も言わず静かに頷いた。
「ふむ……そういうことなら」
ムーディは少し不安そうな表情で美鈴を見たが、ダンブルドアの意向ならと納得を見せる。
「やったやった! それじゃあサクヤちゃん。行きましょうか」
「サクヤちゃんはやめてくださいよー。もうそんな歳でもないですから」
私は軽く頬を膨らませてみせる。
「私からしたら何歳になっても可愛いサクヤちゃんですよっと。それじゃあ、漏れ鍋に向かいますか」
美鈴はここに入る時に通ってきた壁の隙間をまたこじ開ける。
私は美鈴と共にその隙間を通って本部予定地を後にした。
騎士団の本部予定地があるビルを出た私たちはロンドンの街を少し歩き、漏れ鍋へと入る。
早朝と言うこともあるだろうが、漏れ鍋の中は私が働いていた頃と比べると随分と人が少なくなっていた。
「……と、もしかしてサクヤか? 随分久しぶりだな!」
私の姿に気が付いたのか、カウンターの奥で日刊予言者新聞を読んでいた店主のトムが笑顔で顔を上げた。
「お久しぶりですトムさん。最近お店の様子はどうです?」
「どうですも何も、店を開けるのがやっとな売り上げだよ。サクヤが帰ってきてくれたらもう少し楽できるんだが」
トムはそう言って肩を竦めるが、そんなことは不可能だとわかっている顔をしていた。
「そうしたい気持ちは山々なんですけどね。でも、今起こっていることを解決しないことには──」
「だな。……それにしても珍しい組み合わせだな。横にいるの、スカーレットのとこの美鈴さんだろ?」
少し後ろに下がって様子を窺っていた美鈴だが、トムにそう言われて軽く左手を上げる。
「新学期の買い物に付き添って頂けることになりまして」
「……そうか。スカーレットの護衛が一緒なら安心だな。最近はダイアゴン横丁ですらきな臭い。変なものを買わされないように注意するんだぞ?」
私はトムにお辞儀をし、店の奥にある中庭へと足を踏みいれる。
そして杖を取り出すと、慣れた手つきでレンガをつついた。
「そういえば、新学期に必要なもののリストは持ってるんです?」
「あ、はい。鞄の中に」
私は手に持っていた鞄の中から新学期に必要な教科書のリストを取り出す。
「でも、教科書はモリーさんたちがまとめて買ってくれることになっているので。まずは懐中時計のオーバーホールから──」
私はダイアゴン横丁の入り口近くにある時計屋のある方向を見る。
だが、そこに時計屋の看板は無く、店の窓には板が打ち付けてある。
そして店の前には怪しげな魔女が地面に敷物を広げて、いかにも効力が怪しいペンダントを売っていた。
「……あれ?」
「私の記憶でもここに時計屋があったと思うんですけどね。ちょっと聞いてみますか」
美鈴はペンダントを売っている怪しげな魔女に近づいてく。
魔女は美鈴の姿を視界に捉えると、不気味な笑みを浮かべた。
「どんな呪いも跳ね返す、ペンダントですよぉ。効力はあのサクヤ・ホワイトもお墨付き──」
「あの、ここにあった時計屋ってどうなりました?」
怪しげな魔女は少し眉を顰めると、振り返って後ろにある店を見る。
「さあて、どうなったことやら」
「ペンダント買いますよー。私とあの子で二つお願いします」
「一つ十ガリオンだよ」
美鈴は金貨の詰まった巾着を懐から取り出すと、手の中で金貨を遊ばせる。
「で、時計屋ってどうなりました?」
「……店主の男は随分前に行方不明さ。まだ死体も見つかってないとさ」
「あ、そうですか。はい、二十ガリオン」
美鈴は金貨を魔女に渡し、かわりにペンダントを二つ受け取る。
そしてそのペンダントを握りしめたまま私のもとへと帰ってきた。
「ということらしいです。ちなみに、これいります? サクヤちゃんお墨付きのペンダント」
「……いらないです」
私はポケットから懐中時計を取り出し、左手に握りこむ。
