P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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ドラゴンと痛み止めと私

 

「ドラゴンを殺して、腹を掻っ捌くしかない」

 

 私は、金の卵を呑み込んでしまったドラゴンを睨みつける。

 自然界のドラゴンが行う行動ではない。

 だとすると、このドラゴンの行為は仕組まれたものの可能性がある。

 私の名前をゴブレットに入れた何者かがドラゴンを操って私を殺そうとしているのだとしたら……

 その何者かは、あくまで自分の手は汚さず、対抗試合中の事故として私を殺したいのだろう。

 

「……作戦変更」

 

 ドラゴンは私に向かって大きく口を開けると、灼熱のブレスを吐き出す。

 私は跳ぶようにしてブレスを避け、岩の陰へと転がり込んだ。

 

「エンゴージオ、肥大化せよ」

 

 私はポケットからドラゴンの模型を取り出すと、肥大化呪文でドラゴンと同じサイズまで肥大化させる。

 戦闘力はないが、ドラゴンの気を引くことはできるだろう。

 

「オパグノ、襲え」

 

 肥大化させた模型は大きな咆哮をあげると、本物のドラゴンに向かって突進していく。

 私はその隙に岩陰から飛び出し、ドラゴンに向かって杖を構えた。

 

「ボンバーダ・マキシマ!」

 

 そして私が覚えている限りで一番攻撃力の高そうな呪文をドラゴンの頭部に直撃させた。

 

「危なッ!」

 

 だが、私が放った粉砕呪文はドラゴンの鱗に弾かれ、私の顔スレスレを掠める。

 知識としては知っていたが、まさかドラゴンの鱗にここまでの魔法耐性があるとは。

 だが、今の一撃でドラゴンの注意が私に向いてしまった。

 ドラゴンは模型の首をへし折ると、私に向かって鋭い棘のついた尻尾を振り回してくる。

 私はその尻尾を屈んで避けると、ドラゴンの死角に入り込むようにドラゴンの足元に潜り込んだ。

 やはり鱗に守られているところをいくら攻撃しても弾かれてしまうだけだ。

 だとしたら比較的皮膚の薄い腹や、弱点と言われている目を狙うしかない。

 

「ディフェ──」

 

 だが、位置的には見えていないにも関わらず、ドラゴンは私の位置を正確に把握できているらしい。

 呪文を唱えようとした私に向かって既にドラゴンのかぎ爪が目の前まで迫っていた。

 私はかぎ爪を避けると近くの岩陰へもう一度隠れる。

 その瞬間、私の周囲が炎に包まれた。

 明らかに視界の外にいる私の位置を正確に認識している。

 

「やっぱり、何者かに操られている……服従の呪文かしら」

 

 私は熱気で肺を焼かれないように注意しながらドラゴンのブレスが収まるのを待つ。

 もし客席から服従の呪文でドラゴンを操っているのだとしたら、いくらドラゴンの死角に入っても意味がないだろう。

 となると、弱点を狙った攻撃も避けられてしまう可能性が高い。

 鱗に攻撃は効かない。

 弱点を狙えば避けられる。

 しかも、金の卵はドラゴンの胃の中で、殺さなければ取り出すことすら難しいだろう。

 呼び寄せ呪文で金の卵を吐き出させることが出来るとは思えない。

 というよりかは、金の卵にはあらゆる移動魔法が効かないだろう。

 もしそのような魔法が使えてしまったら、課題の意味がなくなってしまう。

 

「もう、どうしろっていうのよ……」

 

 次の瞬間、私が背中を預けていた岩が爆発した。

 私はその衝撃で前方に吹き飛ばされる。

 地面を転がりながら後方を確認すると、先程まで私が隠れていた岩がドラゴンの突進によって粉々になっていた。

 

「──ッ!」

 

 私は習ったばかりの受け身を存分に披露し、白い肌を血で紅く染めながらもなんとか骨折することなく体勢を立て直す。

 観客席のあちこちから悲鳴が上がるが、もはやそれに耳を傾ける余裕は私にはなかった。

 痛みと興奮のせいで相当な量のアドレナリンが出ているのか、頭痛と吐き気が同時に襲ってくる。

 そして、三半規管もおかしくなっているらしい。

 真っ直ぐ立っているはずだが、視界は回り焦点も上手く定まらなかった。

 このままでは、私はドラゴンに殺されてしまう。

 致命傷こそ受けていないが、全身を這うような擦り傷や切り傷が激しく痛む。

 なんで安全なはずのホグワーツで、ドラゴンなんかと殺し合わなければならないのか。

 こんなの、私は望んでいない。

 私の望む世界は……。

 

