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翌日は早朝から国事だ。国王陛下の御前で様々な決定が行われる今日の会議は結構大きい。と言っても俺は関係者というだけで基本壁の隅の方にいるだけだ。発言する気はない。ただいろいろあるんで必ず出席しろと言われた。しょうがないな。
まず行われたのは褒賞の方。フィノイの総指揮官だったグリュンディング公爵には新たにザースデン鉱山の採掘権が授与された。あれ確かザースデン鉱山はバッヘム伯爵が採掘権を持っていたはずだから王家は痛くも痒くもないような。
採掘量からの税は変わらんだろうから国の立場から見れば誰が採掘しても同じだし、公爵領からは飛び地だから監視もしやすいし。いや公爵からすれば収入が増えるのは確かだろうが。
一方でこれ、他の貴族に対する布告でもある。布告と言うかバッヘム伯はこの後で処罰するぞという宣言だな。まあバッヘム伯がなんかやらかしたらしい、ぐらいはここにいる人はみんな耳にしているだろうけど。
「続いてインゴ・ファティ・ツェアフェルト。卿の隊の働きは称賛に値する。よって褒賞金のほかに、紋章に飾り枠を付けることを許すものである」
陛下の御言葉にあちこちから小さくおお、という声が漏れるが俺としては苦笑をかみ殺すしかない。安上がりな奴を持ってきたなあ。
衣食足りて礼節を知ると言うが、貴族の場合衣食足りると次は名誉を求めたがるものも結構多い。家というものを重視する貴族にとっては家の名誉は時に当主の命よりも重要な話だ。
そしてこの脳筋世界、武名の方に関わる名誉は下手な土地より宮中での価値が高いという扱いを受けている。正直うまく箔付けをやったもんだと思う。名誉なら王家の
前世で貴族の紋章はそりゃもう複雑怪奇である。血縁だけじゃなく歴史とかまでデザインに関係するんでややこしいったらありゃしないし、きっちり説明しようとすると本が一冊じゃ足りない。
一方のこの世界は元がゲーム世界のせいか比較的単純でむしろ日本の家紋に近い。家柄の証明という感じだ。そもそもゲームじゃ貴族の紋章なんか出ても来なかったんだが。
ともかく一応貴族家には紋章がある。勝手に紋章を付けることは許されていない。この世界独自だなと思うのはいわゆる幻獣、つまりドラゴンとかグリフォンとかを紋章には使わないこと。なにせリアルで人間の敵性存在だからな。
王国初期貴族と言うか古い貴族家は動物か植物を紋章としていて、中堅どころは静物、楽器とか武器とか。新興勢力に近い貴族家の場合縞模様とか水玉とかの単純模様の事が多いが、宮廷勢力で言えばあんまり差はない。新興でも優秀な家は多いし。
そこに全体を囲む外枠なしだと名誉貴族、外枠が単色の枠だと通常貴族、金銀の枠だと上位や本家という感じでランク分けがある。俺の場合は子爵だけど副爵なんでツェアフェルトの紋を囲む枠はあるが外枠はない形。分家の場合は外枠が付くわけだ。
で、その外枠の最上位に位置するのが飾り枠。ツェアフェルトは全伯爵家の中でも上位に位置する、と国が認めたことになる。けどこの件での実益はそれだけ。宴席とかの際に席順は上がるんだろうけど。
それでもそういうのを重視する人から見れば重要なんだろうが、俺は正直ありがたみを感じない。持ってても食うことも出来んし周囲の目は厳しくなるしで面倒くさいとしか思えないのは前世の小市民的思考のせいだろうか。
だからそう俺の方を見てなんか言いたげな貴族家があるのは勘弁してくれませんかね。そりゃいつかは俺があの紋章背負うことになるんだろうけど。
それ以外の貴族家にもいろいろな形で褒美が授与されると、今度は一転して冷たい空気になる。
「続いて、罰を与える家名を申し述べる。まずクナープ侯」
「はっ」
現クナープ侯爵のフランク・パブロ・クナープ殿が進み出て、跪いて頭を下げる。この件だとあの人はむしろ被害者じゃねという気もするがそれじゃ済まんのだよな。甥にあたるマンゴルトがやらかしたおかげで王都内部で戦闘が展開されたわけだし。
「卿の一族の行いは王家に無断で兵を集め、なおかつそれにより多くの貴族家に損害を与えた。当主として何か申し開きはあるか」
「いえ、ございませぬ」
結果論になるがマンゴルトが連れ込む格好になった魔族によって有力騎士を失った家もあるし、なんなら当主が殺された家もある。処罰感情は王家であっても無視はできないという所か。
とは言えあの人は侯爵家を継いだ後、領地で侯爵家の立て直しと、散発的にやってくるトライオットからの避難民対策に奔走していただけなんだよなあ。思わずちょっと同情してしまうわ。
「では処罰を与える。現在の侯爵領は没収。新領として旧フリートハイム辺境伯爵領への配転を命じる。フリートハイム伯爵は宮廷伯に爵位を残すが、当主不在として空位とする」
別の意味で周囲がざわついた。無理もない。フリートハイム辺境伯領の中心都市ヴァレリッツはフィノイ防衛戦の前に廃墟化している。要するに半ば壊滅状態のフリートハイム伯爵領を独力で立て直せ、と命じられたわけだ。
しかも領地面積としては大規模縮小もいい所で、事実上侯爵としては名誉侯爵に近い存在となる。下手な伯爵家の方が領地は大きくなるだろう、かなり厳しい処罰だ。
