P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
私はダンブルドアと共に大広間へ入ると、姿勢を低くしてコソコソとグリフィンドールのテーブルへと近づく。
「サクヤ、こっち」
すると、その様子を見ていたロンが私に声をかけてきた。
私はロンが空けてくれていた椅子に座り、ほっと一息つく。
そこにはロンの他に、ハーマイオニーとネビルの姿があった。
「あれ? ハリーはまだ?」
てっきりハリーも既に大広間に来ているものだと思っていたが、グリフィンドールのテーブルにハリーの姿はない。
「まだマダム・ポンフリーに捕まっているみたい。ご馳走には間に合うといいけど……」
ハーマイオニーは心配そうに大広間の大きな扉を見た。
結局ハリーが大広間に戻ってきたのは新入生の組み分けが終わってからだった。
ハリーは組み分けが見れなかったことが少し残念な様子だったが、私からしたらご馳走にさえ間に合っていれば何の問題もないように感じる。
「でも、実はまだ一回も下級生の組み分けを見れてないんだ」
ハリーは今まさに立ち上がろうとしているダンブルドアを見ながら言った。
「あら、そうだっけ?」
「うん。去年は車で暴れ柳に突っ込んじゃったから」
そういえばそうだった。
去年の今頃、ハリーとロンが窓の外で大広間の様子を覗いていたのを思い出す。
「そう思えば一歩成長しているわね。今年はちゃんとグリフィンドールの机についてるもの」
「去年も僕らのせいじゃないよ。九と四分の三番線に入れなかったから仕方なく……」
ハリーはそこで話を切って職員のテーブルの方に意識を向ける。
私もそちらに視線を向けると、ダンブルドアが大きな咳ばらいを一つしたところだった。
「オホン。新入生の諸君。皆の今夜のベッドの位置が無事決まって何よりじゃ。さて、ご馳走にありつく前に、皆にいくつかお知らせがある」
ダンブルドアは静かに皆の顔を見回す。
「ホグワーツ特急で抜き打ち捜査があったから皆も知っておることじゃろうが、我が校は今年、アズカバンの吸魂鬼……つまりディメンターたちを受け入れておる。彼らは魔法省のご用でここに来ておるのじゃ」
ホグワーツにアズカバンの吸魂鬼が来ている。
まあ、どうして吸魂鬼が来ているかの理由は明白だろう。
このタイミングだ。
シリウス・ブラックが城内に入らないように監視をしているに違いない。
「吸魂鬼たちは学校の入り口という入り口を固めておる。あの者たちがいる限り、誰も許可なしでホグワーツに近づくことはできん。彼らは変装や悪戯で誤魔化せるような存在じゃない。たとえ透明マントでも欺くことはできんじゃろう」
最後の言葉は、きっとハリーに向けた言葉だろう。
ダンブルドアはハリーが透明マントを持っていることを知っている。
何せ、一年生の時のクリスマスに、プレゼントとして透明マントをハリーに贈ったのはダンブルドアなのだ。
「さて、楽しい話に移ろうかの。まず今年から、新任の先生を二人お迎えすることになった」
ダンブルドアは職員用のテーブルについているルーピンのほうをちらりと見る。
「まず、ルーピン先生じゃ。ルーピン先生は空席になっている闇の魔術に対する防衛術の教授をお引き受けくださった」
パラパラと小さな拍手がテーブルのあちこちから聞こえてくる。
まあ、ルーピンは去年のロックハートと比べると明らかに見劣りする。
ただ、汽車でのあの様子を見る限り、無能というわけではなさそうだ。
「スネイプを見ろよ」
ロンがハリーに対して囁く。
私もスネイプの方を見てみるが、スネイプはルーピンの方をじっと睨んでいた。
スネイプが闇の魔術に対する防衛術の教授につきたがっているという話は周知の事実だ。
きっと今年も闇の魔術に対する防衛術の席を狙っていたに違いなかった。
「そして、もう一人の新任の先生じゃが……魔法生物飼育学の先生であったケトルバーン先生が残念ながら前年度末をもって退職なさることになった。手足が一本でも多く残っておるうちに余生を楽しまれたいそうじゃ。そこで後任に、嬉しいことにルビウス・ハグリッドが森番に加えて魔法生物飼育学の教授を兼務してくださることになった」
割れんばかりの拍手が各テーブルから沸き起こる。
何十年も森番として生徒を見守ってきたハグリッドだ。
生徒からの人気も信頼も厚いのだろう。
ダンブルドアは拍手が鳴りやむのを静かに待つと、最後に大きく手を叩く。
「さて、大事な話は終わりじゃ」
その瞬間、テーブルの上に置かれていた空の皿が一瞬で料理で満ち満ちた。
「宴じゃ!」
