P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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ボーバトンとダームストラングと私

 一九九四年、十月三十日。

 太陽はすっかり傾き、あと1時間もしないうちに夕食になるという時間に、ホグワーツにいるほぼ全ての魔法使いが城の前に整列していた。

 

「ウィーズリー、帽子が曲がっています。それと、ミス・パチルは頭に付けているへんなものを取りなさい」

 

 マクゴナガルが神経質に並んでいる生徒の身だしなみを整えていく。

 そう、私たちは六時に到着する予定のボーバトンとダームストラングの生徒の歓迎のために城の前で待機しているのだった。

 

「でもどうやって来るんだろう? 汽車かな?」

 

 ロンが帽子を被り直しながら言う。

 

「違うと思うわ」

 

「じゃあ姿現しとか?」

 

 ロンがそう言うと、ハーマイオニーは大きなため息をついた。

 

「何度も説明して差し上げているように、ホグワーツの敷地内では姿現しも姿くらましも使えません。何度言ったら分かるのよ」

 

「そんなことよりお腹が空いたわ」

 

「貴方も貴方で呑気ねぇ」

 

 私は今にも鳴りそうなお腹をそっと撫でる。

 その瞬間、ダンブルドアが空を指さした。

 

「わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近づいてくるぞ!」

 

 みんなダンブルドアの指さした方向にじっと目を凝らす。

 すると、その方向から十二頭もの天馬に牽かれた巨大な馬車が物凄い速度でこちらに近づいてきていた。

 天馬と馬車はそのままの速度で校庭に突っ込むと、大きな地響きを立てて着地する。

 そして馬車の扉がひとりでに開いたかと思うと、これまた巨大な女性が姿を現した。

 その身長はハグリッドよりも少し高いのではないかと思えるほどで、履いているハイヒールなんて子供用のソリほどの大きさがある。

 

「これはこれはマダム・マクシーム。ようこそホグワーツへ」

 

 ダンブルドアはマダム・マクシームと呼ばれた女性に近づくと、そっと手の甲に接吻をする。

 

「おお、ダンブリドール。おかわり、あーりませんか?」

 

 マダム・マクシームはダンブルドアを見下ろす形で微笑んだ。

 

「お陰様で上々じゃよ」

 

「それは何よりでーす。カルカロフはまーだですかー?」

 

「もうじき来るじゃろう。外でお待ちになって一緒にお出迎えなさるか? それとも、中に入って暖を取られますかな?」

 

「あたたまりたーいでーす」

 

 マダム・マクシームが手招きすると、水色のローブを着た生徒たちが馬車から降りてくる。

 代表選手の年齢制限のためか男女ともに最高学年近くに見えた。

 

「では、こちらへ。フリットウィック先生、マダム・マクシームとボーバトンの生徒たちを大広間にご案内してくだされ。ハグリッドは天馬の世話を頼む」

 

「うちのうーまはシングルモルトウイスキーしかのーみませーん」

 

 マダム・マクシームがそう付け加えた。

 

「だ、そうじゃ。よろしく頼む」

 

 マダム・マクシームとボーバトンの代表選手候補の生徒たちはフリットウィックの案内で城の中へと入っていく。

 私たちはその後ろ姿を見送ると、次はダームストラングの生徒の到着を待った。

 

「ダームストラングの馬はどんなのだろう」

 

 ハリーはボーバトンの巨大な天馬を見上げながら言う。

 

「何にしても、ボーバトンのより大きかったらハグリッドの手にも負えなさそうね」

 

 だが、私のそんな心配は杞憂に終わった。

 

「おい! 湖を見ろ!」

 

 そんな叫び声がどこからか聞こえてきたかと思うと、湖の中心が大きく渦を巻き、その中から巨大な帆船が姿を現した。

 ホグワーツの湖がどこかの海に繋がっているとは思えない。

 きっとあの船自体がこの湖までワープのような形で移動してきたのだろう。

 帆船は大きな波を立てながら水面に浮かび上がると、小さな船を下ろしてこちらに近づいてくる。

 数分もたたないうちにダームストラングの校長らしき人物が代表選手候補たちを連れて城の前までやってきた。

 

「やあやあダンブルドア。元気かね」

 

「元気いっぱいじゃよカルカロフ校長」

 

 カルカロフと呼ばれた男とダンブルドアが握手をする。

 先程のマダム・マクシームは明らかに英語が不慣れなようだったが、カルカロフはネイティブと同じぐらい流暢だ。

 案外こっちの出身なのかもしれない。

 ダンブルドアとカルカロフは挨拶を交わすと、そのまま城の中へと進んでいく。

 それを合図に、出迎えのために外に出ていた生徒たちも大広間へと足を進めた。

 

「ハリー! 見たか! クラムだ!」

 

