P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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首吊り男とゴーントの家と私

 一九九六年四月、イースター休暇初日。

 私はダンブルドアと共にリトル・ハングルトンにある小さなパブ、『首吊り男』のテーブル席に座っていた。

 パブ自体は少々古ぼけているが清掃は行き届いており、店内の様子から夜はそこそこ賑わうのだろうということがわかる。

 漏れ鍋で働いていた時のことを思い出し少々懐かしくなるが、もうあそこで働くことはないだろう。

 

「先生は何にします? ここ、村のパブにしてはメニューが豊富みたいですよ。ほら、定番のフィッシュ&チップスからハンバーガー、ジャガイモのパイに、玉ねぎのサラダ……」

 

 私は手元にあるメニューをダンブルドアの方へ寄せる。

 

「そうじゃな。ハンバーガーにしようかのう」

 

「お飲み物は?」

 

「お任せしよう」

 

 私は席を立つと店員のいるカウンターに向かう。

 店員の男性は私に気がつくとにこやかに話しかけてきた。

 

「いらっしゃい。見ない顔だが……」

 

「祖母の墓参りでロンドンから来ました」

 

「ああ、村のはずれにあるあの墓地か。それじゃあ、横に座ってるのはお嬢さんのお祖父さんってとこか」

 

 ダンブルドアは店員の視線に気がつくと小さく手を振る。

 店員はそれで納得したのか、私の前にフィルムの貼られたメニューを差し出した。

 

「で、何にします?」

 

「バーガー一つ。セットのドリンクはジンジャーエールで。あとメニューのここから──」

 

 私はメニューの一番上から、真っ直ぐ人差し指を滑らせる。

 

「一番下まで全部ください」

 

「……えっと、後からご家族が十人単位でやってくるとか、そういうことかい?」

 

「え? 全部私一人で食べますが……」

 

 店員はキョトンとした顔をしながらメニューと私の顔を交互に見る。

 

「まあ、いいか。出来上がり次第持っていくからテーブルで待っててくれ。ちなみにお嬢ちゃん、ドリンクは?」

 

「コーラで」

 

 店員は伝票にペンを走らせると、大きなジョッキにジンジャーエールとコーラを注ぎ差し出してくる。

 私はそのジョッキを二ついっぺんに左手で掴むと、ダンブルドアの待つテーブルへと戻った。

 

 

 

 

「ハンバーガーにフィッシュ&チップスお待ち。他の料理もすぐ持ってくるよ」

 

 テーブルに次から次へと運び込まれてくる料理を順番に口に運ぶ。

 既に私の横には空になった皿が積まれており、ダンブルドアはそれを見ながら頬を軽く掻いた。

 

「よく食べるのは良いことじゃが……些か食べ過ぎではないかの? それとも、それだけの量を食べなければならない理由があるとか」

 

「あー、どうなんでしょう。考えたことなかったですね。孤児院にいるときはこんなに食べなかったですし……ホグワーツに来てから年々食べる量が増えてる気がします」

 

 フィッシュ&チップスを大きく切り取り、口の中に押し込む。

 

「まあでも、太らない体質なのか体重は変わらないですし。それに何より食を楽しむと言うのは人生において──」

 

 その時、カランという音を立ててパブの扉が開く。

 私はパブの店員だった時の癖でその音に釣られて扉の方を見た。

 

「いやはやこの辺レストラン少な過ぎ。マトモに営業してるのここだけじゃん」

 

 扉を開けて入ってきたのはレミリア・スカーレットの従者である紅美鈴だった。

 下はジーパン、上はパーカー姿の美鈴はこちらには目もくれずに真っ直ぐカウンターへと進むと、店主に料理を注文し始める。

 私はその様子を横目で見ながらダンブルドアに話しかけた。

 

「あれ、スカーレットさんのところの従者さんですよね。なんで彼女がこんなところに?」

 

 観光に来るような村ではない。

 何か目的がない限り来るような場所ではないだろう。

 