「待ってました!」
私は手当たり次第に料理を自分の皿に盛りつけると、片っ端から口の中に詰め込んでいく。
「サクヤ、そんなに慌てたら詰まらせるわよ」
ハーマイオニーはそんな私に対して小さくため息をつくと、かぼちゃジュースをコップに注いで私の前に差し出す。
私はそのコップを手に取ると、口の中の料理諸共一気に胃の中に流し込んだ。
胃袋が破ち切れんほどにご馳走を詰め込んだ翌朝。
私はまだ少し重たいお腹をさすりながらいつもの三人と一緒に大広間に朝食を取りに来ていた。
「そういえば、新しい時間割はもう確認した?」
ハーマイオニーはトーストにマーマイトを塗りながら時間割を確認している。
私は今日の朝配られた時間割をポケットの中から取り出すと、机の上に広げて確認した。
「私はハリーとロンと同じよね? ハーマイオニーはどうなってるの?」
私は自分とハリーの時間割と見比べると、ハーマイオニーの時間割も覗き込む。
だが、そこには奇妙な時間割が書かれていた。
「貴方授業詰め込みすぎて物理的に不可能な時間割になってるじゃない。ほら、占い学とマグル学と数占い学が被ってるわよ。全部九時から」
「大丈夫。ちゃんとマクゴナガル先生と一緒に決めたから」
ハーマイオニーは妙に自信たっぷりにそう言った。
「いや、無理でしょ。体を真っ二つにしたとしても三つの授業に同時に出ることはできないわ。だって貴方の顔についている目は二つしかないもの」
「まあ、何とかなるわ」
私はそんな様子のハーマイオニーに肩を竦める。
まあ、たとえ何かのトリックで同時に授業を受けるのだとしても、どうせどこかで無理が生じボロが出てくるだろう。
その時にでもサポートしてあげればいい。
「まあ、そういうことなら占い学はみんな一緒に受けれるのよね」
私は今日の一限目の授業を確認する。
「うん。占い学は北塔のてっぺんでやるらしいよ」
「じゃあ、早めに移動したほうがいいね」
ロンの言葉に、ハリーが付け足すように言った。
確かに北塔はここからかなり距離がある。
それに一番上ともなると、上るのにも時間が掛かるだろう。
私たちは急いで朝食を済ませると、北塔までの道を急いだ。
北塔には今まで用事がなかったため近づいたことがなかったが、思った以上に時間が掛かる。
私たちが北塔のてっぺんまでたどり着く頃には、私含め四人とも息を切らしていた。
「これは……骨が折れるわね」
私は窓に手をついて息を整える。
「さっき朝ご飯を食べたばっかりなのに、もうお腹が空いてきたよ」
ロンが深呼吸をしながら言った。
「それで、占い学の教室はどこ?」
ハーマイオニーはキョロキョロと周囲を見回す。
占い学を受ける他の生徒も、教室の場所がわからず不安そうに辺りを見回していた。
その瞬間、天井から銀の梯子が音もなく下りてくる。
私が天井を見ると、そこには撥ね扉があり、真鍮の表札が付いていた。
「『シビル・トレローニー、占い学教授』……トレローニー?」
どこかで聞いたことのある名前だ。
ホグワーツの先生だし、風の噂で名前を聞いただけだろうか。
私は他の生徒を追うようにして梯子を上る。
梯子を上った先には怪しげな喫茶店のような内装の部屋が広がっていた。
教室の中には小さな丸テーブルがニ十卓ほど並べられており、その周りにソファーや丸椅子など統一感の無い椅子が置かれている。
また、窓という窓は神経質なほどきっちりカーテンで遮光されており、まだ暑さの残る季節にも関わらず暖炉の中では薪が勢いよく燃やされていた。
「先生はどこだ?」
ロンが教室内を見回して言う。
「ようこそ」
突然、教室内に声が響く。
私が声のした方向に目を向けると、そこには大きな丸眼鏡をかけた痩せ型の女性が立っていた。
「さあお掛けになって。あたくしの子供たちよ」
彼女がシビル・トレローニーだろう。
トレローニーはゆったりとしたショールをまとっており、数えきれないほどのネックレスやブレスレットを身に着けていた。
私たちは四人で一つの丸テーブルを囲む。
私はその中でも一番フカフカなソファーに身を埋めた。
「あ、この椅子めちゃくちゃ座り心地がいいわ」
部屋の暖かさも相まって、自然とまぶたが重たくなってくる。
「占い学へようこそ」
だが、トレローニーはそんな私の様子を気にすることもなく話し始めた。
「あたくしがトレローニー教授です。多分、あたくしの姿を見たことがない子たちも多いでしょう。俗世の騒がしさはあたくしの心眼を曇らせてしまいますの」
トレローニーは大きな目で生徒たちを見回す。
