P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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今回から炎のゴブレット編スタート


雨傘と闇の印と私

 一九九四年、九月一日。

 私は部屋の中の物を手当たり次第に鞄の中に詰め込むと、忘れ物がないか部屋の中を見回す。

 まあ、部屋の中の物を全て鞄の中に入れたので、忘れ物などあるはずがないが。

 

「よし、準備完了」

 

 私は部屋の扉を開けっぱなしにすると、階段を下りて玄関へと向かう。

 玄関ホールでは、クリーチャーが傘を両手で持って姿勢を正して立っていた。

 

「クリーチャー、留守をよろしくね」

 

 私がそう言うと、クリーチャーは深々と頭を下げる。

 

「いってらっしゃいませ、お嬢様。ご用があればいつでも私めをお呼びください」

 

「ええ、その時はフクロウでも送るわ」

 

 私はクリーチャーから傘を受け取ると、玄関の扉を開けて家を出る。

 外は結構な雨だったが、風は強くないのでそこまで濡れることもないだろう。

 私は傘を差すと、キングズ・クロス駅に向かって歩き始める。

 次この家に帰ってくるのは一年後だろうか。

 いや、もしかしたらクリスマス休暇に帰ってくるかもしれない。

 私は一度振り返り、魔法の効果によって既に見えなくなった家の場所を見る。

 借り物の家だが、帰る場所があるというのはいいものだ。

 機会があればだが、ダンブルドアにこの家を貸してくれた人物の名前を聞くのもいいかもしれない。

 家を貸してくれただけならまだしも、屋敷しもべ妖精まで譲渡してくれたのだ。

 お礼の手紙ぐらい書くのがマナーだろう。

 

 

 

 

 私はキングズ・クロス駅に入ると、傘を畳み自然な動作で鞄の中に突っ込む。

 まるで手品のような光景だが、一瞬の出来事だったため誰も気にも留めないだろう。

 私はそのままキングズ・クロス駅の中を歩くと、九番線と十番線の間にある柱にもたれ掛かる。

 そして人の視線が無くなったのを確かめてから後ろに倒れこみ、九と四分の三番線へと入った。

 九と四分の三番線には既にホグワーツ特急が停車しており、ホームはホグワーツへ向かう生徒で溢れている。

 私は大荷物を抱えた生徒の多い中、鞄一つで列車に乗り込むと、空いているコンパートメントを探して中に入った。

 列車が出るまでにはまだ二十分ほどある。

 私は机の中から新しく買った教科書を取り出すと、ペラペラと捲り始めた。

 

「呪文学からは特に学ぶことはなさそうね。魔法史のテストは教科書を丸写しで大丈夫だし、選択科目ぐらいかしら。でも魔法生物飼育学は担当がハグリッドだから大したことないし、占い学は対策のしようがないし」

 

 一昨年にロックハートから個人授業を、去年はパチュリーの著作を読み漁った私の学力は既に上級生にも劣らないものになっている。

 この分なら来年にある普通魔法レベル試験も問題なくパスすることができるだろう。

 

「あ、ハリー! ここに居たわ!」

 

 私が教科書に目を通していると、コンパートメントの外からハーマイオニーの声が聞こえてくる。

 しばらくするとコンパートメントの扉を開けてハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が中に入ってきた。

 

「久しぶりサクヤ、休暇はどうだった?」

 

 ハーマイオニーは座席の下に荷物を押し込むと、私の向かいに座る。

 ハリーは私の隣に、ロンはハーマイオニーの隣に腰かけた。

 

「そうねぇ。割とゆっくり出来たわ。新しい家も結構綺麗で大きかったし、何より屋敷しもべ妖精付きなの。もう最高よ。ダンブルドアの友人さまさまって感じ」

 

「うわーお。屋敷しもべ付きって、相当いい家じゃないか」

 

 ロンが目を見開いて驚く。

 

「うちのママがいつも言ってるよ。うちにも屋敷しもべ妖精がいたらいいのにって」

 

「実際凄く便利よ。掃除は完璧だし料理は美味しいし。私の言いつけたことは素直に守るしね」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーが少し眉を顰める。

 

