P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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グリムとヒッポグリフと私

「グリムです! 死神犬ですよ! 墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です。これは不吉の象徴であり、大凶の前兆……死の予告です」

 

「あ、はい。そうですか」

 

 新学年が始まって一番初めの占い学の授業。

 私はトレローニーから受けた死の予言に対し、そんな気の抜けた返事をしてしまった。

 トレローニーはそんな私の態度を見て眉を顰める。

 

「あら、信じていないご様子で」

 

「いえ、別にそんな。ああ、やっぱりと思っただけで」

 

 なんにしても異なる二人の占い師から死を予言されたとなったら、予言の信憑性も増してくる。

 私は本当に一九九八年に死んでしまうのだろうか。

 

「実は去年違う占い師の方に同じように死の予言をされまして。グリムが取り憑いているというのは初耳ですが……」

 

 私がそう言うと、トレローニーは少々不服そうに聞き返してくる。

 

「去年の占いは外れたから、今年も大丈夫だろう。きっとそうお思いなのでしょうね……。ですが、あたくしをその辺のもぐりと一緒にされては困りますわ」

 

 トレローニーは腕輪を鳴らしながら人差し指で眼鏡の位置を直す。

 

「参考までに、その占い師のお名前をお聞きしてよろしくて? あたくしが名前を聞いたことがないような占い師なのだとしたら、その者の占いなど聞く価値すらありませんわ」

 

「レミリア・スカーレットっていう吸血鬼の女の子ですけど……」

 

 私がその名前を出した瞬間、トレローニーは椅子から滑り落ちて地面に尻もちをついた。

 

「先生! 大丈夫ですか!?」

 

 トレローニーの身を案じて周囲にいた生徒がトレローニーに駆け寄る。

 だが、当のトレローニーは自分が椅子から落ちたことすら気に留めず、大きな目を更に見開いて震える声で言った。

 

「あ、貴方……スカーレット嬢から死の予言を?」

 

「え? はい。去年の夏に」

 

 トレローニーは生徒の手を借りて立ち上がると、椅子に座り直し、顔を伏せ両手で顔を覆う。

 そして小さな声で「かわいそうな子」と呟いた。

 トレローニーはしばらくその体勢で固まっていたが、やがて顔を上げ、生徒たちを見回す。

 

「今日の授業はここまでにしましょう。カップはどうぞお片付けなさってね……」

 

 そして消え入りそうな声でそう言い、早々に部屋の奥に入り込んでしまった。

 私たちは無言でティーカップを洗って棚に戻すと、梯子を下りて占い学の教室を後にする。

 

「それにしてもグリムがついてるなんて……冗談にしても笑えないわ」

 

 ハーマイオニーは少し機嫌が悪そうに言う。

 

「あれはどう見てもグリムには見えなかったわ」

 

「でも、他の占い師もサクヤの……えっと、あれを予言したんだろう?」

 

 ロンは言葉を濁しながらもハーマイオニーにそう反論する。

 

「でも、所詮は占いでしょ? 確定した未来じゃないわ」

 

 確定した未来じゃない。

 果たして本当にそうだろうか。

 私が話を聞いた限りでは、レミリア・スカーレットは死の予言を外したことがないらしい。

 それが本当なんだとしたら、私の死は確定した未来ということになる。

 私たちはまた無言になると、まっすぐ変身術の教室を目指す。

 占い学の教室から変身術の教室までかなりの距離があったが、占い学が少々早めに終わったため十分余裕をもって変身術の教室に入ることが出来た。

 新学期初めの変身術の授業は『動物もどき』に関する授業だった。

 マクゴナガル自身が動物もどきらしく、動物もどきの説明をしてから実際にトラ猫に変身してみせる。

 私はマクゴナガルが行ってみせた変身を、興味深く観察した。

 去年私が殺したロックハートが読むように薦めてきたパチュリー・ノーレッジの著書にも変身に関する本がいくつかあった。

 その本曰く、杖を用いた動物への変身と、動物もどきの変身は根本的に違うらしい。

 動物もどきはそれぞれ決まった動物にしか変身できない代わりに、杖なしで変身を行うことが出来る。

 動物もどきの変身は変身というよりかは、もう一つの自分の体のようなものだ。

 

「まったく、皆さんどうしたんです?」

 

 マクゴナガルは人間の姿に戻ると同時に生徒たちを見回しながら言う。

 

「別に気にはしませんが、私の変身がクラスの拍手を浴びなかったのは初めてです」

 

 マクゴナガルがそう言うと、クラスのみんなが一斉に私の方に振り向く。

 私はその視線の意味が分からず、首を傾げた。

 

