P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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名家の嗜みと青い宝石と私

 一九九四年、十二月二十五日。

 三大魔法学校対抗試合の一環として開催されたクリスマスダンスパーティーの夜。

 私は頼んだ料理を綺麗に平らげ、自分の目の前に皿の山を築き上げていた。

 

「ふう。やっぱりホグワーツの料理は美味しいわ。というか、屋敷しもべ妖精って料理上手よね。そう言えば、ドラコの家にも屋敷しもべ妖精がいるんだっけ?」

 

 私はナフキンで口の周りを拭きながら隣に座っているマルフォイに聞く。

 マルフォイは私の前に積まれた皿の枚数を数えながら答えた。

 

「うん。薄汚いのが一匹ね。アホでドジな奴だけど、まあ、料理の腕は悪くないよ」

 

「そういうのって誰から習うんでしょうね。屋敷しもべ妖精にも学校があるのかしら」

 

 私はちらりとパチュリーに視線を向ける。

 パチュリーはこちらの視線に気が付いたのか、手に持っていたクッキーを皿に置いた。

 

「他の屋敷しもべ妖精はどうかわからないけど、貴方に与えたクリーチャーは先代から教わったと言っていたわよ」

 

 なるほど、どうやら代々受け継がれてきた技術のようだった。

 

「あ、そういえばノーレッジ先生、一冊読み終わりましたよ」

 

 私はついでと言わんばかりにパチュリーにそう伝える。

 それを聞いてパチュリーは小さく微笑んだ。

 

「そう。おめでとう。ちなみに読み終わったのは?」

 

「『移動魔法の推移とその先』です」

 

「ああ、あの本ね。便利でしょうあの魔法」

 

「ええ、苦労して読み解いた甲斐がありました」

 

 私は悪戯っぽく笑って見せる。

 

「そこで質問なんですけど、次に読んだ方がいい本とかありますか?」

 

「そう……ね。『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』とか面白いかもしれないわね」

 

 『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』とは、魔法使いが魔法を使う上で何故呪文を唱えなければならないのか、また、無言呪文はどのようなプロセスで発動し、どのようなメリットがあるのかといったことが何百ページに渡って書かれている本だ。

 

「わかりました。次はそれを読んでみようと思います」

 

 もうすでに一冊読み終わっていることもあり、二冊目はサクサクと読み進めることができるだろう。

 できればクリスマス休暇中に読んでしまいたいところだ。

 パチュリーとそのような会話をしていると、私から見て右のほうに座っていたハーマイオニーが溜まらず口を挟んだ。

 

「ノノノノーレッジ先生! わ、私も先生の本読んでます! 『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』も読みました! 本当に興味深い内容で……あまり触れられることのない無言呪文のリスクとデメリットについてあんなに詳しく書かれている本は他にはないと思います」

 

 ハーマイオニーは鼻息を荒くしながらパチュリーに対して捲し立てる。

 パチュリーはそんなハーマイオニーを一瞬冷ややかな目で見たが、すぐにいつも通りの無表情になった。

 

「そう、嬉しいわね。私の本を読んでくれる学生は少ないから」

 

「そんな! 全ての授業の教科書を先生の本にするべきです!」

 

 それはない。

 あれほど難解な本を教科書にしたところで、理解できる生徒は一握りもいないだろう。

 

「そう。是非魔法省かホグワーツの理事にでもなって、私の本を教科書に採用して頂戴」

 

「はい! 是非!」

 

 ハーマイオニーに尻尾が生えていたら、千切れんばかりに振っていることだろう。

 ハーマイオニーがパチュリーのファンだということは十分理解していたが、ここまで行くともう崇拝の域だ。

 ハーマイオニーは呼吸を落ち着けるように何度か深呼吸をすると、椅子に深く座り直す。

 そして少しトーンを落としてパチュリーに聞いた。

 

「でも、ホグワーツの理事の一席を埋めたという話を聞いた時は本当に驚きました。表の世界に出てくるような人だとは思ってはいなかったので」

 

「……本当に、私のことをよく調べているようね。確かに、私は基本屋敷に籠って魔法の研究ばかりしているわ。でも、古い知り合いの頼みだから」

 

 パチュリーはちらりとダンブルドアの方を見る。

 

「まあ、名前を貸しているだけだから、理事としての活動には殆ど参加していないわ」

 

「そう、なんですか……私は先生の作ったカリキュラムの授業を受けてみたかったんですけど……」

 

 ハーマイオニーは目に見えて肩を落とす。

 だが、パチュリーはそんなことはお構いなしだった。

 

「そんなことに時間を割いているほど私は暇じゃないわ」

 

 私はそんなパチュリーの発言に違和感を覚える。

 暇じゃないとは言うが、だとしたら何故対抗試合の審査員を引き受けたのだろうか。

 確かバグマンから声をかけ、それを了承したとパチュリーは言っていた。

 もし暇じゃないという話が本当なら、そんな話は引き受けないはずだ。

 

「あの、それじゃあどうして──」

 

 私がそのことについて聞こうとしたその時、大広間が拍手喝采で包まれる。

 ステージの方へ視線を向けると、そこには様々な楽器を持った毛むくじゃらの女性たちが立っていた。

 どうやら、そろそろダンスの時間らしい。

 私は照明が落ちると同時に立ち上がると、マルフォイの手を取った。

 

「さて、食べた分だけ踊りましょうか。どうやら私たちが一番最初に踊らないといけないみたいだし」

 

「あ、うん。食べた分だけって、何日間踊り続けるつもりだい?」

 

 マルフォイは少し不安そうな顔をしながら立ち上がる。

 私はそんなマルフォイに対して頬を膨らませた。

 

「もう、そんなに食べてないわ」

 

「いや……まあいいか」

 

 マルフォイはどこか諦めたような顔で私の腰へと手を回す。

 そして音楽が始まると同時に私とマルフォイは踊り始めた。

 

「あら、上手じゃない」

 

 私はマルフォイの腕の中でクルリとターンしながらマルフォイに声を掛ける。

 マルフォイは私の顔をちらりと見ると、また少し顔を赤くした。

 

「まあね。社交ダンスは名家の嗜みだ。小さい頃から心得がある」

 

「それじゃあ、その実力見せてもらいましょうか。合わせるからリードして頂戴」

 

 マルフォイは少し鼻息を荒くすると、先程よりも大きな動きで踊り始める。

 私はそれに合わせながら、マルフォイとのダンスを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 クリスマスパーティーから一週間後。

 私はパチュリーから教えてもらった『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』をロンドンにある自分の部屋の書斎で読んでいた。

 ホグワーツでは姿現しを行うことができないが、パチュリーが考案した移動魔法を用いればそんなことは障害ではなくなる。

 気軽にロンドンにある自分の家に戻ってくることができるのだ。

 私は本を広げながら少し後ろに椅子を傾ける。

 女子寮や談話室で時間を止めて本を読むのも悪くはないが、ここなら誰の目にもつくことがない。

 魔法の研究を行うにはもってこいの場所だろう。

 

「それにしても、この本の内容はノーレッジ先生が薦めるだけあって凄まじいわね」

 

 私は冷や汗を流しながら本を読み進める。

 いや、冷や汗どころじゃない。

 まるで知識と引き換えに己の精神をやすりで削り落としているかのような。

 新たな感覚を得るために、己の脳の形を変形させているかのような。

 そのような狂気を、本当に身近なところに感じるのだ。

 この本の表に書かれている題名は『呪文を唱える重要性と無言呪文の有用性』。

 だが、裏に隠されている本当の題名はこうだ。

 

『賢者の石を用いた魔法の有用性と実用性』

 

 この本は題名通り賢者の石を用いて魔法を使う方法が書かれている。

 そう、私が一年生の頃に殺したクィレルがヴォルデモート復活のために手に入れようとしていた賢者の石を、この本はあくまで魔法を発動させる材料の一つとして使用しているのだ。

 

「当たり前のように賢者の石っていう単語が出てくるわね。ダンブルドアと同い年であの少女のような容姿の謎が解けたわ」

 

 もしパチュリーが賢者の石を手にしているのだとしたら、あの若い見た目にも納得がいく。

 きっと賢者の石で命の水を作り、老化を防止しているのだろう。

 私は最後まで本を読み終え、背もたれに体重をかけて伸びをする。

 なんにしても、この本に書かれている内容は賢者の石を手に入れないことには使えない。

 一度は手にした賢者の石だが、ヴォルデモートですら手に入れることができなかった賢者の石を、私が再度手に入れることは出来ないだろう。

 

「それに、ニコラス・フラメルの賢者の石はダンブルドアが砕いてしまったようだし。後はノーレッジ先生から直接貰うぐらいしか──」

 

 そこまで口にし、私はあることを思い出して鞄を漁り始める。

 そしてパチュリーから渡された青い宝石を取り出した。

 

「まさか……まさかよね?」

 

 私は綺麗な青い宝石を手の中で転がし、窓から差し込む光に透かす。

 まさか、この宝石が賢者の石とでもいうのか?

 

「──っ」

 

 私は鞄から水差しとゴブレットを取り出し、ゴブレットの中に水をそそぐ。

 そして震える手で青い石を水の中に落とした。

 するとどうだろうか。

 ゴブレットの中の水は一瞬泡立ったかと思うと、淡く光り輝き始めた。

 私はゴブレットの中から青い宝石を取り出し、机の上に置く。

 そして青い宝石が変化させたゴブレットの中の水をマジマジと観察した。

 

「ノーレッジ先生の本に書いてあった通りだ……賢者の石は命の水を生成する。それに、命の水の特徴も本に書いてあった通り……」

 

 私は恐る恐るゴブレットを持ち上げて、それに口をつける。

 そして少し考え、一口も飲まずに机の上に置きなおした。

 

「いや、今の身長で成長止めるのはアホらしいわね。これを飲むのは成人してからにしましょう」

 

 私は命の水を小瓶の中に入れ、コルクでしっかりと封をする。

 そして鞄の中のわかりやすいところに小瓶を放り込んだ。

 

「っと、なんにしても賢者の石があるということはこの本に書かれている魔法を実践できるということよね」

 

 賢者の石を用いた魔法は杖を使った魔法とは根本的に異なる。

 杖を用いた魔法は体内の魔力を杖で導き、指向性を持たせて放つというものだ。

 だが、賢者の石を用いた魔法は、魔力を賢者の石の中で増幅、変換するという特徴がある。

 つまりは魔法使いが持っている魔力をそのまま魔法に使うのではなく、より魔法を使うのに適した魔力へと変換するのだ。

 

「そう言えば、ノーレッジ先生が言っていたわね。これは触媒だって。つまりはそういうことなのね」

 

 賢者の石とはつまり、魔力を変化させる触媒なのだ。

 私はシャツの裾で賢者の石を拭くと、手の中に握りこむ。

 そしてその状態で時間を停止させた。

 

「……凄い。すごいすごいすごい!」

 

 私は今、ただ時間を止めただけだ。

 だが、時間を止める精度の解像度が全然違う。

 まるで、自分の頭の中に高精度の時計が埋め込まれたような。

 今まで自分の感覚だけで時間を止めていたが、それに明確な基準が設けられたような。

 私は一度時間停止を解除し、ポケットの中から懐中時計を取り出す。

 そしてその懐中時計の針を十二時ぴったりに調整した。

 

「十秒で一時間。ぴったり加速させる」

 

 私はそれを意識し、懐中時計の時間を加速させる。

 そして十秒経ったところで、懐中時計の時間を元に戻した。

 私の感覚では、一時間ぴったり時間を進めたはずだ。

 私が懐中時計の時刻を確認すると、懐中時計は一時ぴったりを指していた。

 

「やっぱり、術の精度がかなり上がってる」

 

 これなら、一瞬で朝まで時間を飛ばしたり、逆に百メートルをぴったり十秒で走ったりすることができるということである。

 いや、むしろ今まで加減が利いていなかった空間を操る能力にこそ、大きな力を発揮するだろう。

 私は賢者の石を握りこんだまま、懐中時計の裏蓋を外し中の空間を操る。

 そして賢者の石がすっぽりと収まる空間を作り上げると、賢者の石を中にはめ込んだ。

 賢者の石の隠し場所としては、これ以上の場所は存在しないだろう。

 私は懐中時計の裏蓋を嵌めると、懐中時計を握りこむ。

 その状態で魔力を賢者の石に流し込めることを確認し、懐中時計をポケットに仕舞いこんだ。

 

「……さて、それじゃあ談話室に帰りますか」

 

 私は時間を停止させてから女子寮の自分のベッドのある部屋へと瞬間移動する。

 そして部屋の中に誰もいないことを確認し、時間停止を解除した。

 

「……何というか、ここまでくると本気でノーレッジ先生に直接教えを乞いたくなるわね。取り敢えず、先生のいろんな本を裏から読んでいきますか」

 

 私は懐中時計を握りこむと、自分のローブのポケット内の空間を広げる。

 そしてポケットの中に鞄を仕舞いこむと、ベッドに寝ころんで大きく伸びをした。




設定や用語解説

現在のドビー
 ハリーとの繋がりも少なく、未だにマルフォイ家で屋敷しもべをやっている。

ハーマイオニーを冷ややかな目で見るパチュリー・ノーレッジ
 何故冷ややかな目で見ていたのか。覚えていたら伏線回収します。

パチュリー・ノーレッジの賢者の石
 原作のような赤い石ではなく、色とりどりで宝石のように磨かれている。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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