P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
グリフィンドールがクィディッチの試合でスリザリンに大敗した次の日の朝。
私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と一緒に大広間へ下りてきていた。
「それじゃあ、サクヤがハリーの代わりにシーカーをやるのかい? おったまげー」
ロンは昨日のショックからある程度立ち直ったのか、いつものようにベーコンを皿に山盛りにしている。
「でも、うん。シーカーはサクヤにピッタリなポジションだと思うよ。シーカーは小柄で軽い方が──」
「それもしかしてチビって馬鹿にしてる?」
「とんでもない! 褒め言葉さ」
慌ててそう言うロンに対し、私は軽く微笑む。
「冗談よ」
「……まあ、なんだ。軽い方が有利なのは確かさ。その分加速も減速もしやすいから」
「でも、本当に大丈夫なの?」
ハーマイオニーが心配そうに言う。
「クィディッチの練習でてんてこ舞いになって成績が落ちたりしない? それに、貴方には騎士団員としての仕事もあるでしょう?」
加えて言えば、死喰い人としての騎士団へのスパイの仕事に、ヴォルデモートとの開心術の練習もある。
まあ開心術に関してはヴォルデモートから免許皆伝を受けたのでもう練習の必要はないが。
「時間に関しては何も問題ないわ。そもそも時間は余らせ気味だし」
私はふと違和感を感じ職員用のテーブルを見る。
そこにはあちこちガーゼだらけのハグリッドが小さいスプーンでチビチビとスープを啜っていた。
「って、あら? ハグリッドじゃない。帰ってきてたのね」
私がそう言った瞬間、他の三人が凄い速度で振り向き、席を立ってハグリッドのもとへ駆けていく。
私も一度フォークを置き、三人の後を追った。
「ハグリッド! いつ帰ってきたの?」
ハリーは喜びと驚きが入り混じった表情でハグリッドに言う。
「昨日の夜、ようやくひと段落ついたところだ」
ハグリッドはやれやれと言わんばかりに首を何度か捻る。
「俺もお前さんらに会いたかったぞ。どうだ、新学期は。変わったことはあったか?」
「色々あったけど、その前に。ハグリッドは何ヶ月もどこに行ってたの?」
ハグリッドは私たちを見て嬉しそうな顔をしたが、すぐに声を潜めて言った。
「ここじゃいかん。それに、極秘任務だしな」
「それなら、ハグリッドの小屋だったらいい?」
「お茶しにくるだけなら歓迎するが、任務のことは話せんぞ」
「じゃあ、今日の放課後にね」
私たちはハグリッドに手を振って先程までいたテーブルに戻る。
ハリーはハグリッドの方をチラリと窺うと、少し小声で言った。
「ハグリッド、今までどこに行ってたんだろう。サクヤは何か聞いてる?」
「巨人の説得に行ったっていう話は聞いたけど、事の顛末まではわからないわね」
「巨人? ああ、そういえば前にそんな話をしてたね」
そう、ハグリッドはホグワーツが夏休みに入ってすぐ、ボーバトンの校長のマダム・マクシームと一緒に巨人を説得に向かったのだ。
「ダンブルドアからの密命でね。巨人族の血が流れている彼らなら上手くことを運べると思ったんでしょうけど……あの顔のガーゼを見るにあまり上手くはいかなかったようね」
まあ、どこか抜けてるところがあるハグリッドだけなら納得の結果ではあるのだが、今回の旅にはマダム・マクシームが同行している。
ダンブルドアには及ばないにしても、彼女も一流の魔法使いだ。
そんなマクシームが同行してあの状態なのだから、よっぽど『何か』があったのだろう。
その日の放課後、私たちはハグリッドの部屋を訪れていた。
帰ってきてからまだ荷解きをしていないのか、大きなリュックが壁際に無造作に置かれている。
「ようきたな。待っとったぞ」
ハグリッドは銅で出来たやかんを火から下ろすと、ティーポットに熱湯を注ぐ。
「それでハグリッド、巨人との交渉は上手くいったの?」
ハリーは椅子に座ると同時に単刀直入にハグリッドに聞いた。
「なんでお前さんがそれを……サクヤだな?」
ハグリッドは私を軽く睨みつけ、小さくため息をつく。
