P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

113 / 168
抱擁と温もりと私

 ヴォルデモートたちが去ってから十分は経過しただろうか。

 私は鼻を啜りながら泣き止むと、顔を上げてハリーを見る。

 ハリーは涙でぐしゃぐしゃの私の顔を見て、照れくさそうに笑った。

 

「さあ、帰ろう。僕たちの学校へ」

 

「……うん」

 

 私は顔をローブの袖で拭い、ハリーに支えられながら立ち上がる。

 きっと神秘部の外はヴォルデモートたちが暴れ回ったおかげで滅茶苦茶なはずだ。

 その混乱に乗じて一つ上の階のエントランスへ上がり、守衛にでも保護を求めよう。

 私は自然な動作でハリーの左手を握る。

 ハリーは私に手を握られて少し驚いていたようだったが、気にしていないふうを装った。

 その時だった。

 

「ハリウッドで女優でも目指したらどうだ? 一生金と男に困らないだろうな」

 

 そんな軽口が、棚の陰から聞こえてきたのは。

 私は咄嗟にハリーの手を離すと、声のした方向から距離を取る。

 そしてその方向を油断なく睨みつけた。

 

「本当に大したものだよ。魔法省もダンブルドアもまんまと君にしてやられた。今頃上は大混乱だろう」

 

「誰? 一体何の話?」

 

 杖を抜いたほうがいいか?

 いや、今ここで杖を持っていると怪しまれる。

 私は法廷に向かう直前に連れ去られた設定なのだ。

 

「私が誰か。そうだな。逆に問おう。私は誰だ?」

 

 棚の陰から黒い人影が姿を現す。

 そこに立っていたのはホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の教授をしているグリムだった。

 

「グリム……先生? でも、なんでグリム先生がここに?」

 

 ハリーは訳が分からないと言わんばかりに目を白黒させている。

 そんな様子を見て、グリムは小さく笑った。

 

「勿論、助けに来たんだよ。ハリー。君をね」

 

「ああ、よかった! ここで学校の先生に会えるなんて──」

 

 私は安堵の表情でグリムに駆け寄ろうとするが、グリムの次の言葉に思わず立ち止まる。

 

「小芝居は終わりにしよう、サクヤ・ホワイト。私はお前の正体を知っているぞ」

 

 ドクン、と鼓動が早くなるのを感じる。

 グリムが私の正体を知っている?

 

「あの、一体なんの話か見当も──」

 

「ハリー、今すぐその女から離れろ。そこにいる女は死喰い人の仲間であり、例のあの人、ヴォルデモート卿の娘だ」

 

 横にいるハリーの目が見開かれる。

 私は、いつでも時間を止めれるように身構えると、ブンブンと首を振った。

 

「そんな、そんなわけないじゃないですか。私が例のあの人の娘だったら、なんで人質に取られるんです? それに、内緒にはしていますけど、私は不死鳥の騎士団のメンバーです。死喰い人とは敵対関係にある魔法使いですよ?」

 

「そうだ。サクヤが死喰い人なわけない。それに、仮に例のあの人の娘だったら、二年前にシリウス・ブラックから狙われるはずがないじゃないか」

 

「シリウス・ブラック……そうか、シリウス・ブラック……ははは、そうだな。世間ではそうなっているんだったか」

 

 グリムは手袋をつけた手を自分の顔に伸ばし、顔につけていた仮面に手を掛ける。

 そして、ゆっくりと仮面を取り外した。

 

「勘違いも甚だしい。真の裏切者は他にいる」

 

 そこに立っていたのは、二年前に私が殺したはずのシリウス・ブラックだった。

 

「──ッ、そんな……貴方が生きているわけない……だって──」

 

「私が確かに殺したはずだ。そう言いたいのだろう? だが、私はこの通り生きている」

 

 ブラックはやれやれと首を振ると、仮面を床に捨てる。

 そしてハリーに対し柔らかい笑みを向けた。

 

「ああ、ハリー。会いたかった。我が親友、ジェームズの息子よ」

 

「お前が父さんの名を語るな! 親友だって? だったらなんで裏切ったりなんか──」

 

