P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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高等尋問官と安らぎの水薬と私

「さて、今年も素晴らしいご馳走を皆が消化している最中であると思うが、学年度の初めのいつものお知らせに少々時間を頂こうかの」

 

 新入生の組み分けが終わり、歓迎会のご馳走が生徒の胃の中に収まったのを見計らってダンブルドアが椅子から立ち上がる。

 

「一年生に注意しておくが、校庭にある禁じられた森は生徒立ち入り禁止じゃ。これに関しては、上級生もよくわかっていることじゃろう。それと、管理人のフィルチさんからで、授業と授業の合間に廊下で魔法を使ってはならんと再度徹底してほしいとの要請を受けた。他にも、もろもろの禁止事項の一覧表がフィルチさんの事務所のドアに張り出されてある。確認したい生徒がいれば、フィルチさんの事務所を訪れるように」

 

 ダンブルドアはいつもの決まり文句が終わると、職員用のテーブルを手で指し示す。

 

「今年から新しく二人の先生を迎えることになった。まず、今年も空席になってしもうた闇の魔術に対する防衛術を担当してくださるグリム先生じゃ」

 

 ダンブルドアに紹介されてグリムと呼ばれた男性が立ち上がる。

 仮面で顔を隠した見るからに怪しいその姿に、殆どの生徒がひそひそと周囲の生徒と囁き合い始めた。

 その様子を見てダンブルドアは補足を入れる。

 

「グリム先生はこのような容姿じゃが、去年三大魔法学校対抗試合の審査員を務められた魔女であるパチュリー・ノーレッジのお弟子さんじゃ。容姿についても研究中の事故で強力な呪いに掛かってしまい、自身の顔を周囲に晒せないらしい」

 

 グリム先生はダンブルドアに向かって小さく手を上げる。

 ダンブルドアはそれを見ると、どうぞと言わんばかりに椅子に座った。

 

「ご紹介に預かりました。グリムです」

 

 男性とも女性とも判断がつかない合成音声のような声が大広間に響く。

 どうやら呪いの効果か何かしらの魔法で声も変化しているらしい。

 

「今年から闇の魔術に対する防衛術を担当します。このような容姿ですが……なに、不便なことと言えば目の前で繰り広げられた暴飲暴食をゴーストと共に指を咥えて見ていることしかできなかったことぐらいでしょう。私は呪いの効果で人前で仮面を取ることは出来ません。なので、この席が終わったら急いで自室へと戻り一人悲しくローストチキンに齧りつくことにします」

 

 グリムはそう言うと大げさと言えるほどの仕草でお辞儀をし、椅子に座り直す。

 話が終わったのを見計らって、ダンブルドアが大きな拍手をグリムに送った。

 それをきっかけに大広間内に決して小さくない拍手が沸き起こる。

 どうやら生徒たちはグリムのことを容姿こそ奇妙だが面白い先生だと判断したらしい。

 

「それにしてもグリムって不吉な名前だよな。流石に偽名かな?」

 

 ロンがグリムに拍手を送りながら呟く。

 だが、それを聞いてハーマイオニーが反論した。

 

「ドイツの方じゃ一般的な名字だったりするわよ。ほら、聞いたことない? グリム童話って。あれのグリムはグリム兄弟のグリムだもの」

 

「うーん、聞いたことないな」

 

「それじゃあ、グリム先生はドイツ人の可能性もあると」

 

 私がそう呟くと同時に、ダンブルドアが再び立ち上がる。

 

「お次に紹介するのはドローレス・アンブリッジ先生じゃ。アンブリッジ先生は今年ホグワーツに新しく新設された役職である『ホグワーツ高等尋問官』に就任なさる。ホグワーツ高等尋問官とは、これからの魔法教育をより良いものにするために授業や生活環境を視察し、授業のカリキュラムの見直しや校則の改正案を出すお仕事じゃ。直接生徒の諸君らを担任するわけではないが、授業中にちょくちょく顔を出されることじゃろう」

 

