P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「……娘、ですか」
何処に存在するかもわからない洋館の一室、止まった時間の中でヴォルデモートの話は続く。
「ああ、そうだ。貴様は私がハリー・ポッターに敗れる前に、とある魔女との間に出来た子供ということにしよう。そうすれば、貴様の存在を疑問視する者は出てこない」
私はヴォルデモートの顔をじっと見つめる。
目の色は毒々しい赤色で、その奥には無限の闇が広がっている。
私とはあまりにも容姿が違う。
だがまあ、隠し子という設定が不自然ではないことは確かだ。
同じ孤児院出身であり、ヴォルデモートがハリーに敗れる前に生まれている。
あとは両者がそうだと言い張れば、そういうことになるだろう。
だが、本当にそれでいいのか?
ヴォルデモートの娘という肩書き、それは相当重たいものではないのか?
「貴様の不安もわかる。だが、そこまでする価値が貴様にはある。それに、貴様は能力だけではない。戦闘の技術もセンスも相当なものであるとの報告を受けている」
「それは、まあ。ここ一年相当しごかれましたから」
「ああ、どうやらそのようだな。あのクラウチ・ジュニアに鍛えられ、実力を認められたのだ。私の配下の中でも一二を争う戦闘能力を持っていると言っても過言ではないだろう」
「クラウチ・ジュニアに鍛えられた? ……それじゃあ、今ホグワーツにいるマッド・アイは──」
「そうだ。奴はポリジュース薬で変装しているクラウチ・ジュニアだ。奴は去年の九月からホグワーツへと潜入している」
ということは、私は死喰い人に闇の魔術を教えられていたということか。
確かに、おかしいとは思っていた。
闇の魔術に対抗するためという口実で、ムーディは私に闇の魔術そのものを教え込んでいたのだ。
「ダンブルドアはマッドアイをこの一年限定で雇い入れた。クラウチ・ジュニアには最後までホグワーツに潜伏させ、今日、貴様がホグワーツに戻ると同時に私の手元へと戻す。奴にも、そのように指示を出している」
「わかりました」
私はヴォルデモートの言葉に頷く。
ヴォルデモートは紅茶をもう一口飲むと、少し息をついた。
「さて、今話しておくべきことはこれで全てだ。最後に、こやつの口止めをせねばな」
そして、ティーカップを置くと同時にヴォルデモートはペティグリューの方を向く。
ペティグリュー自分の話になると思っていなかったのか、ビクリと体を震わせた。
「ワームテールには魔法契約を交わさせる。破れぬ誓いという選択肢もあるが、あれでは双方共に死んでしまうからな」
魔法契約とはその名前の通り、交わした契約を決して破ることが出来なくなる魔法だ。
契約を破ったが最後、破ったものは死に至る。
「私が結び手をしよう」
ヴォルデモートはローブから杖を取り出すと、空中に契約文を書いていく。
私は小さく深呼吸をすると、契約文を読み上げた。
「ピーター・ペティグリュー。貴方はサクヤ・ホワイトの能力の秘密について他言しないことを誓いますか?」
「は、はいぃ……誓います」
ペティグリューがそう宣言した瞬間、空中に書かれた契約文がペティグリューの心臓のあるあたりに吸い込まれていった。
「これでいい。契約は終了だ。これでこいつは貴様の能力について他言出来なくなる。貴様の能力は可能な限り隠さなければならん」
ヴォルデモートは杖を仕舞うと、ペティグリューを睨みつける。
「お前も死にたくはないだろう。能力の秘密に限らず、この娘に関して多くを語らないことだな」
「そ、それはもう……はい、もちろんでございます」
ヴォルデモートはその返事に満足そうに頷くと、もう一度杖を取り出し自分の体に向けた。
杖先から緑色の帯のようなものが飛び出し、ヴォルデモートの体を覆っていく。
そして、帯のようなものはグネグネと形を変え、緑色の洋服に変化した。