 だが、勿論ハリーはブラックが無実であることを知らない。

 ブラックは少し悲しげな表情で諭すように言う。

 

「それは誤解だ。ジェームズを裏切ったのは私じゃない」

 

 ブラックはハリーに対し、真の裏切者はピーター・ペティグリューであるという説明をし始める。

 私はその話を聞きながら、この危機的状況をどうすれば脱することができるかを考えていた。

 全てを投げ出して皆殺しにするのは簡単だ。

 時間を止めて、ブラック、ハリーの順で殺していけばいい。

 だが、可能であればそれは最後の手段にしたい。

 最良の結果は、ハリーにブラックを殺させる、もしくはハリーと共闘してブラックをこの場で殺すことだろう。

 今の魔法界ではシリウス・ブラックはヴォルデモートの右腕であり、凶悪な殺人鬼と思われている。

 ハリーがブラックのことをかけらも信用しなければ、そのような状況を作り出すのは難しくはない。

 だが、そんな私の目論見をブラックは簡単にひっくり返した。

 

「スキャバーズが人間? いや、そんなまさか──」

 

「ピーター・ペティグリューは生きている。証拠もある」

 

 ブラックはローブの中から数枚の写真を取り出し、ハリーに突き付ける。

 一体どこで撮影したのか、そこにはヴォルデモートの横に控えるペティグリューの姿が映っていた。

 

「ハリー、この男に見覚えがあるんじゃないか? ピーター・ペティグリューも君のお父さんの友人だった。一緒に写っている写真もあったはずだ」

 

「……そんな、それじゃあ本当に──」

 

「ああ、こいつが生きて、ヴォルデモートに仕えているという事実が、私が無実である一番の証拠だ」

 

 あんな写真が出てきてしまったら、ブラックが無実であるという話に信憑性が出てきてしまう。

 私は横目でハリーの表情を伺うが、動揺しつつもブラックのことを受け入れつつあるように感じた。

 

「じゃあ、なんで貴方はあの時サクヤを攫うような真似をしたんですか?」

 

「サクヤを攫う? いやいやいや、それは違う。あの時、私とホワイトは協力関係にあった。まあ、少なくとも私は協力関係にあると思っていた。ホワイトには今と全く同じ話を聞かせていたし、ホワイトもその話を聞いて、疑ってはいたが一応の納得をしてくれた。その時、私はホワイトに頼んだのだ。ロンのペットであるネズミを捕まえてほしいと」

 

「ハリー、出鱈目だわ。信用したらダメ」

 

「その条件として私はロンドンにある孤児院で起こった殺人事件の調査を行った。そう、ホワイトが暮らしていた孤児院で起こった大量殺人事件だ。私が犯人でないなら、一体誰が犯人なんだとね。私はホグズミードからロンドンへと戻り、事件の調査を始めた。だが、今思えばそこから仕組まれていたのだろう。ホグズミードに戻った私を待っていたのはネズミではなく、ナイフだった」

 

 ブラックの視線が私を貫く。

 

「正直、訳が分からなかったが、今なら何となく理由を推測することができる。ホワイト、お前は私がロンドンの、それも孤児院の近くで捕まることを期待していたのだろう? 孤児院での殺人を私に押しつけるために」

 

「……いや、違う。私は決してそんなこと──」

 

「だが、私は捕まらず、ホグズミードに戻ってきてしまった。それも、ホワイトに不利な証拠を掴んでね。焦ったホワイトは私を殺し、全てを有耶無耶にした。正直、首と心臓を貫かれたときは死んだと思ったね。だが、神は私に味方した。死にかけていた私は、パチュリー・ノーレッジに拾われたのだ」

 

 もしシリウス・ブラックがパチュリーに拾われたのだとしたら、パチュリーが私に貸し与えたグリモールド・プレイスの屋敷の謎に説明が付く。

 もともとあの屋敷はブラック家の持ち物だったとヴォルデモートから聞いた。

 何故その屋敷をパチュリーが所持しているのか疑問だったが、なんてことはない。

 シリウス・ブラックから直接譲り受けたのだろう。

 

