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応援、感想コメント、いつもありがとうございますー!

「お前や!!!」のツッコミに素で吹きだしてしまいました(笑)


誤字脱字報告もありがとうございます。本当に減らない…(凹)

王都にて~対策と排除~
――108(●)――

 それから数日の間、王都の中では魔族討伐の後始末などが行われていたが、表面的には日常が戻ってきたような空気が漂っていた。

 とはいえ、公的な立場にある者はそれぞれに忙しく、またしばらくの間領地にとどまっていた新クナープ侯爵が一時王宮に戻ってくるなど、王宮内でも複数の動きがあり、ツェアフェルト家でも当主インゴ、嫡子ヴェルナーとも毎日王宮へと出仕している。


 そんないつもと変わらないような日の午後、ツェアフェルト邸に来客があった。


 「鉱石商を営んでおります、ラフェドと申します。バッヘム伯爵家とのお取引をさせていただいておりますが、本日はぜひツェアフェルト伯爵家とも今後のお取引をお願いいたしたく、ご挨拶に」

 「わざわざありがとうございます、ラフェド様」


 客間女中(パーラーメイド)として客の応対をしているのはリリーである。初見の客はメイド、重要な客なら執事という形で客に応じて最初に応対する相手が変わるのも貴族ではよくある話だ。その後ろに伯爵家執事のノルベルトがいるのは、むしろリリーの採点係としてである。

 ラフェドと名乗った男はどちらかと言うとたるんだ外見をしているが、眼の光だけは如才なく周囲を窺う様子を見せつつ、懐から書状を取り出した。


 「こちらは伯爵様に、こちらはご令息様にそれぞれお近づきのしるしといたしまして」

 「ご丁寧にありがとうございます。間違いなくお渡しいたします」


 どちらも目録であり、部下が運んできた実物は広間の隅に置かれている。中身を確認するまでは万一の事があるので奥に持ち込まないのがルールだ。目録を受け取ったリリーがノルベルトにそれを手渡すと、ノルベルトは書状と中身を確認するためにそこを離れた。それを横目に見たラフェドはリリーに一歩近づき小声で話しかける。


 「それと、これはリリー嬢にお話が。兄君の件でございます」

 「兄の?」


 はっとしたようにリリーが顔を上げる。ラフェドはややたるんだ頬に深刻そうな表情を浮かべた。


 「さようでございます。勇者マゼル殿は隣国レスラトガでも領主に化けていた魔族を斃すなど活躍なされたそうなのですが、その後、ポイダ砂漠の奥にあるという遺跡に向かってから行方が知れないと」

 「遺跡、ですか」

 「はい。実は私、バッヘム伯爵様との交易の関係でレスラトガ国とも多少のつながりがございまして。そこで話を聴く機会が」

 「そ、そうなのですか……」

 「ご心配だとは思います。もしよろしければ、もっと詳しくお話いたしましょうか」


 畳みかけるようにラフェドが言葉を継ぎ、緊張した表情でリリーが頷く。


 「あの、できれば両親が一緒でもよいでしょうか」

 「もちろんでございます」

 「ただ、今日は都合悪く外出しておりまして……その、早くても夕刻頃になるかと思うのです」


 ふむ、と考え込んだラフェドはやがて頷いた。


 「そういう事でしたら、夕刻の鐘が鳴る頃にご家族でお屋敷の外、市場側においでください。場所を変えてお話し致しましょう」

 「わ、わかりました。それでは、裏口から」

 「ええ、その方がよいでしょう。ご心配でしょうが、勇者様が行方不明という内容ですのであまり他言なさいませんよう」

 「は、はい」

 「では後ほど」


 再び人懐っこい表情を浮かべて退出の挨拶をしたラフェドをノルベルトと共に見送ってから館に戻るとリリーはすぐにノルベルトに声をかけて話をする。ノルベルトは頷いた。


 「そうですか、わかりました。気を付けて行きなさい」

 「はい、ご連絡をお願いいたします」


 ノルベルトから許可を得たリリーはすぐに魔道ランプと鏡を持って三階に上がり、館の裏側にある自室に入ると引き出しからメモを取り出し、準備を始めた。


 


 夕闇が王都の上空を覆い始めたころ、ツェアフェルト邸からやや離れた所で、馬車を止めて御者と共に待っていたラフェドはリリーを含む三人が館を出てきたのを確認し、内心でほくそ笑む。着ている服も街の住人が着ているような服なので、夕闇が迫る中では目立つこともない。


