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王都にて~対策と排除~
――102――

 一応、理屈は通っている。別に平民に移住の自由がないわけではないが、移住することはどっちかと言うと珍しい。それこそこんなことでもない限りはな。

 ただこの提案は責任と言いながら明らかに別の意図がある。責任を口実に勇者(マゼル)の家族を手持ちのカードに加えようという魂胆が。転んでもただで起きたがらないのが貴族だが、またぬけぬけと言ってきやがったな。

 俺の後ろでマゼルの家族の誰かが息を呑んだ気配がした。


 「我が家では頼りになりませんか」

 「そのようなつもりはないよ、ヴェルナー卿。あくまでも同じ伯爵家として騒動の責任を取ると言っているだけだ。問題はこちらにあったのだしな」


 いい笑顔でございますねえ、この野郎。そもそもそっちの管理不行き届きが問題だったんだろうがよ。いや貴族がそんな村の方までいちいち目を向けてられないのは解る。前世とは情報伝達速度が全然違うからな。

 だがそれとこれとは別だろう。ひょっとすると貴族とかってこのぐらい面の皮が厚くないと務まらないんだろうか。それともこの図々しさはビットヘフト領の共通意識か何かなのかね。

 しかしこの様子だと警備体制の状況はかなりのトップシークレットになっているのか。


 「まあ、本人たちに訊くのが一番良いだろう。ハルティング家の皆様はどうお考えかね」


 ここで貴族らしさを出してきやがった。平民が貴族の『好意』にノーと言えるワケがないだろうが。貴族らしいと言えるがやり方が汚い。話の持って行き方もだが、何よりそのにやけ面が気にくわん。イラっとして何か一言言ってやろうかと思ったその瞬間、父が初めて口を開いた。


 「エルドゥアン卿、それを提案するのは相手が異なるな」

 「……どういうことですかな、インゴ卿」


 エルドゥアン卿が睨むような視線を向ける。だが父は澄ましたものだ。平然と紅茶を一口飲んでから口を開く。


 「ハルティング家はツェアフェルトで預かるように王太子殿下から依頼されておる」

 「その件ならばビットヘフトから王太子殿下に願い出ましょう。同じ伯爵家、本人たちが反対していなければ問題はありますまい」

 「話は最後まで聞かれよ」


 俺の方を一瞬見たのは余計なことを言うなと釘を刺したんだろう。大人しく座りなおす。


 「確かにツェアフェルト家で預かるように殿下から依頼されておる。だがハルティング家が王都に居住している間の担当責任者は我が家ではなくセイファート将爵だ」

 「……は?」

 「卿の耳には届いていなかったか。本来はセイファート将爵が預かるはずだったのだが、将爵はフィノイの戦場におられたのでな。当面は代わりにツェアフェルトで預かってほしいと殿下に依頼された」


 一気にエルドゥアン卿の顔色が悪くなった。マゼルの家族をツェアフェルトから移すだけなら、信用できる・できないではなく、ただ保護者担当の交代という理屈が成り立つだろう。

 だが担当責任がツェアフェルトでないとなれば話は別。『将爵の代理として預かって貰っているのだが、王家が選んだ代理人の人選が信用できないという事か?』と言う話になるわけだ。これは保護者担当交代を願い出るのとは別の問題になる。

 と言うかそれ俺も初耳なんですけど。


 「先日、グリュンディング公爵にもご助力を願い出た。我が家だけではいろいろ不都合もあるかと思ってな。公爵にはツェアフェルトなら何の問題もあるまいが、何かあった時には喜んで相談に乗ろうと快諾していただいた」


 あ、勝負にならん。現王妃様のご実家当主が問題ないと断言した相手と担当者交代とか無理がありすぎる。エルドゥアン卿にも何か王太子殿下を説得するネタがあったのかもしれないが、そこに公爵まで承認してるとなると王族でも簡単に手は打てないだろう。

 と言うか今ここでの会話自体が「うちよりふさわしい家があると言われました」と公爵に“相談”するような内容だ。ツェアフェルトで問題はないと断言した公爵がどういう反応をするかは容易に想像できる。