「皆さまがお選びになった、この占い学という学問は、ホグワーツで教えている学問の中でももっとも才能に左右されるものです。眼力の備わっていない方にはあたくしが教えられることは殆どありません。この学問では、書物というものは占いをするための知識を授けてくれるだけであり、勉強をすればするほど占いが出来るようになることはありませんわ」
つまり、勉強しなくていいということか。
それは何とも楽でいい。
「たとえ優秀な魔法使いであろうとも、未来の神秘の帳を見透かすことが出来るとは限りません。占いの才能とは、限られたものに与えられる天分ともいえましょう。……そこの貴方?」
トレローニーは急にネビルに話しかける。
ネビルは突然話しかけられて座っていた長椅子から落ちそうになった。
「貴方のおばあさまは元気?」
「え? あの……元気だと思います」
ネビルはしどろもどろになりながらもそう答える。
「そう。あたくしが貴方の立場だったら、そんなに自信ありげな言い方はできませんことよ」
そう言われてネビルはゴクリと息を飲んだ。
「この一年は占いの基本的な方法のお勉強をしましょう。今学期は紅茶占いに専念致します。ああ、ところで貴方?」
トレローニーは今度はパーバティに声を掛ける。
「赤毛の男子にお気をつけあそばせ」
パーバティは目を丸くすると、後ろに座っていたロンと少し距離を取る。
「まだ何もしてない」
ロンはその様子を見て大きく肩を竦めた。
「それでは、早速授業を始めていきましょう。では、そこの貴方?」
今度はトレローニーは近くに座っていたラベンダーを指名する。
「一番大きな銀のティーポットを取っていただけないこと?」
ラベンダーはほっとした様子で椅子から立ち上がると、棚から大きなポットを取ってトレローニーに手渡した。
「ありがとう。ところで、あなたの恐れていることは十月の十六日に起こりますわ」
ラベンダーは身を縮こませると、急いで自分の席へと戻る。
トレローニーはラベンダーのそんな様子を気にすることなく話を続けた。
「では、二人ずつ組を作ってくださいな。棚からティーカップを取って、あたくしのところへ紅茶を貰いにいらっしゃい。それから席に戻って、茶葉を飲まないように注意しながら紅茶を最後までお飲みなさい。そして、茶葉をカップの内側に沿わせるようにカップを回し、ソーサーに伏せてください。茶葉に残った水気がソーサーに落ちきったら、相手にカップを渡して茶葉を読んでもらいます。茶葉の模様の意味は、教科書の五ページを参考にするとよろしくてよ。ああ、それと──」
今まさに立ち上がろうとしていたネビルの腕を、トレローニーはそっと掴む。
「一個目のカップを割ってしまったら、次はブルーのカップにしてくださる? あたくし、ピンクのカップが気に入っていますの」
その言葉通り、ネビルが棚に近づいた瞬間、カチャンと陶磁器の割れる音がした。
トレローニーは箒と塵取りを手にネビルに近づくと、特にネビルを叱ることなく言う。
「次はブルーのにしてね。よろしいかしら……ありがとう」
私はその様子を見て、去年の夏休暇を思い出す。
そういえば、去年の夏休暇に迷い込んだ占い用品店で、私も紅茶占いをしてもらったんだった。
「ああ、そうだった……」
今まですっかり忘れていたが、私は占い師に死の予言をされているんだった。
そのことを思い出した瞬間、私の意識は一気に覚醒する。
私はハーマイオニーとペアを組むと、棚からティーカップを取ってトレローニーから紅茶を貰った。
「さて……」
私は席へ戻ると、ゆっくり紅茶を飲み始める。
淹れたての紅茶は非常に熱かったが、味はとても美味しかった。
「お茶受けが欲しくなってくるわね。スコーンとかないかしら」
私はそう言って鞄の中を覗き込むが、生憎肉っぽいものしか入っていなかった。
「サクヤ、授業中なんだから真面目にやりなさい」
早々にカップを空にしたハーマイオニーがグイっと自分のカップを私の方に押し付けてくる。
私は一度ハーマイオニーのカップを横に置くと、自分のカップの中身を飲み干した。
「えっと、どうするんだったかしら」
私は茶葉を広げるようにカップをくるくると回すと、ソーサーに被せてそのままハーマイオニーの方に押しやる。
ハーマイオニーは私のカップをひっくり返すと、教科書をめくり始めた。
「この図形は……ふくろうかしら。それにこっちは十字架。ふくろうは怠慢を意味していて、十字架は怪我や苦難を意味している……。つまりサクヤは怠慢が原因で怪我をする……ってことかしら」
貴方にぴったりね、とハーマイオニーは皮肉たっぷりに言う。
