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代官として~統治と軍務~
――135――

 翌日、誓約人会を前に王家からの極秘情報という形で魔将襲撃の可能性を説明した。紛糾した紛糾した。証拠はあるのかと問い詰めてきた相手には陛下か王太子殿下に聞けと一蹴して黙り込ませる。

 信じがたいのも無理はないがもし本当に襲撃が来たら全員まとめて食われて死ぬぞ、襲撃がある前提で話を聞けと半分以上は脅したが、とりあえず話を進めることはできた。


 「聖女様とも親しいとお噂のツェアフェルト子爵です、あるいは王室にのみ伝わっている神託を密命で漏らされていてもおかしくはございますまい」


 神殿長殿がそうフォローしてくれたんで視線で感謝しておこう。ラフェドに協力しての不満分子を捕縛に関する礼を言いに行ったら聖女様によろしく、としっかりアピールされたがまあそれは当然か。


 「そこでだ。卿らに頼みがある」

 「何でございましょうか」

 「私はここに砦を作る」


 以前の図のうち、一番砦の場所を指し示す。反応は特にないが軍務経験がない人間の多くはそんなものか。


 「理由を詳しくは説明できない。ただ、この砦で長く耐えることはできないだろう。一方でここに敵襲があれば今後の計画を進める合図にもなる」

 「今後のでございますか」

 「そうだ。この砦に敵が攻めてきたら、すぐにアンハイム周囲の村人たちの避難と保護を卿らに進めてもらいたい」


 そう言われたときにようやく誓約人会の人間も表情を改めた。突然王都からやってきた落下傘候補的な代官より、近くに住む村人の方が大事なのは理解できるんで内心で苦笑いするしかない。とりあえず知らん顔をしながら話を進める。

 まずフィノイ以前に攻め滅ぼされた、フリートハイム伯爵領での状況を語る。嘘を言う必要はないので思い出したくもない記憶だが淡々と事実を説明していたら周りの連中、顔色が蒼白になってきた。無理もないか。


 「私としても犠牲者は一人でも減らしたい。そのためにも卿らに協力してもらう」


 今度は全員が頷く。


 「合図は狼煙でいいだろう。ただ領のどこまでの範囲が戦場になるかは予想がつかない。そのため、アンハイムでは合図があり次第全員を避難させてもらう」

 「避難と申しましても」

 「アンハイムが近い村の住人はアンハイムに全員避難させろ。そうでない場合、近隣のグレルマン子爵、ツァーベル男爵にも話は通っている。十日程度は保護してもらえるはずだ」

 「十日、ですか……」

 「そのぐらい待てば王都からの援軍が来る」


 断言したことでどうにか納得したようだ。もっとも、その前の魔族の襲撃状況を聞いていれば同意するしかないだろうな。


 「避難を拒否するものもいるかもしれませんが」

 「もしどこかの村から拒否者が出た場合、その村の税率は昨年の五倍にすると通達しろ」


 ざわつきが起きたが反論は起きない。この中世風世界において村という集団での連携力というかつながりはとても強い。村全体に影響が出るとなれば従うしかないだろう。いちいち村々に危険性を説明して回ることはできないのだから、強権を発動する。

 このぐらいやらないと被害を少なくすることはできないんだが、これ村に犠牲者とかが出ないと単に強権発動したという記録しか残らないんだよなあ。はあ、今更ながら胃が痛い。


 地図を示してどこの村はどこに避難させるか、人数等を一つ一つ詰めていく。家畜をどうするか、保障はいくら出すか、等も含めてだ。例えばこの地域だと、羊毛を取るための羊が家畜業の家一軒につき七〇頭ぐらいが平均なんで、家畜も避難させるか金銭で保障するのかとかも大きな問題という訳だ。


 やや余談になるがこの中世風世界の農村は前世の中世中期ごろに近い。酪農の専門に近い場合は住居と家畜小屋は別だが、普通の農家では家の中で家畜を飼っている。二階建ての農家なんてほとんどないんで、仕切り一つで人と家畜の生活が隣り合わせになっている家も珍しくない。

 それが鶏やガチョウとかだけではなく豚とかロバでもそんな感じなんで、衛生面に関してはいろいろ考えるところもある。前世の黒死病(ペスト)が農村で蔓延したのは、家の中に家畜の排泄物があるような環境だったために鼠が住みやすい事が理由の一つとさえ言われているからな。


 まあ伝染病の理由を何か一つに集約させるのもおかしいんだが、危険性を知っている以上は放置っていうのも違う気がする。その辺は今後の課題ということになるだろうけど。さすがに今どうこうするような話じゃない。



 誓約人会との会議を終え、執務室に戻るといくつか籠城時に備えての指示を出す。魔道ランプの配分調整や弓の配分など、いくつか確認をしていると、ラフェドとケステン卿の来訪が伝えられたんで入ってもらう。


 「失礼いたします、子爵」

 「ああ、かまわない」


 ラフェドの態度は何と言うかわざとらしい。妙な言い方だが役者を演じている一般人とでもいう表現が一番しっくりくるだろうか。ケステン卿は戦士そのものという身のこなしなので並ぶとギャップが凄いな。


 「二人ともご苦労。ケステン卿、支援隊はどうだ?」

 「この期間で出来る限りのことは致しました。子爵の得意とするような戦い方はできないかもしれませんが、拠点防衛になら十分戦力になるかと思われます」


 ここまで一月程度だもんなあ。むしろよくやってくれたと思う。俺の得意とする、という風に評されたのは大軍を運用するやり方じゃなくてどちらかと言うと少数の兵を使っての機動戦という意味らしい。