「私は今までの全てをパチュリー・ノーレッジに話して聞かせた。正直、信じてもらえるとは思ってもみなかったが、彼女は強力な開心術士だ。私程度の閉心術では彼女に隠し事はできない。彼女は私の話を信じ、私の正体を隠して、弟子として雇い始めた。だが、私にはやることがある。ずっと引きこもって魔法の研究をしているわけにはいかない」

 

「やること?」

 

 ハリーが聞き返すと、ブラックはハリーに微笑み返す。

 

「ワームテール……ピーター・ペティグリューとサクヤ・ホワイトが野放しである状態を無視することはできない。それでは、ハリー、君があまりにも危険じゃないか。そもそも、私がアズカバンを脱獄したのもピーター・ペティグリューから君を守るためだ。ハリー、私はね、君のお父さんから君のことを頼まれていたんだよ。僕ら夫妻に何かあった時は、貴方がハリーを守ってと。ハリー、私は君の後見人なんだよ」

 

 どうする、どうすればいい?

 グリム……シリウス・ブラックがパチュリーの弟子であり、信頼されているというのは事実だろう。

 対抗試合の審査員としてホグワーツに来ていた頃からそばに従えていたし、その光景を多くの魔法使いが目撃している。

 パチュリー・ノーレッジからの信頼を得ているというのはつまり、ダンブルドアから信頼を得ているのと同じぐらいには信用性がある。

 今からシリウス・ブラックを悪者にして、ハリーと二人で殺すというのはあまりにも難しいだろう。

 だとしたら、全てを知らなかったフリをして勘違いで殺してしまったことにするか?

 いや、それはあまりにも危険だ。

 何故なら、先程からブラックは──

 

「本題はここからだ。ハリー、今すぐホワイトから離れろ。その女は死喰い人の一員で、ヴォルデモートの娘だ」

 

 ブラックは杖を取り出すとまっすぐ私に対して向ける。

 ブラックのことをひとまず信用した様子のハリーだったが、流石にその言葉はすぐには受け入れることができないようだった。

 

「そんな……何かの間違いだ。サクヤがヴォルデモートの娘? 死喰い人の一員? 違う……サクヤは僕の親友で──」

 

「こいつはずっと潜伏していた。いつか自分の父親を復活させようと。そのためにピーターを解き放ち、自分の父親を探させた。それに、ホワイトは死喰い人の集会に出席している。ヴォルデモートの娘としてな。今回の事件もおかしいと思わなかったか? 一体誰がセドリック・ディゴリーを操った? 何故ヴォルデモートは予言を受け取った後、お前たち二人を殺さなかった? 全部この女が仕組んだことだ。ハリー、君に予言を取らせるためにね」

 

 ハリーが視線を泳がせ、私の顔をチラリと見る。

 

「そんな、違うよね? サクヤはそんなこと……」

 

「ホワイトはずっとスパイとして不死鳥の騎士団に潜伏していたんだ。今まで大きな動きは見せていなかったが……今それを証明しよう」

 

 ブラックはそう言うが早いか、高速で杖を振りかぶると私に対して何らかの呪文を掛けようとする。

 私は咄嗟に杖を引き抜いたが、盾の呪文が間に合わない。

 ブラックの放った呪文は私のお腹に直撃すると、私を数メートル吹き飛ばした。

 

「見ろハリー。人質に取られていたはずの娘が杖を持っているぞ。ヴォルデモートはそこまで不用心なのか? それに、殺人の容疑が掛かっている魔法使いが杖を所持できるはずがない。用心のために仲間の死喰い人から予備の杖を受け取っていたのだろう?」

 

 私はゆっくり立ち上がると、服を捲り大きな怪我がないかを確かめる。

 幸い、怪我はない。

 だが、呪文が当たった場所には複雑な魔法陣が刻み込まれていた。

 

「……これは、そう、拾ったのよ」

 

 私はお腹の魔法陣を解析しながらブラックへ返答する。

 パチュリーに主従していたということは、この魔法もパチュリーの技術が使われている可能性が高い。

 だとしたら、少なからず魔法の効力がわかるはずだ。

 

