山と医療

この欄を書き続けてあっという間の3年間、医者でありある時はエキスパートな登山
家に変身する赤裸々な登山活動を綴ってきた。いよいよこれで最後となると正直寂し
いような気もするが一息つけるような安堵感も漂う。読者の方々には多くの声援を頂
き本当に有り難うございました。今回は最終稿にふさわしいような内容で締めくくっ
てみたいと思います。

山と医療、一見まるで無関係に思える分野ではあるが実はかなり関係する面も多い、
ある時は山から多くのことを学びこれを医療に生かしてきた。また医学から学んだ多
くの知識を山にも取り入れて実践してきた。医者として山に入り病気や事故に遭った
登山者を診療する機会も多かった。このどちらも僕の人生を支える両輪であった。

山特に冬山では常に完璧性が求められる。入念な準備、体力、気力、厳冬期の北アル
プスに挑戦するという行為はこのどれが欠けても大きな事故につながりかねず時とし
て自分の命を失ってしまうことになる。過去に何度も危機を乗り切ってきたがもしこ
れらの一つでも欠けていたら生還できなかったかも知れないと言う場面も数多くあっ
た。一方医療においても向上心、探求心、責任感を持って仕事にあたらないと時とし
て誤診や医療過誤を起こして患者さんの命が失われることになりかねない。このどち
らも命が懸かっていると言うことでは同じであり、決して安易に妥協をすることので
きない世界だと日頃から認識している。

また日常の医療という激務の中で山はどれだけ僕に癒しを与えてきてくれたことかわ
からない。ブナの森の森林浴、神の存在をも感じさせるような朝焼けや夕焼けの光景、
山に生きている動植物との出会い、山での子供たちとの触れ合い、僕にとってはすべ
て非日常的な夢のような世界であった。また凍えつくような厳冬期の烈風下の稜線、
猛烈なラッセルで雪まみれになりながら山頂を目指す行為などは決してあきらめない、
自分に負けないと言う強い精神力を養ってくれた。山はまさに試練と憧れの場であり、
精神修養の道場であった。

僕にとって山のない人生など考えられず、山をやっているからこそ仕事も相乗効果で
充実して取り組めるのだろうと思う。これからあと何年このような生活を続けられる
かわからないが気力と体力が続く限り山と医療の世界で完全燃焼し続けていきたいと
願っている。


奥大日山頂にて

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