P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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悪魔の住む館と自画像と私

 期末試験勉強も佳境に差し掛かった五月の中旬。

 私は大広間で夕食を食べ終わるとシャワーを浴び、綺麗なシャツへと着替える。

 そして消灯時間ギリギリに校長室の扉を叩いた。

 

「お入り」

 

「失礼します」

 

 私はダンブルドアが中にいることを確認し、校長室の扉を開ける。

 そして中にいるダンブルドアに対して軽く会釈した。

 

「こんばんは、ダンブルドア先生。いい夜ですね」

 

「そうなることを願おう。レミリア嬢との約束の時間は深夜の十一時じゃ」

 

「スカーレットのお屋敷までは煙突飛行を?」

 

 私がそう尋ねると、ダンブルドアは首を横に振る。

 

「いや、煙突飛行ネットワークには繋げておらんらしい。屋敷の近くへ姿現しし、そこからは歩いて向かう」

 

 ダンブルドアは軽く身なりを整えると私の近くへと歩いてくる。

 私は時間を停止させ、ダンブルドアの手を握った。

 次の瞬間、私の両足が地面から離れる。

 次に足が地面についた時には、私とダンブルドアは暗い森の中に立っていた。

 一瞬ホグワーツにある禁じられた森に出たのかと思ったが、植生があまりにも違う。

 魔法界の森というよりかは、マグルの自然公園とかでよく見るような森だ。

 

「先生、ここは?」

 

「ロンドンじゃよ」

 

「ロンドン?」

 

 私はつい聞き返してしまう。

 果たしてロンドンにこれほどまでの広大な森はあっただろうか。

 

「レミリア嬢の屋敷はこの森の奥にある。ここから先は歩きじゃ」

 

 ダンブルドアはそう言うと、杖に明かりを灯して獣道を進んでいく。

 私はその後ろにぴったりつくと、木の枝を手で避けながらダンブルドアの後を追った。

 

 

 

 

 人の手が入っていない森を十分ほど歩くと、急に目の前が開ける。

 転ばないように足元ばかり見ていた私はふと顔を上げて前を見た。

 そこにはホグワーツと並ぶとも劣らない大きな屋敷が立っていた。

 屋敷は異様なほど窓が少なく、一番高い塔に大きな時計が取り付けられている。

 レミリアの嗜好なのか外壁は真っ赤な塗料で塗られていた。

 

「『紅魔館』じゃ」

 

「紅魔館……」

 

 私はダンブルドアの言葉を復唱する。

 確かに、この屋敷のイメージにはピッタリな名前だろう。

 ダンブルドアは屋敷に取り付けられた時計を見上げると、玄関へ向けて歩いて行く。

 その瞬間、玄関の扉がガチャリと開き、中からメイド服姿の美鈴が姿を現した。

 

「あ、きたきた。結構お早いご到着で」

 

 美鈴は私たちに対してニッコリ微笑むと中へ案内してくれる。

 紅魔館の玄関ホールは煌びやかな装飾に彩られているが、全体的に薄暗いためあまり派手さは感じなかった。

 

「応接間へ案内します。飲み物はお茶でよかったですか?」

 

「ああ、助かるよ」

 

 美鈴はランタンを片手に薄暗い館内を歩いていく。

 私はあちこちキョロキョロと見回しながらその後を追った。

 

「ん」

 

 その瞬間、一つの絵画が私の目に留まる。

 金髪の幼い少女の絵だ。

 椅子に姿勢を正して座っており、ジッとこちらを、私を見つめている。

 それだけならどこにでもあるような普通の絵画だ。

 だが、その少女の絵画にはおかしな点が一つあった。

 少女の背中に木の枝のようなものが生えており、その枝から七色の宝石が垂れ下がっていた。

 

「ああ。この絵ですか」

 

 前を歩いていた筈なのに、いつの間にか私の横に立っていた美鈴が言う。

 

「この方はフランドール・スカーレットお嬢様です」

 

「フランドール・スカーレット……フランドール嬢も現在このお屋敷に?」

 

 私は額の下に記載されている題名と作者を見る。

 題名は『私』、作者の名前にはフランドール・スカーレットと書かれていた。

 つまり、これは自画像だ。

 

「ええ、いらっしゃいますよ。フランドールお嬢様はレミリアお嬢様の妹様です」

 

 レミリアに妹がいるというのは初耳だ。

 それはダンブルドアも同じらしく、フランドールの自画像をじっと見つめていた。

 

「まあレミリアお嬢様に比べると引きこもり気質なところがありますので。普段は自室で絵ばっかり描いてますよ」

 

