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翌日と翌々日は王城で書類業務を担当。父の方は大臣としての業務が忙しいらしく、もっぱら軍務の事は俺が担当することに。今更ながら俺、学生なんですけど。
典礼大臣に仕事があるのかと思う向きもあるかもしれないが、王都内で起きた事件が事件なだけに、現場ごとに前世でいう所の厄払いと言うか浄化の儀式みたいなものを執り行う予定らしい。
役に立つかどうかは知らんが人心の安定という意味では必要かもしれん。
業務処理のうち、軍務に関係するものは半分ぐらい他の者に担当させることにする。オーゲンとシュンツェル、バルケイとノイラートを組にして1日交代だ。オーゲンやバルケイにはノイラートたちを育成してもらう意味もある。1日交代なのは休養も兼ねて。
何分フィノイやアーレア村での超過勤務があるんで休み作らんとなあ。俺自身はマックスを補佐にしての作業。わからんことはとにかく聞くか投げる。自力でやることにこだわっていると終わらない。時間ができてから再確認すればいいんだよ。
書類整理で優先的にやるのは死傷者に対する一時金の支給や見舞金の処置、功績を上げた騎士に対しての報酬など。信賞必罰はどこの世界でも重要だな。単純な報酬のほか、負傷した個人所有の馬に対する治療費とかと相殺することもある。
次いで消耗品の支払いなんかだが、出入りの商人だと今後の付き合いも考えて書類偽造とかはあまりない。書類が見やすいかどうかは別だが。一方で戦場での購入品はぼったくり価格になってることもあるんでチェックがひたすら大変。
ここで面倒なのはぼったくり価格でも支払いをしないと貴族のくせに支払いがせこいとか言われかねないんで、どう折り合いをつけるかが重要になる。大抵、一度やらかした相手はブラックリストのような要注意リスト行きにするけど。
「あー……めんどい」
ただ戦場での買取ってとっさの判断での購入もあるんでフォーマットが一定じゃないから、全部書式の違う書類を何枚もチェックしなきゃならん。今回は俺も布切れに飛行靴使用の簡易許可書を書いたが、買い付け書類にもあんなのがあるからな。
ちなみに一番面倒になるのはその日の購入担当者が戦場から帰ってこなかった時。本当に購入したのかどうかの証拠も証言もなくて、売った側の言い分が正確かどうかの調査から入らなきゃいけなくなる。一件の対応に数日かかったりすることも珍しくない。
内務に関しては父の補佐をやっていた人に聞きながら案をまとめていく。代官の見直しもそうなんだが領内の安全管理とか税収確保とか裁判結果の確認とかもいろいろ地味で面倒だがやらないわけにはいかない仕事だ。
中世における税収って言うとどうしても穀物類とかの印象が強いが、地域によってはいろいろ種類がある。通行税なんかもそうなんだが、麦を粉にするための粉挽き用の水車を使う際の代金や、パンを焼く竈を作る際にも税金がかかったりとか。ワイン作るところだとブドウを絞るための道具にも税金がかかってたりするらしい。
その辺でたまに勝手に値上げしたり恣意的運用してる奴とかがいたりするんで確認しないといけないんだよな。そういうののチェックは代官の仕事なんだがその代官の見直しも目的だからなあ。仕事してない代官がいないか確認しないと。本当に面倒。
昼は王城で座り仕事を続けていたが、館に戻ると深夜まで書類を確認。孤児院に任せていた街の美化と並行していた件の日報を読み解いていく。読み解いていく、というのが比喩ではないのが悲しい。
引率している騎士見習いや衛兵側の報告書はともかく、文字の練習も兼ねた子供の日報はほとんど暗号だ。だがここに書かれている情報も無駄にはならないので、ランプの光で頑張って読むしかない。
子供の文字の練習にもなりますと言ったのは俺だが、こういう形で問題が出てくるとは思わなかった。フレンセンが日ごと、ブロック別に整理してあるんで順番に読んで記録していけばいいのは救いだ。
そのフレンセンも横で解読作業をしながら唸ってるけど。すまん。
「ヴェルナー様、お茶をお持ちしました」
「ああ、入ってくれ」
「失礼いたします」