 どのような役職かいまいちピンと来ていない生徒が多いのか、まばらに拍手が上がる。

 まあ、私たち生徒の授業を直接見るわけではないのであまり関わりのない人物と言えばその通りだ。

 アンブリッジは先程のグリムと同じようにダンブルドアに小さく手を上げて合図をする。

 ダンブルドアはそれを見て、また椅子に座り直した。

 

「校長先生、歓迎の言葉恐れ入りますわ」

 

 大広間に甲高い吐息交じりの声が響く。

 見た目に反し随分と少女チックな声だが、まあその辺は個性の範疇だろう。

 

「ご紹介に預かりました通り、わたくしはホグワーツ高等尋問官という立場でこの場に立たせていただいております。魔法省は若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要なものであると常にそう考えてきました。ここにいるみなさんが持って生まれた才能は慎重に教え導き、磨かなければなりません。魔法界独自の古来からの技を後代に伝えていかなければ、それらは永久に失われてしまいます。ですが、よい教育を維持するにはそれ相応の変化も必要です。古き慣習のいくつかは大切に維持されるべきですが、陳腐化し、時代遅れになったものは放棄されるべきです。保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずべきやり方とわかったものは何であれ切り捨てるのがわたくしのお仕事です。さあ、いざ前進しようではありませんか。開放的で効果的で、かつ責任ある新しい時代へ」

 

 アンブリッジは少し鼻息を荒くながら椅子に座り直す。

 ダンブルドアはその演説が百年に一度の名演説であるかのような大きな拍手を送ると、静かに立ち上がる。

 他の教員たちもまばらに拍手したが、ダンブルドアとは異なり二、三回投げやりな拍手を送っただけだった。

 

「ありがとうございましたアンブリッジ先生。まさに啓発的じゃった。さて、話は変わって今年のクィディッチの選抜日についてじゃが──」

 

 ダンブルドアはアンブリッジに会釈すると、クィディッチの選手選抜日の話を始める。

 

「つまり、どういうことだ?」

 

 アンブリッジの話が半分以上理解できなかったのか、ロンが首を傾げた。

 

「これは私の予想だけど、多分彼女は魔法省から送り込まれた役人ね。最近ファッジとダンブルドアはいい関係とは言えないわ。きっとファッジはホグワーツに直接的に干渉するために彼女を送り込んだんでしょう」

 

「まあ、高等尋問官だもんね。大層な役職だよ」

 

 ハリーは呆れたようにそう呟く。

 彼女の影響でホグワーツがどのように変わるかは分からないが、良い方向に進んでいくとはとてもじゃないが思えなかった。

 

 

 

 

 新学期初日の朝。

 私たちはいつもの四人で大広間で朝食を取っていた。

 私はテーブルに置かれているトーストにバターを塗り、鞄の中に仕舞うという作業を延々と繰り返す。

 私の横ではハリーとロンが時間割とにらめっこしていた。

 

「今日の時間割は酷いな。魔法史に魔法薬学、占い学と嫌な授業が三連続だ。唯一の救いは闇の魔術に対する防衛術が最後に入っていることだけど……」

 

「それも当たりかどうかは分からないもんね」

 

「そう? 昼寝の時間から始まってちょっと鍋をかき混ぜて、適当な作り話をしたら終わることじゃない。そんなに身構えることかしら」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーが大きなため息をつく。

 

「あのねぇ……サクヤ、私たちは今年五年生なのよ。居眠りしている場合じゃないわ」

 

「五年生? なにかあったっけ?」

 

 私がハーマイオニーに問うと、ハーマイオニーはまた大きなため息をつく。

 

「ほんと、これで学年二位なんだから羨ましい限りよね。今年は『普通魔法使いレベル試験』通称『OWL(ふくろう)』の年でしょう?」

 

「そうだっけ?」

 

 OWLとはホグワーツの五年生が学期末に受ける魔法試験だ。

 この試験の結果は五年以降の履修内容に大きく関わってくるため、誰もが死にそうになりながら試験勉強を行う。

 マグルの世界で言うところのGCSEみたいなものだ。

 

「もう、しっかりしてよね。今後の就職や進路に大きく関わってくるんだから」

 

「進路……ねぇ。寝てるだけでお金が入ってくる仕事に就きたいわ」

 