「先生、私たち占い学の授業を受けてきたばかりで……授業でお茶の葉を読んだんですけど──」

 

「ああ、そういうことですか」

 

 ハーマイオニーが言い切る前にマクゴナガルは顔を顰めた。

 

「ミス・グレンジャー、それ以上は言わなくて結構です。それで、今年はいったい誰が死ぬことになったのですか?」

 

 みな、目を丸くしてマクゴナガルを見る。

 

「先生、私です」

 

 私は小さく手を挙げて答えた。

 

「なるほど、そうですか」

 

 マクゴナガルは私を見ながら言う。

 

「では、教えておきましょう。シビル・トレローニーは本校に着任してからというもの、毎年一人は生徒の死を予言してきました。ですが、いまだに誰一人として死んではいません。死の前兆を予言するのは新しいクラスを迎えるときの彼女のお気に入りの流儀です」

 

 マクゴナガルはそこで一度言葉を切ると、一度深呼吸してから話を続ける。

 

「占い学というのは魔法の中でも一番不確定な分野の一つです。それに、真の予言者は滅多にいません。私が知っている中でも真に占い師と呼べるような方は歴史上数えるほどしかいません。そしてトレローニー先生は……」

 

 マクゴナガルは再び言葉を切り、それ以上深くは掘り下げなかった。

 

「少なくとも、私が見る限りでは貴方は健康そのものです。ですから、今日の宿題を免除したりはしませんのでそのつもりで。……まあ、もし次の授業までにあなたが死んだら、提出しなくても結構です」

 

 その冗談にハーマイオニーが噴き出す。

 私もニヤリと笑うと、マクゴナガルに冗談を返した。

 

「うーん、予言が当たったほうがお得なような気がしてきました」

 

「馬鹿なこと言ってないで、授業に戻りますよ」

 

 マクゴナガルはそう言うと、動物もどきの説明を再開する。

 私は授業の内容をまとめながら先ほどのマクゴナガルの言葉を思い出していた。

 『私が知っている中でも真に占い師と呼べるような方は歴史上数えるほどしかいない』

 私はその数えるほどしかいない占い師の中に、レミリア・スカーレットの名前が入っているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 変身術の授業が終わり、私たちは昼食に向かう生徒たちに混じって大広間に移動した。

 私はグリフィンドールのテーブルに座ると、肉やポテトを皿の上に山盛りにする。

 そしてフォークを手に取ると、料理を口の中に詰め込み始めた。

 対してロンはシチューを自分の小皿に取り分けたはいいものの、食欲がないのか口は付けなかった。

 

「もう、マクゴナガル先生のおっしゃったこと聞いたでしょう?」

 

 ハーマイオニーがロンに対しため息をつく。

 ロンはついにスプーンを机に置くと私に対して神妙な面持ちで言った。

 

「サクヤ、どこかで黒い犬を見かけたりとかしなかったよな?」

 

「いえ、見てないわ。黒い犬がどうかしたの?」

 

 ロンはほっと息をつくと、スプーンを握り直す。

 

「いや、見てないならいいんだ。僕の叔父のビリウス叔父さんはグリムを見た丸一日後に死んじゃったから」

 

「偶然だと思うけど……」

 

 ハーマイオニーはかぼちゃジュースを注ぎながら言う。

 

「ハーマイオニー、わかってないよ……グリムと聞けば、大概の魔法使いはお先真っ暗って感じなんだぜ?」

 

「つまり、そういうことなんでしょ。グリムのせいで死ぬんじゃなくて、グリムが怖くて死んじゃうのよ。グリムを見たら死んでしまうという固定概念に囚われているからプラシーボ効果のようなもので死んでしまうんだわ」

 

 ロンは何か反論しようとしていたが、思うように言葉が出てこず口をパクパクとさせる。

 

「それに、占い学ってとてもいい加減だと思うわ。あてずっぽうが多すぎる」

 

「もう、二人ともその辺にしておきなさい。当の本人以上に貴方たちが騒ぎ立ててどうするのよ」

 

 私は席を立ちかけているハーマイオニーを宥めると、口の中にベーコンの塊を押し込む。

 

「まあ、ハーマイオニーの言うことにも一理あるし、ロンの話も興味深くはあるわ。ここが、マグルの世界なら占いなんていい加減なものだと言い切れるけど、魔法界はそもそもが神秘に満ちた世界だもの。私たちの常識が通用しないのも確かよ。だからまあ、黒い犬には注意することにするわ。はい、この話はこれでおしまい」

 