「でも、ちゃんと人間のお手伝いさんと同じように、お給料やお休みをあげてるのよね?」

 

「え? 何言ってるのよ」

 

 私はそう返すと、ハリーとロンの顔を見た。

 どっちもしまったといった表情をしているところを見るに、ハーマイオニーは屋敷しもべ妖精のことを奴隷制度か何かと勘違いしているのだろう。

 ハーマイオニーのその認識はあまりにも間違っている。

 屋敷しもべ妖精はそういう存在として生まれてきて、人間に尽くすことに誇りを持っている。

 屋敷しもべ妖精に優しくするだけならまだしも、休暇をあげたり給料を支払ったりという行為は彼らにとっては侮辱に等しいのだが。

 

「あのねぇハーマイオニー……」

 

 私はため息交じりにハーマイオニーに言う。

 

「給料は先払いしたし、私が家に帰るまでは休暇よ。まったく、羨ましいご身分だわ」

 

 私はそう言って大きく肩を竦めてみせた。

 

「そ、そう。それならいいんだけど……」

 

 ハーマイオニーはそれを聞くとほっと息をつく。

 ここでハーマイオニーを論破するのは簡単だ。

 だが、新学期早々親友との絆にひびを入れるべきではないだろう。

 ここはハーマイオニーの価値観に合わせるべきだ。

 

「そうよね。実際に仕事をするのはサクヤがいる二か月だけだし……お給料も先払いしているなら……」

 

「それに彼には個室を与えているわ。屋根裏なんかで眠られたらたまったもんじゃないもの」

 

 私がそう言うと、ロンがまた驚いた顔をする。

 

「君屋敷しもべ妖精に部屋まで与えているのかい? 随分可愛がってるんだね」

 

「いや、屋根裏なんかで寝られたら普通に不衛生じゃない。そんなのに食材を触らせたくないだけよ。それに部屋はいくつも余ってるし」

 

「それにしてもだよ。おったまげー」

 

 やはりハーマイオニーとロンの間では屋敷しもべ妖精に関する認識がだいぶ違うようだ。

 きっとロンの感性が魔法界ではスタンダードなんだろう。

 

「サクヤが奴隷労働を屋敷しもべ妖精に科すような人間じゃなくて本当によかったわ」

 

「その様子だと、休暇中に何かあったの?」

 

「クィディッチワールドカップの会場で酷い扱いを受けている屋敷しもべ妖精がいて……それを見てからこの調子なんだ」

 

 私の横に座っていたハリーが小声でそう教えてくれる。

 

「なるほど、合点がいったわ」

 

 私は小声で返事をすると、改めてみんなに対して言った。

 

「そういえば、ワールドカップはどうだった? 結構散々な結果だったって聞いてるけど」

 

 これは漏れ鍋にあった新聞で読んだことだが、クィディッチワールドカップの会場が闇の魔法使いに襲われたらしい。

 なんでも、試合が終わった後に闇の印まで打ち上げられたという話だ。

 

「闇の印って言ったら、例のあの人のマークでしょう? それが打ち上げられるなんてよっぽどのことだと思うけど」

 

「うん、そのせいでパパはてんてこ舞いだよ。日刊予言者新聞には好き勝手書かれるし」

 

「まあ、魔法省が散々に言われている記事だったのは覚えているわ。警備の甘さ……やりたい放題……国家的恥辱……たしか記者はリータ・スキーターだったかしら」

 

 リータ・スキーターの書く記事は偏向的だと漏れ鍋の店主のトムがぶつくさ言っていたのを思い出す。

 確かにあの記事は意図的に魔法省をこけ下ろしていたように感じた。

 

「実はあの時、僕たちは犯人のすぐ近くにいたんだ。姿は見えなかったけど、呪文を唱える声を聞いた。そのあとすぐ魔法省の人たちが来て犯人を探したんだけど……結局見つからなかった」

 

「つくづくトラブルに巻き込まれるわね貴方。まあ、大きな怪我がなかったようで何よりよ。でも、そんな面白そうなイベントが起きるんだったら私も行けばよかったかしら」

 

「面白いもんか。大騒ぎだったんだから……」

 

