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王都にて~対策と排除~
――103(●)――

 「いかがでしたか、旦那様」

 「リリーまで利用したことを珍しく怒っておったわ」


 客が帰り、私室で軽装に着替えたインゴは、妻であるクラウディアの質問に軽く笑って答える。一方のクラウディアはため息をついた。


 「あの子もああいう風に育ってしまって苦労いたしますわね」

 「ああいう育ちもたまにはあることだ。我が家でそうなるとは思っていなかったがな」


 事実、貴族の家にはヴェルナーのような人物もたまにいる。奇妙に自分の出世や評価に淡白で、好事家(ディレッタント)と評するほうが近い性格をした人物が。

 本来貴族は統治者であり政治行政に携わる立場である。その分野に淡白な人物は変わり者としてみられるが、そのような人物もある程度の見識や理解力があれば芸術家のパトロンとして存在価値がないこともない。王宮での評価は高くならないが。


 「ある意味で不運な子ではあるな」

 「ええ……」


 二人とも難しい表情にならざるを得なかった。ヴェルナーを補佐役として評価するならば、当主長男に対する補佐役の次男としてむしろ理想的な関係であったかもしれない。だが今のヴェルナーは次期当主である。

 欲がないのは個性かあるいは美点かもしれないが、当主としてそれで済むような状況でもなくなってしまっているのは不幸とさえ言えるだろう。


 親から見たヴェルナーの評価は、能力と結果に対し、評価と自意識にある落差が極端に大きいということに尽きる。

 貴族としていろいろな人物を見てきたインゴにもヴェルナーの発想力は理解できないが、その発想力を生かす実行力まで持ち合わせているにもかかわらず、自己評価が低く対価を求めない姿勢が理解に苦しむ。ましてあの年齢であればもっと誇ったり驕ったりしてもよいはずなのにそれもない。ある意味で作品を完成させたら満足してしまうタイプの芸術家に近いとさえ思っている。


 実のところヴェルナーが欲のないように見えるのは、王都襲撃イベントが発生した際に失敗したら死ぬかもしれないという知識があるためである。地位や金銭を持っていても王都襲撃で失敗したら意味がないと考えている面があることは否定できない。

 だが、その前提を誰にも話していないために、どうしても他人からの評価とヴェルナー自身の意識にずれが生じている。しかも貴族的な野心を持たないヴェルナー自身がそのずれのことを理解できていないのだから他者に理解できるはずもない。

 もっとも、インゴはそのヴェルナーにも例外があることも気が付いていた。


 「とはいえ、あれ(ヴェルナー)は他人のためになら努力もするし本気にもなる。勇者(マゼル)に対してもそうであるがな」


 事実、好事家貴族もそういった型の人物が多い。素質のある画家や優秀な音楽家など、その芸術にではなく、才能があると判断しかつ好みの作品を作り上げる芸術家個人に資金援助をするのだ。生活に困らなくなることで才能が花開いた結果、作品が時代の流行となり、結果としてその芸術家個人が始めた流派が一時代を作り上げることも珍しくない。

 ただインゴの見るところ、ヴェルナーには芸術方面の才能は全くないので、そういった芸術家のパトロンになるのには向いていないだろうとも判断している。


 何よりこの世界、文官系の家はどうしても評価が低い。エルドゥアン卿がこの日見せた、同じ伯爵家でも自分の方が上位でツェアフェルトの側が遠慮しろと言わんばかりの態度も、武官系の家が文官系の家に対するよくある反応とさえ言えた。

 ヴェルナー自身は武人としての評価は低くないものの、個人が家の評価を改めるには十年やそれ以上の時間がかかることも珍しくない。その間ずっと格下に見られ、かつ欲のないヴェルナーは他家に都合よく利用されてしまう可能性すらあった。


 その意味でヴェルナーに必要なのは、政治行政に関わる立場になる際に自分自身で本気になるための理由だ。インゴはそれを理解したからこそ、王家の提案したリリーを利用するやり方をあえて受け入れる事にした。

 そのために選んだ手段が貴族的な面があることは事実だが、変化をもたらすためには、地位と無関係にヴェルナー個人を見る存在と、それが与える影響が必要であろうと考えた。同時に嫡子に次期伯爵となるのに必要な経験を身につけさせるためにその提案に乗ったのだ。

 ヴェルナーは他人を嫌う事はあっても怒ることはほとんどなかったのだから、今回、怒っていたのをむしろ良い方の変化ととらえてもいる。


 「わたくしはマゼルを最初に連れてきたときは何を考えているのかと思っておりましたわ」


 いくらスキル《勇者》を持つとは言え平民である。最初に友人として連れてきたときには自家の騎士にでも招聘する気なのだろうかと思っていたほどだ。知己になったのは魔王復活よりも前だったのだから伯爵家の妻としてはそう思っても当然である。

 現在の状況になると、その勇者に最も影響力を持つ貴族家ということで、クラウディア自身も社交界で引っ張りだこになってしまっているのは皮肉であるが。もちろんその裏に万一の際、自領の魔物討伐に勇者の手を借りたいという下心があるにしても。


 「ヴェルナーにはそういう人間関係の運があるな。上に立つものが王太子殿下でなければあれは危険視されていてもおかしくないだろう。そういえばハルティング一家はどうだ?」

 「まだ慣れているとは言い難いですけれど、真面目に取り組んでおりますわね」


 貴族家の館の中では時として当主より発言力と権限があるのが女主人(マダム)である。使用人は基本的に女主人の指揮下にあると言ってよい。同時に使用人に対する教育などの責任もある。その立場でクラウディアはハルティング一家に向き合っていた。

 ただ教育の内容が使用人としてだけではなく、使用人を使う側の心得などに及ぶことに関してはクラウディアもやや不思議に思っている。


 「引き続き頼むぞ」

 「もちろん、伯爵家の名に懸けて教えることは教えますけれど、そこまでする必要がありますの?」


 悪意や嫌みはではなく、クラウディアは本心からそう問いかけた。それに対しインゴが小さく笑う。


 「忘れておるな。 叙爵 (じょしゃく) 陞爵 (しょうしゃく)に関する儀礼は典礼省の管轄だぞ」


 平民が叙爵されたらその家族にはどのような扱いをするのか、前例を調べておくような指示があればそれは典礼大臣であるインゴの耳にも入ってくる。その意味でインゴは王家からのハルティング家を預かる立場や、勇者を狙う貴族を洗い出す役目を無償で受け入れたわけではなかった。

 魔将二人を討ったマゼルが叙爵されるであろう地位、王宮に他に伝手のない新興爵位貴族ハルティング家がどの貴族家を頼るだろうかとの将来まで考えれば、ツェアフェルトにとっても好機とさえ言えるのだから。


 良人(おっと)の返答にクラウディアが軽く苦笑した。


 「旦那様もお人がお悪い」

 「人の好い大臣なぞ我が国の歴史上存在せぬだろうよ」


 その人の悪さが息子(ヴェルナー)には欠けているのだがな、と言ってインゴは笑った。

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