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王都にて~対策と排除~
――109(●)――

 ほぼ同時刻。王都の貴族街の一角に複数の人影が集まっていた。服装もそこから想像される地位もバラバラであるが、奇妙に殺気立っている点だけは共通している。


 『娘がいなくなった屋敷は今頃騒ぎになっていよう。混乱しているところで強襲し、若い男から殺していけばゲザリウス様が言っておられたヴェルナーとやらがいるはずだ』

 『うむ』

 『皆殺しにすれば同じことよ』

 『我は顔の記憶もある。後で確認するゆえ、顔だけは食わずにおけ』


 人の外観をしているが、気配はすでに人間から外れている。隠す気がなくなっているという方が正しいだろう。そのまま人影たちはツェアフェルト邸を目視できるところにまで近づくと、夜の闇をものともしない身のこなしで館に走り出す。


 『行くぞ!』


 先頭の影が人の姿を破り人狼の正体を見せて塀を飛び越えようとしたまさにその瞬間、人影の一体からまるで馬車に犬が撥ねられたような悲鳴が夜闇に響いた。他の影も驚いて思わず足を止めてしまう。

 その瞬間、ツェアフェルト邸の向かいにあるシュトローマー伯爵邸から無数の矢が道路に向かって降り注ぎ、同時にツェアフェルト邸の二階、窓の脇からも矢が打ち出される。奇襲するはずの側が圧倒的な数の矢にさらされた。

 矢音に怒りの声が重なるとそれが悲鳴に変わり、やがて断末魔のうめき声へと変化していく。


 「落ち着いて撃てばよい。どうせ逃げられはせん」


 ツェアフェルト邸の二階から冷静に指示を出しているのはミューエ伯爵である。ミューエはインゴの代わりにツェアフェルト家の馬車で邸内に入り、裏向かいの旧ディール男爵邸からの援兵を預かって実戦部分の指揮を任されていた。

 ヴェルナーのふりをしてツェアフェルト邸に徒歩で入ったクランク子爵は念のため館の裏手を警戒しているが、出番はなさそうである。その伯爵に執事であるノルベルトが近寄り、紅茶を差し出した。


 「伯爵様、どうぞ」

 「うむ、感謝する」


 一口飲むとミューエが感心したような表情を浮かべ、満足そうに息をつく。それからノルベルトに問いかけた。


 「しかし、邸宅から出る人間は見張られておっただろうに、よく連絡が取れたな」

 「ヴェルナー様の発案による方法によるものです」


 昼間でも魔道ランプの明かりを鏡に反射させれば窓の外では十分に目立つ。細かい連絡にはまだ不向きであっても、おおよその合図をするための表は近衛隊に提出済みであり、同じ表はツェアフェルト邸にも準備してあった。

 そして近衛副団長が預かるツェアフェルト邸から裏向かいの旧ディール男爵邸は通り一本しか挟んでいない。リリーの部屋からでも男爵邸の窓に向けて合図をすることはできたのだ。


 合図を受けたディール男爵邸のさらに裏手から目立たぬように出た使者が各所に走り、王城のインゴやヴェルナー、更には王太子や近衛隊や衛兵隊などと連絡を取りながら、素早く、予定通りに動くように手配が行われた。

 ミューエに応援指揮を執るように指示があったのはこの時が初めてであったが、全体としてはマゼルの名を使ってリリーを訪ねてきた相手がいた場合の合図と、その後の配置に関して、試作品発表の日の夜にはすでに計画が完成していたのだ。


 「まさか魔族までとは思いませんでしたが」

 「王太子殿下やヴェルナー卿も確証はなかったようだ。だが、もしもまだ王都に潜んでいる魔族がいれば、これを好機と判断するだろうとは考えていたようだな」


 ノルベルトの慨嘆にミューエが応じる。事実、ミューエ自身も含めて、あくまでも念のための準備であることは間違いなかった。だが結論から言えば、警戒しすぎているということはなかった、ということになるであろう。


 なおツェアフェルト邸の防衛指揮にミューエが選ばれたのは、普段ツェアフェルトと関係が浅いためだ。ヴェルナーの関係者が見張られていることまで考慮した王太子ヒュベルが、あえて今までツェアフェルト伯爵家と縁の乏しかった彼に応援を命じたのである。