 美鈴はそれ以上説明することはないと言わんばかりに再び廊下を歩き始める。

 私はもう一度絵画を見ると、美鈴の後に続いた。

 

 

 広い屋敷ではあるが、移動に何十分も掛かるほどには広くなく、応接間には数分もしないうちに辿り着いた。

 美鈴は私たち二人を応接間のソファーに案内すると、レミリアを呼びに応接間を出て行く。

 私は応接間をぐるりと見回すと、ダンブルドアに話しかけた。

 

「取り敢えず、先生に任せる形でいいんですよね?」

 

 ダンブルドアは私の問いに対し小さく頷く。

 ダンブルドアからどのように話を進めるつもりなのかは聞いていない。

 今日の私はあくまでマスコットのようなものだ。

 小難しい交渉はダンブルドアに任せ、私は横に座って真剣な表情をしていよう。

 そう心に決めたその瞬間、応接間の扉が開かれレミリアが姿を現す。

 私は無意識に姿勢を正すと、目の前に座ったレミリアの顔を見た。

 

「ようこそ悪魔の住む館へ。大したおもてなしはできないけど、くつろいでくれると嬉しいわ」

 

 レミリアは得意げな笑顔になると、大きな羽をピクリと動かす。

 美鈴は私たちに対して一礼すると、応接間を出ていった。

 それを見て、レミリアが口を開く。

 

「飲み物は紅茶で良かったかしら。といってもこの館には珈琲豆は置いていないから、出てくるとしたら紅茶か中国茶か水ぐらいだけど」

 

「是非頂こうかの」

 

「ふふん、期待していいわよ。美鈴が淹れる紅茶はイギリスで一番美味しいから。っと、そう言えば少し前にマグルの村で美鈴と会ったんですってね。確か……そう。リトル・ハングルトンでだったかしら」

 

 レミリアは楽しそうに少し体を乗り出す。

 

「美鈴は校外学習って言っていたけど……サラザール・スリザリンについて調べていたとか? 確かあの村に住んでいたゴーントはスリザリンの家系だったはずだし」

 

「ゴーント家について知らべていたことは否定はせんよ。まさしくその通りじゃ。わしらはゴーント家の人間について調べておった」

 

「ゴーント家の人間……ねぇ。確かにスリザリンの血は引いているけど、ゴーント家は落ち目もいいところじゃない。確か唯一の生き残りのモーフィンは今アズカバンだっけ? そのモーフィン自体ももういい歳だし、いつ死んでもおかしくないわよね?」

 

「わしらはメローピーと、その息子について調べていたのじゃ」

 

 一瞬、応接間が静寂に包まれる。

 レミリアは少し目つきを鋭くさせながら言った。

 

「まあ、そうよね。トム・マールヴォロ・リドル……ここ数十年、魔法界を騒がせている闇の魔法使い。それじゃあ、ヴォルデモートのことを探るためにあの村に居たってわけね」

 

「そういうことじゃの」

 

 その瞬間、応接間の扉が開き、従者だと思われる背中と頭にコウモリの羽が生えた赤毛の女性がカートを押して入ってくる。

 そして手際よく人数分の紅茶を用意すると、またそそくさと応接間を出て行った。

 

「で、何か重要なことはわかった? 私の考えでは、あの村はトム・リドルとは殆ど関係ないと思ってるけど。あくまでリトル・ハングルトンは母親の故郷というだけ。トム・リドルは生まれも育ちもロンドンにあるウール孤児院よ」

 

「よくご存じで」

 

「そりゃ、あの孤児院には毎年少なくない額を寄付していたし。流石に自分が支援している施設ぐらいは知っているわ。……まあ、もう潰れちゃったけどね」

 

 レミリアは少し寂しそうな表情でティーカップに口をつける。

 私はレミリアがあの孤児院に寄付をしていたという事実に対して少なからず驚いていた。

 

「あの孤児院の出資者だったんですね」

 

 私がそう聞くと、レミリアが思い出したかのように言う。

 

「そう言えば、貴方もウール孤児院出身だったわね。シリウス・ブラックの襲撃を受けてよく生き残ったものだわ。って、確か貴方はその時漏れ鍋にいたんだったかしら」

 

「……はい。そのおかげで襲撃をやり過ごすことができて……」

 

 そうか、あの事件の真相を知らない人からしたら、そのような認識なのか。

 世間一般ではシリウス・ブラックは未だに死喰い人で、殺人鬼という認識なのだ。

 

「まあ、話を戻すけど……だからリトル・ハングルトンには何もないと思ってるわ。で、何か成果はあった?」

 