「……めんどくさ」

 

 私は自分の血で右目にべったりと張り付いている前髪を、右手で後ろにかき上げる。

 そして左手に持っている杖をまっすぐドラゴンに向けて、スッと横に滑らせた。

 

「ディフィンド──裂けよ」

 

 その瞬間、私に対してブレスを放とうとしていたドラゴンの動きがピタリと止まり、首に紅い線が走る。

 そしてドラゴンの首はその線に沿ってズレていき、重力に従ってドサリと地面に落ちた。

 突如首を刎ねられたドラゴンは、何回か痙攣した後にそのまま動かなくなる。

 私は大きく深呼吸すると、ドラゴンの死体に近づき、その腹を引き裂いた。

 ドラゴンの中からは、胃液で半分解けた卵と共に金の卵が転がり出てくる。

 私は金の卵についた胃液を清めの呪文で取り除くと、杖をローブに仕舞いこみ、両手で卵を持ち上げた。

 これで、第一の課題クリアだ。

 私は金の卵を抱きかかえながら、深呼吸を繰り返す。

 命の危機を脱したからか、体中の傷がさらに痛み始めてきた。

 さっさとポンフリーにでも治療してもらって、寮のベッドで泥のように眠りたい。

 そう言えば、先程から競技場内がやけに静かだ。

 観客の声はおろか、司会・実況を行っていたバグマンの声すら聞こえない。

 私は、それが妙に気になり、顔を上げて観客席を見回した。

 観客席に座っている人間たちは皆困惑した顔で近くの者と囁き合っている。

 拍手や歓声はない。

 私はそのまま審査員席に視線を移す。

 実況のバグマンはこちらを指さしながらクラウチと何かを話し合っており、ファッジに至ってはまるで化け物でも見るかのような目でこちらを見ていた。

 

「……もう、なんだってんのよ」

 

 このままここに居ても埒が明かない。

 私は先程まで待機していたテントに向けて足を引きずりながら歩き出す。

 時間が経つにつれて痛みと共に視覚や聴覚もはっきりとしてくる。

 ざわざわという観衆の囁き声が耳にへばりつく。

 私は競技場の隅にたどり着くと、幕を持ち上げてテントの中に入った。

 

「──ッ、はぁ……はぁ……」

 

 私はポケットの中から小さくしている鞄を取り出すと、拡大魔法で大きくする。

 確か痛み止めか何かが鞄の中に入っていたはずだ。

 私は血まみれの手を鞄の中に突っ込み、中を漁る。

 そして小瓶に入っている痛み止めの魔法薬を取り出すと、栓を開けて中身を一気に胃の中に流し込んだ。

 

「……よし、これで、よし」

 

 私は空の小瓶を鞄の中に投げ入れ、鞄を縮めてポケットの中に仕舞い直す。

 その瞬間、マクゴナガルとポンフリーとがテントの中に大慌てで入ってきた。

 

「サクヤ! ご無事ですか!?」

 

 マクゴナガルは私を椅子に座らせると、服を脱がせ全身に走る切り傷や擦り傷を清めの魔法で綺麗にしていく。

 ポンフリーはマクゴナガルが綺麗にした傷口を魔法薬で消毒すると、全身に治癒の魔法を掛け始めた。

 

「良かった。どうやら大きな怪我はしていないようですね。骨や内臓には異常がないようです」

 

 ポンフリーの診断を聞いてマクゴナガルは安堵のため息をつく。

 治療が始まって五分もしないうちに、私の怪我は全て完治した。

 

「少々トラブルはありましたが、貴方が無事で何よりです。なんにしても、よくぞドラゴンを倒してみせました。まさかドラゴンが卵を呑み込んでしまうなんて……」

 

「そうですよ。絶対おかしいですよね。誰かがドラゴンを操っていたようにしか思えません」

 

 私がそう言うと、マクゴナガルは少し顔を顰めた。

 

