P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
一九九五年、八月の終わり。
私が自分の部屋で本を読んでいると、一匹のフクロウが窓の外を横切った。
私はそのフクロウが小包を抱えていることを横目で見て確認すると、窓を開けて読書を再開する。
小包を抱えたフクロウは窓から部屋の中に飛び込み、机の上に小包を落とすと窓の縁に着地した。
「結構遅かったわね」
私はフクロウのクチバシを軽く撫で、鞄の中からエサを取り出しフクロウに与える。
フクロウはそれを咥えると窓の外に飛び去っていった。
私は窓を閉め、フクロウが運んできた小包の封を解く。
小包の中には七通の手紙が入っていた。
「ああ、やっぱり。いつもはもう少し早く届くんだけど」
手紙はホグワーツからだ。
私を含めホグワーツに在校中の学生に一通ずつ。
私は自分の分の便箋の封を解くと、内容を改めた。
「教科書のリストと、新学期の案内ね」
新しく買い足さなければいけない教科書は二冊。
一冊は呪文学の教科書である『基本呪文集・五学年用』。
そしてもう一冊は『明日への一歩を踏み出すための防衛術』、闇の魔術に対する防衛術の教科書だろう。
「えっと呪文集は去年と変わらずゴスホーク著ね。で、防衛術の本は……嘘でしょ?」
私は何かの間違いでないかと目を擦る。
だが、手紙に書かれている内容が変わることはなかった。
『明日への一歩を踏み出すための防衛術 パチュリー・ノーレッジ著』
「ノーレッジ先生の本が学校の教科書に? でも、先生の著作にこんな題名の本あったかしら」
難解でクソつまらないことに定評のあるパチュリー・ノーレッジの本がホグワーツの指定教科書?
知識がなければ辞書を読むよりつまらないと言われるほどの代物を指定するとは、一体どんな物好きなのだろうか。
私は自分宛ての手紙を引き出しの中に仕舞い込むと、他の皆の手紙を持って部屋を移動する。
そこではちょうどロンがハーマイオニーをチェスで打ち負かしていたところだった。
「待った! 一手、いや二手戻していい?」
「二手でいいの?」
「……やっぱり三手」
ロンはニヤニヤしながら慣れた手つきでチェスの駒を戻し始める。
ハーマイオニーは私が部屋に入ってきたことすら気がついていないほどチェス盤に集中していた。
私はチェス盤の横のベッドの上で箒を磨いていたハリーの横に腰掛けると、ホグワーツからの手紙を渡す。
「ホグワーツから。いつものよ」
「ああ、うん。遅かったね」
ハリーは磨きクロスを横に置くと、私から手紙を受け取る。
その様子にロンも気がついたのか、こちらをグイッと振り向いた。
「教科書のリスト? 随分遅かったよな。忘れられたかと思ったよ」
ロンも私から手紙を受け取ると、チェスの駒を進めながら器用に封を解き始める。
「それに、今年はなんとノーレッジ先生の本が教科書に指定されてるわよ」
私がそう言った瞬間、今までチェス盤をじっと睨みつけて動かなかったハーマイオニーが電撃でも食らったかのように私の方を向いた。
「本当!?」
「嘘よ」
「なんだ嘘か……」
ハーマイオニーはがっくし項垂れるとまたチェス盤に集中し始める。
そんな様子を見て、手紙を読んでいたハリーが呆れたように言った。
「いや、本当だよ。ほら」
ハリーはハーマイオニーに教科書のリストを手渡す。
ハーマイオニーはリストにあるパチュリー・ノーレッジという文字を食い入るように見ると、さっきの仏頂面はどこへやらと言った様子で頬を緩めた。
「凄い! しかもこの本、きっと新刊よ!」
パチュリーの大ファンである彼女が言うのならきっとそうなのだろう。
「でも、新しい闇の魔術に対する防衛術の先生って一体誰なのかしら。ムーディ先生ではないんでしょう?」
ハーマイオニーは私からホグワーツからの手紙を受け取りながらそう聞いてくる。
「そうね。マッドアイではないわ。ダンブルドアは新しい先生を見つけるのに相当苦労しているって話は小耳に挟んだけど……」
結局誰になったかという話は私は聞いていない。
不死鳥の騎士団内でもその話題が上がらないということは、きっとまだ誰も知らないんだろう。
「案外スネイプだったりしてね」
私がそう言うと、ハリーとロンが露骨に嫌そうな顔をした。
「もしそうだったら悪夢だよ」
「でももしそうなったら、魔法薬学に誰がつくかが気になるけどな。っと、これでチェックメイト」
ロンはすっかりチェスに興味を無くしたハーマイオニーにトドメを刺す。