「そもそも、彼女は一体何者なんです? ダンブルドア先生は何か知っていますか?」

 

 彼女の外見を見るに、歳を取っていても二十代後半だろう。

 パッと見る限りでは二十代前半に見える。

 もしイギリスで育った魔法使いなのだとしたら、ホグワーツの卒業生のはずなので、ダンブルドアなら何か知っているだろう。

 そのように憶測を立てたが、ダンブルドアは静かに首を横に振った。

 

「分からん。じゃが魔法使いでないことは確かじゃ。彼女も主人のレミリアと同じく、ここ数十年全く容姿が変わっておらん」

 

「では、彼女も人間ではない?」

 

 吸血鬼……の可能性は低いか。

 彼女が日傘無しで太陽の下を歩いているのを見たことがある。

 

「そういえば、あの後結局どうなったんです?」

 

 私は目の前の料理に視線を戻すと、ダンブルドアに質問を飛ばす。

 

「あの後とは?」

 

「第三の課題があった日の夜。医務室に集まったじゃないですか。あの時、スカーレットさんは口論に呆れて途中で帰ってしまった。あの後、スカーレットさんと連絡は取り合っているんです? それと、彼女は今どのような立場を取っているんです?」

 

 去年対抗試合の審査員を務めたものの、彼女の魔法界での知名度はあまり高くはない。

 そもそもあまり表に出てこない人物だ。

 

「彼女は占い師ではありますが、資産家であり権力者でもあります。魔法省と根深いコネクションがあるという噂も聞いたことがあります。彼女がどのような立場を取るのかで、かなり状況は変わってきますよね?」

 

 ダンブルドアは手に持っていたハンバーガーを皿の上に置くと、少し声を潜めて言った。

 

「何度か手紙は送ったのじゃが、返信は来ておらん。今のところは表立っては動いていないようじゃが……」

 

 ダンブルドアからしたら、下手に動かれるよりかは、何もしないでいてくれたほうが都合がいいに違いない。

 彼女のことだ。

 ダンブルドアが指示を出しても素直に従わないだろう。

 美鈴はカウンターで注文を終えると、ビールジョッキを片手に上機嫌で空いているテーブルへと歩いていく。

 その時ようやく私たちの存在に気がついたのか、少々驚いたような顔でこちらに近づいてきた。

 

「あっれー? サクヤちゃんにダンブルドア先生じゃないですか。こんなマグルのクソ田舎で何してるんです?」

 

 美鈴は特に了承を取ることなく私たちが座っているテーブルへと腰掛ける。

 テーブルの上は既に私が食べ尽くした皿でいっぱいになっていたが、美鈴はその皿を勝手に違うテーブルに退け、自分の料理を置くスペースを作った。

 

「そういう紅さんこそ、何故このような場所に?」

 

 ダンブルドアの青い目が、眼鏡の奥でキラリと光る。

 美鈴はカラカラと笑うと、特に気にしていない様子で答えた。

 

「美鈴でいいですよ。いやぁ、うちのお嬢様が『一七五八年に行われたビゴンビル・ボンバーズとホリヘッド・ハーピーズの野良クィディッチ試合でどっちが勝ったかどうしても思い出せないから探してきなさい』ってうるさくて。それでこんな片田舎まで電車とバスとタクシーを使ってやってきたわけですよ」

 

 びっくりするほどどうでもいい。

 世間ではやれヴォルデモートが復活した、やれハリー・ポッターが殺されたと大騒ぎしているというのに呑気なことだ。

 平穏な日常を目指している私からしたら羨ましいかぎりである。

 

「いやぁ、心底どうでもいいですよね。何かの賭けの対象なのだとしたら調べに行ってこいっていうのもわかるんですけど、思い出せなくてモヤモヤするから探しに行けって……」

 

 美鈴は後頭部を軽く掻くと、額を机に付けて突っ伏す。

 

「まったく、呑気なものですよねぇ。先生とサクヤちゃんは校外学習とかですかね? 流石にこんなマグルの村にプライベートで観光ってことはないでしょう?」

 

