執務室の中では資料に目を通していたフレンセンが立ち上がって礼をしてきた。今更堅苦しい礼儀なんぞいらんのでさっさと確認に入る。
「で、どうだ」
「やはり難民の扱いに苦慮していた様子がうかがえます」
「だよなあ」
執務席に座りほっと一息。推理系とかサスペンス系映画だったら、盗聴器を気にしないといけないタイミングだよなとバカなことを考えてしまうのは気が抜けた証拠かもしれない。そんな魔法はないから大丈夫、なはず。
あったとしてもこんなところに使える奴はいないか。皮肉や嫌みじゃなく地方都市だもんなあ。まったく、なんでこんなところに赴任させられたんだか。父の言う覚悟しておけというのが今更ながら思い出される。茶が欲しいな。リリーがいればなとちょっと思ってしまった。
赴任前にはリリー本人からも身の回りの世話をする役としてついていけないかと問われたんだが、実際問題として
それに安全面の問題もある。王都襲撃イベントに関してはもちろん危険性はあるが、それでも王都にはゲームと違い騎士団が健在だ。まだイベントも始まらないはずだし、現時点での安全性は高い。
一方の俺が派遣されたここは決して精鋭とは言えない戦力、守りに向いていない地形、人心も安定しているとは言えない状況で魔将との戦いが想定されている。はっきり言ってこっちの方がよほど危ない。という訳で諦めてもらった。
聞き分け良く納得してくれたものの、垂れてる子犬の尻尾を幻視するぐらいしょんぼりされたんでこっちが悪いことをしている気分に。安全なところにいてくれる方が俺も安心だからと納得しておく。
「書庫はあったか?」
「ありましたが、領政に関する資料や裁判記録などがほとんどかと思われました」
「まあそうか」
一応確認はしておいてもらったが、クナープ侯爵の本領でもないし私的な資料なんかが残ってるはずもないか。やはり地方で得られる情報はたかが知れている、となるとどうあっても王都に戻る必要があるな。王都に戻らざるを得ないような手をもう一手ぐらい打つ必要がある。そんなことを考えていると筆頭補佐役のベーンケ卿が口を開いた。
「会議の方はあれでよろしかったのですか?」
「ああ、賊がどのように配分されたのかは後で確認しておいてくれ。どこが一番人数つれて行ったかとか、面倒な奴がどこに押し付けられたかとかもな」
「承知いたしました」
ギルド間の
都市に対する周辺村落には大きく分けて二種類ある。一つは自然発生的に存在していて、城壁のある町に庇護を求めるようになった場合。前世の中世だと賊とか異民族襲撃からの避難が目的だったが、この世界では魔物からということになる。
この場合、村長の権限が結構強く、村長が誓約人会に在籍している事も珍しくない。町の側も向こうから近づいて来たんで無下にできないっていう面もあるしな。
もう一つは逆に町の住人が開発、開墾した場合。住人の次男坊、三男坊が仕事がなくなったんで外に出て開発、開墾を行った場合とかだ。こっちは開発の初期費用が町から出ている分、事実上町に従属している。
とは言え農村イコール労働力という一面がある以上、町との関係が複雑であることも多くて文字通りその関係は千差万別。日本の戦国時代、農村が自衛力を持っていたように、この世界でも農民が団結して武装蜂起をちらつかせつつ訴え出ることもある。現地で精査しないといけない部分だ。
「町政は基本的に誓約人会を通す形でかまわない。領全体はまず治安を安定させてからだな。王都から連れてきた役人たちに侯爵領だった頃の問題点を洗い出させておいてくれ」
「解りました。町政は大きく変更させない方向でよろしいのですかな」
「俺の立場はあくまでも陛下の代官だからな。問題は改善するが独断で大規模に変えるわけにもいかないさ」
「さようですな」
ベーンケ卿が納得したように頷いた。いや当然の事だろ。今、この人さりげなく俺の独立心とかさぐらなかったか。
それに
「ヴェルナー様、ホルツデッペ卿とケステン卿、ゲッケ卿が参られました」
「通してくれ」
フレンセンがノックに応じて来客を確認してくれたんで入室を許可する。現時点での代官としての幕僚団がこれで勢ぞろい。
もっとも立場はそれぞれで、有名な傭兵団団長のゲッケさんは俺を評価してくれているみたいだが、一応は金銭絡みの関係だ。無理は言えない。むしろ半年の長期契約をよく受けてくれたと思う。
