P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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小瓶と石の壁と私

 

『クィレル、貴方って帰る気ないの?』

 

 私の目の前にクィレル・クィリナスが座っている。

 クィレルは焼きたてのトーストにバターを塗り、それに齧りついていた。

 

『逆に君は帰る気があるのか?』

 

 クィレルの問いに、私が答える。

 

『当たり前じゃない。私の居場所はここではないわ』

 

 

 

 

 私の意識が覚醒する。

 私は目を開けることなく、体の感覚から今置かれている状況を整理し始めた。

 どうやら、私の両腕は拘束されているようだ。

 それも予言の間でルシウスが行ったような簡易的なものではない。

 手首と合わせて、指先に至るまで全く動かせる気がしない。

 いや、指だけではない。

 全身に痺れるような感覚がある。

 きっとそのような呪いを掛けられているのだろう。

 

「目が覚めたようじゃな」

 

 気が付かれないように慎重を期していたつもりだったが、あまり意味がなかったようだ。

 私は光に目を慣らすように、ゆっくりと目を開けた。

 そこは校長室だった。

 目の前にはダンブルドアがいつもの椅子に腰かけており、じっとこちらに視線を向けている。

 

「……おはようございます。ダンブルドア先生」

 

「ああ、おはようサクヤ」

 

 私は軽く俯き、ハリーの血が乾ききっていないことを確認する。

 どうやらあれからそんなに長い時間は経っていないようだった。

 

「ここは……ホグワーツですか? つまり、私は助かったんですね」

 

 私は安心するように安堵の息を吐く。

 

「法廷に向かう寸前で死喰い人に攫われまして……ハリーが助けに来てくれなかったらどうなっていたか──」

 

「もうよい。わしは、神秘部の中で何が起こったのかをかなり正確に理解しておるつもりじゃ」

 

 ダンブルドアはじっと私の目を見つめる。

 開心術を掛けようとしているようだが、無駄だ。

 私の心はヴォルデモートですら開くことはできない。

 私は一度時間を停止させると、何とか拘束を解くことができないか試みる。

 だが、杖もなければナイフもない状況でこの拘束から逃れることはできなかった。

 やはり、ここはダンブルドアの隙を伺うしかない。

 流石のダンブルドアも死ぬまで私をこの場に拘束し続けるということはないだろう。

 私は呼吸を整えると、時間停止を解除する。

 ダンブルドアは私に開心術をかけるのをあきらめたのか、軽く目を伏せた。

 

「わしが駆け付けた時には全てが終わっていた。魔法省に現れたヴォルデモート卿の相手をしておる場合ではなかった。逃亡しようとするヴォルデモートを追うのではなく、すぐに神秘部に駆け付けるべきじゃった」

 

「ええ、そうですね。そうすれば、少なくともハリーが死ぬことはなかった。シリウス・ブラックを助けることも出来たかもしれませんね」

 

「まさかとは思ったが、やはりグリム先生の正体はシリウス・ブラックじゃったか」

 

「まさか? ブラックは、先生にも正体を隠していたのですか?」

 

 だとすると、まだ希望はある。

 あの場にブラック一人で来た時点で予想はしていたが、パチュリーとダンブルドアは繋がっていない。

 確かにグリムは不死鳥の騎士団員ではないし、授業以外で他の教員と関わっているところを見たことはない。

 グリムが単身で動いていたとしたら、ダンブルドアは私の能力について知り得ていない可能性がある。

 

「パチュリー・ノーレッジという魔女はかなりの秘密主義じゃ。グリムという人材をこちらに送り込んできた意図も正確には把握出来ておらんかった。じゃが、グリムの正体を知り得た今、ようやくその意図を読み解くことができた。グリムは彼女が送り込んだのではなく、自らの意思でホグワーツを訪れたのじゃろう。ハリーを守るために」

 

「それじゃあ、先生はシリウス・ブラックが無実であるとお考えなのですね」

 

「パチュリー・ノーレッジがシリウス・ブラックを抱え込み、ホグワーツに送り込んだということは、そういうことなのじゃろう。彼女が興味本位で殺人鬼を匿うとは思えん」

 

 私はそれを聞いて、ほっと安堵のため息を吐く。

 ダンブルドアはそれを見て不可解な顔をした。

 

「何かおかしなことでも言ったかのう」

 

「いえ、なんでもありませんわ」

 

 死後ではあるが、シリウス・ブラックの汚名は雪がれるだろう。

 ブラックは、最後の最後に救われたのだ。

 

「さて、改めて問おうかの。ハリー・ポッターを殺したのはお主で間違いないな」

 

 私はダンブルドアを見つめ返す。

 

「……ええ、私がハリーを殺しました」

 

 ダンブルドアはそれを聞くと、どこか残念そうに視線を落とす。

 