 レミリアの言葉に、ダンブルドアは頷く。

 

「大いに成果があったと言わせていただこうかの」

 

「ほう。それは純粋に気になるわね。……というか、それがこの指輪に繋がるのよね?」

 

 レミリアはポケットの中から蘇りの石がはめ込まれた指輪を取り出す。

 

「美鈴から聞いているわ。貴方たち、この指輪に用があってきたのでしょう?」

 

「まったくもってその通りじゃ。レミリア嬢、貴方はその指輪がどういったものかご存じじゃろうか」

 

 レミリアはダンブルドアに聞かれて小さく首を傾げる。

 

「勿論知っているわ。じゃないと美鈴に探させないし。蘇りの石でしょ? 三つある死の秘宝の一つの。死者の記憶という圧倒的な量を誇るデータベースにアクセスするための魔法具」

 

 レミリアは指輪を無造作に机の上に投げる。

 

「蘇りの石をそのように解釈する者に出会ったのは初めてじゃよ」

 

「逆に、それ以外の使い方があるの? 所詮死んだ者は死んだ者よ。一度あの世に渡った者はもう現世には馴染めないわ」

 

 なんにしても、とレミリアは深いため息をつく。

 

「なんにしても、この指輪に施された呪いを解くのには苦労したけどね。この指輪自体、嵌めたものの命を奪うほどの呪いが込められていた。呪いを施したのは相当な魔法使いね。まあ、もう解いちゃったけど。……でも、まだ何か感じるのよね」

 

 レミリアはまさにお宝を自慢する子供のような顔をする。

 

「言っておくけど、蘇りの石は譲らないわよ。これは私のコレクションに加えるんだから。今この場で使いたいっていう話なら了承するけど、持ち出すことは了承しないわ」

 

 ダンブルドアはティーカップを持ち上げると、その中身を一口飲む。

 そして、静かだが、力強い声でレミリアに言った。

 

「その指輪が、ヴォルデモートを打倒するために大きく関係してくるとしたらどうじゃろう」

 

 ダンブルドアの言葉に、レミリアはしばらく固まる。

 そして、大きく深呼吸をすると、真剣な表情で姿勢を正した。

 

「その話、詳しく聞かせなさい」

 

 レミリアはダンブルドアが発言した、『指輪とヴォルデモートの関係性』について大いに興味を持ったようだった。

 

「レミリア嬢、貴方はホークラックスという魔法についてご存じかな?」

 

「ホークラックス? いえ、初耳だわ」

 

「ホークラックス、またの名を分霊箱。自らの魂を引き裂き、そのカケラを物体に詰め込むことによって不死性を得る魔法じゃ」

 

 不死性という言葉に、レミリアはピクリと反応する。

 

「それじゃあ、リドルは今の今までその分霊箱とやらで命を繋いでいた……そう言いたいわけ?」

 

「その通り。わしらはヴォルデモートが分霊箱を作成した確かな証拠を得ておる。数年前、ホグワーツで起こった秘密の部屋騒動。あれはヴォルデモートの分霊箱によって引き起こされた事件なのじゃ」

 

 ダンブルドアは私のことはぼかしながら秘密の部屋騒動の真相をレミリアに伝える。

 レミリアはその話を聞いて少し寂しそうな表情で言った。

 

「そう、ロックハートにリドルが……。彼がホグワーツの校長代理に就任したと聞いた時は耳を疑ったけど、そういうことだったのね。おかしいとは思っていたのよ。彼はいい物書きではあったけど、優秀な魔法使いというわけではなかったから。貴方が彼をホグワーツの教師に推薦したという話を聞いた時はついにボケたかと思ったわよ」

 

 そういえば、と私は数年前のことを思い出す。

 そういえば数年前、ダイアゴン横丁の占い用品店でレミリアは美鈴に本を買いに行かせていた。

 今思えばあの本はロックハートの写真が表紙に載っていた。

 口ぶりから察するに、レミリアはロックハートのファンだったのだろう。

 

「あの時は生徒の良き反面教師になればと思っておった」

 

「だとしてもロックハートに防衛術を担当させるのはやり過ぎよ。特別ゲストや決闘指導官とかならまだしもね」

 

 レミリアは紅茶を一口飲む。

 そしてそれをきっかけに話を戻した。

 

「……まあ、大体の事情はわかったわ。つまりはこういうことでしょう? この『蘇りの石』が嵌め込まれた指輪……ゴーントの家で見つけたからゴーントの指輪と呼称しましょうか。ゴーントの指輪は分霊箱であると、そう言いたいわけね?」

 

 レミリアの問いにダンブルドアは頷く。

 