 大広間への道中、ロンが興奮気味にハリーに叫ぶ。

 ハリーも先程から爪先立ちでダームストラングの代表選手候補の列を見ていた。

 

「ハーマイオニー、クラムって?」

 

 私はそんな二人を呆れ気味の表情で見ているハーマイオニーに聞く。

 ハーマイオニーはため息交じりに答えてくれた。

 

「世界的に有名なクィディッチのプロ選手。私たちが観に行ったワールドカップの試合にもブルガリア代表としてプレイしてたわ」

 

「ああ、なるほど。男の子たちのスターってわけね」

 

 自分の憧れの選手がまだ学生で、しかも目の前にいるんだとしたら興奮するのも頷けるというものだ。

 それはどうやらマルフォイも同じだったようで、早速クラムをスリザリンのテーブルに誘っていた。

 

「ああ、くそ! クラムをスリザリンに取られた!」

 

「まあその気持ちは分からなくもないけど、少なくとも今年一年はホグワーツにいるんでしょ? だったら話す機会もあるわよ」

 

 私はグリフィンドールのテーブルに座ると、空のゴブレットや金の大皿を眺める。

 私にとってはクィディッチのプロ選手よりもこっちがご馳走で満たされるほうが大事だ。

 大広間にいる全員が椅子に座ったのを見計らって、ダンブルドアが立ち上がる。

 

「こんばんは、紳士、淑女、そしてお客人。ホグワーツへようこそ。心から歓迎いたしますぞ」

 

 ダンブルドアはボーバトンとダームストラングの生徒たちを見回してニッコリする。

 

「三校対抗試合はこの宴が終わると正式に開始される。それまでは皆、大いに飲み、食い、寛いでくだされ!」

 

 生徒たちの拍手と同時にテーブルの上がご馳走で満たされる。

 どうやら今日は厨房の屋敷しもべ妖精が随分な大盤振る舞いをしたらしい。

 いつも以上に豪華なご馳走はもちろんのこと、外国の料理だと思われる見たこともない料理も並んでいた。

 

「さてさてさてさて、私にとってはクラムより対抗試合よりご馳走よ」

 

 私は自分の皿にこれでもかと言うほど料理を積み上げると、フォークとスプーンを使って盛大にお腹の中に詰め込み始める。

 ハリーとロンはそれを見て楽しそうに笑ったが、ハーマイオニーだけはやれやれといったため息をついた。

 

「あんまり詰め込むと喉に詰まらせるわよ」

 

「大丈夫よ。詰まったのなら更に上から押し込めばいいわ」

 

「貴方食事中は相当頭悪くなるわよね」

 

 まあ、否定はしない。

 だが、折角どれだけ食べても太らない体質なのだ。

 沢山食べないと損である。

 

「でも、こんなに美味しい料理が、こんなに沢山、これも見たことないし、これも食べたことない! ねえハーマイオニー、このスープみたいなのって何だと思う?」

 

「ブイヤベースよ」

 

「ハーマイオニー、今くしゃみした?」

 

 ロンがそう言った瞬間、ハーマイオニーがキッとロンを睨む。

 ロンは気にも留めていないのか、お構いなしにローストビーフを口に詰め込んだ。

 

「去年フランスに旅行したときに食べたの。とっても美味しいわよ」

 

 ハーマイオニーの言葉通り、ブイヤベースというフランス料理も非常に美味しかった。

 しばらく食事を続けていると、不自然にふたつ空いていた職員テーブルの椅子に見覚えのない男性二人が座っているのが目に入る。

 私がそちらに視線を向けると、その視線に気がついたハリーが説明してくれた。

 

「魔法省の国際魔法協力部の部長のバーテミウス・クラウチさんと魔法ゲーム・スポーツ部の部長のルドビッチ・バグマンさんだよ」

 

「なるほど。対抗試合の主催者たちね。にしても、よく知ってたわね」

 

「ワールドカップの会場で少し話をしたから、それでね」

 

 そう言うハリーの表情はどこか複雑だった。

 まあワールドカップの会場であのような事件があったのだ。

 ハリーのあの二人の間に一悶着あったとしても不思議ではない。

 

 大広間に存在する全てのご馳走が食べ尽くされると、ダンブルドアが再び椅子から立ち上がる。

 そして生徒がシンと静まり返るのを待って声を張り上げた。

 

「時は来た。三大魔法学校対抗試合は今まさに始まろうとしておる。じゃがその前に、試合をどんな手順で進めるのか説明しておこうかの。それに先立ち、まずはこの二人をご紹介しよう。国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチ氏と魔法ゲーム・スポーツ部のルード・バグマン氏じゃ。お二方はこの数ヶ月の間、三校対抗試合の準備に尽力されてきた。そして、お二方はカルカロフ校長、マクシーム校長、そしてこのわしと共に代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わってくださる。フィルチさん、箱をこちらへ」