 「すみません、お待たせを……」

 「いえいえ、伯爵様たちにはお伝えを?」

 「伝言をお願いしてあります」

 「さようですか。では場所を変えましょう。どうぞ、お乗りください」


 馬車の扉を開けると、中にがっしりとした体格の男性が乗っているのを見てリリーが一瞬躊躇するそぶりを見せる。ラフェドは笑みを浮かべた。


 「ああ、ご心配なく。なにせ勇者殿のご家族ですからな。護衛ですよ」

 「そ、そうですか」

 「ところで、何をお持ちで?」

 「あ、これは」


 リリーが握っていたものを見せる。水晶製の香水瓶だ。ガラスが高いので貴族階級が使う香水瓶は水晶を削りだしたものを使うこともある。もちろん高級品だ。


 「ヴェルナー様からいただいたものなのです」

 「なるほど。大事なものでしょう。落とさないようにお気をつけなさいませ」

 「はい」


 そんなやり取りの後、大人しく三人が馬車の中に入ると、ラフェドは外から頑丈な閂をかける。窓もないので中から外は見えないし外から中に誰がいるかも窺い知れない。それを確認するとラフェドは御者の隣に座り、御者に合図をした。

 馬車がゆっくりと走りだす。

 だが少し進んだところで、ふいに横道から馬車の前に人がよろめき出てきた。その男を轢きそうになってしまい、御者の男が怒鳴る。


 「危ないだろうが、何をしている!」

 「えぇ? なにって、飲んでるのさぁ」


 ふらふらと酔っぱらっているような足取りで馬車の前に座り込んだ男を見て御者が更に声を上げた。


 「貴様、この馬車がバッヘム伯の馬車と知っての事か!?」

 「えぇー?」


 男はまだ聞こえていないようなそぶりだったが、何人か別の男が慌てて近づき、酔った男を担ぎ上げた。


 「す、すいやせんね。どうやらこいつ、飲みすぎたらしく」

 「申し訳ねぇです」

 「さっさとどけろ!」


 御者に言われて男たちが酔ったらしい男を抱えて脇による。その横を馬車が心持ち急ぐような速度で通り過ぎた。抱えていた男の一人が御者に聞こえないような小声で皮肉っぽく笑う。


 「ふーん。伯爵様の馬車、ですか」

 「言質は取れたな。行くとするか」

 「了解」


 そう小さく語り合うと、とても酔っているようには思えない足取りで、馬車の前に座り込んだ男もそれを抱えて移動させた男も王宮へと向かい姿を消した。


 


 一方のラフェドと御者は、途中そのような小さな問題はあったにしろ、特に予定を変える必要はないと判断し、速度を落としてゆっくりと馬車を進める。やがて夜闇が下りるまで少しだけ遠回りをすると、人の姿がなくなる倉庫街まで馬車を移動させた。

 ラフェドが魔道ランプを点灯させる準備だけ終えると、御者が飛行靴を取り出す。

 そのまま、馬車ごと一団は王都から姿を消した。


 多少のめまいに似た感覚から回復すると、魔道ランプを点灯し、周囲を確認したラフェドと御者が笑いあう。御者が首を振りながら口を開いた。


 「夜は城門が閉じてしまうのが問題ですな」

 「なに、こんなこともあるだろうとは思っていた。馬車は通れぬが、我らは通用口から入れるように手配ができている。馬車は捨てても惜しくないからな」


 とは言え城壁の外側である。いつ魔物が襲ってくるかわからない。ランプの明かりを振ると、周囲の森からフード付きマントをすっぽりかぶった人影が十人以上現れた。そのまま武器を構えて馬車を囲むように展開する。

 御者と共に馬車を降り、周囲の一団にラフェドが笑いかけた。


 「うまくいったぞ。さて、勇者ご家族ご一行様、大人しく出てきていただければ何事も致しませぬよ」


 その声に応じるようにぐらり、と馬車が揺れた。どすんという音がしたのを聞き、にやりと笑ったラフェドが閂を外すために馬車に近づこうとすると、ふいに周囲の数人が何かを馬車に投げ付ける。かしゃりかしゃりと陶器製の瓶が割れ、ラフェドが不快気に振り向いた。


 「何をしている?」

 「いやあ、念には念を入れてな」


 応じた一人の、聞き覚えのない声にぞくりとラフェドが得体のしれない気配を感じ、思わず声を上げる。


 「な、何者だ?」

 「人に名前を聞くなら自分から名乗れ、と言いたいところだけどまあいい」


 口調こそのんびりとであるが、隙も見せずに男が槍を構えて小さく不敵に笑う。その顔を確認した御者が息を呑んだ。


 「俺の名はヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ。予定通りリリーを返してもらうぜ」

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