フレンセンを除く俺たち四人が会議室に入ると、室内で待っていたオッサンたちが一斉にこっちに視線を向けてきた。
基本的には値踏みする視線が多いが、たまに俺が若造と甘く見たのか、マウントをとるつもりで睨んでくるのもいる。悪いな、フィノイ防衛の時、軍首脳の前で独断行動の説明やらされたときに比べればお前さんたちの地位も迫力も足りんよ。第一、王太子殿下お一人の方がはるかに怖いわ。威圧感というかそういうもののレベルが違う。
「まずは挨拶をさせてもらおう。ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ。アンハイム地方の代官を拝命した。諸卿にはよろしく頼む」
「子爵様、ご着任、おめでとうございます」
一番上座にいる爺さんが代表して頭を下げて全員が一応それに習う。ふむ、この爺さんが誓約人の代表ってところか。互いの自己紹介を済ませ、とりあえずジャブから打っておこう。文官たちに合図をして用意してきた似顔絵を回させる。
「これは」
「見たことがある者もない者もいるだろう。その男がマンゴルトだ」
再度似顔絵に目を向ける者、こちらを見る者、反応は様々。領主本人の顔は忘れるわけにいかなくても、長男あたりだと忘れていたり見たことないって奴もいるだろう。テレビとかもない世界だしな。ひとまず反応は無視して続ける。
ちなみにこれは国の法務関係者に作ってもらったもの。
「卿らも知っていると思うが、王都ではマンゴルトによってさまざまな騒動が引き起こされた」
「マンゴルト……がこの町にいるとおっしゃいますか」
「そうは言っていない。だが行方不明なのも事実だし、逃げ込むのなら旧クナープ侯爵領だろうと思われているのも確かだ」
言い澱んだのは呼び捨てにするのは流石に抵抗があるのだろう。客観的に考えてマンゴルトを庇いだてする理由も価値もない。だが、かつてのとは言え代々の当主一門の人間を呼び捨てにするのはまだ慣れていないというあたりか。こういう古くからの伝統とか前例ってのは意外と厄介なんだよなあ。
「念のため、町中も含め、もう一度隠れ住んでいないかの調査をしてもらいたい。匿うような真似をしている者がいたらその者も含めて国からの処罰が下ることになる」
国を強調する。『旗の影から声だけ出す』つまり前の世界で言う虎の威を借る狐と同じような言葉だが、そんな感じの印象を持たれても構わない。今回は俺の後ろに国がいるぞ、と印象付けるのが目的だしな。
小さな声で隣の男と話を始める奴らを見ながら、俺自身、頭の中で状況の再確認を進める。
国から命じられた国境地域の魔将対策。立場上、まずはこいつを優先的に対応するしかない。
この世界に関する疑問は確かにあるんだが、どこから調査の手を付けていいのかわからないという問題でもある。誰かに相談できるような内容じゃないし、伯爵家にある資料だけで回答が出るような話でもない。アンハイムへの赴任を命じられているのに役目をほっぽり出して調べさせてくださいという訳にもいかない。宮仕えはつらいよ。
それに実際問題、ゲザリウスとか言う魔将にも気になる点がある。結果論ではあるんだが、奴は魔物暴走の直後ぐらいに入れ替わっていたはずだから、かなり長時間王都で自由に行動していたはず。それだけの時間がありながら、マンゴルトを利用して魔族を王都に誘い入れるだけしかしなかったのか、と考えると何か違和感があった。
一応、ピュックラーの足取りをもう一度洗っておいてくれるように父には頼んであるが、奴は早めに対処しておかないとまずい気がして仕方がない。だからあえて他の疑問に一旦蓋をして魔将対策を最優先で処理することにした。マゼルが魔王と戦うまでには時間的な余裕がある、っていうか王都襲撃イベントの方が先だしな。胃が痛い。
一方でこのアンハイム領の問題の方も何というかこんがらがってるんだよなあ。単純に領だけの問題じゃ済まない可能性が生じている。ゴルディアスの結び目よろしく両断できりゃいいんだがそうもいかんのが辛い。だがひとまず全体よりこの町の方から対応していかないと。
この世界、町統治システムで見ると前世中世と似た所と違う所がある。似た所の代表はこの誓約人会だ。代官である俺が町長だとすると、誓約人会ってのは民主的に選ばれたわけじゃないが町議会だと思っていい。
荒っぽく例えると、ギルドを企業みたいなものだとする。ギルド長は社長になる。普段ギルド長は社長として自分の会社であるギルドの売り上げを伸ばし利益を出そうとしているわけだ。
そのギルド長が集まる組織が誓約人会。社長の集まる経済団体みたいなものだと思ってもいい。その経済団体が同時に議会を兼ねるのが中世での町政だ。所属組織を代表して王に忠誠を誓約する人間の集団だから誓約人会と呼ばれる。
例えば町の近くの橋が老朽化したんで直してほしい、という要望が町民から誓約人会に上がると、代官を含めてその必要性の是非、町予算からどれだけ出すのか、工事費用として臨時税をどの程度集めるかどうかなどを議論することになるわけだ。ちなみにこの場合の臨時税ってのは金銭じゃなくて労働力である事の方が多い。
この誓約人会の構成員が数人ずつで複数の委員会を組織し、委員として税収管理や財務会計の管理、裁判員なんかをこなすことになる。暴行事件が起きた場合、誓約人から二人、役人四人が裁判官として裁判委員会を開き、裁判を行うという感じだな。
都市役人は誓約人たちで構成された委員会の下部組織として実務を行う立場。中間管理職ともいえる。その他、町出身の人間で構成されている警備隊の隊長も誓約人会に所属するのが普通。前世で言う所の警察機構も兼ねてるから当然か。王都とかならもっと制度がしっかりしているんだが、地方都市だとだいたいこんなもん。
