P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
会議が始まってから一時間が経っただろうか。
ヴォルデモート卿や死喰い人の現在の状況などの情報が粗方出終わり、会議は今後の方針や作戦などの話にシフトしつつあった。
「そうじゃのう。手始めに、早急に動き出さないといけない者に指示を出すことにしよう。まず、サクヤ」
「はい」
私はいきなり名前を呼ばれ、少々驚きながらダンブルドアの方を向く。
「お主にはこの夏、ハリー・ポッターの護衛についてもらう」
「では、ハリーをこの家に招待して──」
「いや、そういうわけにはいかんのじゃ。ハリーはしばらくの間、ダーズリー家で暮らさねばならん。故に、お主がハリーのもとへ出向くのじゃ。実を言うと、既に準備は済んでおる」
ダンブルドアはそう言うと、一枚の羊皮紙を私に手渡してくる。
私はその中身を読むと、あまりにも予想外の内容に羊皮紙を取り落としてしまった。
「わ、私がマグルに扮して隣に引っ越す?」
羊皮紙に書かれていた作戦はこうだ。
ダーズリー家の右隣の家の家族を他所に引っ越させ、その家にマグルに扮した私が引っ越し、ハリーを監視、護衛しろという内容だ。
「既に隣は空き家になっておる。あとはサクヤ、お主が隣に移り住むだけじゃ」
「私の細かい設定や家族構成とかは……」
「お主に任せよう。周辺住民や、ダーズリー家に怪しまれなければそれでよい。では、次に巨人への接触じゃが──」
ダンブルドアは私に全てを丸投げすると、さっさと次の議題へと移ってしまう。
私は小さくため息をつくと、会議の内容に耳を傾けた。
「というわけで、巨人の説得にはルビウス・ハグリッドとマダム・マクシームが。キングズリー・シャックルボルトやニンファドーラ・トンクス、アーサー・ウィーズリーなどは引き続き魔法省で勤務しながらコーネリウス・ファッジの監視を継続するようです。そして──」
「サクヤ、お前はマグルに扮し、ハリー・ポッターの護衛につくと」
「はい、その通りです」
夏休み二日目の午前十一時。
私はダーズリー家の隣の家のリビングで時間を止め、昨日の会議の内容をヴォルデモートに報告していた。
「なるほど。どうやらダンブルドアはお前のことを戦力とは思っていないようだ。重要な任務を与えているように見せかけ、お前を安全なところに押し込めておくつもりらしい」
私もヴォルデモートと同じ考えだ。
ダンブルドアは私を形だけ不死鳥の騎士団に入団させはしたが、重要な任務に就かせる気はないように感じる。
やはり子供扱いされているのだろう。
「ハリー・ポッターの護衛はお前一人か? 他に監視の目は?」
「近所に住んでいるスクイブの老婆、アラベラ・フィッグと色んな騎士団員が交代で」
「なるほど。過保護なことで。何にしても、今すぐハリー・ポッターに手出しするつもりはない。ダンブルドアお抱えの騎士団員には精々来ることのない襲撃者に精神をすり減らしてもらうこととしよう」
鏡の中に映るヴォルデモートはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「護衛の間隙を縫ってハリーを襲撃したりとかしないのです?」
「ああ、しない」
「何故?」
私がそう聞くと、ヴォルデモートは少し考え込む。
「……ふむ、そうだな。その話をすると長くなる、と言いたいところだが、時間はいくらでもあるんだったな。ここで話をしておくのもよいだろう」
どうやら、今すぐにハリーを襲わないのは何か理由があるようだ。
ヴォルデモートは少しの間目を瞑ると、思い出すように語り始めた。
「今から十五年前のことだ。我が配下の死喰い人の一人がホグズミードの安宿でとある予言を聞いた。『闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている。七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる』という予言だ。私はその予言を知り、すぐに予言に当てはまる子供を探した」
「それが、ハリー」
「いや、どうだったのだろうな。予言に当てはまる子供は二人見つかった。ロングボトム家と、ポッター家だ」
「ロングボトム……ネビル・ロングボトム?」
私はいきなり聞き覚えのある名前が出てきたのでつい聞き返してしまう。
「ああ、そうだ。ロングボトムは夫婦ともに闇祓いだ。そして、その子供は七月の三十日生まれ。ポッター家は夫婦共に不死鳥の騎士団に所属しており、その子供は七月の三十一日生まれ。どちらも条件を満たしている」