リリーが扉の向こうから声をかけてきたんで応じる。夜遅くなのに悪いな。俺やフレンセンが見てる中でリリーが茶を淹れるのは、俺たちが採点するように母から指示されているためだ。ダメなところはダメだと言わなきゃいけないんだが。
「お待たせいたしました」
ちらっとフレンセンを見ると黙って頷いている。フレンセンから見てもここまでは合格だったようだ。こういう時は年長者に任せるのが一番だな、うん。とりあえず一口飲んでみる。
「美味しい」
「ありがとうございます」
ほっとした表情で笑顔を向けてくる。いやほんと、前から下手じゃなかったけど普通に腕上げてるよな。俺は自分で淹れるともう色ついてりゃいいや状態になることもしばしば。眠気覚ましのコーヒーが欲しいけどないんだよなあ。
フレンセンにもお茶を淹れてからリリーが不思議そうにこっちを見てきた。
「もう遅いですが、まだお仕事を?」
「ちょっと急ぎでね」
「せめて協力者を求めておくべきであったと思いますが」
「その通りだとは思う」
フレンセンのツッコミに反論のしようもない。フィノイへの出兵が緊急だったとはいえ、マンゴルトの調査とかこっちの書類整理とかをフレンセン一人に任せていたわけだからな。書類関係に関していえばフレンセンの方がよほど作業を抱え込んでいる。
習いたての子供の文字がここまで荒いとは思わなかった。それも考えてみれば当然ではあるんだが。孤児院に回せるような魔皮紙は質が劣ってるからどうしても書きにくいし、筆記用具の類だって良い道具とは言えない。それで勉強始めてひと月程度なんだからむしろよく勉強しているとさえ言える。したがって文句を言うのは気が引けるんだが愚痴ぐらいはまあ許してほしい。
唸っているとリリーがフレンセンの持っている日報をのぞき込んだ。
「3の鍛冶の日、商業区、縦8、横5、お昼あと、3列目の道、赤い幕の野菜の屋台の前は道が凹んでいて雨が降ると水が溜まる……道が悪いっていうことですか?」
リリーがすらすら読み上げたのを聴いて俺とフレンセンが思わずぎょっとしたように見てしまう。見られたリリーの方はきょとんとしているが。フレンセンが手の中の日報とリリーを見比べながら言葉を発した。
「読めるんですか、これ」
「このぐらいでしたら……。その、巡礼に来る方の中にはもっと荒い字を書く方もいらっしゃいましたから。丁寧に書こうとしている分読みやすいですよ?」
ここでようやく基準点が違う事に気が付いた。俺やフレンセンが普段読むのは、貴族同士か、少なくとも貴族向けに勉強した人間の書いたものがほとんどだ。要するに悪筆にならないように練習・教育されてきた人間の字ばかり読んでいたことになる。
一方のリリーは文字が読めると言っても庶民階層だから、下手をすれば木の板に引っ掻いたようなレベルのものさえ読んでいたわけで、そもそも癖字に対する抵抗感が低いんだ。
最初から癖字が読みにくいなと思う俺たちと、このぐらいなら普通に読めると思っているリリーだと読む前の抵抗感や読解中の把握力がまるで違うことになる。量が多いだけに精神的な面も大きい。
フレンセンが真剣な表情でこっちを向いてきた。
「ヴェルナー様、この際リリーに手伝ってもらってはどうでしょう」
「いや、しかしなあ」
「商業区は屋台配置と照らし合わせながら進める必要もあるんですからこのままだと終わりませんよ」
ぐうの音も出ない。仕事溜めた俺が悪いんだけどな。リリーが不思議そうな表情を浮かべた。
「屋台配置、ですか?」
「あ、まだリリーはその辺詳しくないのか」
まあ貴族の場合出入りの商人に持ってこいって言って済ませちゃうか、商人の方から館に御用伺いに来るのがほとんどだからな。逆に村レベルだと時間ごとに入れ替わるほど商人多くないだろうし。知らないのは当然と言えば当然か。
中世の大都市だと店舗を持つ店も多いが、旅商人たちが臨時に店を開くための屋台を広げる場所も別にある。
ただこれが意外と誤解されがちで、ギルドと契約した約束手形を持っている商人が、店舗未満の露店を常に開いている場所は別として、屋台の並ぶ場所にはその屋台を開くためのルールが存在している。大きな広場とかは常設露店が多く、屋台が並ぶのは横丁みたいな感じだ。