「まあ、そんなところです」

 

 私は皿に盛られたパイを四等分に切り取る。

 

「美鈴さんも一切れどうです? 料理が来るまで少し時間がありますよね?」

 

「お、いいんですか? それじゃあ一切れ」

 

 美鈴はパイの一切れを持ち上げると、そのまま一口で口の中に放り込んだ。

 

「それにしても最近物騒になりましたよねぇ。名前を呼んだら怒られるあの人でしたっけ? 復活したっていうのは去年サクヤちゃんから聞いていましたけど……なんだか懐かしいですね。二十年前に戻ったみたいでワクワクします」

 

 美鈴のその言い草はどこまでも他人事だった。

 魔法界のいざこざなんて自分達には関係ないと言わんばかりに。

 

「わしとしては、スカーレット嬢とは是非とも協力関係を結びたいと思っておるのじゃがのう」

 

 ダンブルドアは皿に残ったフライドポテトをつまみながら言う。

 美鈴はやれやれと肩を竦めると、手に持っていたビールジョッキを一息で飲み干した。

 

「難しいんじゃないですかね? お嬢様はその件に関しては完全に興味を無くしてますし。まあでも、魔法省と不死鳥の騎士団が協力関係になったようですし、もしかしたらまた何か始めるかもですけど」

 

 なんにしても、と美鈴はジョッキの口を指でなぞる。

 

「レミリアお嬢様は何者にも縛られない。私利私欲の塊の我儘お嬢様ですから。何か提案するとしたらきちんとお嬢様に利益がなければ聞く耳すら持たないと思います」

 

 その時、店主が山盛りにされたソーセージの皿と、カップに盛られたバニラアイスを盆に乗せて現れる。

 

「はいよ、ブラッドソーセージお待ち。あと、こっちの嬢ちゃんのほうはこのバニラアイスで最後だ。本当に全部平らげるとは……」

 

「あ、ビールおかわり!」

 

 店主は横の机に退かされた大量の皿を少々呆れた様子で見ると、盆に載せる。

 そして美鈴の追加注文のメモを取り、カウンターの奥へと帰っていった。

 

「さて、それではわしらはこの辺でお暇させて頂こうかの。サクヤ、支払いをしてくるから出発する準備を進めておくのじゃ」

 

 ダンブルドアはそういうとカウンターへと近づいていく。

 私は数口でアイスのカップを空にすると、ナプキンで口元を拭い、鞄を手に取った。

 

「それでは、私たちはこの辺で。レミリア嬢によろしくお伝えください」

 

 私は席を立ち、美鈴に対しペコリと頭を下げる。

 

「あー、はいはい。よろしく言っときます。サクヤちゃんもなんか大変そうだけど、いつでも頼ってね」

 

 美鈴は笑顔で私にウィンクする。

 そんな毒気のない美鈴の笑顔に自然と私も笑みを浮かべると、冗談交じりで言った。

 

「はい。もしもの時は頼りにさせていただきます」

 

 私は美鈴に手を振り、会計を終えたダンブルドアとともにパブを後にした。

 

 

 

 

 パブを出た私たちは村の中心から離れ、背の高い生垣に挟まれた細道を下っていく。

 道は舗装されていないどころか、もう随分と人が通っていないかのようにデコボコしており、草も生え放題になっていた。

 ダンブルドアは時折何かを確認するような仕草を見せながら、迷うことなく細道を抜けていく。

 すると、数分も歩かないうちに少し開けた空間に出た。

 

「ここじゃ」

 

 ダンブルドアは空間の真ん中にひっそりと立つ家を指差す。

 先程モーフィン・ゴーントの記憶で見た、ゴーント家そのものだった。

 ゴーントが闇祓いに捕まってからずっとほったらかしになっていたのだろう。

 家の壁にはツタが這い、屋根にまで達している。

 

「やはり、おかしなことになっておる。どうやらこの家には相当強力な呪いが掛けられているようじゃ」

 

