P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「そういえばサクヤ。お前、卵の謎は解き終わったのか?」
クリスマス休暇が明けてから一か月が過ぎ、二月に入った頃。
私がムーディの隠し部屋で死の呪いの練習をしている最中に、ふと思い出したようにムーディが言った。
「……え? 卵って何の話です?」
「第二の課題のヒントになる金の卵だ。勿論既に謎を解き終わって第二の課題の準備を進めているんだろうな?」
私は杖をローブに仕舞い直すと、ポケットの中から鞄を取り出し、更に鞄の中から金の卵を取り出す。
そういえば、こいつの存在を完全に忘れていた。
「あー、まあ、これからボチボチやりますよ」
「ということは、今まで解こうともしとらんかったんだな」
ムーディは椅子に座りながら大きなため息をつく。
私は頭を少し掻きながら、金の卵を開いた。
その瞬間、かなり大きな音で悲鳴のようなものが部屋中に響き渡る。
私はそれに耳を傾けるが、その音に意味を見出すことは出来なかった。
「うーん、ただの悲鳴にしか聞こえませんね」
私は卵を閉じると、鞄の中へと仕舞い直す。
ムーディはそんな私を見て、また大きなため息を付きながら言った。
「湖だ」
「え?」
「第二の課題は湖だ。湖の中で一時間、捕えられた人質を探し出す。それが第二の課題だ」
第二の課題は湖、つまりは水中ということだろう。
水中で一時間、自由に動き回ることができなければ第二の課題はクリアできないということか。
「それじゃあ、泳ぎの練習をしないといけませんね。まずは顔を水につけるところから始めますか」
「ふざけている場合ではないぞ。第二の課題までに三週間もない」
「ま、なんとかなりますよ。そっちに関してはあてがありますので」
まだ読み進めていないパチュリーの本の中に、きっと水中に適応する方法も書かれているはずだ。
それに、水の中で呼吸するだけならいくつか有用な魔法を知っている。
頭の周りに空気を纏う泡頭呪文など、それにぴったりだろう。
「……ふん、まあいい。なんにしても、準備をしておくのだぞ」
「はい。わかりました」
私はムーディの言葉に頷くと、死の呪いの練習を再開する。
元から持っている時間を操る能力に加え、パチュリーが作り上げた空間移動魔法。
この二つの力だけでも私は誰にも負ける気はしない。
それに加え、ムーディによる戦闘訓練に賢者の石による魔法の強化。
なんというか、ここ半年ほどであまりにも力を付けすぎてしまった。
慢心するわけではないが、このままホグワーツを飛び出し無法者として生活を始めても何の問題もなく暮らしていけるんじゃなかろうか。
お金はいくらでも調達することは出来る。
マグルのホテルを転々としながら自由気ままに生きるのも面白いかもしれない。
「……ふふ」
まあ、それはこの際置いておこう。
まっとうな生き方から外れることはいつでもできる。
今は目先のことについて意識を向けることにしよう。
一九九五年、二月二十四日。
三大魔法学校対抗試合の第二の課題の日がやってきた。
私は湖の畔に設置された観客席を横目に見る。
どうやら第一の課題の時に森の近くに設置されていたものを、湖の近くにそっくりそのまま移動させてきたらしい。
そして、私の後ろには審査員用の椅子とテーブルが設置されており、既に審査員の五人が着席していた。
審査員席には向かって左からレミリア、パーシー、バグマン、ファッジ、パチュリーの順で座っている。
その並びに何か意味があるのかは分からないが、レミリアが一番左端なのには明確な理由があった。
レミリアの更に左、そこにレミリアの従者である美鈴が大きな日傘を差して立っている。
その日傘が作り出す大きな影に、レミリアはすっぽりと収まっていた。
どうやら太陽と影の差す方向的に、レミリアが端っこの方が都合がいいようだ。
『さあ、全選手の準備が整ったようです! 第二の課題の内容を簡単に説明しましょう!』
私が軽く首を回しながら競技の開始を待っていると、審査員席のバグマンが拡声呪文を用いて大声を張り上げる。
それを受け、ガヤガヤと騒がしかった客席がシンと静まり返った。
『選手たちは一時間以内に奪われたものを取り戻さなくてはなりません。何をどうすればよいのか、選手たちの顔を見る限り、しっかりと理解できているようです』
奪われたものを取り返す……確か人質を取られているとムーディは言っていたか。
人質……つまりは私と仲のいい人物が湖中のどこかに囚われているということだろう。
私は自分の横に並ぶフラーとクラムを見る。
どちらも二月の寒空の下ということもありローブで体をしっかりと覆っていたが、その下にはしっかり水着を着ているようだ。