 ハリーは疲れを吐き出すようにため息をつく。

 私はそんなハリーを見て小さく笑みを溢した。

 

「冗談よ。でも、ワールドカップに行きたかったのはホントよ。外せない用事がなければ私も誘いに乗ってたんだけど」

 

「うん、まあ用事があったならしょうがないよ。それにあんなことがあったんだし、行った方が良かったかは微妙なところだな、でも──」

 

 ロンはワールドカップでの思い出を私に話して聞かせてくれる。

 試合の話になるとハリーもロンと一緒になって、あのプレイがどうとか試合運びがどうとかどんどん会話が専門的になっていった。

 最終的にはそこにシェーマスとネビルが加わり、私そっちのけでプレイの話を始めてしまう。

 ハーマイオニーもハーマイオニーで、自分には関係のない話だと言わんばかりに『基本呪文集・四学年用』を読み耽っていた。

 私はクィディッチトークが白熱しすぎてオーブンの中にいる鶏のような気分になってきたので、適当な理由をつけてコンパートメントを出る。

 すると運がいいことに隣のコンパートメントから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 私は気を取り直し、隣のコンパートメントの扉をノックし、扉を開いた。

 

「お久しぶり、ドラコ。それにクラッブ、ゴイルの二人もね」

 

「サクヤ! 久しぶりだね!」

 

 隣のコンパートメントにいたのはマルフォイとその取り巻きのクラッブ、ゴイルだった。

 私はコンパートメントの中に入ると、マルフォイの隣に座る。

 

「折角誘ってもらったのにごめんなさいね」

 

「ああ、いや。こっちも気を遣わせたようで悪かったよ。きっとウィーズリーにも誘われてたんだろ?」

 

 私はいきなりマルフォイに核心を突かれて少々驚く。

 

「いや、客席でウィーズリーの家族とポッターとグレンジャーを見てね。ウィーズリーがあの二人を誘ってるのに君を誘ってないのはおかしいと思ったんだ」

 

「大正解よドラコ。そこまで推測できてるなら話してしまってもいいわね」

 

 私は本当は用事などなく、双方に気を遣ってどっちの誘いにも乗らなかったことをマルフォイに説明する。

 マルフォイはその話を聞いて少々バツの悪い顔をした。

 

「良かれと思って誘ったんだけど、逆効果だったね。ごめん」

 

「そんな、気にしないで。私の方こそ、まさか勘付かれるとは思っても見なかったから」

 

「お詫びじゃないけど、色々お土産を買ってきたんだ。それにクィディッチワールドカップの後で面白い催し物もあった」

 

 マルフォイは座席にお土産のお菓子を広げながら、楽しそうに話し始める。

 

「試合の後でお祭り騒ぎがあってね。キャンプ場の管理をしているマグルの家族を魔法で吊るし上げて大暴動だ。傍から見ていたけど、あの時のマグルの顔は傑作だったな」

 

 マルフォイがその時のマグルの顔を真似ると、クラッブ、ゴイルが馬鹿笑いを始める。

 

「でも、闇の印が打ち上げられたということは例のあの人の関係者か、元手下が起こした事件ってことよね?」

 

 私がそう聞くと、マルフォイの表情は途端に真剣なものに変わった。

 

「問題はそこなんだ。あの印は冗談やおふざけで掲げていいものじゃない。あの印を恐れる魔法使いは多いけど、それはあの人の部下も同じだ。あの印が空に掲げられた瞬間、マグルを捕えて馬鹿騒ぎをしていた連中は蜘蛛の子を散らすように逃げた。例のあの人の怒りを買ってしまったと思ったんだろうな」

 

「それじゃあ、闇の印を掲げたのは騒ぎを起こした人たちとは違う魔法使いということね。でも、一体何のために……」

 

「きっと騒いでいた連中が許せなかったんだろうな。その点、父上は理性的だった。あえて魔法大臣と行動を共にし、自分に疑いが掛からないようにしていたよ」

 

 ルシウス・マルフォイが例のあの人の手下だったのではないかという話は噂としては有名な話だ。

 私がそういう立場なら、確かに自分のアリバイをしっかりさせるために魔法省の関係者と行動を共にするだろう。

 

