P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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奴隷労働と対抗試合と私

 

 今年の新入生の組み分けも特に何のトラブルもなく終わり、ダンブルドアの適当な掛け声と共に目の前が料理で一杯になる。

 私は肉料理を中心に自分の皿を山盛りにする。

 それを横で見ていたほとんど首なしニックが切なそうな笑みを浮かべた。

 

「美味しいですか? ミス・ホワイト。ほら、野菜も食べませんと大きくなれませんよ」

 

「優先順位が低いだけ。ちゃんと食べるわ」

 

 私はニックが指さしたサラダを皿の隅にちょこんと盛る。

 それを見てニックは小さくため息をついた。

 

「まったく……今晩はご馳走が出ただけでも運がよかったというのに」

 

「厨房で何かあったの?」

 

 私が聞くと、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人も興味ありげにニックの方を見た。

 

「ピーブズですよ。歓迎会に出たいと駄々をこねまして。でも礼儀作法も知らない、料理の皿を見たら投げつけずにはいられないようなやつです。学校にいるゴーストの代表で話し合ったのですが、結局参加させることはできないという結論が出ました」

 

「で、それが気に入らないピーブズが歓迎会を台無しにするために厨房で暴れたというわけね」

 

「まったく持ってその通り」

 

 ニックが首をぐらんと揺らしながら首を縦に振った。

 

「何もかもひっくり返しての大暴れ。鍋や釜は投げるし、厨房の床はスープでビショビショ。この歓迎会で並ぶはずだった料理の殆どが宙を舞い、何もかも滅茶苦茶な状態でした」

 

「よく間に合ったわね。屋敷しもべ妖精たちは大変だったでしょうに」

 

「ええそれはもう。ピーブズが暴れている時など声が出ないほど怖がって──」

 

 屋敷しもべ妖精の話題になった途端、ハーマイオニーがゴブレットを取り落とす。

 中に入っていたかぼちゃジュースがクロスの白をオレンジに侵食していったが、ハーマイオニーはお構いなしだった。

 

「屋敷しもべ妖精がホグワーツにもいるっていうの?」

 

「左様ですとも。イギリスのどの屋敷より大勢いるでしょうな」

 

「そんな! 私一人も見たことがないわ!」

 

「そう? 厨房には常に百人以上いるけど……確かに厨房の外では見かけないわね」

 

 私が首を傾げると、ニックが説明してくれた。

 

「夜になると厨房から出てきて掃除をしたり火の始末をしたりするのです。姿を見られないようにするというのは、いい屋敷しもべ妖精の証拠です。なので見たことがないというのも無理は話ではないでしょう」

 

 ハーマイオニーはショックを受けた表情でニックに聞く。

 

「でも、お給料はちゃんともらってるわよね? それにお休みも。それに病欠とか、年金も──」

 

「はっはっはっは! ミス・グレンジャーは冗談がお上手ですな」

 

 ニックはこれ以上のジョークはないと言わんばかりにひとしきり笑うと、新入生をからかいにテーブルを移動していく。

 ハーマイオニーはしばらくナイフとフォークを握ったまま放心していたが、やがてナイフとフォークを机に置いて自分の皿をスッと奥へ遠ざけた。

 

「ねえハーマイオニー。君が絶食したって屋敷しもべ妖精が病欠を取れるわけじゃないよ?」

 

「奴隷労働よ! この料理を作ったのがまさにそれなんだわ! 奴隷労働!」

 

 ロンが優しくハーマイオニーを諭すが、ハーマイオニーは鼻息を荒くして叫ぶ。

 私はやれやれと肩を竦めるとステーキを大きく切り取ってハーマイオニーの口に突っ込んだ。

 

「ふむぅっ! あにふふのほ!」

 

 ハーマイオニーは口いっぱいのステーキをどうにか処理しようと口をモゴモゴさせ始める。

 私はまたステーキを切り分けながらハーマイオニーに語りかけた。

 

「このステーキを焼いた屋敷しもべ妖精は貴方が絶食することを望んでないわ。彼らは私たち学生が大きくスクスク健康的に成長できるように毎日腕によりをかけて料理に励んでくれている。そこにあるのは奴隷労働なんて卑屈なものじゃない。奉仕の心という崇高な精神よ。貴方が屋敷しもべ妖精の待遇をどう思おうが知ったこっちゃないけど、彼らの作った料理を無下にするのは許さないわ」

 

 私は切り分けたステーキを口に運ぶ。

 相変わらず惚れ惚れする焼き加減だ。

 私が同じように肉を焼いたところでこうはならないだろう。

 