それに対して私は、普段のホグワーツの制服姿のままこの場に来ている。
確かに水着を着ていた方が水中では動きやすそうではあるが、流石にこの気温で水着を着る気にはなれなかった。
「さあ、それでは課題を始めていきましょう! さん……に……いち……」
バグマンが大音量でホイッスルを鳴らす。
それと同時にフラーとクラムは水中に潜る準備を始めた。
フラーはどうやら泡頭呪文を用いて水の中に潜るつもりらしい。
自身の頭を大きな泡で包み込むと、ローブを脱ぎ捨て水着姿で湖の方へと走っていく。
「あう!」
そして湖の冷たい水を踏んで思わず声を上げた。
「いや、そりゃそうでしょうに」
凍ってこそいないが、湖の水の温度は限りなく零度に近いはずだ。
何の準備もなしに水の中に入れば低体温症になってしまうだろう。
「……っ!」
だが、フラーはそれを気合と根性で何とかすることにしたらしい。
そのまま特に何の対策もせず水の中に潜っていった。
「無茶するわ。で、貴方はどうするの?」
私は肩を竦めながらクラムの方を見る。
クラムは私の問いかけに対し視線だけで答えると、杖を引き抜いて自らの体に変身術を掛けた。
すると見る見るうちにクラムの頭がサメへと変身する。
だが、変身したのは頭だけで、体は人間のままだった。
クラムはその状態で湖の中へと飛び込んでいく。
まあ、あの状態でも水中で息はできるのだろう。
『さあ、これで湖の畔に残るのはホワイト選手のみとなりました! ですが、ホワイト選手はいまだ動く様子はありません!』
私の後ろでバグマンが声を張り上げる。
このままでは準備ができていないと勘違いされてしまうだろう。
私はクラムの姿が見えなくなると同時にローブと靴を脱ぎ捨てる。
そして制服から杖を引き、自らの首に突きつけ、魔法を掛けた。
私が一番得意としている魔法は、時間を操るものだ。
だが、それ以外にも得意分野はある。
私は杖を首に突きつけたまま、横へと滑らせる。
すると、そこには魚の鰓のようなものが出現していた。
そう、自らの体を変化させ、魚の鰓にあたる器官を生成したのだ。
同じように手足にも変身魔法を掛け、大きな水かきを生成する。
これで、水中で動き回る準備自体は完了した。
「でも、これじゃあ寒いことには変わりないわね」
次に私は制服の下に着ている下着に変身術を掛ける。
すると、下着は形を変えながら全身を包み込み、さながらダイビングスーツのような形へと変化した。
「さて」
一通り魔法を掛け終わったところで、私は審査員席を振り返り優雅にお辞儀をする。
そしてそのまま後ろへ大きくジャンプし、湖の中に飛び込んだ。
「ぶべら!」
水に頭から飛び込んだ瞬間、私はあまりの水の冷たさに一瞬溺れそうになる。
だが、変身術で作り出したスーツによって守られた箇所はしっかりと保温されており、凍死することはないだろう。
私は喉を閉めたまま大きく水を吸い込み、鰓を通して酸素を体内に吸収する。
どうやら上手く変化させることができていたようで、地上と同じような感覚で呼吸が可能になっていた。
私は自分が施した魔法に特に問題がないことを確認すると、水かきで大きく水を掻く。
手足に生み出した水かきは普通に水を掻くより格段に多くの水を掴み、体を前へ前へと押し出していった。
「(さて、ここまでは問題なし。後はどこに人質がいるかよね)」
私は水を掻きながら広い湖の中を探索する。
制限時間は一時間。
この湖の広さからして、普通に探すだけでは時間切れになってしまうだろう。
きっと、何か探し出すための手掛かりが湖の中に残されているはずである。
私は冷たい水を大きく吸い込み、更に奥へ、深くへと泳ぐ。
その瞬間だった。
「──ッ!」
私は感覚だけを頼りに後ろから飛んできた槍を回避する。
私がその方向を向くと、そこには水中人がこちらに対し槍を構えていた。
「……」
私は制服から杖を引き抜くと、水中人と対峙する。
水中人は私が杖を抜いたのを見ると、こちらに対し一直線に突進してきた。
動きは単調、避けれない速度じゃない。
これならギリギリのところで回避し、カウンターを喰らわせることができる。
私は槍の先端に意識を集中し、いつでも水を蹴れるように足を脱力する。
だが、水中人は私の目の前で急停止すると、そのまま槍をぐるりと回し私の側方から攻撃を加えてきた。
私はギリギリの所で槍を回避すると、水を強く蹴って後ろへと飛びのく。
今のは明らかに戦闘の訓練を受けている動きだ。
「(……よし)」
私は周囲を確認し、他の選手や水中人がいないことを確認すると、水中人に杖を突きつける。
「(インペリオ)」
そして水中人に対し服従の呪文を掛けた。
水中人は構えを解くと、ぼんやりとした表情で道案内を始める。
