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※またここからしばらく三人称になります。
魔将であるゲザリウスはその獅子の顔に不愉快極まりない、という表情を浮かべたまま、配下だった
別に最下層の兵士など失っても魔将から見れば痛くも痒くもない。ただそれが自分の支配地域で行われている事には不愉快さを感じているし、それ以上に不愉快なのは。
『またこいつらか……っ』
ゲザリウスの手にあるのは、死骸をここまで運んできた部下が、現場で発見したピュックラーの記憶にもあるツェアフェルトの家紋が焼き印で押された名刺のような木の板である。
ここしばらくの間、ゲザリウスが預かっている旧トライオット地域では、
そしてその戦闘跡には、魔石を奪われた死骸の傍に必ずといっていいほどこの木の板が置かれており、嫌でも襲撃相手が誰であるかを自覚させられていた。
『人間の分際で、忌々しいっ!』
怒りに任せてかつて部下だった
ヴェルナーは知る由もなかったが、王都での魔軍掃討戦の最中にゲザリウスの参謀格であった魔族は貴族に成り代わっていたことが災いし、ヴァイン王国の騎士団によって打ち取られてしまっている。
魔術師兼参謀格の存在を失っていたことが魔軍の攻撃をさらに単調なものとすることになるのだが、この時点ではそれを知りようもない。
その時、周囲にいたゲザリウスの部下が何かに気が付いたように空中に鼻を伸ばし空気を嗅ぐ。ゲザリウスもそれに気が付いた。そして舌打ちをする。怒りに任せて獣化してしまったため、人間の衣服を失っている自分の姿を自覚したためだ。
『やむを得ん、かわりの物で良い』
ゲザリウスがそう指示し、現在、自分が奪った肉体へと姿を変える。ある意味では戻すと言ってもよい。不愉快そうに確保しておいた衣服や靴を身にまとった。周囲の部下たちのうち半分ほどが同じように人の形に姿を変え、服を着る。
これらの服はほぼ死体から奪ったものであるため、見栄えが良くないことは否定できない。もっとも逃亡者のように見えると言えば確かにそうであろう。
「人の姿は相変わらず動きにくいな」
「は」
口でそう言いつつも返答を求めていたわけではない。反応を半ば無視して人の姿を取った複数の部下を従え、こちらから近づく方向に移動した。死骸となった
わずかに不快な表情を残したまま、気配の主を発見するとこちらから声をかけた。
「誰かと思えばお前か」
「こ、これは、マンゴルト様。ご機嫌麗しく」
「挨拶はいい。ツェアフェルトの小僧は砦にいるのだな」
「は、はい。ここ最近はもっぱら指揮のみしているようでございます」
アンハイムから追放され、着の身着のままだった前回と異なり多少はよい身なりになっている。どうやらアンハイムに協力者がいるのは事実らしいと判断しつつもふん、とゲザリウスはマンゴルトの姿のまま鼻で笑った。
「い、いかがでございましょうか、ここはむしろアンハイムの町の方を先に」
「その場合、あ奴は砦から出て川を渡り、後方を襲う予定なのであろう?」
「た、確かに小僧はそのように申しておりましたが、我らが内側から扉を開ければ……」
「お前たちにそんなことを期待していない」
魔族が人の姿を取った存在であればともかく、人間ごときにそのような期待はできぬ、とゲザリウスは内心でつぶやいた。何よりも、この男たちが持ち込んで来たその砦の情報がある。
「柱だけはしっかり建てたが壁は板を張っただけの砦など、魔軍ならば一蹴できよう」
「そ、その件でございますがマンゴルト様、本当に魔軍と共闘ができるのでしょうか」
「心配はいらん」
にたり、と笑うと手を挙げた。
「見ての通りだ。俺は魔軍の力を借りている」
「さ、さすがマンゴルト様でございます」
「小僧の首を持って行けばアンハイムの住人も考え方を改めるかもしれん。その時まで町の中に潜んでいろ」
「かしこまりました。その際は何卒我らにも褒美を」
「解っている」
これだから人間は度し難い、と内心で冷たく切り捨てた。だがツェアフェルトの小僧を斃したのち、アンハイムの町に住むすべての人間そのものもすべて喰らうだけである。うわべだけは笑顔を見せた。
「期待しているぞ」
「ははあっ」
「という感じにそろそろなっている頃じゃないかな」
「そのためにあのような行動をとったのですか」
「まあな」
砦の建築に五日ほど費やし、そこを指揮所にしてから二十日ほど経過した日の午後、砦に作った建屋の一室でヴェルナーは肩を竦めた。マンゴルトの姿をしたゲザリウスとアンハイムの犯罪者が接触していたのとほぼ同時刻の事である。
想像よりもやや遅れているなと思いながら予想を口にしたヴェルナーに対し、ノイラートとシュンツェルが顔を見合わせ、ホルツデッペが何とも言えない表情で口を開く。
「しかし、いつからそれを考えていたのですか」
「ピュックラー卿の死体が見つかった時かな」
とヴェルナーは応じたが実際は異なる。そもそもの疑念を抱いたのは王太子との会話の最中、ゲームで復活してきた魔将が騎士団長や王太子の肉体だったのではないか、という仮説を立てた時に始まっている。
