今治 あれや、これ

気の向くままに・・・

列車転覆事件

2005-04-27 13:53:54 | Weblog
予讃線列車転覆事件は、松川事件の起きるほぼ3力月前の1949年(昭和24)5月9日午前4時23分ごろに起きた。JR福知山線脱線事故は実に痛ましいことである。今朝のニュースでは、死者91名と報じている。かつて私が住んでいた所では「列車転覆事件」があった。犯人が判っていないが、松川事件にひどく似ている事件である。四国の予讃線高松桟橋駅を出た宇和島行下り準急第一列車が、浅海駅付近の愛娘県難波村大浦(現在松山市北条)の切通しカーブに差しかかったところ、列車が転覆。現場検証によると、継ぎ目板3枚、ポルト8本、犬釘7本が抜き取られていた、証拠品として押取されたバール、スパナにローマ宇の刻印があり、国鉄で使っていたものではないことなどが判った。
そのころ、転覆した機関車を父と二人で自転車に乗り見に行ったことを思い出す。先日来の脱線事故であの時のことを思い出し、今朝、現場にいってみた。現場には乗務員の13回忌に建立された「殉職碑」があり今もお参りされる人があった。世相が混沌とした時代であったがこの時亡くなられた一色好高さん、津吉悦人さん、徳田昌二さんのご冥福をお祈りします。
「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ」と言われますがどちらにも学ばない世情は悲しいものがある。

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