そうか、もうこの時計をオーバーホールしてくれる優しいおじいさんはいないのか。
「いやあ、ご時勢って感じですね。はは、これからどこに依頼しましょう」
私はポケットに懐中時計を仕舞いこみ、引き続き通りを歩き出す。
美鈴は何か言いたげな表情で私を見ていたが、結局何も言わずに私のあとに続いた。
その後も美鈴と一緒にダイアゴン横丁で買い物を続け、大体の消耗品を買い揃えた頃にウィーズリー家の人たちとハーマイオニーと合流することができた。
どうやら向こうも必要な物は全て買い揃えたようで、これから帰路につくようだ。
ちょうどいいので美鈴とはここで別れてこのままグリモールド・プレイスに戻ることにしよう。
「美鈴さん、ここまでありがとうございました。私はこのままグリモールド・プレイスに戻りますね」
「おっと、そうですか。では、一旦ここでお別れですね」
美鈴はニコリと微笑むと、私の頭を軽く撫でる。
「次に会うのがいつになるかは分かりませんが、どうかお元気で」
「……はい。美鈴さんもお気をつけて」
美鈴は軽く手を挙げてそれに応えると、グリンゴッツの方へ向けて歩いていく。
私はモリーのあとに続きながら、ロンとハーマイオニーに新しい騎士団本部の話をした。
「おったまげー。お金持ちとは聞いていたけど、お金持ちのレベルが違うよな」
ロンは羨ましそうに口笛を吹く。
「でも、貸してもらっているだけで買い取ったわけではないんでしょう?」
「だとしてもだよ。中の装飾を調えたのは彼女だろ? それに、今後の運営資金も彼女が持つんじゃないか?」
ロンは少し興奮したような声色で言う。
「ほんと、騎士団は強力なスポンサーを捕まえたよな」
「まあ、それは否定しないわ」
確かにレミリアは魔法界でも屈指のお金持ちだ。
「ほんと、マルフォイ家なんて比較にならないぐらい……あ、そういえば」
ロンはハーマイオニーと顔を見合わせると、わざとゆっくり歩きモリーとアーサーから少し距離を話す。
「そういえば、今日ダイアゴン横丁の通りにマルフォイが居たんだ」
「そりゃ、もうすぐ新学期だし。私たちと同じように買い出しに来たんだじゃない?」
私がそう返すと、ロンは首を横に振る。
「多分表向きはその目的で来たんだろうな。だけど、マルフォイのやつノクターン横丁の中に消えていったんだ。それで、少し気になって後を付けたんだけど……」
ロンは少し私に近づいて、声を潜めて言った。
「あいつ、ボージン・アンド・バークスの店主を脅してたんだ。それに、初めはあしらうような態度だった店主が、マルフォイの左腕を見た途端素直になったんだ。もしかしたら、マルフォイのやつ──」
「死喰い人になった可能性があるってことね」
私がそう言うと、ロンが神妙な顔で頷いた。
「で、どんなことを要求していたの?」
「いや、それについてはよくわからなかった。何かの直し方を聞いていたようだけど……」
「修繕魔法じゃ直らないような魔法具で、他人を脅してまで直さないといけないような重要なものってことね」
はて、闇の陣営のアジトにそのような魔法具があっただろうか。
マルフォイのことだ。
父親の大切なものを間違って壊してしまって、こっそり修理しようとしていたといったような、ありきたりな話である可能性のほうが高そうだ。
私はマルフォイのことを頭の隅に追いやると、新しい騎士団の本部について考えを巡らせ始めた。
設定や用語解説
騎士団の本部予定地の高層ビル
とある資本家が所有しているビル。地上部分は全てその資本家が運営している会社の事務所。
サクヤが時計を買った店のおじいさん
死喰い人にやられたのか、はたまた他国へ逃げたのか。
Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。