 ハーマイオニーは口の中のベーコンを飲み込むと、やや不服そうに席に座り直す。

 

「それに、もう一人の占い師の話では私が死ぬのは随分と先みたい。今日明日ってわけじゃないからロンもそんなに心配しないで」

 

 私がロンにそう言うと、ロンは少しずつシチューを口に運び始める。

 

「そういえば、もう一人の占い師に去年占ってもらったって言ってたっけ」

 

 今まで黙って様子を伺っていたハリーがおずおずと口を開いた。

 

「ええ。レミリア・スカーレットね」

 

「うん。その占い師とはどこで知り合ったの? 学校じゃないよね?」

 

 私は去年の夏休暇、ダイアゴン横丁に一緒に買い物に行った時に誤って占い用品店の暖炉に煙突飛行してしまった時のことを三人に話す。

 ハーマイオニーはそれを聞いてポンと手を打った。

 

「どこかで聞いた名前だと思ったら、一昨年ハグリッドがパブで大負けした占い師だわ」

 

「そう。それにそのお店自体もトレローニー先生のご家族がやってるお店みたい。レミリア・スカーレットは定期的にそこで講演会を開いているそうよ」

 

「死の予言って占い師特有の脅し文句なのかしら。なんにしてもサクヤ、死を予言されたからって思い悩んで死んだりしないでね?」

 

 ハーマイオニーは心配そうに言った。

 

「それこそ、悪い冗談よ。それぐらいで死んだりしないわ」

 

 予言を信じるにしろ信じないにしろ、私自身死ぬつもりは毛ほどもない。

 平穏な日常、豊かな老後。

 それこそが私が目指す未来だ。

 

 

 

 

 

 昼食を食べ終わった私たちは一度談話室に戻り、午後の授業の用意を持ってハグリッドの小屋の前に来ていた。

 今日の午後の授業の一つ目は魔法生物飼育学だ。

 去年まではケトルバーンが教授を務めていたが、ケトルバーンが退職したため今年からハグリッドが教授を務めることになる。

 

「やあサクヤ。魔法生物飼育学は合同授業なんだな」

 

 私たちがハグリッドを待っていると、後ろからマルフォイが話しかけてきた。

 どうやら魔法生物飼育学はスリザリンと合同授業らしい。

 

「ええ、ドラコもこの授業を取っていたのね」

 

「まあね。魔法生物飼育学を取っておけば卒業後の進路の選択肢が増えるって母上が言ってきかなくて。まさかあのウスノロに教わることになるとは思わなかったが」

 

 マルフォイはそう言うと遠くの方で何かを準備しているハグリッドの方を見る。

 

「今までずっと森番しかしたことがないやつに教授職が務まるのか?」

 

 マルフォイがそう言うと、ハリーが一歩前に出た。

 

「嫌なら今すぐ談話室へ帰れマルフォイ。選択科目をやめるのは自由だ。それに、ハグリッドは誰よりも魔法生物に詳しいよ」

 

「母上が取るように薦めていなかったらこっちから願い下げさ。それにポッター、お前こそ談話室に帰った方がいいんじゃないか? 汽車の中で気絶したらしいじゃないか。魔法生物の相手が務まるのか?」

 

 マルフォイがそう言うと、後ろにいたクラッブとゴイルがゲラゲラ笑い始める。

 このままだと殴り合いの喧嘩に発展しそうな予感がするので、私は二人の間に割って入った。

 

「はいはい。こんなところで喧嘩しないの。どっちもシーカーなんだから、スタジアムで決着をつけて頂戴。今は授業よ、いい?」

 

「あ、ああ。ゴメン」

 

 私がそう言うと、マルフォイは素直に謝ってスリザリン生の集まりへと退散していく。

 ハリーはまだ少し怒っているようだったが、ハグリッドがこちらにやってきたことで意識をそちらに向けた。

 

「全員揃っとるか? よし、みんなついてこい!」

 

 ハグリッドは生徒たちをぐるりと見回すと、ズンズンと森の縁に沿って歩いていく。

 私たちがハグリッドの後をついていくと、そこには放牧場のようなものが広がっていた。

 だが、今のところ放牧場の中には何の生物もいない。

 私たちが首を傾げていると、ハグリッドが大きな声を張り上げた。

 

「よし、みんな柵の周りに集まったな。俺の紹介は省くとして、授業が始まって一番最初にやるこたぁ、まずは教科書を開くこったな」

 

「どうやって?」

 

 マルフォイが眉を顰めながらハグリッドに聞く。

 

「えぇ?」

 

「どうやって開くんです?」

 