その時、ロンの便箋から赤色の何かが転がり落ちた。
「ん? ロン、これ落ちたわよ」
私は床に落ちたそれを拾い上げた。
便箋から転がり落ちたのはバッジだった。
グリフィンドールの象徴であるライオンを模したデザインのそれは赤と金で彩られ、真ん中には大きく『P』の刻印が入っている。
「って、これ監督生バッジじゃない?」
「監督生? 僕が?」
ロンは私からバッジを受け取ると、マジマジとそれを観察し、便箋の中からもう一枚の羊皮紙を引っ張り出す。
そこには新学期の案内と併せて、ロナルド・ウィーズリーを監督生に指定するという文言が記載されていた。
「冗談だろう? 僕が監督生だって? ……はは、おっどろきー」
ロンはなんて言っていいかわからないといった表情で気まずそうに頭を掻く。
「……あ、私のにも入ってたわ! 女子の監督生はサクヤだと思ってたのに!」
少し遅れてハーマイオニーも手紙から出てきたバッジを片手に飛び上がった。
「何言ってるのよ。私なんかに監督生が務まるわけないでしょう?」
「でも、私よりサクヤの方がずっと優秀だし……」
私はそんなハーマイオニーに肩を竦める。
「マクゴナガル先生はきっと貴方の几帳面さを買ったんだと思うわ。それに面倒見も良いし。貴方なら何の問題もなく下級生を任せられるって思ったんでしょうね」
実際私は監督生なんて面倒くさい役職には就きたくない。
まあ将来の就職のことを考えればキャリアの一つにはなるんだろうが、少なくともヴォルデモートが目指す世界では使えないだろう。
「私、両親に手紙を書いてくるわ! ハリー、後でヘドウィグを貸してくれない?」
「……ああ、うん。オッケー」
ハリーは少し呆然としていたが、ヘドウィグの鳥籠の方に歩いて行く。
ロンは自分が監督生に選ばれたことが未だに信じられないのか、バッジを指先でつまんで透かすように見ていた。
「っと、あんまりここでゆっくりするわけにもいかないわね。ジニーとフレッドとジョージにも手紙を渡してくるわ。それに私は時計のオーバーホールとかマーリン基金の手続きとかでダイアゴン横丁に行かないといけないし、ついでに全員分の教科書と消耗品も買ってくるわね」
私はそう言うとハリーたちのいる部屋を出てジニーたちを探し始める。
対抗試合の賞金も出たことだし、マーリン基金に関しては援助の方を取りやめてもらっていいだろう。
ホグワーツを卒業するまでの資金は十分にある。
それこそ、今手元にある金貨を半分ほどグリンゴッツに預けてしまってもいいかもしれない。
今現在私は全財産を鞄の中に入れて生活している。
それはそれで便利で良いのだが、いざ鞄を無くした時に一文なしになってしまう。
そのリスクを考えれば、多少は資産を別の場所に逃しておくべきだろう。
「三百……いや、五百ガリオンは入れてしまっても問題ないわね」
私は一人そう呟くと、一階へと続く階段を下りた。
一九九五年、九月一日。
長い夏休暇も終わりを告げ、ホグワーツに向かう日がやってきた。
私たちは九と四分の三番線でモリー、ムーディ、トンクス、ルーピンに見送られ、ホグワーツ特急に乗り込む。
「さーて、ずいぶん遅くなっちゃったけど空いているコンパートメントはあるかしら」
私は近くのコンパートメントを覗き込みながら言う。
その様子を見てハーマイオニーが少々気まずそうに言った。
「えっと、私たちは監督生の車両に行くことになってて……でも、ずっとそこにいないといけないってことはないと思うわ」
「ん? 別にずっとそこにいてもいいんじゃない? コンパートメントは結構混んでるわけだし、誰かが一人ぼっちになるってわけでもないしね」
「まあ、暇になったらそっちに遊びに行くかもな」
ロンとハーマイオニーはそう言うと列車の前の方へと移動していく。
私はその様子を見送ると、改めてハリーとジニーの方を見た。
「さて、じゃあ気を取り直してコンパートメントを探しますか。席が空いているとしたら……後ろの方かしらね」
「うん、多分後ろのが空いてると思う」
ハリーはそう言うと後ろの車両へと続く扉を開けて進んでいく。
私たちはそのまま空いているコンパートメントを求めて奥へ奥へと進んでいき、最終的に最後尾の車両へと辿り着いた。
「あ、やあハリー、サクヤ、ジニー。君たちも席を探しているの?」
最後尾の車両の通路にはネビル・ロングボトムがペットのカエルを片手に握りしめたまま立ち尽くしていた。