「サクヤ、お前さんはダンブルドアに認められて騎士団員になったという話は聞いとるが……些か口が軽すぎはせんか?」
「別に、口が軽いわけじゃないわ。三人の方がずっと重たいだけ」
「知らん方がええこともある」
ハグリッドは私たちに紅茶を配ると、大きな椅子にドカリと座り込む。
その様子を見るに足も少し負傷しているようだ。
「で、話を戻すけど、巨人との交渉はどうだったの? 随分時間が掛かったようだけど」
「掛かった時間の殆どは移動のためだ。なんせ、色んなもんを誤魔化さんといかんかったからな。マグルに、死喰い人に、それに魔法省に──」
「魔法省も? どうしてさ?」
ロンが首を傾げる。
「連中、特にファッジはダンブルドアと対立しとる。ファッジはダンブルドアが魔法大臣の席を狙っとると思い込んどるんだ。だからダンブルドアやそれに近い人間を監視して、隙が有れば逮捕しようとしとるわけだな」
その中でも特にハグリッドは目の敵にされているだろう。
ダンブルドアに忠誠を誓っていて半巨人でホグワーツ退学。
特に魔法省は巨人や人狼、吸血鬼などの存在を嫌っている。
例外があるとすれば魔法省に深いコネクションがあるレミリア・スカーレットぐらいだろう。
まあファッジからしたらレミリア・スカーレット自体も嫌々仲良くしている程度の存在だろうが。
「ちゅうわけで俺とオリンペは一緒に休暇を過ごすふりをしながらまずはフランスに行った。オリンペの学校があるあたりを目指しているように見せかけたわけだ。そこであちこちぐるぐるしながら監視の目を撒いたんだが、一ヶ月ほど掛かっちまった。だが、監視さえ撒いてしまえばこっちのもんだ。そっから先は早かったな。随分楽に巨人族が暮らしている土地まで行くことができた」
ハグリッドはそこまで話して、片手で顔を覆う。
「だが、順調なのはそこまでだった。俺たちが巨人の住処に着いた時、そこにはもう殆ど巨人は残っとらんかった」
巨人が、残っていない?
「どういうこと?」
「分からん。残っているやつに聞いた話どこかの魔法使いがガーグを説得して仲間の殆どを連れていってしまったらしい。しかも、つい最近の話ときたもんだ」
「どこかの魔法使いって……詳細は分からなかったの?」
「それも分からんかった。英語がわかる奴が殆ど残っていなくてな。まあ残っていた奴らは群れに馴染めなかったような連中ばかりだ。いじめられとったり身体が弱かったりな。それでも、俺を踏み潰せるぐらいには大きいんだが」
正直、巨人を説得した人物に関してはノーヒントもいいところだ。
だが、状況からしてヴォルデモートか、その配下の者の可能性が高いだろう。
ヴォルデモートと巨人に関する話はしたことがなかったが、夏休みの間に巨人を説得していたんだろうか。
「なんにしてもその時点で俺たちの任務は失敗だ。何せ説得する相手がいなくなっちまったんだからな。一応、残ってる巨人に声を掛けたが、殆ど理解出来とらん様子だった」
「それじゃあ、巨人は一人も来ないの?」
ハリーがそう聞くと、ハグリッドは小さく頷いた。
「その魔法使いっちゅうのが例のあの人だとしたら最悪だな。もし違う誰かなら、まだ少しは望みはあるが……だが、巨人に用があるやつなんて魔法界には殆どおらん」
「それじゃあ、巨人はあの人側についた。そう言うことね」
「そう考えるのが妥当だろうな」
私はハグリッドの用意してくれた紅茶を一口飲む。
ヴォルデモートからは巨人を仲間に引き入れたという話は聞いていない。
ただ私に話していないだけならそこまで問題ではないが、ヴォルデモート以外の陣営が巨人を仲間に引き入れたのだったら大問題だ。
それはつまり、魔法省でも不死鳥の騎士団でも死喰い人でもない、第四の勢力が出現したことを意味する。
ヴォルデモートはこのことを認識しているだろうか。
「何にしても、話は以上だ」
「でも、待ってハグリッド。もしそれで終わりならどうして帰ってくるのがこんなに遅くなったの? そのまま帰ってきたら夏休みの間に帰ってきてるはずでしょ?」
話を打ち切ろうとしたハグリッドにハーマイオニーが尋ねる。
「あー、それはだな──」
ハグリッドが何かを誤魔化そうと口を開いた瞬間、小屋の扉が数回ノックされた。