「では、ネビル・ロングボトムも予言の子の可能性がある……そういうことですか?」
「さあな。今となってはわからん。念のため殺しておくに越したことはないだろうが、現状表舞台には出てきていない。死喰い人を派遣するほどでもないだろう。なんにしても、私は手始めにポッター家の子供を殺しに向かった。不死鳥の騎士団は私がポッター家を狙っていることを事前に察知したが、私の方が一枚上手だった。私はワームテール……ピーター・ペティグリューを説得し、ポッター家の秘密の守人になるように仕向けた。そして、一九八一年、十月三十一日の晩、私はポッター家を襲撃した」
ヴォルデモートは小さく息をつく。
「ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターを殺すまでは順調だった。ジェームズは妻と子を守るために死に、リリーは子を守るために死んだ。あとに残されたのは魔法も使えぬ赤子一人。私はその赤子、ハリー・ポッターに対し死の呪いをかけた。その時だ。死の呪いが跳ね返り、私の肉体は滅んだ。不死の研究を進めていた私でなければ、肉体を失うだけでは済まなかっただろうな」
「赤子のハリーが、死の呪いを跳ね返した……」
「そうだ。だが、そんなことはあり得ない。死の呪いというものは、産まれたての赤子に跳ね返せるほど、生易しい呪いではない。あの女、リリー・ポッターが自らの命を用いて自分の子供に護りの魔法を掛けたのだ」
「護りの魔法?」
「いかにも。古くからある魔法だ。やつの中に母親の血が流れている限り、そしてその血の庇護下にある限り、護りは継続される。そういった魔法だ。故に、ダンブルドアはリリー・ポッターの姉であるペチュニア・ダーズリーのもとへハリー・ポッターを預けたのだ」
その血の庇護下にある限り。
だからダンブルドアはハリーをダーズリーの元へと返したのだ。
「ハリー・ポッターがマグルのもとで生活しているかぎり、私は奴に手出しすることができん。もっとも、お前や、私以外の死喰い人なら手出しができるかもしれん。だが、その前に調べなければならないことがある。予言だ。私は予言を信じ、ポッター家を襲った。だが、あの時死喰い人が聞いた予言は完全なものではなかったのだ」
「予言が完全ではない?」
ヴォルデモートは頷く。
「そうだ。予言を聞いた死喰い人は盗み聞きしていることがバレ、途中で逃走した。予言の前半しか聞くことができなったのだ。あの時なされた予言には続きがあるはずだ。ハリー・ポッターを殺すのはその予言を知ってからでも遅くない」
つまり、その予言の続きを知るまでは、ハリーを殺す気はないということだろう。
「でも、予言の続きを調べるなんて……予言を聞いた者を拷問するとか?」
「それができれば話は早いんだがな。その予言を聞いたのはダンブルドアだ。拷問して情報を聞き出すには骨の折れる相手と言える。だが、それよりも、もっと確実な方法がある」
ヴォルデモートはそう言うと、わずかながら声を潜めて言った。
「魔法省の地下九階。そこに神秘部という部署がある。そこには今まで魔法界でなされてきた数多くの予言が収められているのだ。あの時なされた予言もきっとその中に保管されているだろう。魔法省に深いコネクションを持っているルシウスが現在神秘部に探りを入れている。ルシウスが予言を手にすることができればそれでよし。もしできなければ──」
ヴォルデモートは私の顔をじっと見る。
「その時はお前に行ってもらう。時間が止まった世界でなければできないこともあろう」
「はい。その時はいつでもお申し付けください」
私は鏡越しにヴォルデモートに頭を下げる。
それを見て、ヴォルデモートは満足そうに頷いた。
「では、その予言を手に入れるまではハリーに直接手を出す気はないと」
「まあ、そういうことになるな。もっとも、それ以外にもやることはある。お前は引き続き不死鳥の騎士団の情報をこちらへ流せ」
「仰せのままに。では、これで」
私は時間停止を解除すると、両面鏡をポケットへと仕舞う。
そして改めて越してきたばかりの家の中で呟いた。
「さて、切り替えていきましょう」
私は部屋を見回し、足りない家具がないか確認する。
どうやら前ここに住んでいたマグルは引っ越しの際に家具の殆どを置いていったらしい。
生活に必要な大体の家具や道具が家の中には残っていた。
「これなら消耗品と小物を少し買い足すだけで大丈夫そうね」