その様子を見るに、最後尾の車両にも空いているコンパートメントがないらしい。
「どこもかしこもいっぱいってわけね。これは解散して各人知り合いのところに潜り込んだ方がいいかしら」
「待って。ここが空いてるわ」
私が踵を返そうとしたその時、ジニーが近くのコンパートメントを指さす。
「ほら、ルーニーだけよ」
私はジニーが指さしたコンパートメントを覗き込む。
そこには少女が一人雑誌を読んでいた。
少女の髪は少し濁ったブロンズで、腰までの長さがある。
そこまでは普通の少女だ。
だが、この少女は杖を左耳に挟み、コルクを繋ぎ合わせたネックレスをし、雑誌を逆さまに持っていた。
ネビルがこのコンパートメントに入らなかった理由もわかる。
この少女は明らかに変人だ。
「ジニー、知り合い?」
「同い年のレイブンクロー生」
ジニーは言うが早いかコンパートメントの扉を開けて中に入り込む。
「こんにちはルーナ。ここ座っても大丈夫?」
ルーナは私たちの顔を順番に見ると、私の顔を見つめながら小さく頷いた。
「ありがと」
ジニーはルーナに対しにこやかに笑うと、トランクをコンパートメントに運び込む。
ハリーとネビルもそれに続いてトランクや鳥籠を中に運び込み、最後に何も持っていない私が入り扉を閉じた。
「ルーナ、いい休みだった?」
ジニーは窓際に腰かけると、ルーナに声を掛ける。
「うん、とっても楽しかった」
ルーナはそう答えたが、視線は私の方に向いたままだった。
「どうしてあんただけ手ぶらなの? 荷物を全部家に忘れちゃったとか?」
「逆。全部ホグワーツに忘れてったのよ」
私はルーナに対しそんな冗談を言うと、ポケットの中から鞄を取り出し、さらに鞄の中からハニーデュークスのお菓子の大袋を取り出した。
「凄い! 今のどうやったの?」
ルーナは読んでいた雑誌を閉じると、興味津々に私の鞄を覗き込む。
だが、私の鞄は私以外の者が見ても中まで光が届かないため暗闇が広がっているようにしか見えない。
「種も仕掛けもないマジック(魔法)よ」
「わかった、あんた金星人ね」
「そう、きんせ……え?」
私はルーナのあまりにも予想外の答えに、思わず聞き返してしまう。
「金星人。魔法族とも違う不思議な術が使えるって『ザ・クィブラー』に書いてあったの。きっとあなた金星人の末裔ね」
「気にしないで。こういう子なの」
ジニーはすまし顔で私に言う。
「ねえ、金星ってどんなところなの? 地下深くに大きな都市があってそこに何十万もの金星人が暮らしているって本当?」
私はルーナのそんな問いに頭を抱える。
そして申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね。私は金星人じゃないから金星の様子はわからないわ。私はほら、月人だから。月の裏側ならわかるんだけど……」
「月人? 月人は月の裏側に住んでるの?」
私は神妙な顔で声を潜める。
「この話は他言無用よ? 絶対秘密の超極秘事項なんだから。どうして月はずっと同じ面を向けて地球の周りを回っていると思う?」
「自転と公転周期が一致しているからって天文学で習ったよ」
「そう、でもそれは表向きの理由でしかない。実は月人が自転の速度をコントロールして、意図的に裏側を隠しているの。おっと、この話は絶対秘密よ? 月人以外にはローマ教皇と魔法大臣しか知らない話なんだから」
私はクスリと笑うと、ルーナにハニーデュークスのお菓子を手渡す。
ルーナは目をキラキラさせながら私からお菓子を受け取った。
「うん、約束する。絶対誰にも言わないよ。私は口は硬い方だもん」
私は満足げに頷くと、ハリーたちにもお菓子を配り始める。
ハリーとジニーは明らかな作り話に相当呆れた顔をしていたが、ネビルはどうやら私の話を真に受けたようだった。
「ま、まさかサクヤにそんな秘密が……でも、確かに人間っぽくないとは思ってたけど──」
あわあわと口を震わせているネビルの脇腹をハリーが小突き、小さい声で私の冗談であるとネビルに伝える。
ネビルはキョトンとした目で私の顔を見ると、少し顔を赤くして俯いた。
設定や用語解説
窓に突っ込まないフクロウ
一話の頃からサクヤも成長しました。
パチュリー・ノーレッジの教科書
もう嫌な予感しかしない。
宇宙人サクヤ
でも実際一般の生徒から見たらサクヤは宇宙人にしか見えないほど優秀。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。