「ヴェ、ヴェルナーだと? なぜここにいる!?」
「先回りしてたからに決まってるだろ」
ラフェドとかいう男が魔道ランプの明かりの中でもわかるほど顔色を変えて怒鳴ってきたんで、馬鹿か貴様、と言おうと思ったがやめた。というか、言おうと思ったら御者が逃げ出そうとした挙句、包囲していた仲間に鞘のままの剣で殴られひっくり返るのを横目に見ていたからだ。いやこの状態で逃げられるわけないだろ。
「証言は一人から取れれば十分か」
「き、貴様……」
「とはいえ、こっちに来てくれたことには礼を言おうかな。俺自身でぶん殴ってやりたいところだったし」
他の場所にも人数は展開してあるんでどっちに行っても対応はできたけどな。とは言えまさか隣国レスラトガがここで首突っ込んでくるとは思わなかった。
ゲームだとイベント済ませればさらっと通り過ぎるような国だったが、そこはやっぱりゲームと違って色々策動してるようだ。
「ど、どうやってここが解った」
「説明してやる義理はないな」
多分に偶然だが。ビットヘフト伯爵とバッヘム伯爵、それにレスラトガ大使館の間で“夜の時間”に人の出入りがあることを教えてくれなかったら危なかったかもしれない。
まあそれもビットヘフトの方がツェアフェルトにちょっかいを出してきたことで警告してもらえたわけだが。順番が違っていたらどうなっていた事やら。
後、バッヘム家では使用人レベルにも遊び癖がついていたらしい。バッヘム伯爵家は金に困っていなかったんだろうか。女と酒の前では口が軽くなるとはいえ、娼婦の情報網は怖いわー。ベルトの爺さんには何かでこの借りは返さんといかんなあ。
「わ、我が国の兵士はどうした!?」
「少なくともここにはいないみたいだな」
そのあたりの対応策も含めて王太子殿下に相談持ちかけたら、すぐに予備を含め多数の飛行靴を用意してくれたのもありがたかったし、その日のうちにレスラトガに行ったことのある外交官貴族を呼び出して俺をレスラトガまで飛行靴で移動させてくれた。
そのおかげで俺もここに飛行靴で移動できるようになったわけだ。
相談したその日のうちにレスラトガへ飛行靴で移動した場合の出現位置と、その周辺で兵を伏せられる場所は確認しておいた。今日、リリーに夕刻まで時間を稼いでもらったのは伏兵を先に処理しておくためだ。
もっとも、こっちも先回りしてみたら少々想定外の事態ではあったんで、ひやひやする羽目にはなったけど。
しかしこの短期間であっちこっち飛び回ったなあ。これだけの人数を移動させる数の飛行靴、総額いくらになるんだろうか……どうせバッヘム伯爵の財産あたりは没収されるだろうから国の財政的には差し引きプラスにはなるのかな。
それにしても“我が国”ねえ。こいつ初めからレスラトガの
本名かどうかわからんが、とりあえずラフェドと名乗った男がこっちを睨む。いや、中年太りのオッサンに睨まれても怖くないぞ。そう思いながら一歩踏み出すと、ラフェドは二歩後ずさり馬車に目を向けた。そして急に強気になってこっちを見る。
「ま、まて。馬車の中には勇者の家族がいる。それに騎士が一人同席しているのだ。人質がいるのだぞ」
「そりゃ大変」
この状況でそれを想定してないと思ってるんならこいつは下っ端か、荒事に慣れていないかのどっちかだ。後でゆっくり事情を聴けばいいだろう。この世界、犯罪者に人権はないぞ。
「リリー、怪我はないな?」
『はい、大丈夫です』
馬車の壁越しなんでくぐもった声ではあるが問題はなさそうだ。逆にラフェドが驚いた顔を浮かべる。
「な、なぜ?」
「リリーとは顔を合わせたから知っているとしても、両親の顔まで確認できていたか?」
料理人見習いって普通は裏方だから出入りの商人でもなきゃ普通は顔合わせしてないだろう。元・村娘のリリーをだませていると思っていたんで、連れてきた大人まで疑うことはしなかったようだな。甘く見すぎ。こいつらも平民を見下していたと言えなくもないか。
こっちは念のため最近見慣れない男がアリーさんご夫妻の顔を確認していないかを、館の中はノルベルトに調査させたし、ツェアフェルトに関係している商会とかの外ではビアステッド氏経由で商業ギルドに確認済みだ。
ただ、リリーの母親役を任せた女性騎士には姉ではなく母か、と恨みがましい声で文句を言われてしまった。これなんかフォローしておいた方がいいのかなあ。いやリリーの母親であるはずのアンナさん、外見だけで見ればリリーの姉で通じるんだけどさ。
まあその辺今はどうでもいい。まだなんか言いそうだったがいい加減面倒になったんで、ラフェドの側頭部に振り回した槍の柄を叩きつけてぶっとばす。手加減はしたんで死にはしていないだろう。骨ぐらいは折れていてほしい。