「いつまでも素っ裸にローブというのも格好がつかないのでな。さて、話は以上だ。そろそろ、裏切り者たちを呼び戻すとしよう」
ヴォルデモートはローブを翻し、洋館の外へと歩いて行く。
私は机の上を簡単に片付け、ヴォルデモートの後を追った。
ヴォルデモートとペティグリューと共に大鍋が置かれた墓の前まで戻ってきた私は、時間停止を解除する。
ヴォルデモートは周囲に音が戻ったことを理解すると、ペティグリューの方を向いた。
「腕を出せワームテール」
ペティグリューは左腕の袖を引っ張り上げ、恐る恐るヴォルデモートへと差し出す。
ヴォルデモートはその左腕を掴み、指を腕に刻まれた刺青に押し当てた。
「う、ぐ……」
ペティグリューの顔が苦痛に歪み、目に涙が浮かぶ。
きっとあの行為は非常に痛みを伴うのだろう。
赤い刺青はみるみるうちに黒く染まっていった。
「これでいい。すぐにでも裏切り者たちが集まってくるはずだ」
ヴォルデモートは静かに目を閉じ、じっと周囲の音を探る。
そのまま一分、二分と経った頃、バチンという姿現しの音が周囲にこだましはじめた。
そして、姿現しの音が鳴り止んだ頃、人影がこちらに歩み寄り始める。
皆深々とフードを被っており、顔を仮面で隠していた。
「そ、そんな……まさか……」
「そのまさかだエイブリー。まあ、そうだろうな。ここまで姿が変わってしまえば、私だと認識することすらままならないか。所詮、貴様はその程度だったということだな」
「そんな、そんなことは決して……」
次々に現れた人影は順番にヴォルデモートの前に跪き、ローブの裾にキスをしていく。
そしてヴォルデモートを取り囲むように大きな輪を作った。
「よく来た。死喰い人たちよ。最後に会った時から十三年ほど経ったか。しかし、お前たちはそれが昨日のことかのように私の呼び掛けに応えた。私たちは闇の印のもとに結ばれている。そうだな?」
ヴォルデモートはぐるりと周囲を見回す。
死喰い人たちは、ヴォルデモートに睨まれた瞬間身じろぎ、小さく悲鳴を上げた。
「だが、どうしてだろうなぁ? お前たち全員から罪の臭いがするぞ? どうやら、ここにいる全員が無傷で魔力も失われていないようだ。それに、永遠の忠誠を誓ったはずの貴様だが、私がどのようにして復活したかも知らないらしい」
ヴォルデモートは目を伏せると、正面にいた死喰い人に杖を向ける。
「マクネア、貴様に聞こう。私は貴様が忠誠を誓ったヴォルデモート卿であるか?」
「貴方様は……はい、私が永遠の忠誠を誓った我が君でございます」
「そうかそうか。ワームテールから聞いているぞ。今では魔法省で勤務しているようだな。どうして貴様は今日この場に集まることができた? どうしてアズカバンに収監されていない?」
「それは……」
「失望したぞマクネア。マクネアだけではない。ここにいる全員に私は失望している。何故、誰も私を探そうとしなかった? 私が……死を克服する研究を進めていたこの私が本当に滅びたと、貴様らはそう思ったわけだ。そして、自らの保身に走った──ルシウス!」
ヴォルデモートがそう叫んだ瞬間、死喰い人の一人がピクリと反応する。
「貴様は実に抜け目ない。世間的には立派な体面を保ちながら、今でもマグルいじめを楽しんでいるようだ。しかし、私を探そうとはしなかった。そうだな?」
「我が君、私は常に準備を進めておりました。貴方様の消息を少しでも掴むことができれば、私はすぐにでもお側に駆けつけたことでしょう」
「口だけは達者なのは十三年経っても変わらんな」
ヴォルデモートは死喰い人のもとを離れると、中央へと戻る。
そして私の頭に手を置いて、優しく撫でた。
「我が君、無礼を承知でお聞きしなくてはなりません。貴方様は、どのようにして我々のもとへお戻りになられたのでしょう」
「気になるだろうな。そうだとも。貴様らがのんびりと平和を謳歌している間に様々なことがあった。全ての始まりは、今ここにいるこの娘だ」
ヴォルデモートは私の頭に手を置きながら話を続ける。