 そこまで考えてようやく気が付いた。この一件、ある意味で計画通りなのか。


 国は将爵が責任者だということは間違いなく公表していない。ツェアフェルト伯爵家程度ならごり押しできると考える貴族家もいるだろうからな。フィノイでラウラに下心持っていた貴族を(ふるい)にかけたように、ここで勇者(マゼル)を利用しようと考える貴族を洗い出すつもりだ。リリーさんを目立つ客間女中(パーラーメイド)に抜擢したのもここに勇者の家族がいますよ、とのアピールが目的か。

 安全と保険は手配してあったとはいえ、リリーさんはいわば囮として利用されたことになる。こういうやり方、国としては必要なのも理解はできるがなんかすげぇ腹が立つ。


 さらに別の事にも思考が向く。エルドゥアン卿がしてやったりという表情を見せてきたんでついかっとなってしまったが、冷静に考えれば挑発の面もあっただろう。そこは乗りかけた俺が悪い。

 一方の父は裏の事情を隠し、公爵という保険まで用意しておいたうえで、エルドゥアン卿が貴族家の立場を盾に平民を利用しようとする、いわば失言を待ちそれを引き出したうえでそれ以上突っ込まず、公爵家に相談できるネタという弱みを握った。しかもまだ警備体制の件については一言も口にしていないんで、更に別の奥の手も残している形。これは貴族としての戦い方(やりかた)だ。

 エルドゥアン卿も今になってしてやられたって事には気が付いたんだろうが、責任者を確認していなかった自分の失態を悔いるしかないだろうし、申し出た事を公言もできないだろう。将爵が責任者であることも含めて黙るしかない。

 王太子殿下が用意した舞台の上で、父という振付師の予定通りにエルドゥアン卿は踊ったわけだが、それを俺の目の前でやって見せたということは俺に対する実地研修か。エルドゥアン卿は俺の貴族教育用教材として父に利用されたということになる。確かにこんなやり方は誰からも教わったことはない。こういうことも今後必要になるぞ、と言いたかったわけか。


 それにしてもこれ、公爵はラウラの件の恩返しだろうか。確かに保護担当を外されたとかになったら、平民の保護さえ満足に行えないとか、ツェアフェルト家の名誉に関わる問題になったかもしれんけど。

 それとも逆か。公爵が俺を褒めてたって事を父がうまく利用したのかもしれん。前に褒めてすぐ駄目だとは言いにくいだろうからな。公爵が持ちかけたのか父が働きかけたのか知らんが、間にいるのが俺なのは間違いないだろう。父も大臣になるぐらいだ、そのあたりは容赦ないことで。


 


 その後エルドゥアン卿たちはもごもご言っていたが結局何も提案できずに引き上げていった。詫びの品は置いていったが。室外で待機していたノルベルトたちと一応の礼儀で館の扉を出るところまでは見送る。

 俺たちの後ろからリリーさんだけついてきていたのは客間女中として。今のアリーさんご夫婦はお見送りさえできない立場だ。


 「……申し訳ありません、父上」


 挑発に乗りかけたのは事実なんで、釈然としていないが謝っておく。


 「ヴェルナー、貴族にとって怒りもまた武器だ。だが感情のまま発する怒りは刃の側を素手で持つことに等しい。感情を抑えろ」

 「はい」


 内心で憮然としつつひとまず応接室に戻るとアリーさんご夫婦がなんとも微妙な表情で待っていた。


 「伯爵、この度は……」

 「気にする必要はない。が、お前たちがエルドゥアン卿の方が良いというのであれば配慮はしよう」

 「いえ、ご迷惑でなければこのままお願いいたします」


 アリーさんが即答する。まあうちは貴族家としてはうるさい方になる。この場合のうるさいというのは人の使い方に関してだ。

 乱暴な雇い主ってのもたまにはいるが、うちのように典礼大臣という儀典・儀式を担当する役職の家で無作法とかあったら恥だし面子とか名誉とかの問題にもなる。そのため上役が下の人間を必要以上に過酷に扱うような真似はしていない。