「やはり、貴方もそう思いますか。先程ダンブルドアとも話していましたが、私とダンブルドアも同じように考えています」

 

「だったら、途中で競技を止めてくれたらよかったのに……明らかに異常事態じゃないですか」

 

「止めようとしていた最中でした。ですが、いざ介入しようとした瞬間、貴方は自力でドラゴンをなんとかしてしまいましたから」

 

 まあ、確かに私が怪我を負ってからドラゴンを殺すまで十秒も経っていないだろう。

 介入しようとして間に合わなかったという説明にも納得はいく。

 

「それにしても、どのような魔法を用いたのです? あの切断魔法はこの私でも見たことがないほどです」

 

 ああ、あの魔法か。

 正確には、あれは切断呪文だけではない。

 私はあの時、ドラゴンの首のみの時間をほんの少し遅くした。

 そうすることで時間が遅れている箇所と遅れていない箇所で物質の位置のズレが生じる。

 私はそこを境界線にして切断呪文をかけたのだ。

 岩を斧で両断するのは困難だが、割れ目に楔を打ち込めば容易に割れるのと同じように、ドラゴンの首に割れ目を作り、そこに切断呪文という楔を打ち込む。

 咄嗟の思いつきだったが、上手くいって何よりだ。

 

「……切断魔法の応用です。無我夢中だったので、私もどうしてあそこまでの威力が出たのかは分かりません」

 

 そして、こう言っておけば能力がバレることはない。

 まさか時間を操る能力の応用で物を切断しているとは誰も思わないだろう。

 

「そうですか……何にしても、怪我がもう大丈夫でしたら競技場に戻った方が良いでしょう。そろそろ審査員が点数を発表すると思いますので」

 

 そういえば、そのようなルールだったか。

 私は金の卵を鞄の中に放り込むと、ボロボロになったホグワーツの制服に修復魔法をかけてから袖を通した。

 私は身だしなみを整えてからテントの外に出る。

 するとマクゴナガルの言う通り、審査員が順番に点数を発表していた。

 右から、ファッジ……九点、クラウチ……十点、バグマン……十点。

 そしてレミリア……八点、パチュリー……五点。

 

「五点か。手厳しい」

 

「いえ、そうでもないかもしれません」

 

 私の後を追ってきたマクゴナガルが点数を見て言う。

 

「ノーレッジ教授はそもそも点数をあまりつけたくないようで、他の選手の点数も相当低くしています。五点は相当良い評価でしょう」

 

「これで合計四十二点ですか。他の選手はどうだったんです?」

 

「ミス・デラクールが三十五点。ミスター・クラムが三十七点です。大きく差はついていないとはいえ、現状のトップは貴方です」

 

 割と散々な結果だったが、痛い思いをしただけあったということだろう。

 

「さて、第二の課題に関する指示がバグマンからあると思いますのでテントに戻りましょう。他の選手もテントに集まってくるはずです」

 

 私はマクゴナガルの言葉に頷くと、テントに引き返す。

 そして椅子に座り直し、昼に取っておいたパイを鞄の中から取り出し食べ始めた。

 

 

 

 私がパイを食べ始めてから十分もしないうちに他の選手とバグマン、クラウチがテントの中に入ってきた。

 バグマンはテントの中に私がいることを確認すると、他の選手も私同様に椅子に座らせる。

 

「全員、素晴らしかった! 本当によくやったな!」

 

 バグマンは非常に嬉しそうに話を続ける。

 

「さてさて、手短に話そう。第二の課題までは随分と間が空く。第二の課題は二月二十四日の午前九時からだ。しかし、それまでの間に、諸君はすべきことがある」

 

 バグマンはフラーが抱えている金の卵を指差す。

 

「蝶番が見えるかな? そう、この金の卵は開くように出来ている。卵の中に第二の課題のヒントがあるんだ。そのヒントを解けば、第二の課題で何を行うか、自然とわかるはずだ。言っておくが、第二の課題は今日のように何も知らずに取り組めるようなものではない。万全の準備が必要だ。わかったかな?」

 