「ちょうど去年の今頃だろうか。ここにいる娘、サクヤ・ホワイトは我が敵の一人であるシリウス・ブラックに命を狙われていたワームテールを助け出し、私のもとへと送った。ルシウス、貴様なら知っているんじゃないか? サクヤがシリウス・ブラックを殺したという事実を」
「はい。確かに知り得ています。ですが、この娘と貴方様にどのような繋がりが……」
「察しが悪すぎはしないか? ここにいるサクヤ・ホワイトは私の娘だ。血の繋がったな。ワームテールから話を聞いた私は、最も信用できる部下をホグワーツへと送り込み、娘の教育係に当てた。そして今夜、ホグワーツで行われている三大魔法学校対抗試合を利用してホグワーツを抜け出し、娘が私のもとへと帰ってきたわけだ。私は父親の骨と下僕の肉、そして娘の血を用いて肉体を復活させ、今この場に立っている」
ヴォルデモートはそのまま私の首に指を絡ませる。
「サクヤはすぐにでもホグワーツへと戻らねばならん。ダンブルドアの動きを監視し、私に報告するためだ。ダンブルドアのもとには、裏切り者の一人がいる。早ければ既に私が復活したことを知り得ているだろう。そこでだ、サクヤよ」
名前を呼ばれて、私はヴォルデモートの顔を見上げる。
ヴォルデモートは不気味な笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。
「貴様はホグワーツへと戻り、ダンブルドアにヴォルデモートが復活したと告げるのだ。ヴォルデモート復活の場に立ち合い、命懸けで逃げてきたとな。そして、貴様はそのままダンブルドアの組織へと潜り込み、向こうの陣営の情報をこちらに流すのだ」
「仰せのままに、お父様」
私はスカートの裾を持ち上げ、深く礼をする。
「その際、マッドアイが偽者であると追及せよ。本物は奴の部屋のトランクの中に監禁されている。クラウチ・ジュニアは既にホグワーツを出て姿くらましができる場所まで移動中だ。本物が見つかる頃には私の手元に戻っているだろう」
私はローブから真紅の杖を引き抜く。
その色は、驚くほどにヴォルデモートの瞳の色に酷似していた。
「では、行け」
「はい。お父様──アクシオ」
私は呼び寄せ呪文で地面に転がる優勝杯を引き寄せ、飛んできた優勝杯を右手で掴み取った。
その瞬間、私の両足は地面を離れ、天高く舞い上がる。
私はそのままイギリスの空を高速で飛びながら、小さく息を吐いた。
道は定まった。
私は、闇の道を選んだ。
「私は、私の平穏のために」
他の全てを犠牲にしても、自らの平穏を追い求めるために。
足が地面につく。
その瞬間、大歓声が私を包み込む。
『ホグワーツのサクヤ・ホワイトがやりました! 優勝は、サクヤ・ホワイト選手です!!』
バグマンが歓声に負けじと拡声魔法を用いて大声を張り上げる。
私は肩で大きく息をすると、その場に膝から崩れ落ちた。
「……はぁ……はぁ、っ、ぁ──」
杖を握る左手を震わせ、それを右手で押さえ込む。
そして、今にも吐きそうな顔で周囲を見回した。
近くにダンブルドアの姿はない。
きっとヴォルデモートの復活に気がついたスネイプがダンブルドアを連れ出したのだろう。
「誰か……助け……」
「どうしたのです?」
私はそこで言葉を切ると、近づいてきたマクゴナガルに縋り付く。
そして、顔を歪めながら必死に言葉を吐き出した。
「今すぐ、校長先生に伝えないと──すぐにでも、すぐにでも!!」
「一体どうしたと言うのです。ひとまず落ち着いて冷静に話を──」
「何か問題?」
後ろから声をかけられ、私は咄嗟に振り返る。
そこにはダンブルドアすら凌ぐであろう魔法研究の権威、パチュリー・ノーレッジが立っていた。
設定や用語解説
魔法契約
破れぬ誓いとは違い、ペティグリューが秘密を漏らしたとしてもサクヤが死ぬことはない。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。