 そしてミューエ伯爵は任されたその任務を完璧にこなしてみせた。王都内部に潜り込んでいた生き残りの魔族はこの日、一掃されることになる。


 「しかし伯爵様も思い切ったことをなさいますな」

 「撒菱(カルトロップ)は石畳の上で使えば効果は絶大だ。片づけがちと面倒だが」


 馬車でツェアフェルト伯爵邸に入りながら、ミューエは大量の撒菱を敷設させていた。むしろそのため、他の通行人に被害が出ないようにとわざわざ伯爵の帰宅が遅れているような偽装をさえしていたのだ。もっとも、伯爵邸に侵入されたら彼自身の立場がないとも思いはしたが、それはさすがに口にはしなかった。

 だが実際に壁面近くに撒かれた撒菱によって人狼は足を止められたのである。掃除の手間など魔族が王都内部に残ることと比べれば大したことではない。

 更に念のため、伯爵は道路に松明を投げて生き残りがいないかを確認するように指示を出しつつ、独り言ちた。


 「さて、向こうはどうかな」


 


 「制圧せよ! 抵抗する者は斬ってもかまわん!」


 ビットヘフト伯爵が家騎士団を率いてバッヘム伯爵邸に押し寄せたのもほぼ同時刻である。ビットヘフト家騎士団が狼狽えるバッヘム伯の兵士や使用人たちを片端から武装解除し、時に槍の柄や拳で殴り倒していく。

 前線に立って指揮を執るビットヘフト伯爵家当主エルドゥアンの、いささか荒っぽいやり方に軍監として同行していたクフェルナーゲル男爵が苦笑していた。


 「何があったのかは知らぬが、王太子殿下もお人が悪い」


 男爵がそうつぶやくのも無理はなかったかもしれない。ビットヘフト伯とバッヘム伯は親しいとは言えないまでも仲の悪い家同士ではない。そのビットヘフトに対し“勇者の家族に何らかの企みを持つバッヘム伯爵邸を制圧せよ”との命が下ったのだ。貼り付けたような笑顔でわざわざ王太子たる立場の人物が指示を伝えたのに対し、エルドゥアンが蒼白になってその命を受けたのは、彼自身にも何やらあったのであろうと男爵は理解している。


 だがいくら王太子から直接の指示を受けたとはいえ、ここまで容赦なく攻撃をかければ、今後宮中でのビットヘフト家の立場は難しいことになるだろう。

 家騎士団長らしい男と、若い青年貴族が最前線で武器を振るっている。恐らくビットヘフト家の嫡子だろうと推察し、宮廷内の噂を思い出した男爵は一面だけではあるが事情を察した。


 ビットヘフトは武門の家であり、エルドゥアン自身、嫡男の武勇も自慢していたのであるが、ここ最近はツェアフェルト伯爵家の嫡男と比べると影が薄い。当主本人か息子の方かは知らないが、少なからず不満を持っていただろう。

 また武断派には比較的珍しくない事なのであるが、ビットヘフト家は内政面に関しては順調とは言い難い。そのため、息子の婚約者として文治派のフリートハイム辺境伯の次女を迎える予定になっていた。派閥違いの娘を迎え入れることはエルドゥアンには不本意だったらしいが、持参金が目当てだと宮廷では口さがなく言われていたし、おそらく事実であったとも思われる。

 だがそのフリートハイム辺境伯領ヴァレリッツがフィノイ防衛戦の前に魔族に壊滅させられたことで狂いが生じた。財政面で裕福でもないビットヘフト伯爵にとっては支援の芽が摘まれたという意味で、想定外の痛手であったはずだ。


 一方、バッヘム伯爵は隣国レスラトガと、王家が認めた範囲であっても貿易をしている関係もあり、財政面では多少の余裕がある。だが武功や武勲という観点で言えばお世辞にも評価の高い家ではない。武が重んじられる国ではどうしても扱いが軽くなる。

 バッヘム伯爵家とツェアフェルト伯爵家はどちらも文官系の家で、規模で言えばそれほど差はない。それが片方は嫡子が武功を重ねている一方、もう片方の家はと言えばさほど活躍もしておらず、バッヘム家の嫡男に至っては男爵は噂さえ聞いたこともない。ツェアフェルト側はどう思っていたかは知らないが、バッヘム家側には内心で思う所もあっただろう。そのような状況を考えれば、バッヘム伯がエルドゥアンに何らかの取引を持ち掛けていた可能性は高い。