「父上はファッジ大臣と仲がいいからね。そういえば、そのコネで面白い話を聞いたよ。サクヤは今年のホグワーツで何が行われるか知っているかい?」

 

 マルフォイは自慢げに私に聞いてくる。

 私は少し考え、推測できる限りの答えを返した。

 

「持ち物にドレスローブがあったし、何かのパーティーが行われるのは確定よね? だとすると、何か大きなイベントがあるとか……」

 

「流石だね。殆ど正解だよ。……実は今年、百年ぶりに三大魔法学校対抗試合が行われるんだ」

 

 三大魔法学校対抗試合、確か魔法史の授業で名前を聞いたことがある。

 

「それって確かホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校が代表選手を一人ずつ出して魔法競技を行う親善試合よね? でも、あまりに死者が出たから中止されたって聞いたけど」

 

「ああ。今までも何度か再開しようと試みてたみたいなんだけど、今年になってようやくそれが叶ったってところかな。持ち物にあるドレスローブはクリスマスのダンスパーティーで着るんだと思うよ」

 

「それは……イベントいっぱいで楽しそうね。」

 

 魔法学校三校が試合をするとなれば、外から人を呼んでの大騒ぎとなるだろう。

 ボーバトンとダームストラングは外国にある学校であるため、魔法省の国際魔法協力部と魔法ゲーム・スポーツ部も関わってくるはずだ。

 

「ワールドカップを見に行けなかったのは少し残念だったけど、それ以上にレアなイベントがホグワーツで行われるわけでしょ? コーラとポップコーンを用意しなきゃ」

 

 私がそう言うと、マルフォイは意外そうな顔をする。

 

「サクヤは立候補しないのかい?」

 

「え? いや、うーん……見るのは楽しそうだけど、当事者になるっていうのは少しね」

 

「そっか……サクヤが選手になったら絶対に人気が出ると思うけどな。可愛いし、魔法の腕も学年一だし」

 

「そういう貴方はどうなのよ。立候補するの?」

 

 私がそう聞くと、マルフォイは自信ありげに頷いた。

 

「勿論だとも。でも、父上は何故か僕が立候補するのに乗り気じゃなかった」

 

「年齢制限でもあるんじゃない? 成人した生徒しか参加できないとか」

 

 魔法界ではマグルの世界と違って十七歳から成人と認定される。

 ホグワーツで言うと、六年生から七年生がそれにあたるだろう。

 

「確かに、その可能性は高いかもしれない。開催されるにあたって安全面をかなり重視したって話だったから。でも、もしそうだとしたら立候補できる人間がかなり限られるな……」

 

「まあ、代表選手に選ばれるのは一人だけなんだし、別にいいんじゃない? それにこういうのは関係ないところからお祭り気分で観戦してる方が面白いと思うわよ。代表選手になったらプレッシャーも凄いだろうし」

 

 それに今の私の現状を考えると、下手に目立つことはしないほうがいい。

 学校の代表選手に選ばれたらメディアの目にも晒されるだろうし、私に関することを調べ始める魔法使いも出てくるだろう。

 秘密の部屋での出来事や孤児院のことを知られたら悲劇のヒロイン扱いされるだろうし、ブラックを殺したことを知られれば復讐者扱いされる。

 それに、ブラックのようにそれをきっかけに私の能力の正体にたどり着いてしまう魔法使いも出てくるかもしれない。

 ……それは、絶対に阻止しないとならないことだった。

 

「さて、そろそろ自分のコンパートメントに戻るわ。外に出る前にローブに防水呪文もかけたいし。また学校でね」

 

「うん。またな、サクヤ」

 

 私はマルフォイたちの見送りを受けてコンパートメントを出る。

 そして自分の鞄が置いてある隣のコンパートメントに戻った。




設定や用語解説

サクヤの学力
 既に知識量は学生レベルではなく、学者や教授の域に達しているがサクヤはそれに気が付いていない。

ボーバトン
 フランスにある魔法学校。映画では女子校になっていたが共学。

ダームストラング
 スウェーデンかノルウェーの北の方にある魔法学校。映画では男子校になっていたが共学。生徒に闇の魔術を実際に教えることで有名。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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