「そうじゃ。詳しくは調べてみないとわからんが、わしは十中八九その指輪はヴォルデモートの分霊箱の一つであると思っておる」

 

「この指輪にリドルの魂……ねぇ。で、貴方はどうしたいの?」

 

「分霊箱を破壊させてほしい。今回わしらがここを訪れた要件はそれじゃ」

 

 レミリアはそれを聞き、机の上のゴーントの指輪を手に取り弄り始める。

 何か思案しているようだったが、少なくとも分霊箱を破壊させるか否かだけを考えているようには見えなかった。

 きっとレミリアは迷っているのだろう。

 ここで分霊箱の破壊に手を貸したとなれば、両陣営に対し中立な立場ではなくなる。

 未だ自分の立場をはっきりさせていないレミリアからしたら、難しい案件なのだろう。

 レミリアはしばらく指輪を手のひらの上で弄んでいたが、やがて決意したかのように指輪を親指でダンブルドアの方へと弾いた。

 ダンブルドアは器用に弾かれた指輪をキャッチする。

 

「まあ、いつまでも他人事とはいかないわよね。わかった。私も魔法省……不死鳥の騎士団側につくことにするわ。入団費はその指輪で十分かしら?」

 

「過ぎるぐらいじゃよ。レミリア嬢、貴方の勇気ある決断に敬意を表する」

 

「別にリドル坊やに力を貸してもよかったんだけどね。貴方の横にいる英雄さんに免じて貴方達側に与してあげることにするわ」

 

 レミリアは得意げに笑うと、ティーカップの中身を一気に飲み干す。

 そして意気揚々とした態度で言った。

 

「でも、手を貸すのだとしたら徹底的にこちらからも手出しするからね。分霊箱を渡してはいさよならなんて嫌よ。私こういうお祭り騒ぎ大好きなの。実を言えば手出しがしたくてうずうずしてたんだから。騎士団の会議には勿論顔を出すし、分霊箱探しも手伝うわ。だって宝探しみたいなものでしょ?」

 

 レミリアはそう言って子供のように目を輝かせる。

 

「頼もしい限りじゃ。こちらからも是非お願いしよう。占いに長けるレミリア嬢が加わって下されば分霊箱探しも大いに進展するじゃろう」

 

「まあね。期待しなさい。それに、占いだけじゃないわ。私を誰だと思っているの。私のコネクションを使えば分霊箱探しなんてすぐよ、すぐ。……っと、そうと決まればもう少し分霊箱について話を聞いておきたいわね。貴方達、まだ時間は大丈夫?」

 

 レミリアは部屋に設置されている柱時計を見る。

 

「問題なしじゃ。こちらとしても可能な限り話を詰めておきたい」

 

「そうと決まれば美鈴に紅茶のおかわりを用意させるわ。美鈴! めいりーん!」

 

 レミリアはソファーから立ち上がると美鈴を呼びに応接間を出て行く。

 私はその後ろ姿を見ながらダンブルドアに話しかけた。

 

「よかったんです? 仲間に引き入れてしまって。当初の予定では分霊箱を破壊させてもらうだけでしたよね?」

 

 ダンブルドアはレミリアから受け取った指輪に目を落とす。

 

「まあ、機嫌を損ねて死喰い人側につかれるよりかは何倍もマシじゃよ。それに、分霊箱探しにおいて彼女以上の適任はいないじゃろう。人脈、能力、骨董品に対する知識。分霊箱を探すにあたって必要な素質を全て兼ね備えておる」

 

 確かに、それはそうだ。

 分霊箱を探していたわけではないが、なんの手がかりもなさそうな蘇りの石の場所を実際に特定出来てしまっている。

 それが占いによるものなのか、はたまた彼女の知識や経験、人脈によるものなのかは定かではないが、稀有な才能であることは確かだろう。




設定や用語解説

紅魔館
 紅く窓の少ない洋館。魔法により隠されており、よっぽどのことがない限り偶然この場所に辿り着くことはできない。

フランドール・スカーレット
 レミリアの妹。自室に引きこもっており、その姿を見たものは紅魔館の住民以外はほぼ誰もいないレベル。ダンブルドアですらその存在を知らなかったほど。

ウール孤児院の支援者
 レミリアは様々な施設へ出資しているため、ウール孤児院が特別というわけでもない。

レミリアの不死鳥の騎士団入り
 本音を言うとダンブルドアとしてはレミリアと協力関係は築きたかったが、騎士団へは入れたくなかった。レミリアは我が強いため、勝手に派閥を作り騎士団を分断してしまう恐れがあったため。

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