 そこに勇者の家族が絡んでいたとなれば、裏面の事情が推察できようというものである。


 「バッヘム伯の動機はツェアフェルト家への嫉妬か。そこに誰かが悪知恵を吹き込んだ。だが手を組んだはずのビットヘフト伯が襲撃してくるとはさすがに想定していなかった、と」


 バッヘム伯は後ろから刺された、と言うといささか毒がありすぎるだろうか。だが別に同情をする理由もない。火事にならないよう注意をする指示を出し、男爵は戦況を見守る側に徹した。


 レスラトガ出身の踊り子と同衾していたバッヘム伯爵家当主が上半身裸の姿で捕縛されたのはそれからしばらく後の事である。その踊り子は窓から逃亡しようとしたところを男爵の手により捕縛された。

 またバッヘム伯の長男は襲撃と同時に裏門から逃げ出し、レスラトガの大使館に向かおうとしたところで待ち伏せていた衛兵隊に取り押さえられている。


 「ひ、非礼な! 私はバッヘム伯爵家の嫡子だぞ!」

 「だからこそ許されんというのが解らんかね」

 「……せ、セイファート将爵閣下……?」


 驚いた男が目を上げると、自身の護衛で周囲を固めて歩み寄ってきたセイファートが組み伏せられた男を見下ろしている。周囲の衛兵が礼をしようとするのを手で制すると、怒るというよりは皮肉っぽい表情で見下ろして口を開いた。


 「誰が主犯で誰が操り人形か知らぬが、それはおいおい解る事じゃな。儂としては無駄足であったが」

 「……あ、あの、閣下……」

 「王太子殿下もご立腹であったからの。覚悟しておくがよかろう」


 将爵という立場の人間によるこの発言は、周りの衛兵からすれば遠慮をする理由がないということも意味する。蒼白になったバッヘム伯の長男に対し、兵士たちが拳を使ったり骨が折れても構わないという態度で拘束したのを咎める人物はいない。

 この時、実のところセイファートはバッヘム伯本人が逃亡してくることを予想していた。伯爵という家柄を振りかざすと面倒だと考えたため、わざわざ遅れて館を出て道路の封鎖に加わったのである。まさか伯爵が日が落ちたらすぐに踊り子を連れて寝室にこもっていたとは思っておらず、将爵は後日複雑な表情で肩を竦めることとなる。


 「閣下」

 「うむ、ご苦労。状況はどうかね」


 連行されるというより引きずられていくバッヘム伯の長男を見送っていたセイファートだが、駆けつけてきた衛兵の一人に呼びかけられたのに応じて視線を外した。


 「ツェアフェルト伯爵邸の方は安全が確認されました。また、レスラトガの大使も身柄を確認」

 「ほう。逃げておらなんだか。あの魔道具で国に逃げ帰っていてもおかしくはないと思ったがの」


 顎に手を当てて考えたセイファートであったが、一つ頷いて確認を取る。


 「それ以外は」

 「はっ、レスラトガ大使館の書記一名が正体を現しました。翼の生えた魔族であったとか」

 「その魔族は」

 「第一騎士団第二分隊により討伐済みです」

 「報告は王宮に上げておいてくれぬか。ふむ……」


 セイファートが少し考えて首を振る。


 「大使は知らなかったと考えるのが自然か。レスラトガも一枚岩ではないという事じゃな。そのあたりは外務大臣の仕事になるじゃろう」


 そう呟いてセイファートが周囲を見回した直後、屈辱と憎悪を堪えるような、低く長い獣の遠吠えが一度だけ王都の空気を震わせた。その声に王宮・市街問わず大きく緊張が走ったものの、それ以降、何事もなく過ぎ去る事になる。バッヘム伯爵の一族は揃って罪人として王城地下牢に叩き込まれた。

 同日深夜、外務大臣令によりレスラトガの関係者が駐在している建物のほぼすべてが監視対象となり、関係者全員が軟禁されることが正式に決定した。

ごめんなさいー

国名レスラトガですー


記憶で書いてるとこういうミスが…(凹)

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