「ダンブルドア先生のせいですからね? あなたがもっと上手く立ち回っていたら、私はハリーを殺さずに済んだのに。スネイプ先生から何も聞いてはいなかったんですか? それとも、スネイプ先生はダンブルドア先生にも私のことを秘密にしていたんです?」

 

「……勿論、聞いておったとも。お主がヴォルデモートの娘で、死喰い人のスパイだということも含めてじゃ。ヴォルデモートの今回の計画もかなり詳細に掴んでいた」

 

「セドリック死んでますけど……」

 

 私はやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

 

「それがキッカケじゃよ。死喰い人のスパイであるお主が服従の呪文で操られている生徒に襲われ、殺人を犯した。自作自演なのは目に見えておる。わしはお主が魔法省に拘束されておる間に、可能な限り情報を集めた。スネイプ先生にも協力してもらっての。その結果、今回ハリーの身に危険が及ぶ可能性は少ないと判断したのじゃ」

 

「では、わかっていてハリーを魔法省に行かせたと?」

 

 私の問いにダンブルドアが頷く。

 

「ハリーを殺すだけならいつでも出来たはずじゃ。お主を使っての。でも、ヴォルデモートはそれをしなかった。予言の内容を確認するまでは、ハリーに直接手出しするのは危険であると考えたのじゃろう」

 

「概ね、先生の予想通りですよ。ヴォルデモートはあの場でハリーを殺す気はなかった。それじゃあ、先生はハリーを餌にしてヴォルデモートを魔法省へと誘き出し、予言を持ち去る前に倒してしまおうと、そういう算段だったわけですね」

 

「じゃが、もう少しでヴォルデモートを追い詰めれるといったところで、あやつが呟いたのじゃ。ハリー・ポッターが死んだと」

 

 それで、慌てて予言の間に駆けつけたというわけか。

 確かにグリム……シリウス・ブラックの存在はヴォルデモートから見てもダンブルドアから見てもイレギュラーだ。

 大きな死傷者が出ずに終わるはずだった今回の計画は、シリウス・ブラックという死神犬の関与で魔法界の英雄の死という結末を辿った。

 私とダンブルドアの間に無言の時間が流れる。

 ダンブルドアは少しの間机の引き出しをガサゴソとやっていたが、やがて小瓶を机の上に取り出した。

 

「これをホグワーツの生徒に使うことになるとはの」

 

 ダンブルドアは小瓶を右手に握りしめ、椅子から立ち上がる。

 そしてゆっくり私の方へと近づいてきた。

 

「……それは?」

 

「なんじゃと思う? お主には予想がついておるのではないか?」

 

 小瓶の中身は無色透明で、一見しただけでは水が入っているようにしか見えない。

 だが、今このタイミングで取り出す魔法薬と言ったら一つしかないだろう。

 

「まさか……真実薬──」

 

「その通りじゃ」

 

 ダンブルドアは小瓶の蓋を取ると、大きな手で私の頭を掴んだ。

 

「やめて……、それだけは……それだけはやめてください。全てを話します。どんな質問にも答えますから、だから──」

 

「駄目じゃ」

 

 ダンブルドアは杖を取り出し、小瓶の中身を宙に浮かせると、私の口に真実薬を侵入させた。

 私は必死に真実薬を吐き出そうとするが、ダンブルドアによって操られている真実薬は私の胃袋にべったりと張り付いているようで、全く吐き出せる気がしない。

 ……どうやら、私はここまでのようだ。

 真実薬が脳内を蝕んでいく。

 もう、何も考えられない。

 もう、何も考えなくていい。

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 校長室で、過去の殺人からヴォルデモートとの関係、能力の詳細に至るまで洗いざらい全てをダンブルドアに話す夢だ。

 可笑しく、愉快な夢だった。

 私の口から言葉が発せられるたびに、ダンブルドアの顔色が変わり、深刻になっていく。

 いや、夢見心地なだけで、実際には夢ではないのだろう。

 だが、私の意思とは関係なく、口から秘密が溢れていく。

 一通りの質問に答え終わったあと、私はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 「──っ、……」

 

 頭が痛い。

 頭の痛みで意識が覚醒する。

 私は一先ず全く身動きをしないまま、じっと耳を澄ませて周囲の状況を探った。

 だが、私の呼吸の音と心臓の音以外は何も聞こえない。

 私は取り敢えず近くに誰もいないと判断すると、ゆっくり目を開ける。

 どうやら、私はベッドの上に寝かされていたようだ。

 私は体を起こすと、改めて部屋の中を見回す。

 部屋の内装はどこかホテルを思わせる。

 一人用のベッドに小さな机と椅子。

 壁にはクローゼットが埋め込まれており、部屋の隅には扉が二つほどあった。

 

「……どこよここ」

 

 少なくともグリモールド・プレイスの私の部屋ではない。

 ホグワーツの寮とも思えないし、ましてや魔法省の留置所とも思えない。

 

「服も綺麗になってるし」

 