 ハーマイオニーは信じられないと言わんばかりに両手で口を覆う。

 

「そう言うみんなはどうなのよ。どうなりたいか、決まってる?」

 

 私がそう聞くと、ロンとハリーが頭を悩ませる。

 

「うーん、まだ何ともなぁ。でも、闇祓いとかカッコいいよな」

 

「うん。そうだよな」

 

 ロンとハリーが熱を込めて言う。

 

「まあ、憧れる職業ではあるわよね。ハーマイオニーは?」

 

「明確には決まってないけど、何か本当に価値のあることがしたいと思ってるわ」

 

 ハーマイオニーは得意げに続ける。

 

「例えば……ほら、SPEWをもっと推進できたら──」

 

「はい解散、やめやめ。魔法史に向かうわよー」

 

 私はトーストを一枚咥え椅子から立ち上がる。

 ハリーとロンもSPEWの活動に巻き込まれる前に急いで椅子から立ち上がった。

 

 

 

 魔法史の授業でたっぷりと睡眠をとった私は、晴れ晴れとした顔で魔法史の教室を後にする。

 

「こういうのはいかがかしら」

 

 私の横を歩いていたハーマイオニーが私たち三人に対し冷たい目を向けながら言った。

 

「今年はノートを貸してあげないっていうのは」

 

「僕たちがOWLに落ちるだけだよ。それでも君の良心が痛まないっていうなら──」

 

「あら、いい気味よ。ハリーとロンは授業中に遊んでるし、サクヤに至っては話を聞く気すらないじゃない」

 

「睡眠学習よ睡眠学習。でもほら、私はいつもテストではいい点とってるでしょう?」

 

「それは私が毎回ノートを写させてあげてるからでしょ!」

 

 ハーマイオニーは頬を膨らませながらズンズンと地下牢にある魔法薬学の教室へと歩いていく。

 

「あー、待ってよハーマイオニー。今度からちゃんと聞くから」

 

 まあ、嘘だが。

 私たちは小走りでハーマイオニーに追いつくと、一緒に地下牢へと下りていく。

 地下牢の教室には既にスリザリンの生徒が集まっており、人だかりの中心にマルフォイの姿があった。

 

「おはようドラコ。今年もよろしくね」

 

 私はこちらをちらりと見たマルフォイに小さく手を振る。

 マルフォイは列車の中と同じようにビクリと肩を震わせると、私に対し小さく会釈した。

 

「それじゃあ、私はいつも通りドラコの近くに座ろうと思うけど……貴方たちはどうする?」

 

 私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人を見回す。

 

「うーん、好き好んで近くに行くほど仲良くないしな」

 

「右に同じ」

 

 ハリーとロンはそう言って肩を竦める。

 口ではそう言っているが、それは論外と言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。

 

「そう。じゃあまた後で」

 

 私はそう言うとマルフォイの方へと近づいていく。

 

「やあサクヤ。えっと、久しぶり」

 

「何言ってるの。昨日会ったじゃない。パンジーも久しぶり。監督生に選ばれたんですって?」

 

 パンジーはブランド物のブローチを自慢するような仕草で監督生バッジを私に見せる。

 

「そういうサクヤは選ばれなかったのね。てっきりグリフィンドールの女子監督生はサクヤだと思ってたのに」

 

「嫌よ面倒くさい。なんで私が下級生の面倒みないといけないのよ」

 

「ああ、うん。貴方はそういうタイプよね」

 

 パンジーは呆れ気味に頬を掻く。

 私はいつものようにマルフォイの隣に腰掛けると、鞄の中から教科書を取り出し机の上に置いた。

 その時、教室の扉が開きスネイプが入ってくる。

 スネイプは教卓の前に立つと、普段通りの冷たい声で授業を始めた。

 

「本日の授業を始める前に、諸君にははっきり言っておこう。今学年末、諸君は重要な試験に臨む。その試験で私は諸君にOWL合格スレスレの『可』以上を期待すると、事前に伝達しておこう」

 

 スネイプは教室中を見回し、一人一人の顔を見る。

 