 大臣でもある父は財政面でも余裕があるはずだから、給与も悪くないはずだから居心地はそんなに悪くないだろう。さっきの様子を見るとハイナー卿との関係も割と微妙だったっぽいしな。


 ふと思ったのはひょっとするとあのハイナー卿も魔物暴走の際に戦死していたのではないかという可能性だ。そして貴族家騎士団団長の息子という後ろ盾を失った村長は立場を失い、順番で言えばフィノイでラウラを救ったマゼルの家族に対する態度を手のひら返しした結果があのゲームのアーレア村だったんじゃないかという気もする。

 これはただの想像でしかないが。


 「そうか、エルドゥアン卿が謝罪として持ち込んだ物は受け取っておくが良い」

 「そ、それなのですが、このような大金は……」


 前世で言えばいきなり目の前に札束積まれたようなもんだろうから気持ちはわかる。けど迷惑料込みとしては安い気もする。このあたり価値観とか色々違うからなんとも言えんが。あるいは引き取った後でもっと大金を渡して完全に首根っこを押さえるつもりだったのかもしれないな。


 「そうか。ではヴェルナー、お前が代わりに預かるといい」

 「はいっ?」


 変な声が出た。いやいや、なんで俺。が、父は特に気にもしていない様子だ。


 「マゼル君と改めて相談するまで預かっておけばよかろう」

 「承知しました」


 そう言われると反論できん。確かにマゼルも含めて相談するところだな。別に使い込むような気もないし、一時預かるのは仕方がないか。

 でもゲームだと終盤になると、勇者(プレイヤー)パーティーは使う所がないから所持金は余ってるんだよなあ。マゼルが戻ってきたときにはこのぐらいの金貨、はした金になってたりしないだろうか。


 「それでいいか?」

 「はい、お願いいたします」


 確認したら一家揃って頭を下げられた。それにしても前世の記憶がある俺としては友人の父親にこういう上から目線の言い方するのは内心で気が引ける。考えてみればこの世界での友人の家はだいたい貴族だったから普通に敬語だったしな。


 どうやら父はハルティング一家をサンプルに平民階層への接し方を実地訓練するつもりもあるようだ。それだけではないだろうが、確実にその狙いもあるはず。確かに俺の金銭感覚は貴族基準だ。だが、領主という立場になったときに感覚がずれていると馬鹿げた開発計画とかを立てかねない。あとマゼルは変にそのあたり平然としていたというのもあるか。大物だったな、あいつ。

 そういう意味では金貨いっぱいの袋を見て戸惑うというのが大多数の生活なのだから、それを頭の片隅においておく必要はあるだろう。まったく父も機会を無駄にしない人だ。


 「では俺が一時預かる」

 「はい、お願いいたします」


 俺がそう一家に宣言するとむしろ安心したように返答が返ってきた。この人たちは何でこう無条件に俺を信頼してくれるんですかね。微妙な胃痛を覚えつつ執務室に戻る途中、後ろから追ってきたリリーさんがそっと声をかけてきた。


 「ありがとうございました、ヴェルナー様」

 「いや、結局何もしてないからな」


 事実、というかむしろ挑発に乗りかけてしまったんで失態と言えなくもない。だがリリーさんは小さく微笑んで言葉を続けた。


 「それでも、嬉しかったです。怒ってくださった事も、あちらの貴族のところに行かずに済んだ事も」

 「あー……」


 どう反応していいのかわからん。いや、居心地がここよりは悪くなりそうな気はするけどね。アリーさん夫妻のあの様子を見れば、少なくとも何かはあったんだろうしなあ。その辺を聞く気はないけど。


 「ま、まあうん、これからもよろしく」

 「はい」


 満面の笑顔で頷かれた。……ここまで懐かれてるんじゃ俺も覚悟決めてやるしかないな。

切りのいいところまで書くと長くなって以下略です

2000文字の更新だったら二回分になってしまいました(><)

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