 私はベッドから起き上がり、裸足のまま床を歩き小さな窓へと近づく。

 カーテンを少し開けて外を確認すると、見慣れたホグワーツの校庭とハグリッドの小屋が見えた。

 

「ということは、ここはホグワーツの一室ってわけね」

 

 グリフィンドールの寮ではないが、少なくともホグワーツの中にいる。

 私は頭痛を堪えるように頭を押さえると、今着ているものを脱ぎ始めた。

 

「服はホグワーツで配られる寝間着ね。特に変な魔法は掛かってない」

 

 私は一度素っ裸になり、体に異常がないかを確かめ始める。

 少なくとも、大きな怪我はない。

 ブラックに蹴られた時に出来た小さな切り傷はあったが、それも既に治療済みなようで、薄く線が残っているだけだった。

 ただ、所持していた杖やナイフ、懐中時計に関してはことごとく没収されている。

 私はある程度現状を理解すると、裸のまま扉の一つに手を掛ける。

 何度かドアノブを捻り、押したり引いたりしてみるが、扉が開くことはなかった。

 

「こっちは施錠されている。だったら、洗面所はこっちか」

 

 私はもう一つの扉を開くと、中に設置されているシャワーで汗を洗い流す。

 そして用意されていたタオルで体を拭き、クローゼットを開けた。

 

「さてさてー、何が用意されてるかなー」

 

 私の予想通り、クローゼットの中にはホグワーツの制服や、おしゃれなワンピース、ラフなTシャツやジーンズなどが入っていた。

 私はその中からホグワーツの制服を取り出し、素肌に身に着け始める。

 入っていた制服は私のものではないようで、サイズが同じな全くの新品だ。

 

「えへへ、新品だー! そろそろ新調しようと思ってたのよね」

 

 私はウキウキで新しい制服を身に着けると、改めて部屋に一つある窓に近づく。

 先ほどは外を覗いただけだったが、よく考えればここから外に出れるんじゃないだろうか。

 私はカーテンを大きく開け、窓に付けられた鍵に手を掛ける。

 だが、鍵は接着剤で固められているようにビクともしなかった。

 

「鍵は開かない」

 

 私は拳で軽く窓ガラスを叩く。

 だが、石の壁を叩いているかのような感覚で、割れそうな気配は全くしなかった。

 

「流石にそこまで甘くはないわよね」

 

 私は外に出ることを諦め、再びベッドに横になる。

 そして、時間を停止させると、部屋に置かれた椅子を手に取り、思いっきり窓ガラスに叩きつけた。

 

「──ッ!」

 

 だが、窓ガラスは時間が止まっていない時と同じように石のように硬く、割れる気配がない。

 

「魔法による強化じゃない? だとしたら……」

 

 私は時間停止を解除し、窓ガラスに掛けられた魔法を分析する。

 そして、割れなかった理由に納得した。

 これはガラスじゃない。

 ガラスのように見せているだけの、石の壁だ。

 石の壁を変身術で変化させ、窓ガラスのように見せているだけなのだ。

 本来この部屋は、窓のない石造りの小部屋だったのだろう。

 それを魔法でホテルの一室のように変化させているのだ。

 

「は、はは……開かない扉に、石の壁。時間停止対策はバッチリってわけね」

 

 私はもう一度窓の外を見る。

 ちょうどハグリッドが起きてきたのか、大きな欠伸をしながら薪割りを始めたところだった。

 私は今度こそ外に出ることを諦めると、もう一度ベッドに横になる。

 そして、今度は演技ではなく、本当に二度寝を始めた。

 今、外がどのような状況かは分からない。

 だが、大きく動いているのには違いない。

 ヴォルデモートの復活に、ハリー・ポッターの死。

 魔法省としても、ヴォルデモートの復活を認めざるを得ないはずだ。

 少なくともファッジは解任されるだろう。

 私は足元の毛布を手繰り寄せると、全てを遮断するように毛布に包まった。




設定や用語解説

ダンブルドアが立てた作戦
 ヴォルデモートが今回の件でハリーを殺すことはしないだろうと推測し、ハリーを囮に使う形で神秘部から戻ってきたヴォルデモートを迎え撃つ作戦。

ハリーが殺されないと推測した理由
 ただハリーを殺すだけならサクヤを使えばいつでもできる。ヴォルデモートしては真に信用できるスパイとしてサクヤをホグワーツに戻すだろうと判断した。サクヤを怪しまれずにホグワーツに戻すなら、サクヤ一人ではなくハリーと共に戻した方が不自然ではない。

イレギュラー・ブラック
 シリウス・ブラックが神秘部に現れていなかったらダンブルドアは激戦の末ヴォルデモートを捕え、ついでにホグワーツに帰ってきたサクヤも捕えることができたであろう。そういう意味ではシリウス・ブラックさえいなければダンブルドアの作戦は完璧だったと言える。

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