傭兵団は総勢六〇名ほどで、経理担当や治療担当、料理人までいる。ゲッケさんと団員の実力も含め、完全に遊撃兵力として動かせるだけに今の俺にとって有り難い存在だ。俺に雇われる立場になったんで人前では卿で呼ぶようになっている。
なおゲッケさんの傭兵団を雇う費用は国に請求した。図々しいとも言えるが、俺にしてみれば評判が下がるぐらいの方が都合がいいんでむしろ躊躇なく請求している。父には渋い表情をされたが理由を説明して一応の納得はしてもらった。
ホルツデッペ卿は国からの代官付き将兵の代表。この世界では配属将という言い方をされる。古くからの貴族家が代官に任命された場合は自前の騎士団を連れて行けるだろうが、今回の俺みたいに抜擢された場合とかは直属兵力がない。
だが代官としての面子と言うか、外見を飾れないぐらいだと国の面子にもかかわる。したがって国から格好をつけるための兵力は貸し出してもらえるわけだ。もっともこの脳筋世界なんでそれなりに戦える人員であることは確認済み。
当然だがホルツデッペ卿は魔将の件も知っているはずだが、配下の騎士や兵士たちは知らないかもしれない。今のうちに信頼を積んでおかないとな。
ケステン卿は多分父より年上でセイファート将爵がよこしてくれた兵を教育するための教官役。とは言えこの人、引退している年齢らしいががっしりした体つきとか、間違いなく現役クラスだろ。戦ったら俺の方が負けそうだし。恐らく別動隊指揮官を任せられるのはこの人だ。将爵もその辺まで考えてるっぽい。
将爵から何か言われているんだろうが、最初から俺に好意的なのも助かる。ケステン卿以外にも五人ほど教官役を将爵から借りているがこの人が教官役のトップ。
文官代表と言うか事実上の副代官とでもいうべきベーンケ卿は実際の所よくわからん。父経由で俺に配属された、顎髭が立派なオジサマでございます。見た目は父よりは若そうだが四〇代後半以上なのは間違いないと思う。
セイファート将爵も納得しているという事で受け入れたんだが、以前にどこに配属されていたのか、ちょっと調べたけどわからなかったんだよな。まあ父と将爵が認めているんなら足を引っ張る側ではないだろう。
俺に対する監視要員ではあるかもしれんが、見られて困る立場でもない。むしろ仕事振りまくるから覚悟してほしい。
ノイラートとシュンツェル、フレンセンは俺の直属として今回も同行してもらった。微妙に貧乏籤かもしれんが。今後も含めていろいろな。
「皆ご苦労。まず短期的にだが、ゲッケ卿には周辺の地形を確認していてほしい。ついでで魔物を狩った場合、素材は買い取るから遠慮なくやってくれ」
「承知。冒険者たちとは棲み分けするように気を付けよう」
「助かる。ベーンケ卿はしばらく政務の補佐を頼む。町の行政と領の統治、両方は手に余るからな」
「そのようなことを正直に言ってよいのですか」
「飾っても仕方がない」
事実なんで。俺以外の人ができることはなるべく丸投げする。優先順位の問題ともいう。必ず来るだろう魔将対策が最優先なんだよ。
「ホルツデッペ卿は町の治安維持も兼ねて警備隊や住民との関係を作ってくれ。言っておくが代官直属だからと傲慢な態度をしていたら処罰するぞ。徹底させておけ」
「はっ」
「ケステン卿、卿は町の住人や難民の中から役に立ちそうな人を見繕っておいてくれ。近いうちに正式に支援隊を発足させる」
「了解しましたが、町の仕事をしている人物を引き抜いてもよろしいのですかな」
「かまわない。兵力確保が優先だ。いきなり三つも小集団が潰された賊たちがどう動くかを考えれば兵力増強の必要がある」
という名目で周辺の難民や希望者から兵士を募る。実際は魔将対策の兵力だがまさかそんなことを口に出すわけにもいかない。元難民とか元
この世界に人権はない。難民を便利使いできる労働力扱いしている組織や個人も多いだろう。難民の立場なんてそんなもの。だが別に犯罪者ではないんだから俺が引き抜いたって文句を言われる筋合いはない。
不満はあるだろうが引き抜かれない対応をしておかなかった方が悪いと割り切る。
その他いくつか指示を出し終えると、フレンセンが口を開いた。
「ところでヴェルナー様、町の有力者たちが彼ら主催で着任の宴を開くと申し出てきておりますが」
「やれやれ」
早速来ましたか。
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