けど、一方でうまくやったなという感情もある。これでトライオットに隣接する旧クナープ侯爵領は王家直轄地となった。第四の魔将、ゲザリウス相手の防御体制を構築できるようになったという意味で、国から見れば利益の方が大きいかもしれない。今の段階では公言できるような話じゃないけど。
「続いて……」
それに続いて大小さまざまな貴族家の名が二〇近く挙がる。これらの貴族家は内部へ魔族に侵入された家だ。クナープ侯と言うかマンゴルトの被害者ではあるんだが、魔族に利用されかけたという意味では罰を受けるしかないのか。
と言うかこれだけの家がマンゴルトのいたクナープ侯爵に対する不満を持っている訳ね。うーん。王家も厳しく出ざるを得なかったんだろうなあ。
「本来ならばこれらの家々には処罰を与えねばならぬが、なにぶん数が多く、巻き込まれた一面も否定はできぬ。そこで卿らには機会を与えよう」
陛下がそう言うと壁際にタペストリーかよってぐらいでかい図が持ち込まれた。王都の地図だが、俺はこの図に記されているマークの場所ほとんどに覚えがある。どうでもいいけどこの魔皮紙すげぇでかいな。何の魔物だ。
「見ての通り、これは王都の地図である。そして記されている点は街路の石畳に問題があったり、老朽化した等問題のある建築物の改修工事が後回しにされている場所になる」
これは難民とか孤児たちにお掃除させた際の日報に記されていた各種問題の場所だ。試作品実演の日に場所のリストと修繕提案書として提出した書類に大体記載されている。その他にも公共施設なんかにもマークされてるけど。
「これらの場所を卿らの予算で修繕するのであれば、本件に関しては今後言及しないこととする。また処罰の件を記録にも残さぬ。さらに、改修工事をした責任者の名を記した銘板をそこに残すことを許そう」
陛下が言い終わると同時に何人もの貴族が手を挙げて積極的に工事参加を申し出た。反応早いな。
「皆の意欲はうれしく思う。余からの条件は一つだけじゃ。領から技術者を連れてくるとしても、王都の民と難民を労働力として雇ってもらいたい」
その条件でも特に抵抗はないようで、そこは自分がとか、そっちはぜひ我が一族にとか声を上げている。むしろ場所の取り合いにさえなってるんじゃなかろうかこれ。陛下を前にしての会議としては混沌としてきたな。
予想を超えた状況に何も言えずにただ見ていると、王太子殿下がこっちを見て目で笑ってきた。
一石二鳥なんてもんじゃないなこれは。まず何より、処罰という不名誉を免除するどころか、王都がある限りそこに残るだろう自分の名を記すチャンスを与えた。名誉重視の貴族家に対してはむしろありがたいとさえ思うだろう。
一方で王都内で市街戦寸前の事態が起きた市民の不安感は打ち消すことができる。市民にとって予算がどこから出るかは問題じゃない。王室が市民生活を重要視してますという結果だけが残るわけだ。悪い記憶を上書きするのにちょうどいい。
さらに重要なのは経済が動くことだ。経済の基本は金が回ること。
どうしたって魔王復活だフィノイ襲撃だと不安感が先走り金が回りにくい状況だったわけだが、貴族家の予算で公共工事が行われれば民に金が落ちるし、それにより物が売れ経済が動き出す。
さらに難民への仕事斡旋と難民対策まで兼ねている。難民だって王都で食い物やらなんやら購入するし。その他に貧民街にも仕事が回ることもあるだろう。参加した人間が石畳修繕なら石工の経験を積めるから職業訓練の貧民対策にもなるのかこれ。
まあ色々あるがまず本来なら難民にタダで配るはずだったものを難民が購入することになるんだから、流通担当部門は頭抱えてるだろうが財務部門は小躍りしてそうだ。
消費物資、特に食料の物価が値上がりするかもしれんが、王家の財政面の方に余裕があればしばらくは補正もきくだろう。なんせ王家はこの工事の件では全く懐が痛んでいない。多分だがあの王太子殿下なら流通の方にも手を打ってそうだし。
「ただし」
陛下の冷たい声が周囲を圧した。この人こんな声も出せるんだな、と非礼にも思ってしまったのは、勇者に丸投げするだけのゲーム的な印象があったせいかもしれない。
「この場にいないバッヘム伯はこの件から除外する。バッヘム伯に対しては後日、決を出すであろう」
決を出す、というのはこの世界では非常に遠回しな言い方だが処罰を与えるという意味だ。判決を下すとかに近い。陛下が直接この言葉を使う時は通常かなりの厳罰を意味する。相当お怒りっぽいが無理もないか。
それにしてもバッヘム伯はどっちだったのだろう。本当は自分の領地でリリーたちを確保するつもりで、本人もラフェドに騙されていたのか、それとも最初からレスラトガに引き渡すつもりだったのか。今の段階だと情報不足でわからんな。
「それと、旧クナープ侯爵領を複数に分け、それぞれに代官を派遣する。まずヴェルナー・ファン・ツェアフェルト子爵」
「はっ!?」
考え事をしていたら不意打ちで名前呼ばれたんで変な声が出た。え、俺?
「卿を正式に子爵に任じ、あわせて王室直属の代官を命じる。旧クナープ侯爵領のうちアンハイム地方の担当として任地に赴くように」
「……つ、謹んで拝命いたします」
何とか頭を下げつつかろうじて声が出た俺を誰か褒めてくれ。礼儀作法がおかしかったような気がするが正直そこまで頭は回ってくれていない。
どうしてこうなった。
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