「用心深い性格が仇になったな。ハリー、私の後ろへ。サクヤ・ホワイトをこの場で拘束し、ダンブルドアに引き渡す。ホワイト、君が真に無実なら、ダンブルドアに引き渡されても何の問題もないよなあ?」

 

 苦しい。

 予言を手に入れるところまでは完璧だったのに、まさかこんなところで全てが崩壊するだなんて。

 私は杖を持っていない右手で頭をガリガリと掻き毟ると、大きなため息をついた。

 

「まさか、殺したはずの亡霊に全てを台無しにされるなんてね。本当に、予想外だわ」

 

「……サクヤ?」

 

「──まずいッ、ハリー!」

 

 ブラックはハリーの手を掴み自分の後ろへ引っ張り込む。

 私はそんな様子を見ながら時間を停止させた。

 

「でも、不用心なのは相変わらず。私を捕えたかったらダンブルドアとパチュリー・ノーレッジ、両方連れてくるべきよ」

 

 まあ、魔法陣の効果なんて時間を止めてしまえば関係ない。

 私は左手に杖を持ったまま固まっているブラックに近づく。

 そして隠し持っていたナイフを右手に握りこむと、心臓目掛けて振り下ろした。

 

「何も対策してないと思ったか?」

 

 だが、私が振り下ろしたナイフがブラックの心臓を貫くことはなかった。

 ナイフはブラックの体に到達する寸前で、ブラックの盾の魔法によって阻まれる。

 

「……な、なんで……、時間が止まっているはずなのに──」

 

「大人を舐めすぎだ。私がここに一人で来た意味をよく考えるべきだったな」

 

 ブラックはそのまま私のナイフを振り払うと、私のみぞうちを蹴り飛ばす。

 魔法で筋力を強化しているのか、私はそのまま数メートル吹っ飛ぶと、地面を転がった。

 

「お前が時間を止める魔法を使うというのは調査済みだ。そして、その対策もな。ホワイト、今私とお前はその魔法陣によって魔力で繋がっている。お前がいくら時間を止めようが、私はその影響を受けない」

 

 ブラックは腕の袖を捲ってみせる。

 そこには私のお腹のものと同じ模様の魔法陣が刻まれていた。

 私は全身に走る痛みを無視して立ち上がると、右手にナイフ、左手に杖という一番得意な構えを取る。

 

「ますますここで殺しておかなくちゃいけなくなったわ」

 

「そうか。今度はしっかり殺せよ。生き返らないようにな」

 

 私は姿勢を低くし、一直線にブラックに突っ込む。

 時間停止が使えないからといって、私が無力な少女になると思ったら大間違いだ。

 去年一年間、私はクラウチから魔法戦闘の全てを叩きこまれている。

 私はナイフを振りかぶると同時に武装解除の呪文をブラックに放つ。

 ブラックは盾の呪文で私の呪文を弾くと、ギリギリのところで私のナイフを避けた。

 

「戦い方がクラウチの野郎にそっくりだ」

 

「そりゃ、私に戦闘のイロハを教えたのはクラウチですもの」

 

 ブラックは小さく舌打ちすると、私を振り払うように蹴りを放つ。

 やはり何か魔法による強化が施されているらしい。

 私はその蹴りを右手で受け止めたが、衝撃を受け止めきれずそのまま棚に叩きつけられた。

 

「だが、あいつとは昔何度も殺りあってる」

 

「……チッ、それ反則。人間の基準で戦いなさいよ」

 

 私は地面を転がり少し距離を取ると、死の呪いをブラックに向けて放つ。

 ブラックは緑色の閃光に少し目を見開いたが、すぐに身を捩って避けた。

 そのまま私とブラックは魔法を撃ち合い、時に避け、時に盾の呪文で弾き返すということを繰り返す。

 実力は互角、いや……少しずつだが確実に押されている。

 このまま真っ当に戦っていては私に勝ち目はないだろう。

 

 だったら、からめ手を使うだけだ。

 