「こんなに美味しい料理を食べないだなんて、彼らに失礼だわ」

 

「そんなの、サクヤの勝手な推測じゃない! 本当は命令で強制的に働かされているのかもしれ──むぐっ!」

 

 私は今度はかぼちゃパイをハーマイオニーの口に突っ込む。

 

「そんなことないわ。彼らが料理してる時って本当に楽しそうだもの。彼らは労働が好きなのよ」

 

「その言いぶりだと、サクヤは厨房に入ったことがあるの?」

 

 ハリーは料理から顔を上げて私に聞く。

 

「ええ、結構お世話になってるわよ。料理や茶葉のストックとか、単純に暇つぶしとか」

 

「むぐ、んぐっ、ぅん。そんな! なんで今まで教えてくれなかったの?」

 

 ハーマイオニーは急いで口の中を空にするとヒステリックな叫び声をあげた。

 

「いやだって聞かれなかったし……それに、あんまり広めるような情報でもないでしょう?」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 ハーマイオニーは先程遠ざけた皿をじっと見ると、手元に引き寄せて食べ始める。

 私はそれを見て満足そうに頷いた。

 

「あら、お利口さんね。偉いわー」

 

「うるさい! もう!」

 

 ハーマイオニーは怒りと料理で頬をパンパンにしながら怒る。

 ハリーとロンはその様子を見て安心したように息をついた。

 

「ごめんごめん。でも絶食なんて続かないし、迷惑をかける相手が増えるだけよ。それに、残飯を処理する仕事の方が大変だしね」

 

 一通り皿の上の料理がなくなると、ダンブルドアの合図と共に皿の上の食べカスが綺麗さっぱり消えてなくなる。

 私は満足気にお腹を撫でながらダンブルドアの方を見た。

 

「皆、よく食べ、よく飲んだことじゃろう。いくつかお知らせがあるので、もう一度耳を傾けて貰おうかの」

 

 ダンブルドアは立ち上がって全校生徒を見渡す。

 

「管理人のフィルチさんから『叫びヨーヨー』、『噛みつきフリスビー』、『殴り続けブーメラン』の三品が新しく城内持ち込み禁止になったと伝えてほしいとのことじゃ。持ち込み禁止のリストはフィルチさんの事務所にあるので、確認したい生徒は事務所を訪ねるように」

 

 まあ、そんな生徒がいればじゃが、とダンブルドアは小声で付け加える。

 

「それと、校内にある森はいつも通り生徒は立ち入り禁止じゃ。ホグズミードも三年生になるまで禁止。そして──」

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切って皆を見回す。

 

「今年の寮対抗クィディッチ試合は中止するものとする」

 

「ええぇーっ!!」

 

 ハリーが私の横で叫び声を挙げた。

 ハリーだけではない。

 フレッドは言葉が出てこずに口をパクパクさせているし、各寮のクィディッチの選手も皆口々に抗議の言葉をダンブルドアに投げかけた。

 

「どうどうどう、ちゃんとこれには理由があってのう。今年の十月から今学期の終わりにかけて行われるあるイベントのためじゃ。先生方も殆どの時間と労力をこのイベントのために費やすことになる」

 

 あるイベント、私はそれを聞いてホグワーツ特急の中でマルフォイから教えてもらったイベントを思い出す。

 

「しかしじゃ。わしは皆がこのイベントを大いに楽しんでくれると確信しておる。なんと、今年ホグワーツで──」

 

 次の瞬間、大広間の扉が大きな音を立てて開け放たれた。

 多くの生徒が音につられて扉の方向を見たが、皆そこに立っていた人物を見て言葉を失う。

 そこに立っていたのは傷だらけの男だった。

 顔や手は傷痕で埋め尽くされており、左目には義眼だと思われる目が嵌め込まれている。

 だが、マグルの義眼とは違い、男の義眼はまるで意思を持っているかのごとくあちこちを見回していた。

 男は義足だと思われる足を引きずりながら大広間をまっすぐ進むと、ダンブルドアと言葉を交わし職員用のテーブルの空いている席に腰掛ける。

 皆呆然とその男を見ていたが、やがてダンブルドアが男の紹介を始めた。

 

「新しい闇の魔術に対する防衛術の担当のムーディ先生じゃ」

 

「マッドアイ・ムーディ? 君のパパが今朝助けにいった人だよね?」

 

 ハリーがロンに囁く。

 

「うん、多分そう」

 

 ロンは声を低くして答えた。

 ダンブルドアはムーディの紹介を終えると、おほんと大きく咳払いして話を続ける。

 