私は鞄の中からリング止めのノートを取り出すと、ボールペンで必要な物をメモしていく。
「庭の手入れもきっちりされているし、ここの通りはある程度の地位や職に就いているマグルが暮らす通りのようね。だとしたら……」
私は鞄の中から大きな姿見を取り出すと、壁に立てかける。
そしてそのまま時間を止め、杖を取り出した。
「念のために姿を変えておきましょう。そうね……髪は栗色に変えて、瞳の色もそれに合わせて灰色にしようかしら。それに、黒い大きなフレームの眼鏡も」
私は杖で自分の頭を突く。
すると私の真っ白な髪はみるみるうちに染まっていき、ハーマイオニーの髪のような栗色になった。
大きな変化ではないのでよくわからないが、鏡を覗き込むと私の青い目は灰色になっている。
「これでよし。あとは眼鏡だけど……」
私は鞄の中から羽ペンを一つ取り出すと、変身術を用いて眼鏡に変えて掛ける。
やはり髪色と目の色、眼鏡だけで相当印象が変わるものだ。
「あとは少し声色を変えれば……うん、まじまじ見られなければハリーにもわからないでしょうね」
私は少し声を低くする。
そして鞄の中からブランド物のワンピースを取り出すと、Tシャツとジーンズを脱ぎ捨てそれに着替えた。
変装はこのぐらいでいいだろう。
「……さて、それじゃあ挨拶に行きますか」
私は姿見でもう一度自分の姿を確認すると、家の外に出る。
そして隣にあるダーズリー家の前へと移動し、呼び鈴を鳴らした。
三十秒もしないうちにダーズリー家の扉が少し開かれ、痩せぎすの女性が顔を出す。
その女性は私の容姿を上から下まで見ると、少々警戒しながら扉の外に出てきた。
「どなた?」
「お初にお目にかかります。ルナ・ブラウンというものです。先日隣に越してきたのでご挨拶をと思いまして……」
「あら、そうでしたか。それはどうもご丁寧に」
私が頭を下げると、女性は安堵の笑みを浮かべる。
きっと、この女性がハリーの叔母であるペチュニア・ダーズリーだろう。
「でも、貴方おいくつ? まさか一人で越してきた……なんてことはないわよね?」
「まさか。父と母も一緒です。ですが、両親共に海外出張に出ておりまして……学校が夏休みに入ったので私だけ先に越してきたというわけです」
「あら、そうなの……うちの子も先日スメルティングズ男子校から帰ってきたわ。やっぱりどこの学校も夏休みに入るタイミングは同じなのね。ブラウンさんはどちらの学校に?」
ペチュニアは値踏みするような目を私に向ける。
私は余裕の笑みを浮かべながらペチュニアに告げた。
「マールヴォロカレッジです」
マールヴォロカレッジはイギリスでも有名な超名門校だ。
ペチュニアはマールヴォロカレッジの名前を聞くと少々目を見開く。
「スメルティングズと同じく全寮制の学校なので八月の終わりにはマールヴォロの方へ戻りますが、それまではここで過ごす予定になってます。どうぞよろしくお願いします」
「え、ええ。よろしくお願いしますわ」
私はペチュニアにニコリと微笑むと、自分の家に戻る。
取り敢えず、掴みとしては十分だろう。
まあ、人間関係は積み重ねが大事だ。
ハリーの話では、ここの通りの人間は、自分たちがまともな人間であることをなによりの誇りとしているという。
ダーズリー家とはまともな隣人関係を築いていくことにしよう。
一九九五年、八月初旬、この夏で一番暑い夜。
私はダーズリー家のキッチンでペチュニアを手伝いながら料理を教わっていた。
私自身料理ができないわけではないが、流石に毎日料理を作っている主婦には劣る。
ハリーの護衛と監視のためにダーズリー家に近づいている私だが、少なからず料理の勉強になっていた。
「プディングの焼き加減はこのぐらいね。表面にだけ焼き色がついていても中まで火が通っていないことがあるから、火加減には十分注意してね」
ペチュニアはオーブンからカスタード・プディングを取り出しながら私に説明してくれる。
私は火傷しないように注意しながらプディングを取り出すのを手伝った。
リビングではペチュニアの夫のバーノンがソファーに座りながら大きなテレビでニュースを見ている。
テレビではきっちりとしたスーツを着込んだニュースキャスターが朗々とスペインの空港のストライキのニュースを読み上げていた。
「ふん。フランス空港の運営組織は何をやっとるんだ。そんな奴ら全員解雇してしまえばいいものを」
バーノンはニュースを見ながらぶつくさと呟く。