 私は魔法でブラックの後方、ハリーを挟んで反対側に瞬間移動する。

 

「アバダケダブラ!」

 

 そして死の呪文を放つと同時に時間停止を解除した。

 緑色の閃光がハリー目掛けて直進する。

 何が起こっているのか理解できていないハリーには回避不可能な一撃だ。

 このまま死の呪いがハリーに当たれば、ハリーは死ぬ。

 だが、私の予想が正しければ……

 

「──ッ、ハリー!」

 

 ブラックは咄嗟に私と同じ移動魔法でハリーと死の呪文の間に割り込む。

 アバダケダブラに反対呪文は存在しない。

 ハリーに当たるはずだった死の呪いは、間に割り込んだブラックに直撃する。

 ブラックはその衝撃でハリーを巻き込むように吹き飛ぶと、ピクリとも動かなくなった。

 

 今度こそ、私はシリウス・ブラックを殺した。

 

 

「……シリウス?」

 

 ハリーは自分に覆いかぶさるようにして死んでいるブラックの死体を軽く揺する。

 自分の目の前で人が死んだということを理解できていないようだったが、体が密着しているためか、すぐにブラックが息をしていないと理解したようだった。

 私は右手に持っていたナイフを仕舞うと、杖を片手にハリーに近づく。

 

「さて、あと一人」

 

「……サクヤ」

 

 ハリーはブラックの死体の下から這い出ると、私から距離を取る。

 そして、そのまま手に持っていた杖を私に向けた。

 

「シリウス・ブラックの言っていたことは本当なの?」

 

「全部嘘よ。アレはシリウス・ブラックという犯罪者の戯言……なんて言って信じる? ……ブラックの言っていたことは本当よ。私はヴォルデモート卿の娘。死喰い人のスパイとして不死鳥の騎士団に潜り込んだ……ね」

 

 私はハリーを追い詰めるように一歩近づく。

 ハリーは震える手で杖を握りながら言った。

 

「それじゃあ、今までのは全部演技だったってこと?」

 

「……そうね」

 

 私はハリーの言葉を否定する。

 いや、だがどうだろうか。

 本当に全部演技か?

 

「初めて会った時のこと、覚えてる? 漏れ鍋で合流して、一緒にホグワーツで使う学用品を買いに行ったよね」

 

「ええ、昨日のことのように覚えているわ。ハグリッドにアイスをご馳走になったわね」

 

 今思えば懐かしい。ハリーと初めて会ったのはあの日だったか。

 あの時の私は右も左もわからない、杖すら持っていない少女だった。

 私はそんなことを思い出しながら一歩ハリーに近づく。

 

「キングス・クロスで迷ってるときに、ロンの家族に助けてもらったよね。そこでロンと友人になった。初めは仲が悪かったハーマイオニーとも、いつの間にか友達になった」

 

「ええ、そうね。貴方たち、最初はいがみ合ってた」

 

 ああ、懐かしい。

 そうだ、今でこそ仲良し四人組だが、最初はハリーとロン、ハーマイオニーは犬猿の仲だった。

 

「あれから色々あったよね。毎日一緒に行動して、勉強を教えてもらったり、大皿に盛られたベーコンを取り合ったり」

 

「そう……ね。本当に色々あった。毎日、毎日一緒にいて──」

 

 杖を握る手に力がこもる。

 

「全部、全部嘘だったの?」

 

 

 

 

 

 

 

「嘘なわけないじゃないッ!」

 

 私の手から杖がこぼれ落ちる。

 嘘なわけがない。

 私は別に入学した時からヴォルデモートについていたわけではないから。

 ハリーたちと育んだ友情は本物だ。

 

「楽しかった……本当に楽しかった! でも、もう後戻りはできない。私は……ッ、私は……」

 

 涙が溢れ出て、私の頬を濡らす。

 

「貴方が知らないだけで、私の手は血で染まりすぎている。こんな私を愛してくれる人なんていない。本当の私を愛してくれる人はいないわ……」

 

 泣き顔を隠すように、私は両手で顔を覆う。

 