今回、もし肉体に魔将の力が影響されるのであれば、逃亡するために手に入れた
そして現在の段階ではヴェリーザ砦の魔将ドレアクス、フィノイの魔将ベリウレスの両方とも復活のためのコアはヴァイン王国で確保されている状況だ。そうなるとだれがそのキープされている肉体を使おうとするかは想像がつく。
この想像が外れていればよいが、もし当たっていた場合、アンハイムの町の中から反乱が発生しかねない。その危険性を考慮したうえで、ヴェルナーはマンゴルトの肉体が利用されている事を前提に策を練った。
アンハイムで最初に人相書きを確認させたのは、マンゴルトと面識のない小物にも顔を確認させるためであるし、町中で悪事を働いていた顔役の取り巻きをトライオット方面に追い出したのも元々はこれが目的だ。
一方で魔将が全く情報に気を使わないほど頭が悪いとも思えない。これはむしろピュックラーの記憶があるなら、情報というものの力はある程度理解しているのではないかと考えたのだ。
だからこそ、アンハイム内部にいる誓約人の不平を持つものも、あえて罰金や譴責程度で許した。その中には追放された人間たちとの関係がある者もいるだろうと思われたためである。
追放された男がもし“マンゴルト”と遭遇したら、密かにアンハイムの町中に戻り、町内部の不満を持つものと情報交換をすることを考えるだろう。旧主の嫡男であるマンゴルトになら情報を売ったりすることもあるだろうと判断したのだ。
あえてそういった不平を持つものから情報が洩れるように、ヴェルナー自身は砦に入っていることや、砦が簡易的に作られた点も含め、ほぼ事実の情報をアンハイムの町に流したのである。
無論、全部が空振りであっても手間こそかかったが別に痛くはない。魔将が情報を気にしないような馬鹿ならまっすぐにこの砦に攻め込んでくるだろうと思えるからだ。上手く行けば儲けもの、程度の認識であったことは否定できない。
ヴェルナーが魔軍の行動に関しての予想を口にしたこの会話が事実に近い状況であったことはあとで判明する事になるが、この時点ではまだそこまでの事は知る由もなかった。
「それはともかく、さて、今回はどっちになるかね」
ヴェルナーがどこか楽しそうにそう言いながら作戦計画とサイコロを取り出す。ノイラートたちが苦笑を浮かべた。
アイクシュテットとヴェルナーの作戦計画はそれぞれに特徴があり、意外なほどアイクシュテットの作戦案の方が好戦的である。一方で地の利もよく把握されており、反撃を受けた際の計画も整っていたため、ヴェルナーはむしろ積極的に採用していた。
ただその方法が少々個性的であるが。
「奇数か。なら俺の作戦案だな」
「何も賽の目で作戦を決めなくても」
「癖を見抜かれたくない」
単にサイコロを振りたいだけじゃないのか、という疑惑の視線を向けられてもヴェルナーは素知らぬ顔である。アイク案とヴェルナー案のどちらで侵攻先を決定するかをそれで決めているのだからそのような目で見られても仕方がない所だ。
だが実際、そもそも攻撃計画のタイプが異なる上に、どちらの物であっても計画そのものの完成度は高い。それがサイコロ任せで決まっているのだから魔軍にも予測を立てようがないだろう。旧トライオット領内でゲザリウスが翻弄され、振り回されているのもやむを得ない所ではある。
「今トライオットに侵攻している傭兵隊は今日戻ってくるはずだったな。ゲッケ卿が戻ってきたらホルツデッペ卿には……」
「閣下、失礼します」
客分扱いのアイクシュテットが入室してきたのはヴェルナーが指示を出そうとしたときであった。硬い表情を浮かべており、何かあったことはすぐにわかる。
「どうした」
「アンハイムのケステン卿から使者が参りました。以前閣下がトライオット方面に追放した男が何人かアンハイム内部に潜伏していると。ただ武装はしていないようです」
「ほう」
ヴェルナーの反応はそれだけであったが、ノイラートたちは顔を見合わせ、確認するかのように口を開いた。
「やはり魔将の手配でしょうか」
「恐らくな。だいたい、トライオットに放逐されて魔物に襲われなかっただけでも十分に怪しい」
全員が頷く。ヴェルナーが言葉を継いだ。
「ゲッケ卿が戻ってきたら手配を進めないとな。アイクシュテット卿は第二砦に先行して留守部隊と合流。準備と資材が整っているか確認しておいてくれ」
「承りました」
「ホルツデッペ卿、戸板の確認を頼む。ノイラートとシュンツェルもそれぞれ準備を。そろそろ始まるぞ」
「はっ」
「承知いたしました」
相手が人間を甘く見ているならこっちが戦力を集中させていても気にしないだろう。ヴェルナーは防衛体制を強化するように指示を下すとともに、アンハイムにも使者を出した。
アンハイム攻防の前哨戦となる二砦戦が始まるのはこの日から二日後の事である。
連日四千字前後…テンポが…あうあう
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