「強力な呪い……、では、ヴォルデモートがここに来た可能性が高いと」

 

 モーフィンが家を出る前に家に呪いを掛けたとは考え辛い。

 だとしたら、ヴォルデモートがこの家に何かを隠し、それを守るために呪いを掛けたと考える方が自然だろう。

 

「用心するのじゃ。どのような呪いか分からん」

 

「止めますか?」

 

「……いや、このままでよい」

 

 ダンブルドアは杖を取り出し、右手に構える。

 そして朽ちかけているドアノブをコツコツと叩くと、左手でゆっくり開いた。

 家の中はモーフィンの記憶で見たままではあったが、床や机にこびりついていた腐った食材や食べかけの料理などは綺麗さっぱり消えて無くなっていた。

 ダンブルドアは杖を振るい、部屋全体に探索魔法を走らせる。

 

「この部屋ではない。更に奥のようじゃ」

 

 私は無言で頷くと、左手で杖を引き抜く。

 そして右手でポケットの中に入っている懐中時計を握りしめた。

 ダンブルドアはチラリと私の方を確認し、部屋の奥にある扉のドアノブに杖を添える。

 すると扉は一人でに奥へと開いた。

 

「あっれー、お二人ともこんなボロ屋敷で何してるんです?」

 

 扉が開いた瞬間、部屋の奥からそんな呑気な声が聞こえてくる。

 部屋の奥には頭にヘッドライトをつけ、右手で指輪と思わしきものをつまんでいる美鈴の姿があった。

 

「校外学習にきたお二人がここにいるってことは、この屋敷ってそれなりに歴史のある屋敷なんですかね。だとしたらこれがここにあるのも納得という感じですけど。今度小悪魔さんに聞いてみますか……っと、すみません。お邪魔ですよね。私の用事は済んだのでこれにて失礼させてもらいます」

 

 美鈴は綺麗な姿勢でお辞儀をすると、部屋を出るために私たちの方へと近づいてくる。

 ダンブルドアは一瞬だけ混乱したような表情を見せたが、すぐさま美鈴を引き留めた。

 

「待つのじゃ。美鈴さん、貴方がどんな目的でここに来たのか、もう一度教えてもらっても構わんか?」

 

 ダンブルドアの問いに、美鈴は首を傾げる。

 

「え? だから言ったじゃないですか。クィディッチの試合結果がどうしても思い出せないから、探しに来たって」

 

「その探し物っていうのは……」

 

 私は美鈴の握られた右手を見る。

 美鈴は私の視線が右手に注がれていることに気がつくと、右手を開いて見せてくれた。

 

「ああ、この指輪ですよ。お嬢様の探し物というのはこれのことです」

 

 美鈴の手のひらの上にある指輪は、金色の腕に黒い石が嵌め込まれている。

 間違いない。

 分霊箱の可能性があるゴーント家に代々伝わる指輪だ。

 

「美鈴さん。貴方はその指輪の危険性に気づいておらん。その指輪は黒い石が嵌め込まれているだけのただの指輪ではない。貴方が想像している何倍も厄介で、恐ろしいものじゃ」

 

「そ、そんなこと言ったって渡しませんよ! 欲しいんだったらお嬢様と交渉してくださいよ。それに、ちゃんとこれがどういうものか知っているので大丈夫です」

 

 美鈴は指輪をヘッドライトで照らす。

 

「これってアレですよね。ぺべレル兄弟が『死』から授かった秘宝の一つ。『蘇りの石』ですよね?」

 

 そして、とんでもないことを口にした。




設定や用語解説

紅 美鈴(ほん めいりん)
 レミリアの従者。女性にしては長身で、赤い髪をまっすぐ腰まで伸ばしている。東洋人であり、中国出身。服装は様々で、キッチリとしたスーツを着ている時もあれば、メイド服を着ている時もある。公的な記録では百年ほど前からレミリアに仕えているようだが、詳しいことを知っているのは本人たちだけだろう。少なくとも人間ではない。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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