 俺自身にそういう自覚はないんだが、賊退治でそういう戦い方をしたんでそういう印象ができたんだろう。確かに大軍を統率する自信はないけど。


 「ラフェドの方はどうだ」

 「お望みの物は用意できましたが、数はやはり限界がありますな」

 「そこは仕方がない」


 むしろある程度でも揃ったのは助かる。今回、俺の立ち位置はあくまでも敵を引っ張り出す囮であり、騎士団到着までの時間稼ぎだ。基本となる兵力が足りない。だが独力で相手を倒す必要がない分、別の戦い方がある。

 ラフェドにいくつかの指示を出して荷を分けさせる手配を任せる。元商人だけあって補給や輸送の重要性も理解しているのは正直ありがたい。


 そのラフェドが出ていくとケステン卿が俺に向き直った。どこか皮肉っぽい顔なのは何というかケステン卿本来の上司であるセイファート将爵に少し似ている。類は友を呼ぶと言う奴なのかもしれないとか考えてしまったのはさすがに非礼だろうか。


 「ラフェドに補給面まで任せて大丈夫なのですかな」

 「相手が魔族のうちは大丈夫だ」


 何となくだが、鼻が利く分、俺が不利になればいつの間にかいなくなりそうだ。むしろラフェドが裏切らないうちは俺が有利なんじゃないかと思う。松永弾正かよ。

 それにケステン卿も補給面の管理を任せることそのものには口を挟まなかったし、どちらかというと俺の考え方を確認しにきている感じだ。


 「一つお伺いしてもよろしいですかな」

 「なんだ」

 「なぜあのようなやりかたをされるのです?」


 質問の意味がよくわからんので怪訝な表情だけ向けておく。ケステン卿が言葉を継いだ。


 「単純に守るなら最初からアンハイムに籠城し騎士団の来訪を待てばよいこと。わざわざ魔将を打ち取るために無理をする必要はないはず」

 「ああ、そういう意味か」

 「しかも閣下自身が囮となるような手段を使って北門に誘導する必要はないでしょう」


 ばれてら。確かに誘導するだけならほかにも方法はある。ただ魔将(ゲザリウス)をこの場で斃すためには挑発して、激怒させておきたい。そうすれば騎士団が来るまで確実に足止めできるだろう。

 アンハイムという町を攻めるのをあきらめることは容易だろうが、おちょくられた人間を放置はできないだろうからな。連中無駄にプライド高いし。


 どうでもいいんだが俺は一応子爵なんで閣下と呼ばれるのはおかしくないんだが、言われる方がむずがゆくてたまらない。前世の記憶があるせいでもっと偉い人物につける敬称なんじゃないかという気がしてるんだよ。

 その辺のもやもやは置いておいて、とりあえず質問には答えよう。


 「町の住人が感じる不安感が違う。騎士団到着までの間、たとえ数日でも魔軍が城壁外にいる期間が短い方がいいだろう」

 「閣下は変わっていますな」


 そのあたりは難しい所だ。確かに俺の思考には前世の記憶があるんで、どうしても“民間人”を実戦に関わるところからはなるべく遠ざけたいという意識はある。

 一方でこの世界、それだと組織そのものが成り立たないという知識もある。例えば輸送一つでもトラックはないのだから人力に頼る部分は大きく、労働力としての民を数に加えないわけにはいかないからだ。

 同時に、貴族としては民の存在が必要不可欠である。民のいない領地はただの荒野でしかない。『君は船なり、人は水なり、水は能く船を載せ、また能く船を覆す』という訳だ。その意味でも民を巻き込む戦い方は可能な限り避けたい。

 だが結局その辺は理屈だな。


 「俺は俺のやり方でしかうまくやれないから、だろうな。民を巻き込んで大量の被害者を出したけど勝ちました、なんて胸を張れるような考え方はできない」

 「なるほど」


 誰に対して胸を張るのか……は、うん、考えないことにしておこう。追及される前に話を変える。


 「ところでケステン卿、卿にもやっておいて欲しいことがあるんだが」

 「何でございましょうか」

 「卿も飛行靴(スカイウォーク)の事は知っているだろう。一番砦からの狼煙を確認したら王都に使者を出してほしいが、その人選」

 「なるほど」

 「それと、卿ら熟練兵(ベテラン)にこいつの使い方を習得しておいてもらいたい。ただし極秘に、だ」


 飛行靴(スカイウォーク)と一緒に必要書類の名目で魔法鞄(マジックバッグ)に入れて他人の目に触れないように持ち込んだ魔道具を渡す。道具としての実用レベルなのは確認できているから、後は実戦での運用になる。

 ただこれ、実際に使う場面では俺よりも熟練兵(ベテラン)に任せた方がいい代物だ。というかむしろ俺が勉強したいぐらい。


 実物を見せながら詳しく説明をしたら唖然としていた。うん、ケステン卿ぐらい戦歴長そうな人がこの顔をするという事はこいつは有効そうだな。


 「俺は明日から砦の構築に入る。引き続きアンハイムの守備は任せるぞ」

 「承知いたしました」


 作戦を開始して、敵さんが攻めて来るまで二〇日前後ってところか。今頃マゼルは三人目の魔将がいるダンジョン周辺に近づいていてもおかしくないのかな。

 こっちも勇者パーティーに恥ずかしくない戦い方をしますかね。

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