「そもそも、ストの原因はなんなんでしょうね。労働者なんて所詮馬鹿ばかりです。新しく雇ったところでまた同じようにストライキを起こすだけです」
「まったく持ってその通りだ。上に立つ者はいつも下の者に足を引っ張られる」
「やはりバーノンさんも苦労しておいでですか?」
「そうだとも。うちの連中としたらどいつもこいつも無能ばかりで……いくら給料を払っとると思っとるんだ」
私はそんなバーノンを見てにこやかに微笑む。
「やはり、グランニングズはバーノン社長あってこそですね。会社はダドリー君に継がせるので?」
「む? うーん、いや。もっとあの子に合った職があるだろうが……まだどうにもわからんな」
ハリーの話では、ダドリーはスリザリンのクラッブ、ゴイルコンビ並に頭が悪いらしい。
バーノンもそれがよくわかっているようで、自分の会社を息子に継がせる気はないように見えた。
「そういうブラウンさんは将来はどのように考えているんだね。父親は家電メーカー、母親は雑誌の編集だと聞いているが……」
「そうですね……まだはっきりとした将来は見えておりませんが、コンピュータのシステムの構築に関する仕事に就きたいと思っています」
それを聞いてバーノンは上機嫌で言う。
「ほう、コンピュータか。そうだとも。これから先はコンピュータの時代だ。ここだけの話、ウィンドウズがこの夏新しいOSを発表するらしい」
「新しいOSですか。やはりグランニングズでも導入を?」
「勿論だとも。発売してすぐに必要台数を押さえるよう部下に指示を出している」
「流石、できる社長は一味違いますね」
私は最後にメインディッシュの盛り付けを終わらせると、ペチュニアに視線を送った。
ペチュニアは綺麗に盛り付けたメインディッシュの皿を確認し、バーノンに声を掛ける。
「バーノン、夕食が出来たわ。ダドリーが帰ってきたらご飯にしましょう」
「おお、そうか。ありがとう。ブラウンさんもね。何もない家だが、ゆっくりしていってほしい」
バーノンはテレビの電源を落とすと、ソファーから重そうな体を持ち上げる。
部下やドリルの刃の管理はできるのに、体重の管理はできていないようだった。
「ありがとうございます。家に帰っても私一人なので……今日は楽しい夕食になりそうです」
私は悲壮感を漂わせながらバーノンに微笑む。
バーノンはペチュニアと少し顔を見合わせると、何かを誤魔化すように咳払いをした。
「オホン。なに、うちは男ばかりだ。君のような美しく知的なレディは大歓迎だよ。気軽にうちに遊びに来るといい」
「そんな……ご迷惑になってしまいます」
「迷惑だなんてことはない。それに……できれば息子の勉強を見てやってほしい。ダドリーは天才だが、勉強の方は肌に合わないようでな」
バーノンはまた誤魔化すように咳払いする。
私はその提案に対し苦笑いで返した。
その時、玄関のほうからドタバタと慌ただしい足音が響いてくる。
「あら、ダドちゃんが帰ってきたかしら」
ペチュニアは流しで軽く手を洗うと、玄関の方へ駆けていく。
私はその足音を注意深く聞きながら、今日の不死鳥の騎士団の護衛体制を思い出していた。
今日の護衛の担当はクズで飲んだくれのマンダンガスだ。
私が働いていた漏れ鍋にも相当ツケが溜まっている。
そのような者が何故不死鳥の騎士団にいるか最初は疑問だったが、裏のことは裏の者が一番よく知っているからだという。
ダンブルドアもマンダンガスの伝手を頼りにしているのだろう。
まあ、仕事ができるかどうかは別だが。
「ママ! ママッ! あいつが僕をアレで脅した! あいつがアレを使おうとしてる!」
私がそんなことを考えていると、玄関の方からダドリーの大声が聞こえてくる。
私はその大声を聞き全てを察すると、大きなため息をついた。
設定や用語解説
戦力外通告サクヤ
ダンブルドアとしては、未成年の魔法使いは戦いの場に出したくないと思っている。
ハリーやダンブルドアの暗殺を命じないヴォルデモート
サクヤがいる限りこちらの絶対的有利は揺るがないので、先に不安要素を潰そうとしている。
ルナ・ブラウン
マグルに扮したサクヤ。知的で明るい超絶美少女。
マールヴォロカレッジ
イギリスにある共学のパブリックスクール。卒業生にキャサリン妃がいる。
グランニングズ
バーノンが社長をしている会社。ドリルの刃を作っている。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
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