やっぱり一等地と言うか客の目を引きやすい場所がある一方、奥まったところは不利だとかの問題もあるし、品ぞろえやギルド同士の関係があったりするわけでややこしい。午前中に品が売り切れになった一等地の場所を午後もずっと空にしておくのかって話にもなるしな。
という訳で屋台設置場とでもいうべき場所では、普通、時間区分と曜日区分がある。
時間区分の方は解りやすく、大体早朝暗いうちはほぼすべての場所にパンを売る屋台が並ぶ。市民の場合、一日分のパンをその日の早朝に買うのが普通だ。男爵、子爵クラスなら貴族家でもそうしている家がある。
もちろん、パンを焼く店舗でも販売はするが、店舗部分が広くないんで客が押し寄せると逆に渋滞し、売り上げ効率が悪くなるから屋台と併用して売る。屋台の方はパン屋の子供とか弟子が店番してることが多いな。
体感なんで多少ずれるかもしれんが、前世でいうと八時ごろに鳴る朝鐘を合図にパン屋の屋台は全員撤収。午前の部になる。この時間帯に多いのは旅をするのに必要な品を売る屋台とか、その日に使う金物や袋とかで、食い物は干し肉とかチーズなんかが普通。自宅や宿で朝食をとった人たちが出かける際に必要となる物品を販売する時間、という言い方ができるかもしれない。
これらの屋台のほとんどは十二時の昼鐘で交代して、午後は野菜とか普通の肉とかの生鮮食品……と言っていいのかどうかわからんが、まあその日のうちに食べましょうという品の店が多くなる。市民の台所を支える時間帯だ。
そのほか、手軽に食える屋台食も大体昼からだ。市民にとっては総菜屋みたいな一面があるしな。こういう店は午前中に市場で食材を買い足したり、下ごしらえとかをして午後からの販売に備えている。前世と違って夜の暗さはかなり厳しいし、明かり代も毎日となると馬鹿にならない金額になるんで、市民は日の出前の真っ暗な時間帯はまず作業をしないからこういう形になる。ギルド単位で集まってみんなで明かりを囲んで、という事はあるらしい。
生鮮食料品系屋台の多くは夕鐘の鳴る時間帯に撤収。この後の屋台は前世で言えば赤提灯の店が多くなる。仕事帰りにちょっと一杯ってのはいつの時代も変わらんね。大体屋台が並ぶ横丁の一日で見たローテーションはこんな感じ。
もちろん屋台とは別に、常設店舗でもこういったものの売買は可能だが、屋台の方が安いのはお約束だ。物によっては二倍近く違う事さえある。屋台は撤収前に売らないと荷物が増えるってのがあるが、店舗は店を持ってるだけで税金がかかるからな。
曜日区分の方はブロックごとのローテーションだ。朝市を開く広場でも門に近い方とか人通りの多い所を一部の店が独占すると面倒ごとが起きるんで、この日はどのギルドが一等地区画、みたいに決まっている。いや一等地って表現はしてないけど。
このローテーションはギルドの力関係が如実に出るんで、ギルドの実力が試される部分だ。弱小ギルドだったりすると、その系列の品が一年中裏通りに近い、地味なところでしか販売できないなんてことさえ起る。
やり方とかはさすがに俺も詳しくないんだが、年に一回ぐらい全ギルドが集まってその年のローテーションを決める会議が執り行われるらしい。割とガチで路地裏に死体が転がることもある時期だ。それは流石にリリーには言わんけど。
「というわけで、日報に何の屋台と書いてあっても日ごと時間ごとに場所が違ってたりすることもあるんだよ」
「なるほど……ええと、読み上げていくだけでいいんですか?」
納得したとたんにもうやる気になってるんだが。まいったな。俺が言うのも何だが結構遅い時間なんだが……。
「ではリリーは順番に読み上げてください。私が清書していきますのでヴェルナー様には確認と照らし合わせるのをお願いしましょう」
「はいっ」
「おい」
……二人とも聞いちゃいねえし。はあ。今日はしょうがないとしてリリーにはなんか礼しないといけないなあ。
※多分、この屋台入れ替えに使われた(役割はそれだけではないですが)もので
もっとも有名な鐘はロンドンのビックベンじゃないでしょうか。
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