 マルフォイはそう言うと、教科書に指定されている『怪物的な怪物の本』を取り出したが、紐でぐるぐる巻きに縛ってあった。

 だが、それは当然の処置だと言える。

 ハグリッドが指定したこの本は実際の怪物のように動き、放っておくと暴れまわって手に負えないのだ。

 マルフォイと同じように他の生徒も教科書を取り出すが、皆思い思いの方法で本が暴れ出さないように拘束している。

 ハリーは本をベルトで縛っており、ハーマイオニーはテープのようなもので本をぐるぐる巻きにしていた。

 

「なんだ、誰も教科書を開いてすらおらんのか?」

 

 ハグリッドはあんぐりと口を開けながら言う。

 

「おまえさんたち、撫でりゃよかったんだ。ほれ、貸してみろ」

 

 ハグリッドはハーマイオニーから教科書を受け取ると、テープを剥がして教科書を自由にする。

 教科書はすぐにハグリッドの手に噛みつこうとしたが、ハグリッドが背表紙をひと撫でした瞬間、ブルリと震えて開き、ハグリッドの手のひらの上で大人しくなった。

 

「まったく驚きだね。この中の誰もこの方法を試してなかったなんて」

 

 マルフォイは皮肉たっぷりにそう言うと、自分の持っていた教科書の紐をほどき背表紙を撫でる。

 するとハグリッドが先程やったのと同じように教科書は大人しくなった。

 私も鞄の中から時間の止めてある『怪物的な怪物の本』を取り出すと、時間停止を解除すると同時に背表紙を撫でる。

 時間の止まっている鞄の中に入れっぱなしだったので拘束は必要なかったが、他の生徒と同じように教科書は一度も開いていなかった。

 

「俺はこいつらが愉快な奴らだと思ったんだがなぁ……」

 

 ハグリッドはがっくりと肩を落としてうな垂れる。

 まあ、お世辞にもこの教科書を指定したことが正解だとは言えないだろう。

 

「ま、まあ……そんで、教科書はある。あとは、魔法生物が必要だな。連れて来るから待っとれよ」

 

 ハグリッドは出鼻を挫かれて少々混乱していたが、気を取り直して森の奥へと消えていく。

 

「まったく、一体学校は何を考えているんだか。あのウドの大木が教えてることを父上がお知りになったら卒倒なさるだろうなぁ」

 

 マルフォイは肩を竦めてみせる。

 

「父上が理事を追い出されていなければ、あんなのを教師として採用するなんて絶対にお許しにならなかっただろう」

 

「黙れマルフォイ」

 

「どうしたポッター。吸魂鬼でも見つけ──」

 

「みんな! あれを見て!」

 

 マルフォイが言い切る前にラベンダーが森の方を指さして叫ぶ。

 私たちがその方向を振り向くと、馬と大鷲を足して二で割ったような生物が十数頭こちらに早足で向かってきていた。

 背中には大きな羽が生えており、前足には鋭く大きいかぎ爪がついているのが見える。

 見た目からして明らかに肉食の危険な生物であると思われるが、首輪をされているところを見るにホグワーツで飼育されている生物であることがわかる。

 実際に、首輪から伸びる長い鎖はハグリッドがしっかりと握っていた。

 ハグリッドは鎖を柵に括りつけると、私たちの元へと戻ってくる。

 

「ヒッポグリフだ!」

 

 ハグリッドはヒッポグリフを指し示しながら大声で言った。

 

「どうだ、美しかろう? え?」

 

 まあ、ハグリッドの言いたいことも分からなくはない。

 凛々しい鷲の頭に艶やかな毛並み。

 大きな翼を器用に畳んで体に沿わせているその姿は、そのまま子供向けの絵本に出てきても違和感がなかった。

 

「そんじゃ、もうちっとこっちへこいや。ヒッポグリフについて色々知らなければならんからな」

 

 ハリー達を筆頭に私たちは恐る恐る柵の前へと近づく。

 ハグリッドは皆が柵へ近づいたのを確認すると、ヒッポグリフの方を指し示しながら説明を始めた。

 

「まず、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ。だからヒッポグリフは絶対に侮辱してはならん。必ずヒッポグリフが先に動くのを待つんだぞ」

 

 ハグリッドは生徒たちを見回しながら話を続ける。

 

「まず、こいつらのそばまで歩いていき、ゆっくりお辞儀をする。そんで、じっと待つんだ。ヒッポグリフがお辞儀を返したら触ってもいいっちゅうこった。逆にもしお辞儀を返さなんだら、素早く離れろ。こいつらのかぎ爪はちと痛いからな」