「先程言いかけたことじゃが、今年、ホグワーツで実に百年ぶりとなる、あるイベントを開催する。これを皆に発表できるというのは、ワシにとっても喜ばしいことじゃ。今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う!」

 

「ご冗談でしょう!?」

 

 フレッドが間髪入れずに叫び声を挙げる。

 ダンブルドアはフレッドの大声を楽しむように笑った。

 

「ミスター・ウィーズリー、決して冗談ではない」

 

 ダンブルドアは三大魔法学校対抗試合について説明を始める。

 ダンブルドアの説明は、昼にマルフォイから聞いた話とほぼ変わらなかった。

 百年ぶりに行われる対抗試合。

 各校の代表を一名ずつ選出して様々な課題に取り組む。

 優勝賞金は千ガリオン。

 学生という身分でなくとも大金だ。

 

「立候補するぞ!」

 

 ジョージが興奮気味にダンブルドアに向かって叫ぶ。

 ジョージだけではない。

 半分以上の生徒が立候補しようと考えていそうな雰囲気だった。

 だが、そんな中、私の予想が的中してしまう。

 

「立候補を考える全ての諸君が優勝杯をホグワーツにもたらそうという熱意に満ちていることは重々承知じゃ。じゃが、参加校の校長、そして魔法省とで話し合った結果、今年の選手に年齢制限を設けることとなった。一定の年齢に達したもの、つまり今回の場合は十七歳以上の者だけが、代表選手として名乗りを上げることができる」

 

 ダンブルドアがそう言った瞬間、一部の生徒の顔が険しくなる。

 それはそうだろう。

 十七歳未満の生徒からしたら、出鼻を挫かれた形になるからだ。

 

「このことは我々がいくら予防措置を取ろうとも、やはり試合の課題が難しく、危険なものだからじゃ。必要な措置じゃと理解してほしい。さて、話は以上じゃ。明日からの授業に備えて、ゆっくりお休み。では、解散!」

 

 ダンブルドアはそう話を締めくくると、椅子に座り直し隣にいるムーディと話し始める。

 私は皆と一緒に席を立つと、談話室に向けて歩き出した。

 

「そりゃないぜ! 俺たち四月には十七歳だぜ? なんで参加出来ないんだ?」

 

 ジョージは階段を上りながら大きな声で文句を言う。

 

「俺はエントリーするぞ。止められるもんなら止めてみろ!」

 

 フレッドはジョージの言葉に同意するように息巻いた。

 まあ確かに、可能性は低いだろうが挑戦するだけならタダだ。

 それに、あの双子ならダンブルドアの目を掻い潜って本当にエントリーできてしまう気がする。

 たとえエントリー出来なかったとしても面白いものが見れる筈だ。

 私は談話室でハリー、ロンと別れるとハーマイオニーと一緒に女子寮に上がった。

 

「ねえサクヤ。もし年齢制限がなかったとしたら、サクヤはエントリーする?」

 

 私が寝る準備をしていると、ハーマイオニーが遠慮がちに私に聞いてくる。

 私は鞄の中からお気に入りの枕を引っ張り出しながら言った。

 

「しないわ。面倒くさいし、好奇の目で見られるのは好きじゃないもの」

 

「そっか、そうよね」

 

「そういう貴方はどうなのよ?」

 

 私が聞き返すとハーマイオニーは慌てた表情で答える。

 

「いや、えっと……多分、立候補してたかも。代表選手に選ばれたら新しい魔法を学ぶ機会も増えるだろうし、就職も有利になりそうだし」

 

「打算的ね」

 

「──っ!! いいでしょ! 別に!」

 

 まあハーマイオニーの言いたいこともわかる。

 学校の代表となれば広く名前を売ることができる。

 魔法省の職員と関わる機会も多いので、コネも作り放題だ。

 ホグワーツを卒業してからのことを考えるのなら、代表選手になるのも悪くないだろう。

 まあ、私の場合メリットよりデメリットの方が大きいので絶対に立候補はしないが。

 私はベッドに潜り込むと、同室のラベンダーとパーバティ、ハーマイオニーの四人で上級生の誰が代表選手に選ばれるか予想しあった。




設定や用語解説

ピーブズ
 ホグワーツ設立された当初から学校に住み着いているポルターガイスト。生徒の悪戯心の具現化ではないかと言われている。

ホグワーツの屋敷しもべ妖精
 まだ解放されていないのでドビーいない。

ムーディ
 元ベテラン闇祓いの老人。非常に用心深く、常に自分の周囲を魔法の義眼で透視している。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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