「ハリー、私はね、もう何人も殺してるの。自分の都合で、自分勝手に。後戻りはできない……後戻りはできないわ……、そう、初めて人を殺したあの時から」

 

「……サクヤ」

 

 ハリーの手から杖が滑り落ち、音を立てて地面を転がる。

 そしてゆっくり私へと近づくと、そっと私を抱きしめた。

 

「独りにならないで。僕らは仲間じゃないか」

 

「ハリー……、ハリー!」

 

 私はハリーに抱きつき、声を上げて泣き始める。

 

「大丈夫……大丈夫だから……、僕がついてる」

 

「ハリー。ああ、ハリー。愛してる。愛してるわ」

 

「サクヤ……、僕もだよ。君を愛してる。今思えば、ひとめぼれだった。ずっと、君のことを思ってた。今の関係を壊したくなくて、ずっと言えなかったけど……」

 

「好きよ、ハリー。私は、貴方のことが好き──」

 

 ああ、ハリー、貴方はどうしてそんなに……。

 私は少し体を放し、ハリーの顔を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、左手でナイフを引き抜き、ハリーの心臓に突き立てた。

 

「……え?」

 

「ハリー、好きよ。愛してる。本当よ? 嘘じゃないわ」

 

 私はそのままナイフを捻り、引き抜くと、今度は首を切り裂いた。

 ハリーは何が起こったのか理解できていないといった表情で口を何度か開く。

 何かを言おうとしたようだが、傷口から赤黒い泡が立っただけだった。

 

「ありがとう。こんな私を愛してくれて。ありがとう。こんな私を抱きしめてくれて」

 

 私はそのままハリーを抱きしめ続ける。

 ハリーの胸のあたりから溢れ出た温かい血液が私の服を赤く染める。

 ハリーの命が溢れ出て、私の心を満たしていった。

 

 一九九六年、二月二十二日。

 私は魔法界の英雄で、私の親友であるハリー・ポッターを殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間抱きかかえていただろうか。

 私はふと我に返り、ハリーの死体から体を放す。

 私という支えを失ったハリーの死体は、そのまま血だまりにバシャリと倒れた。

 

「死体をヴォルデモートのもとへ持っていかなきゃ。ハリーの死体はヴォルデモート卿の権威を高める大きな武器になる」

 

 私は血だまりの中から立ち上がると、ハリーの死体を抱き上げる。

 

「急いだほうがいいわね。いつ魔法省の役人がここに乗り込んでくるかわからない。早く、ヴォルデモートのアジトへ──」

 

「残念ながら時間切れじゃ」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、私は意識を手放した。




設定や用語解説

グリムの正体
 シリウス・ブラックでした。これ気がついていた人どれぐらいいるんでしょうかね。私の過去作に仮面リドルが登場するので、グリムもリドルだと思っている人もいたのではないでしょうか。グリム=死神犬=黒い犬=シリウス・ブラックという割と安直な名前でした。動物もどきであることがほとんど知られていないからこその名付け。

パチュリーに拾われていたシリウス
 サクヤ視点では知る由もないことだが、パチュリーに拾われたということはつまりおぜうさまに拾われたということ。なお世間的にはレミリアとパチュリーは全く接点のない人物同士。

時間停止の無効化
 ヴォルデモートとサクヤが両面鏡でやりとりしていたのと原理は変わらない。魔法によってサクヤと繋がることで時間操作の影響を受けなくなる。簡単に言えば叛逆のまどマギでマミさんがほむらの足にリボン結んだような感じ

搦手(死の呪い)
 死の呪いは反対呪文が存在しないので避けるしかない。
 避けれないなら代わりに誰かが盾になるしかない。

ハリーのことが好きなサクヤ
 サクヤの精神は割と未熟なのでサクヤが言うところの好きは恋愛感情とは少し異なる。家族愛や友人愛に近い。

ハリーを殺すサクヤ
 死喰い人の仲間であることがバレただけならサクヤは絶対にハリーを殺さなかったでしょう。死喰い人であることがバレなくとも時間操作のことがバレればサクヤは絶対にハリーを殺します。大体そんな価値観。


Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。