「まさか、私はとっても働き者よ? まあハーマイオニーには劣るかもしれないけど」
「それで、私はどう?」
私はそう言われて、横に置いてあったハーマイオニーのカップを覗き込む。
そこにはお茶の葉が乱雑にカップの底にくっついてた。
「あー、お茶の葉がいっぱい見えるわ。きっと貴方はこの先お茶の葉ね」
「どういう占いよ。もっと真面目にやりなさい」
私は渋々お茶の葉の形に意味を見出し始める。
「そうねぇ……だとしたら、これは時計ね。多分時間に追われるという意味よ。ということはこっちは羽ペンと羊皮紙かしら。貴方、今年は宿題を間に合わせるのに苦労しそうよ」
「もう、そんな図形教科書に載ってないでしょ!」
ハーマイオニーはプリプリして私からティーカップを取り上げる。
私は自分のカップを引き寄せると、自分のカップの中を覗きこんだ。
『サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ』
レミリア・スカーレットのセリフが脳内にフラッシュバックする。
私は軽く首を振ると、カップを逆さにしてソーサーに伏せた。
「まさかね。私がそんなに簡単に死ぬわけないわ」
「ん? どうかした?」
「いえ、何でもないわ」
私は隣でロンが持っているハリーのカップを覗き込む。
その反対側では、トレローニーが私と同じようにハリーのカップを覗き込んでいた。
「うーん、何かの動物かな? これが頭ならカバだけど……羊にも見えるし……」
「ちょっと貸して」
私はロンからハリーのカップを取り上げる。
「うーん、豚が二匹。いや、今年は三匹だったかしら」
私がそう言った瞬間、ハリーが思わず吹き出した。
ロンは始め意味が分からない様子だったが、すぐにどういう意味か理解にニヤニヤし始める。
「それにこっちは風船に見える……きっとそのうちの一匹が風船になって飛んでっちゃうのね」
ハリーとロンは堪え切れなくなって声を殺して笑い始める。
私も笑いが取れて満足したので、ハリーにカップを返そうとした。
「──おっと!」
だが、ハリーがカップを掴む瞬間に私が手を離してしまい、ハリーのカップは机の上に落ちる。
幸いカップが割れることはなかったが、中の茶葉はその衝撃で机の上に飛び散った。
「あー、ごめんなさい。もう一杯いっとく?」
私はトレローニーの机の上に置いてあるポットを指さす。
「いや、今何か口に含んだら吹き出しそうだからいい」
ハリーは茶葉を適当に散らすと、ティーカップをソーサーの上に戻した。
「まあ、貴方……恐ろしい敵をお持ちのようね」
急に私の真横から声を掛けられ、私は声のした方向を向く。
そこにはトレローニーが立っており、私のカップを覗き込んでいた。
「恐ろしい敵?」
私はトレローニーに聞き返す。
「ええ、貴方のカップには隼が見えます。それにこっちにはこん棒に、髑髏……、どれも不吉の象徴ですわ。ああ、それに──」
トレローニーは大袈裟な仕草で私のカップを手に取ると、穴が開くほど見つめる。
その様子を教室中の生徒が固唾を呑んで見守っていた。
トレローニーはふらふらと空いていた肘掛椅子に身を沈めると、目を瞑り、胸に手を当てる。
「ああ、なんて可哀そう子……貴方、お名前は?」
「サクヤです。サクヤ・ホワイト」
トレローニーは私の名前を聞くと、言うか言わないか悩むように口を動かす。
「これに関しては、聞かないほうが幸せかもしれませんわね。ええ、どうかお聞きにならないで……」
「先生、一体何が?」
近くの席にいたディーンがトレローニーに聞く。
他の皆もトレローニーの予言が気になるのか、席を立ってトレローニーの近くに集まった。
「サクヤ・ホワイト……貴方にはグリムが取り憑いていますわ」
「グリム?」
私は聞きなれない単語に首を傾げる。
だが、ロンやネビルなど、魔法界で育った生徒たちは恐怖のあまり手で口元を覆った。
「グリムです。死神犬ですよ! 墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です。これは不吉の象徴であり、大凶の前兆……死の予告です」
「あ、はい。そうですか」
トレローニーの死の予言に、私はついそんな気の抜けた返事をしてしまった。
設定や用語解説
魔法生物飼育学
去年まではケルト・バーンが担任していたが、今年からハグリッドが受け持つことになった。
占い学を適当に受けるサクヤ
初めから良い成績を取る気はなく、暇つぶし程度にしか考えていない。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。