 

 私はヒッポグリフの前足についているかぎ爪を見る。

 少なくともあんなもので引っかかれたら痛いどころじゃすまないだろう。

 

「よーし、誰が一番だ?」

 

 ハグリッドがそう言うと、生徒たちは一番前にならないように後ずさり始める。

 その様子を見て、ハグリッドが残念そうな声を出した。

 

「だ、誰もおらんのか?」

 

「僕やるよ」

 

 その様子を見かねて、ハリーが名乗りを上げる。

 

「よし、偉いぞハリー!」

 

 ハリーは放牧場の柵を乗り越えてハグリッドの元まで行く。

 ハグリッドは群れの中の一匹の鎖を柵から解くと、ハリーの近くまで一緒に歩いてきた。

 

「よし、それじゃあバックビークが相手だ」

 

 ハリーはハグリッドが連れてきた灰色のヒッポグリフと対峙する。

 

「目を逸らすなハリー。あと、あんまり瞬きせんようにな。ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせるやつを信用せんからな」

 

 ハリーはじっとヒッポグリフを見ながら、ゆっくり近づいていく。

 

「よし、ええぞ。そしてお辞儀だ」

 

 ハグリッドに言われて、ハリーは恐る恐るお辞儀をする。

 するとヒッポグリフは前足を折ってお辞儀のような恰好をした。

 

「よし! やったぞハリー!」

 

 ハグリッドがハリーの背中をバンバンと叩く。

 

「よーし! 触ってもええぞ。嘴を撫でてやれ」

 

 ハリーは先程以上に恐る恐るヒッポグリフに近づき、そっと嘴を撫でる。

 そのまま腕を食いちぎられるんじゃないかと誰もが思ったが、ヒッポグリフはとろりと目を閉じ撫でられるのを楽しんでいるようだった。

 

「よし、ええぞ! そんじゃハリー、次は背中に乗ってみるか」

 

「え?」

 

 ハグリッドは言うが早いかハリーを抱き上げてヒッポグリフの背中に乗せる。

 ヒッポグリフはハリーが背中に乗ったことを確認すると、大きな翼を羽ばたかせて大空へと飛翔していった。

 ハリーを乗せたヒッポグリフはそのまま大空を大きく一周すると、放牧場の中に軽やかに着地する。

 

「よし、よくできたハリー!」

 

 マルフォイたちを除くクラスの全員がハリーに大きな拍手を送った。

 ハリーは羽をむしらないように気を付けながら慎重にヒッポグリフから降りる。

 ハグリッドはその様子を見届けると、他の生徒たちに呼びかけた。

 

「よーし! 他にやってみたいもんはおるか?」

 

 ハリーという人柱兼成功例を見て、他の生徒たちも恐る恐る放牧場の中に入っていく。

 ハグリッドはそれを見てヒッポグリフの鎖を一匹ずつ解いていった。

 

「ちゃんと俺が言ったようになるようにな。決して侮っちゃなんねえぞ。よし、そいじゃ、サクヤもバックビーク相手にやってみるか」

 

 ハグリッドに言われて、私はハリーと入れ替わるようにバックビークという名前のヒッポグリフの前に立つ。

 私はヒッポグリフの黄色い目をじっと見ると、ゆっくりと頭を下げた。

 

「どうぞよろしくお願い致します」

 

 私はヒッポグリフが頭を下げたかどうか確認するために、目線だけ頭を上げようとする。

 だがその瞬間、肩口から斜めに引き裂かれるような痛みが私を襲った。

 

「──え?」

 

 私はその衝撃で仰向けに後ろに倒れる。

 

「何が……」

 

 私は状況を確認するために首だけ起こして自分の体を見る。

 だが、自分の体を確認する前に、バックビークが私のお腹の上に鋭いかぎ爪のついた前脚を振り下ろした。

 

「──ッ!!」

 

 穴が開いたんじゃないかと思えるほどの衝撃が腹部に走る。

 

「ッ!? サクヤ!!」

 

 誰かが叫ぶ声が聞こえる。

 時間を止めようとするが、あまりの激痛と衝撃に意識を保つことすらできなかった。




設定や用語解説

グリム
 死神犬。イギリス全土に伝わる不吉の象徴。グリムを見た人間は近いうちに死んでしまうと言い伝えられている。

ヒッポグリフ
 グリフォンと雌馬の間に生まれたとされる伝説の生き物。身体の前半分が鷲、後ろ半分が馬の姿をしている。肉食。また、グリフォンよりかは大人しいため、乗馬として用いることができる。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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