「っと、客が多いな。ちょいと待っててくれ」
ハグリッドは都合がいいと言わんばかりに椅子から立ち上がると、小屋の扉を開ける。
そこにはホグワーツ高等尋問官のドローレス・アンブリッジが立っていた。
「あら、来客中? で、貴方がハグリッドね?」
アンブリッジは戸口から小屋の中を見回す。
まあ見回すと言っても目の前にハグリッドが立っているのでその殆どがハグリッドに隠れて見えないだろうが。
「あー、そうだが……失礼ですが、いったいお前さんは誰ですかい?」
「わたくしはドローレス・アンブリッジです」
アンブリッジが名乗ると、ハグリッドはますますよく分からないといった顔をする。
「ドローレス・アンブリッジ? 確か魔法省の人だったと思うが……ファッジのところで仕事をしてなさらんか?」
「大臣の上級次官でした。ですが、今はホグワーツ高等尋問官です」
「尋問官? 何ですかいそりゃ──っと、立ち話もなんですからお茶でもいかがです?」
ハグリッドが大きく手を伸ばして私たちを指し示す。
アンブリッジは少し考える仕草をしたが、私の顔を見て途端に顔を顰めた。
「いえ、結構です。私は高等尋問官として、貴方に今までのことの確認と、これからのことを伝達しにきただけですわ」
アンブリッジはそう言うと、もう一度部屋の中を見回す。
「それで、貴方は何処へ行っていたの? 新学期は二ヶ月も前に始まっているのよ? それに、その怪我はどうしたのです?」
「あー、その。健康上の理由で休んでた。ちょいと新鮮な空気をな」
「そう、随分と健康になったようで何よりだわ」
アンブリッジは口ではそう言っているが、ハグリッドの話を毛ほども信用していないようだった。
「何にしてもわたくしはホグワーツ高等尋問官として同僚の先生方の授業を査察することになっています。貴方の授業も近いうちに査察しますのでその認識でいるように」
アンブリッジはそう言うと、最後に私のほうをチラリと見てからハグリッドの小屋を出ていった。
ハグリッドは小屋の扉を閉めると、顔を顰めながらテーブルに戻ってくる。
「査察だと? あいつがか?」
「そうなんだ。僕たちの予想では、もうトレローニーは停職候補になった」
確かにあの様子ではトレローニーは停職を受ける可能性が高い。
だがハグリッドの場合、授業がどうであれ停職を受ける可能性がある。
「ねえハグリッド、授業でどんなものを教えるつもりなの?」
ハーマイオニーが恐る恐る聞く。
「おう、心配せんでも授業の計画はどっさりあるぞ。OWL学年用に取っておいた動物がいる。特別も特別だ」
特別と言うと聞こえはいいが、裏を返せば普通ではない動物ということになる。
ハーマイオニーもそれが心配なのか、まるで赤子をあやすような声色で言った。
「ねえ、ハグリッド。アンブリッジ先生は貴方があんまりにも危険な動物を連れてきたら絶対気に入らないと思うわ」
「危険? 危険なもんか。そりゃ、連中は自己防衛ぐらいはするが──」
「ハグリッド、アンブリッジの査察に合格しないといけないのよ? だから授業はOWLで出るような動物の世話とかに……」
ハーマイオニーはそう言うが、ハグリッドは怪訝な顔をする。
「だけんどハーマイオニー、それじゃ面白くねぇ。俺が持ってくるのはもっと凄いぞ。なんせイギリスで飼育に成功しとるのは俺だけだ」
「ハグリッドお願いよ。アンブリッジは貴方をホグワーツから追い出す口実を探しているわ。頼むからつまらない動物にして頂戴」
ハーマイオニーは必死に説得するが、ハグリッドは聞く耳持たずといった様子で大きなあくびをした。
「授業に関してはなんも問題はねぇ。心配せんでいい。それより、俺はお前さんらの話が聞きたい。俺が居らんかった二ヶ月のことを色々教えてくれや」
ハリーはハーマイオニーの顔を少し窺ってから新しい防衛術の先生のグリムの話や今年のクィディッチの話をし始める。
私はそれに相槌や補足を入れながらハグリッドの淹れる少し濃すぎる紅茶を楽しんだ。
設定や用語解説
ガーグ
巨人の群れのリーダーのこと
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます