P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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移動魔法とダンスパーティーと私

「読めた……ついに一冊読み終わった」

 

 あと少しでクリスマス休暇に差し掛かるという頃。

 私は時間の止まった談話室のソファーに身を埋めながら、パチュリー・ノーレッジの著書を胸に抱え感傷に浸っていた。

 この本の表紙に書かれている題名は『移動魔法の推移とその先』。

 題名の通り古代から現代に至るまでの魔法使いの移動方法の推移の過程と、この先どのような移動手段が発達するかといった内容がつらつらと単調に綴られてる歴史書だ。

 だが、この本を裏から縦に読むと、違った題名が浮かび上がってくる。

 

 『移動術~アズカバンからホグワーツに一秒で移動する方法~』

 

 そう、この本には既存の魔法に囚われないまったく新しい仕組みの移動魔法について記述されている。

 それこそ、この本に書かれている魔法を用いれば、姿現しを行うことができないアズカバンからホグワーツに一瞬で移動することができるだろう。

 

「恐ろしいわね。この魔法が悪用されればあっという間にアズカバンはもぬけの殻になってしまうわ。まあだからこそ、公表はしていないんでしょうけど」

 

 私はソファーから立ち上がると、胸に抱いていた本を机の上に置く。

 そして杖を引き抜くと、本に書かれている移動魔法を発動させた。

 

「……成功ね」

 

 次の瞬間、私はロンドンにある自分の家の部屋に立っていた。

 無論、時間が止まっているため物音一つしない。

 

「姿現しができないはずのホグワーツから移動できるなんて……」

 

 私はもう一度魔法を発動させ、グリフィンドールの談話室に戻る。

 そして先程まで座っていた椅子に座り直した。

 

「第一の課題の日、あの人は私の目の前から音もなく消えてみせた。きっとこの魔法を使って移動したのね」

 

 通常の姿現しでは出現する場所の空気を押し出す乾いた破裂音がする。

 だが、この移動魔法は時空の隙間を落下するように移動するため、音もしなければバラける心配もない。

 一つ問題があるとすれば、この移動魔法を使うには全く新しい魔法体系の理解が必要だということだろうか。

 言うなれば、この三次元の世界で、四次元方向に体を移動させるようなものだ。

 

「時間を操る能力の弱点として、密室に閉じ込められたらどうしようもないというものがあったけど、この魔法はその弱点を綺麗に補ってくれる」

 

 私は時間の止まった談話室の中で何度か移動魔法を繰り返す。

 かなり連続で使用しているが、魔力の消費も最低限で、移動する位置も安定していた。

 

「この速度で移動できるなら戦闘に組み込むことも出来そう。こう、相手の後ろに回り込んでスパッと」

 

 私は談話室の中で固まっているジニーの後ろに瞬間移動すると、首筋にナイフを突きつけた。

 

「なんてね」

 

 私はナイフをローブの中に仕舞いこみ、先程まで座っていた椅子に座り直す。

 そして時間を止める前とまったく同じ体勢をとり、時間停止を解除した。

 

「でもハリー、こうなったらなりふり構ってる場合じゃないよ。ネビルですらパートナーを見つけてるんだ。僕らだけダンスのパートナーがいないだなんてサイアクの展開だぜ?」

 

 時間が動き出すと同時に、ロンがハリーに対して言う。

 そう言えば時間を止める前までクリスマスに行われるダンスパーティーのパートナーの話をしていたんだったか。

 

「女の子ってなんで塊になって移動するんだろうな。あんなの、どうやってダンスに誘えばいいんだ?」

 

 そう言ってロンが頭を抱える。

 私は、そんなロンを見てため息をついた。

 

「あのねぇ。別に誘った女の子と今後も付き合わないといけないわけでもないんだから、気軽に誘えばいいじゃない。何をそんなに悩んでいるのよ」

 

「そりゃ、サクヤはいいよ。代表選手だし。待ってたら無限に誘いがくるだろ? こっちはそうもいかないし……」

 

「ジニーでも誘えばいいじゃない。兄弟でダンスを踊っちゃいけないってルールはないでしょう?」

 

 私がそう聞くと、ロンはがっくりと肩を落とした。

 

「ジニーはもう相手がいるよ」

 

「あら、確か三年生以下は四年生以上に誘われないとパーティーに参加できないわよね? 上級生から誘われたってこと?」

 

「うん。ネビルと行くみたい」

 

 ああ、なるほど。

 ロンが焦り始めるのも分かる気がする。

 

「もたもたしてたらいい子は全部取られちゃうわよ? ハリーは誘いたい女の子とかいないの?」

 

「もう誘った」

 

 ハリーは表情を暗くしながら言う。

 

「でも、駄目だったよ。もう予約済みだった」

 

「あら、ご愁傷様ね」

 

「……そういうサクヤはどうなの? もう相手はいる?」

 

 ハリーは恐る恐ると言った様子でそんなことを聞いてくる。

 私はその問いに頷いた。

 

「勿論。代表選手は皆の前で踊らないといけないし。こういう懸念事項はさっさと済ませておくに限るわ」

 

「誰を誘ったの?」

 

 私の横で変身術の参考書を読んでいたハーマイオニーが本を閉じてこちらに身を乗り出してくる。

 

「誰も誘ってはないわ。一番初めに声をかけてきた男子の誘いを受けただけよ」

 

「ああ、もう相手は誰かわかったよ。マルフォイだろ?」

 

「ご明察ね」

 

 クリスマスの夜にダンスパーティーが行われると発表されたその日のうちに、マルフォイが私をダンスに誘ってきたのだ。

 こちらとしても断る理由はない。

 私はマルフォイからの誘いを二つ返事で了承した。

 

「マルフォイ家の坊ちゃんなら社交ダンスの心得もあるでしょうし、ダンスローブも一級品なはずよ。ルックスも……まあ悪くはないしね。個人的にはもう少し肉付きがいい方が好みだけど」

 

「でも、中身はトロールの鼻くそ以下だぜ?」

 

「だから言ってるでしょう? ダンスを一緒に踊るだけの相手よ。そう難しく考える必要もないわ」

 

 私はそう言って肩を竦めてみせる。

 ロンはしばらく頭を抱えた後、何か思いついたかのようにハーマイオニーの方を見た。

 

「そういえばハーマイオニー。君も女の子だったよね?」

 

「あら、よくお気づきになられましたこと」

 

 ハーマイオニーは皮肉交じりに鼻を鳴らした。

 

「貴方の考えていることは何となくわかるけど、お生憎様。もうパートナーがいるわ」

 

「まさか!」

 

「そのまさかよ。貴方は三年も掛かってようやく私が女だと気がついたようだけど、みんながみんなそうじゃないわ」

 

 ハーマイオニーは仏頂面で参考書の世界へと戻っていった。

 ロンはそんなハーマイオニーを見て口をパクパクさせていたが、やがて大きなため息をついた。

 

「この手には頼りたくなかったけど……仕方がない。ハリー、最終手段を使うしかないよ」

 

 ロンの言葉に、ハリーも深刻な顔で頷く。

 そして二人揃ってこっちを向いて頭を下げた。

 

「サクヤ、女の子を紹介してくれない?」

 

「究極の手段に出たわね。……まあ、いいけど」

 

 私はたった今肖像画の穴を這いあがってきたラベンダーとパーバティに手を振る。

 確か昨日の夜の時点ではあの二人はパートナーを見つけていなかったはずだ。

 

「ねえ、ここに可哀そうな男子が二人いるんだけど、パートナーになってあげてくれない?」

 

 ラベンダーとパーバティは顔を見合わせると、クスクスと笑いだす。

 

「ゴメン。私はもうシェーマスと組んだわ」

 

「私はいいわよ。お相手はどちら?」

 

 どうやらラベンダーは既にパートナーを見つけたようだった。

 私はパーバティの問いにハリーとロンの両方を指さす。

 

「両方よ。そう言えばパーバティ、貴方分身出来たわよね?」

 

「……ああ、そういうことね。いいわ、聞いてみる」

 

「ありがと。結果が分かったら教えて頂戴」

 

 パーバティは私に軽く手を振ると、ラベンダーと共に女子寮へと続く螺旋階段を上っていく。

 ハリーとロンはその様子を口をポカンと開けたまま見ていた。

 

「えっと、つまりどういうことだい?」

 

「貴方たちのパートナーが半分決まったってこと。そして、上手く行けば両方ともパートナーができるわ」

 

「でも、ラベンダーはシェーマスと行くって言ってたよ? もしかして、パーバティって本当に分身できるの?」

 

 私はハリーの不思議そうな顔を見てニヤリと笑った。

 

「ほら、いるじゃない。パーバティにはレイブンクローに分身とも言えるような存在が」

 

 そう、パーバティにはレイブンクローに双子の妹がいる。

 二人もそのことを思い出したのか、納得したように何度か頷いた。

 

「まあ、妹のパドマにパートナーがいないかどうかは完全に運だけど。そうなったら仲良くパーバティの取り合いをしなさいな。それじゃあ、私はもう寝るわね」

 

 私はソファーの横に置いていた鞄を手に取ると、三人に手を振って女子寮を目指す。

 先程まで時間を止めて本の解読を行っていたため、私の眠気はピークに達していた。

 多分これから朝までぐっすり眠ったとしてもこの眠気は解消されないだろう。

 寝足りない分は時間を止めて二度寝するしかない。

 私は大きな欠伸を一つすると、女子寮への螺旋階段を上り始めた。

 

 

 

 

 クリスマス当日。

 私はダイアゴン横丁で購入した真っ赤なドレスに袖を通すと、女子寮を後にする。

 そして誰もいない談話室を通り過ぎ、肖像画の穴を抜けて大広間の前の広場を目指した。

 

「少しベッドでゆっくりしすぎたかしら」

 

 私は慣れないヒールで階段を下りながら懐中時計を確認する。

 既に代表選手でない生徒は大広間に入場している頃だろう。

 私は懐中時計を仕舞い直すと、そのまま階段を下りる。

 私が大広間の前に着く頃には既に一般の生徒は全員大広間に収まっており、扉の前に代表選手とそのダンスパートナー、そして案内役のマクゴナガルだけが残っていた。

 マクゴナガルはのんびり歩いてくる私を見て小さくため息をつく。

 

「ミス・ホワイト。あと一秒でも到着が遅れていたらこちらから探しに行くところでした」

 

「代表選手は後から入場すると聞いていたもので。私が最後ですか?」

 

 私は大広間の前に集まっている生徒たちを見回す。

 代表選手のフラーとクラム、そしてフラーのパートナーだと思われるホグワーツの上級生、私のパートナーであるマルフォイ。

 そして、クラムの横に立っているハーマイオニー。

 

「……あら、貴方クラムと組んだの?」

 

 私は綺麗に着飾ったハーマイオニーを見て少々驚く。

 磨けば輝く少女だとは思っていたが、衣装と化粧だけでここまで人は可愛くなるのか。

 

「彼から誘いを受けたの。一緒に踊らないかって」

 

「そう。びっくりするぐらい可愛いわね。相当気合入ってるじゃない」

 

 私はハーマイオニーのつやつやの髪を撫でる。

 

「貴方はもう少し気合を入れるべきだと思うわよ。その様子だと、ギリギリまでベッドで寝ていたんでしょう? お化粧はした? こことか髪が少し撥ねてるし」

 

「いや、してないけど……」

 

 私はハーマイオニーに指摘された箇所を少し手櫛で撫でる。

 すると私の髪は正しい位置へスッと戻っていった。

 

「……ほんと、羨ましいったらないわ。どういう体の構造してるのよ」

 

「ほんとでーす。サクヤ、抱きしめたくなるぐらいかわいーですねー」

 

 私とハーマイオニーの会話を聞いていたのか、フラーがニコニコしながらこちらににじり寄ってくる。

 私はフラーのそんな態度を少し意外に思いながらも、フラーの抱きつき攻撃を回避した。

 

「その反応は予想外だわ。普通第一の課題であんなことをした私を少しは敬遠したりしない?」

 

「たしかに、あのときはすこしおどろきましたーが、わたーしのがっこうのマクシームこうちょうならすででくびをねじきりまーす!」

 

「それはもう人間じゃないわね」

 

 あの身長から繰り出されるヘッドロックはそれはそれは強力なことだろう。

 ドラゴンの大きさにもよるが、本当に首を捩じ切ることもできるかもしれない。

 

「まあ、第二の競技まではまだ時間があるし、それまでは仲良くしましょう? クラムもそれでいいわよね?」

 

 私は少し離れた位置で腕を組んでいたクラムにも声を掛ける。

 クラムはいきなり声を掛けられて少し驚いた様子だったが、少し目を逸らして頷いた。

 私はそれを見てハーマイオニーとフラーと一緒にクスクス笑うと、クラムの横で居心地悪そうにしているマルフォイの前へと移動する。

 マルフォイは近づいてきた私を見て少し頬を赤くした。

 

「あ、その……今日はよろしく。サクヤ」

 

 私はマルフォイの服装を上から下まで観察する。

 いつも以上にしっかり固められた金髪のオールバックに緑を基調にしたスレンダーなドレスローブ。

 うん、やはりいいとこの坊ちゃんだ。

 このドレスローブだけで五十ガリオンだと言われても不自然には思わないだろう。

 

「待たせて悪かったわね。居心地悪かったでしょ?」

 

「そんなことは……まあ、女性が三人集まっているところに入っていく勇気はないけどね」

 

「そろそろ時間です。私の後に続いて入場してください」

 

 マクゴナガルはそう言うと、大広間の扉を魔法で開き、中に入っていく。

 私はマルフォイと腕を組むと大広間の中に向かって歩き出した。

 私たちは拍手に迎えられながら大広間の奥に設置されている大きな円卓へと向かう。

 円卓には既に審査員が座っており、拍手をしながらこちらに視線を送っていた。

 円卓に座っている審査員は全員で五人。

 普段よりも豪華なパーティー用のドレスで着飾っているレミリア・スカーレットに普段と殆ど変わらない服装のパチュリー・ノーレッジ。

 魔法大臣のコーネリウス・ファッジは落ち着きのある上品なドレスローブ姿だが、対照的にルード・バグマンは紫に大きな星柄を散らした派手なドレスローブを身に着けていた。

 そして、最後にバーテミウス・クラウチが──

 

「あれ? パーシーじゃない」

 

 円卓にはクラウチの姿はなく、かわりに濃紺のきっちりとしたローブを着たパーシー・ウィーズリーが鼻高々といった様子で座っていた。

 

「昇進したんだ。クラウチ氏の補佐官に任命された。今日はその代理だよ」

 

「そうなの……でも、代理だなんて。クラウチさんは随分とお忙しいのね」

 

 私はそのままの流れでマルフォイと共にパーシーの近くの椅子に腰かける。

 パーシーは少し表情を曇らせながら答えた。

 

「いや、最近どうもクラウチ氏は体調が優れない様子でね。まあ、もう結構なお歳だし僕としてもあまり無茶をして欲しくはないが……」

 

「そう、体調が良くなるといいわね」

 

 確かに第一の試験の時も絶好調とは程遠い顔色をしていたような気がする。

 それにしても入省一年で部長補佐とは随分な速度の出世と言えるだろう。

 

「さて、どうかしらね。私の予言では来年死ぬことになってるけど」

 

 円卓の向かい側に座っているレミリアが肩を竦める。

 パーシーはそれを聞いて途端に不安そうな表情になった。

 

「貴方が言うとシャレになりませんよ。冗談ですよね?」

 

「まあ流石に予言というのは冗談だけど、このままでは先は長くないわよ」

 

「この先長くはないってどういうことです?」

 

 オウム返しにパーシーがレミリアに聞き返す。

 

「だって彼、魔法で無理やり体を動かしているようだし。あんなこと続けたら体がボロボロになってしまうわよ」

 

 ふむ、マグルの世界で言うところの覚せい剤のようなものだろうか。

 

「まあ、無理が祟った結果、ウィーズリーの三男坊が出張ってきてるわけだけど。いい機会だからゆっくり休むように伝えなさいな」

 

「はい。スカーレット嬢が心配なされてたとお伝えしておきます」

 

 パーシーは椅子に座りながら丁寧に頭を下げる。

 レミリアは満足そうに微笑むと、どこからともなくワイングラスを取り出し、それを優雅に回し始めた。

 私はその様子を横目に見ながら自分の席の前に置かれたメニュー表を手に取る。

 いつもならダンブルドアが挨拶した後にテーブルに置かれた皿が料理で満ちるところだ。

 だが、ダンブルドアはカルカロフとの会話に花を咲かせており、挨拶をする気配はなかった。

 いや、それどころか美味しそうにポークチョップを食べている。

 どうやらいつもの方式とは少し違うらしい。

 

「ドラコ、これどう思う? メニューが置かれてるけど」

 

「さあ、頼めば来るんじゃないか?」

 

 私はメニューを開いて順番に上から音読していく。

 すると次から次へと私の前に料理が満ちた。

 

「凄いわ。普段の数倍の量がありそう」

 

「……まあ、全部頼むことは向こう側も想定していないだろうしね。というか、そんなに食べられるのかい?」

 

 マルフォイは私の前にぎっちぎちに並べられた料理を呆れた目で見る。

 私はそんなマルフォイに対して親指を立てると、手元にあるフォークを手に取った。




設定や用語解説

パチュリーの著書
 今まで出版した多くの著書にかなりやばめな情報が暗号化して詰め込まれている。今まで解き明かしたものはいない。そもそも、暗号が込められているとは誰も思わない。

パチュリーの移動魔法
 姿現しとは仕組みが違うので姿現しが禁止されている場所でも使用することができる。だが、杖がないと発動しないため、その点では姿現しに劣る。

一回誘って断られたハリー
 チョウを誘ったが、原作通りチョウはセドリックと組んだ。

Twitter始めました。
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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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