地面の上でのたうち回っているおっさんが捕縛されているのを横目に見ながら閂を開ける。ほっとした表情のリリーが魔道ランプに照らされているのを確認し、俺も内心で安堵した。とりあえずまずはリリーの向かいにいる男性に頭を下げる。
「ゴレツカ副団長、お力添えに感謝いたします」
「なんの。子爵にはこれからも期待しておるからな」
まさかアリーさん役を近衛副団長が自ら買って出るとは思わなかった。割と本気で慌てて他の方でも大丈夫ですとお願いしたんだが、本人がたまには前線に出ると言ったらしい。この世界は本当に脳筋で以下略。
そのゴレツカさんが床の上に転がっている男を馬車の外に蹴りだした。うわ容赦ねえ。何かひくひくしてませんかねこいつ。
「しかし、毒というのはこういう時には有効なものだな」
「ああ、こいつ毒まで持っていたんですか」
地面で痙攣してる男をよく見ると、隠し持てる程度のサイズのナイフが太腿に刺さったままになってる。これに毒が塗ってあったって事か。
魔物の毒の中には麻痺毒もある。薄めて外科治療の麻酔にも使えるんで冒険者ギルドとかで素材買取してるはず。ゲームでの毒はそれこそ放置すれば勇者でも殺せるが、さすがにそんなものは使ってないだろう。多分。
って言うかものすっごくしっかり刺さってますね。先端が太腿貫通しそうになってませんか。手加減する気ゼロで刺したなこれ。
そんなことを考えていたら女性騎士がじゃらじゃらと何かを馬車の外に投げ出した。荒事に無縁の平民相手を予定しながらこんなもんまで用意してたのかよ。これはゴレツカさんたちもお怒りになるわ。
「犯罪奴隷用の拘束具が三人分、背もたれの裏に隠されていたわ。この男、初めから機会を窺っていたようね」
「ただの騎士ごときにどうこうされるようなやわな鍛え方はしておらぬがな」
女性騎士が吐き捨てるのにゴレツカさんが応じる。うん、相手が悪かったね。近衛の副団長、対、ただの騎士じゃゴレツカさんお一人で格闘戦したって負けないだろう。リリーがいたから女性騎士さんにも同行してもらって安全策を取っただけだ。
このひくひくしてる騎士とラフェドと御者でちょうど三人か。せっかくなんでありがたく使わせてもらいましょうか。包囲してる仲間に拘束してくれるように目線で合図を出し、三人とも馬車の外に出たところでリリーに声をかける。
「すまなかったな。怖くなかったか?」
「自分からやると言いましたから。それに、全部ヴェルナー様のおっしゃった通りでしたし」
さすがに緊張はしていたんだろうが、それでも笑顔を浮かべてくる。俺も一安心。思わずリリーの頭を撫でてしまった。
実のところ、メイドとして既に何人かに顔や声を確認されているリリーの扱いに関しては困っていたんだが、この計画を説明したら自分から囮になると言いだしたのには正直慌てた。
ただ、変装系のスキルとか魔法とかは聞いたことないし、相手がどの程度こっちを把握しているのかもわからない以上、替え玉が立てにくいのは事実だ。
相手が初めて来訪するならともかく、一度下見に来た人間がリリーの呼び出しをしたら誤魔化しようがなくなる。ずっと別人にリリーの振りをさせるわけにもいかんし。
二度は使えない手だからやるしかない、と周囲から言われれば俺も納得するしかなかった。かなり不本意だったが。
しょうがないんであらゆる可能性を考慮して全部に手を打った。実際、一度ビットヘフト伯爵領やバッヘム伯爵領に移動される可能性も考え、両方には王太子殿下にお願いして騎士団の人手を割いてもらっている。
ツェアフェルトの騎士を使わないようにしたのは相手が同じ国の貴族だからだが、実際こうなるとレスラトガの人間にも監視されていたかもしれないんで、結果オーライと思っておく。ただお礼に行く範囲が多岐にわたるんで胃が痛い。
それにしても、リリーって表面大人しいけど結構頑固だよなあ。
「事実リリー嬢は落ち着いたものだったぞ。信用されておるな、子爵」
「あ、えーと」
何をおっしゃるんですかゴレツカさん。いやどう反応すればいいのこれ。周りにツェアフェルトの人間がいなくてよかったとか一瞬本気で思ったが、その瞬間に首筋にちりっとしたものを感じた。
「リリー、悪いが馬車に入ってくれ。もう一幕ありそうだ」
「はっ、はいっ」
リリーが素直に馬車の中に戻り、同行してる皆も俺が何か言うより早く馬車の周囲に展開する。おおすげぇ、慣れてるな。ゴレツカ副団長や女性騎士も隠し持っていた魔法鞄から武器を取り出した。さすがに構えを見るだけでも違うなあの二人。と言うか鎧着てないはずのゴレツカさんに勝てる自信ないぞ俺。
とりあえず意識を切り替える。実のところもう一回奴らが来るのは予想できてた。
さて、相手の数が多かったら全員まとめて用意してある飛行靴で逃げる手もあるが、できればここで退治しておきたいところだ。
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