 私たち三人は無言でバグマンの言葉に頷く。

 なるほど、また謎解きか。

 どのような謎解きかは知らないが、流石にパチュリー・ノーレッジの魔導書より難解ということはないだろう。

 魔導書の謎解きは現在進行形で熱心に取り組んでいるが、まだ一冊目の半分ほどしか進行していない。

 だが、一冊読めるようになれば、あとはスラスラ解読できるようになるような気がする。

 

「よし! それじゃあ今日はこれで解散だ」

 

 バグマンはそう言うとテントから出ていった。

 私はパイの残りを口の中に放り込み、鞄を手に取る。

 そしてフラーとクラムを横目に見ながらテントの外に出た。

 

「お見事、とでも言っておきましょうか」

 

 テントの外に出た瞬間、真横から声を掛けられる。

 私がその方向を向くと、そこにはパチュリーが立っていた。

 どうやら私がテントから出てくるのを待っていたようだ。

 

「貴方の歳でドラゴンを殺せるなんて大したものね。特にあのドラゴンの首を切り落とした魔法……あれは貴方のオリジナルよね?」

 

「……ええ、そうです。そういえば、貴方の本の解読、順調に進んでいますよ」

 

 私はこれ以上そのことについて言及される前に話題を切り替える。

 あのパチュリー・ノーレッジだ。

 少しでもヒントを与えたら私の能力の秘密に辿り着いてしまうかもしれない。

 そうなってしまえば、殺さざるを得なくなる。

 できれば、この人類の宝のような頭脳を持った魔法使いを殺したくはない。

 

「まさか逆から縦にも読めるようになっているとは思っていませんでした。今は言語の解析中です」

 

「そこまで辿り着いたなら時間の問題ね。あの言語に慣れてしまえば他の本も読めるようになると思うわよ」

 

 パチュリーはそう言うと私に近づいてくる。

 そしてポケットの中から綺麗な青の宝石を取り出した。

 

「これは私からのお祝い。審査員という立場上、特定の選手を贔屓することはできないけど、まあこれぐらいのささやかなプレゼントは許されるでしょう」

 

 私は宝石をパチュリーから受け取り、目の前に近づけて観察する。

 

「ただの宝石……というわけではないですよね?」

 

「ええ、それは触媒。どういう性質があるかは自分で調べなさい」

 

「あはは、また宿題が増えてしまいましたね」

 

 私は青い宝石をポケットの中に滑り込ませながら苦笑した。

 

「なに、魔導書に書かれている内容と全く関係ないわけではないわ。私の本に書かれている内容を実行する上で、その石は必ず必要になってくる」

 

 パチュリーはそう言うとローブのフードを深く被った。

 

「さて、私はもう行くわ。連れを待たせているの」

 

「連れ……って、あの仮面の?」

 

「ええ、そうよ。そして、どうやら貴方も友達を待たせているようだしね」

 

 パチュリーはテントとは反対側の森の奥を指差す。

 私が視線を向けると、慌てて木の陰に隠れる三つの人影があった。

 そのうちの一つは、また恐る恐る顔を覗かせ熱心な視線をパチュリーに送っている。

 

「彼女、貴方のファンなんですよ」

 

「知ってるわ。ファンレターを貰ってるし。あの子も随分熱心に私の本を読み込んでいるようね」

 

 パチュリーはまた私に視線を戻す。

 

「次会うのは第二の課題になるかしらね。その時にでも、進展を聞かせて頂戴。それじゃあ」

 

 次の瞬間、パチュリーは音もなく消え去ってしまった。

 姿現し特有の破裂音はしていないところを見るに、きっと違う魔法なのだろう。

 

「……パチュリー・ノーレッジか」

 

 ダンブルドアに並ぶ、生きた伝説。

 私はポケットの中の宝石を手の中で転がすと、三つの人影に向かって歩き出した。




設定や用語解説

サクヤ・ホワイトの切断魔法
 時間操作の応用で、切断したい箇所の時間をズラすことによって物体に弱い部分を作る。その線に沿って切断魔法をかけることによって切断魔法の効果を何倍にも高めることを可能にした。勿論、あまりにも硬すぎるものは切れないし、時間操作だけでは切断までは至らない。

ドラゴン討伐完了
 陰でチャーリーが悲鳴を上げていることでしょう

パチュリーに目をつけられるサクヤ
 綺麗な宝石を貰う。一体何者の石なんだ……

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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