「私は優秀なものにしかNEWT(いもり)レベルの魔法薬の受講を許さぬ。OWLで『優』を取れない者は、このクラスを去ることになろう」

 

 スネイプの目が明らかにネビルやハリーのほうを向く。

 その視線に気がついたのか、私の隣に座るマルフォイがニヤリとした。

 

「しかしながら、幸福な別れの時までまだ一年ある。であるからNEWTに挑戦するか否かは別として、ここにいる生徒には高いOWL合格率を期待する」

 

 スネイプはローブから杖を取り出すと教鞭のように左手の平に軽く打ち付けた。

 

「さて、今日はOWLにしばしば出てくる魔法薬を調合してもらう。『安らぎの水薬』、不安を鎮め、動揺を和らげる。だが、成分が強すぎると飲んだものは深い眠りにつき、時にはそのまま目覚めることはなくなる。故に、調合には細心の注意を払いたまえ」

 

 スネイプはそう言うと黒板にレシピを出現させる。

 私はレシピに軽く目を通し、自分の認識している調合法と差異しかないことを確かめると早速調合に取り掛かった。

 

「さてさて……」

 

 材料棚から必要な素材を取ってきた私は、レシピの順番を完全に無視して素材を刻み、潰し、鍋に入れて煮込んでいく。

 この調合法はパチュリーの執筆した『毒は薬、薬は毒』を裏から解読した時にわかる隠されたレシピの一つだ。

 このレシピには煩雑な工程や数ミリグラムの素材の分量などは存在しない。

 それこそシチューでも作るかのような手軽さで魔法薬を調合することができる。

 私は最後の材料を適当に大鍋に放り込むと、蓋をして火を止める。

 そして隣で従来のレシピに四苦八苦しているマルフォイの手伝いを始めた。

 

「ほら、月長石の粉を入れるタイミングを間違えないように……ええ、いいわ。そして右に三回。……うん、いいんじゃないかしら」

 

 マルフォイは私の指示通りに魔法薬をかき混ぜると、時計をチラリと見る。

 ここから先は七分間煮るだけの工程に入る。

 つまり、少しの間暇な時間が出来ると言うことだ。

 

「そういえば、ドラコはこの休みはどうだった? 家族旅行とか行くのかしら?」

 

「……いや、この夏は行っていない。父上がそれどころじゃなかったから」

 

「そうよね。そのはずだわ」

 

 私はマルフォイにニッコリ微笑みかける。

 そしてマルフォイの耳に顔を近づけ、小さい声で囁いた。

 

「私のことを貴方に喋ったのは、貴方のお父様?」

 

 マルフォイの顔が僅かに引き攣る。

 

「ち、いや、違う。父上は関係ない。ただ、父上と父上の友人が話しているのを偶然聞いてしまっただけで」

 

「そう、盗み聞きしたんだぁ。悪い子ね」

 

 私の言葉に、マルフォイは一層顔を引き攣らせる。

 額には汗が滲み、歯は震えてカチカチと音を立てていた。

 

「まあ、どっちでもいいんだけど。お父様が復活した今、魔法界は二つに分かれようとしているわ。貴方はもちろん私の味方、そうよね?」

 

「ももももちろん」

 

「そう、ならいいんだけど」

 

 私はマルフォイの頬を軽く指で撫でると、自分の大鍋の蓋を開ける。

 大鍋からはうっすらと銀色の湯気が立ち上った。

 

「さて、私のは完成したみたい。ドラコもそろそろバイアン草のエキスを準備したほうがいいわ。

 

 私がそう言うとマルフォイは逃げるように薬棚へと走っていく。

 私はその後ろ姿を見ながら小さくため息をついた。




設定や用語解説

グリム先生
 全身真っ黒で、真っ黒のローブに顔には仮面を付けている。魔法で変換された中世的な声をしているが、体格からして男性。グリム……一体誰なんだ……

最初から高等尋問官のアンブリッジ先生
 魔法省からの刺客。でも正直サクヤとの相性はそこまで悪くはない。

怯えるマルフォイにため息を吐くサクヤ
 マルフォイにバレているぐらいなら、ダンブルドアにバレるのも時間の問題だろうというため息。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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