私は杖を仕舞いこむとその水中人の後ろにぴったりとくっついて泳ぎ始めた。
十分ほど泳いだだろうか。
水中人は一度岩陰に隠れると少し前方を槍で指し示す。
私も岩陰に隠れながら、少し顔を出して槍で示された方向を見た。
湖底にいくつもの家が立ち並び、その周囲を多くの水中人が往来している。
中心の大きな広場ではコーラス隊だと思われる水中人が歌を歌っており、そのすぐ横にある巨大な水中人の像の尾の部分にいくつか縛り付けられた人影が見えた。
「(あれが人質ね。案内ありがと)」
私は魔法で水中人を気絶させてから服従の呪文を解除する。
そして、村の中心に向かって杖を向けた。
「(コンフリンゴ・マキシマ! 大爆発)」
私は魔法を掛けた瞬間、急いで岩陰に隠れる。
その瞬間、広場の中心にあった小石が大爆発を起こし、周囲数百メートルまで届く強力な衝撃波を発生させた。
「あばばばばばばばば」
岩陰に隠れていても意識が飛びそうになるほどの衝撃波が私の脳を揺らす。
衝撃波が収まってから先程の水中人の村を見ると、その場にいた水中人は全員意識を失い力なく水中を漂っていた。
「(よし)」
私は小さくガッツポーズをすると、水を掻いて人質に近づいていく。
そして特に何の障害もなく人質の元までたどり着いた。
水中人の像に縛り付けられた人質は全部で三人。
一人は銀髪が綺麗な年下と思われる少女。
髪色や顔だちを見る限りイギリス人ではない。
きっとフラーの人質だろう。
もう一人はハーマイオニーだった。
クリスマスの時にまとまっていたのが嘘のように髪は好き勝手に水中に広がっている。
きっと私の人質だろう。
そして最後の一人はマルフォイだった。
冷たい水の中に浸かっているためか、青白い顔がさらに青白く変色している。
フラーと私の人質はいるので、消去法でクラムの人質なのだろう。
私はポケットからナイフを取り出すとハーマイオニーを繋いでいるロープを切断し、その身を自由にする。
そしてハーマイオニーを抱きかかえながら水を強く蹴り、一気に水面を目指した。
邪魔するものが存在しない水中を悠々と泳ぎ、水面に顔を出す。
それと同時にハーマイオニーが意識を取り戻した。
「ぷは! はぁ、はぁ……って、あれ? サクヤ?」
ハーマイオニーは私の肩に捕まりながら、私の顔を見てポカンとしている。
私はハーマイオニーにニコリと微笑むとハーマイオニーの腰を抱えて審査員席の方向へ泳ぎ始めた。
「あの、サクヤ、あぷ、あの、言いにくいんだけど──」
ハーマイオニーは何か言いたげだったが、その度に顔に水が掛かり少し苦しそうにしている。
私はそのまま湖岸まで泳ぐと、ハーマイオニーを引き上げた。
『ホワイト選手が人質を救出し無事戻ってきました! 途中で脱落したデラクール選手は例外としたら、一着での帰還です! ですが……』
バグマンがこちらに注目しながら拡声呪文で実況をしている。
私は変身魔法を解除しながら審査員席の近くへと向かった。
『どうやら、人質の取り違えが発生したようです! ホワイト選手はクラム選手の人質を連れ帰ってきました』
「……は?」
私はハーマイオニーの手を引きながら、ハーマイオニーの顔を見る。
ハーマイオニーは少し困り顔で私に対して微笑んだ。
「ということは、私が救い出さないといけない人質って……」
「……うん、そう。マルフォイの方よ」
私はハーマイオニーの苦々しい言葉にがっくりと肩を落とす。
「いや、普通ハーマイオニーの方を助けるでしょうに」
私は防水呪文を掛けた懐中時計を制服のポケットから引っ張り出し、時間を確認する。
残り時間はあと十分。
水中人は全員気絶しているため、今から大急ぎで戻ればギリギリ時間内に間に合うだろう。
私は急いで全身に魔法を掛け直すと、湖岸を猛スピードで走り湖の中に飛び込む。
そして全力で水中人の村へと急いだ。
設定や用語解説
サクヤの戦闘能力
不意打ちを喰らわなかったらダンブルドアとも対等に戦える程度。逆にサクヤが不意打ちをしたら、ダンブルドアをしてもなすすべがない。
変身術で諸々を解決するサクヤ
割と力業ではあるが、ある意味では一番の正攻法。クラムが行った中途半端な変身術を完成させたような形。
水中人に服従の呪文
す、水中人は人じゃないからセーフセーフ……(アウトです)
水中でコンフリンゴ(爆発魔法)
いわゆるダイナマイト漁。人質はダンブルドアによる魔法で守られているので無傷。
人質を取り違えるサクヤ
これに関しては運営が悪い。サクヤからしたらクラムとマルフォイはよく一緒に食事をしている友人同士に見えている。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。