誓約人会の規模は町それぞれだし、町のカラーも会の構成員から想像がつく。例えば鉱山が近くにある町なら鉱石ギルドの代表がいる、鉱石に縁のないような酪農業が中心地域の町だと鉱石ギルドの人間はいないとか。
いかにもこの世界らしいなと思うのは、どこの町でも誓約人会に冒険者ギルドのギルド長がいる事だろう。当然だが前世の中世には冒険者ギルドとかないし。
冒険者ギルド長って普段は何をやってるのか結構疑問だったが、冒険者から宿が汚いと苦情が来たと旅亭ギルドに伝えたり、薬師ギルドから薬草採集依頼をもっと目立つようにしてくれ、とかの要望をやり取りするのも仕事だったらしい。
時には冒険者が迷惑をかけた相手のギルドに謝罪に行ったりという事もあるだろうな。商隊の護衛失敗とかだと商業ギルドの構成人にも被害が出ていることになる。ギルド長には政治力も必要という訳だ。
しかし、冒険者ギルドのギルド長が徴税委員会の委員として農村から税金集めてるとか、あり得るはずなんだがあんまり想像できんなあ。
同様に前世と違うのは教会の立場だ。前世だと町には複数の教会があった。日曜礼拝の度に全町民が一つの教会に集まるわけにもいかんというのもあるが、イエズス会とかドミニコ会とかの会派があったからな。誓約人会にもそれが反映されていて、だいたい各教会のトップが全員、誓約人会に席があった。だから前世の場合は宗教関係者が誓約人会に複数いる事が珍しくない。
だがこの世界、教会は統一されている。いや内部では最高司祭派とそれ以外の有力者派とかとでがちがちやってるらしいが、少なくとも外向きには教会は一枚岩だ。しかもだいたい町に教会は一つしかない。この辺りは変にゲーム準拠で困る。そのため、誓約人会に宗教関係者は教会長一人しかいないのがこの世界では普通。
もっとも、病気や怪我でもお世話になる教会だ。医療責任者と信仰責任者を一人で抱えている分、前世より発言力はあるかもしれん。俺に対してはせめて中立ぐらいであってほしい。
「ところで、賊の集団をいくつか排除したと伺いました」
「やれることは先に済ませる方がいいだろうからな」
「商業ギルドとしては街道の治安回復のお働きに御礼申し上げます。首謀者は処刑するとのことですが」
「ああ。それ以外は労働民扱いとする」
呼びかけられたんで思考を中止して応じる。労働民ってのは控えめな表現だが、要するにこの世界における強制労働をさせられる犯罪者だ。王都近郊ではなく地方での運用になる。
地方には牢獄はあっても受刑者を長期間入れておく監獄などの施設もなければ、それを監視する余分な人員も足りない。かといって前世と違い、罪人を護送するだけでも手間暇がかかるから、よっぽどの罪でなければ現地でどうにかしろという考え方になる。
町にある牢に長時間放り込んでおくか、足かせ付けて労働させるか、のどっちかになってしまうのは必然ともいえるな。
この世界、奴隷の扱いは比較的軽い。自分からやると言った場合は別にして、奴隷に重労働をさせることはあまりないぐらいだ。逆に労働民という立場の方が前世の奴隷イメージに近いだろう。
とはいえ働き次第では解放されることも多いから、奴隷と言うより懲役刑中の罪人と言う方がより近いだろうか。鉱山労働者とかは国の管理する罪人とかがやることになるんで、各地で対応する労働民はそれよりは軽い扱いということになる。
ただ楽かどうかは別。やらされる作業によっては寿命が縮むこともある。
労働民には何年ぐらいで解放されるかとかの法的な決まりはない。誓約人の構成する懲罰委員会であいつはもういいだろうと許可が出ると自由になる。先に懲役を決めないのはいつまでたっても反省しない奴を娑婆に戻さないという意味では有効かもしれん。そのほかに代官が解放した場合とかもあるが、誓約人会の意向は大体無視できないことが多い。まあそれも平時の話だが。
「配分はどのように?」
「卿らに任せる」
「それはそれは……」
探るような視線もあるが、感謝の視線もある。露骨なことを言えば労働民は食費以外はただ働きをさせてもよい労働力だ。欲しがるギルドも多い。地方都市での傾向によっては、労働力確保の為だけに誓約人会が警備隊を動かすことさえある。
ただ誓約人会で討伐を決定した場合なら、捕縛した人数比で配分が先に決まっていることも多いが、今回は俺の独断でやった。町予算を使わなかった以上、代官権限で好きなように分配することもできたんだがあえて丸投げ。
「町政に関してはまだわからないことも多い。会で相談して優先順位の高い順に資料を持ってきてもらいたい。順に確認しよう」
今度は舌打ちしそうなやつがいる。俺が事情の分からないうちに何か代官の許可を受けようと考えていたんだろう。だが会を経由して持ってこいと言った以上、自分のギルドにだけ都合のいい話だけをこっそり持ち込むわけにはいかなくなった。
しかし本当に油断も隙もないな。
「地方の領政に関する資料を確認したい。ひとまずここでこの会議は終わらせたいが、急ぎの用件は何かあるか?」
「いえ、なにもございません。子爵様のご配慮に感謝申し上げます」
一番偉そうな爺さんが頭を下げたところで顔合わせはここまで。俺も頷いて執務室に戻ることにする。向こうが様子見していたのもあるだろうがひとまずはこっちに都合よく進んだな。第一ラウンドは優勢勝ちってあたりか。
若造に世間を教えてやる、とかいう相手の巻き返しが始まるまでに次の手を打ってしまおう。
8/10
誓約人の表記が混同していたのを修正致しました。ご指摘ありがとうございます。
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