 

 ダンブルドアに呼ばれて管理人のフィルチが宝石の散りばめられた木箱を恭しく運んでくる。

 ダンブルドアはフィルチから箱を受け取ると皆に見えるように机の上に置いた。

 

「代表選手が取り組むべき課題の内容は、すでにクラウチ氏とバグマン氏が検討し終えておる。課題に必要な手配もじゃ。課題は三つあり、今年度を通してある程度の間を置いて行われ、代表選手はあらゆる角度から試される。魔法の技術は勿論のこと、勇気、推理力、対処力などじゃ。皆も知っての通り、試合で競い合うのは各校代表の三名。代表選手は課題をどのように巧みにこなすかで採点され、三つの課題の総合点が最も高かった者が優勝杯を獲得するのじゃ」

 

 ということは、あくまで点数を競い合うのであって、選手同士が直接対決するような競技は少ないのだろう。

 まあ安全性に考慮しているという話をマルフォイがしていたし、それが妥当なのかもしれない。

 

「そして、代表選手を選ぶのは、公正なる選者……『炎のゴブレット』じゃ」

 

 ダンブルドアは杖で木箱を数回叩く。

 すると木箱はゆっくりと開き、中から荒削りの木のゴブレットが現れた。

 ゴブレットには青い火が灯っており、なんらかの強い魔力が宿っていることが窺える。

 ダンブルドアは木箱からゴブレットを取り出すと、木箱を閉じてその上に置いた。

 

「代表選手に名乗りを上げたいものは羊皮紙に名前と所属校名を書いてゴブレットに入れるのじゃ。立候補の期限は二十四時間。明日のハロウィンの夜にゴブレットが各校の代表選手を選出する。明日の夜まで、ゴブレットは玄関ホールに設置される。じゃが、興味本位でゴブレットに名前を入れてはいかんぞ? 代表選手に選ばれてしまったら、最後まで試合を戦い抜く義務が発生する。ゴブレットに選ばれた選手は、魔法契約によって拘束されるのじゃ。自分に競技に挑む準備があるのかどうか、確信を持った上でゴブレットに名前を入れるように」

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切り、生徒たちを見回す。

 

「それと、年齢に満たない生徒が誘惑に駆られることが無いように、その周囲にわしが『年齢線』を引くことにする。十七歳に満たないものは、何人たりともその線を越えることは出来ないようになっておるので、承知しておくように。以上じゃ」

 

 ダンブルドアはゴブレットを両手で持つと、大広間を横切って玄関ホールへと進んでいく。

 どうやら歓迎会はこれでお開きのようだ。

 私はパンパンに膨れた胃袋を抱え上げるように立ち上がると、グリフィンドール生に交じって談話室に向かう。

 

「なるほどな。年齢線か!」

 

 階段を上りながらフレッドが興奮気味に叫ぶ。

 

「うーん、なら老け薬で誤魔化せるかも。それに、ゴブレットに名前を入れちまえばこっちのもんだ。ゴブレットは俺が十七歳かどうかなんてわからないだろうしな」

 

 どうやらフレッドとジョージは何としても代表選手に立候補したいらしい。

 確かに常に刺激を求めている二人だ。

 こんな面白そうなことがホグワーツで行われるのに、首を突っ込めないのが我慢ならないのだろう。

 

「どっちかが代表選手になったらかなり素敵ね。ダンブルドアの設けた年齢線を突破したアウトローな代表選手。人気出ると思うわよ?」

 

「だろう? よし兄弟。さっさと談話室に戻って作戦会議だ」

 

 フレッドとジョージは一段飛ばしで階段を駆け上がっていく。

 その背中を見ながらハーマイオニーが小さなため息をついた。

 

「ダンブルドア先生なら老け薬ぐらい想定してると思うけど……」

 

「そうね。きっと明日は面白いものが見れるわ」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは肩を竦める。

 まあなんにしても、お祭り気分でこのイベントを存分に楽しもうではないか。

 私はそう心に決めると、上機嫌で談話室へと向かった。




設定や用語解説

マダム・マクシーム
 物凄い高身長な魔女。ボーバトンの校長をやっているだけあって魔法の実力は相当なものだが、筋力も凄い。実は巨人の血が流れている。

イゴール・カルカロフ
 ダームストラングの校長で元死喰い人。一度はムーディに捕えられアズカバンに収監されたが、仲間を何人も密告して釈放された。

ビクトール・クラム
 世界的なクィディッチ選手。ブルガリア生まれ。ダームストラング校の最高学年。

バーテミウス・クラウチ
 魔法省の役人で元魔法法執行部部長。今は国際魔法協力部の部長をしている。パーシーの上司。

ルドビッチ・バグマン
 魔法省の役人で魔法ゲーム・スポーツ部の部長。陽気な性格で、賭け事が好き。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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