P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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家出少年と小麦色と私

 ハリーが家出をした次の日の朝。

 私は朝早くからカウンターに立って宿泊客向けの軽食を用意していた。

 店内を見回すと、ボサボサ頭の中年魔法使いが日刊予言者新聞を読みながら紅茶を啜っているのが見える。

 また、反対側の机では買い出しのために田舎からやってきた魔女が、念入りに買うもののリストをチェックしていた。

 また、私の横では、私と同じくパブで働いている魔女のデイジーがフライパンを振っている。

 デイジーの仕事は主に宿泊客に対する仕事が多いようで、客室の清掃やリネンの交換、洗濯、宿泊客向けの料理などはデイジーが担当していた。

 

「サクヤちゃん今日は早いわねぇ。もう少し寝ててもいいのよ?」

 

 デイジーはそう言って私に微笑みかける。

 確かに、私はいつももう少し遅い時間に起きて、朝のこの時間はカウンターには立たないことが多い。

 だが今日は特別なのだ。

 

「ハリーを驚かせたくて」

 

「あらあら、いいわねぇ」

 

 そう、ハリーはまだ私の存在に気がついていない。

 朝食を取りに起きてきたら、いきなり声を掛けて驚かせてやろうという算段だ。

 そんな話をしていると、ハリーがキョロキョロと店内を見回しながら階段を下りてくるのが見える。

 私は咄嗟にしゃがみカウンターの陰に隠れた。

 

「やあ坊ちゃん。朝ごはんかい?」

 

 デイジーがどうしていいかわからない様子のハリーに声を掛ける。

 

「あの、えっと……はい」

 

「じゃあ、空いてるテーブルに座っていて頂戴な」

 

 ハリーはデイジーにそう言われて店の隅の方のテーブルに座る。

 私はハリーが窓の外を見ていることを確認すると、急いで朝食のプレートを用意し、紅茶と一緒に盆に載せてハリーの元まで運ぶ。

 そしてハリーの死角からそっと朝食のプレートをテーブルに置いた。

 

「お待たせ致しました」

 

「あ、ありがとうございま──」

 

 ハリーは慌ててこちらに振り向くと、私の顔を見て固まってしまう。

 私は笑いを堪えきれずその場でクスクスと笑い出した。

 

「サクヤ? どうしてここにいるの?」

 

「うふふふふ、実は一週間前からここに住み込みで働いてるの。ハリーの隣の部屋よ」

 

 私はティーカップに紅茶を注ぎ、ハリーの前に差し出す。

 ハリーはポカンと口を開けて固まっており、朝食どころではないようだった。

 

「聞いたわよ? 叔母さんを風船にしちゃったんですって?」

 

「うん、ちょっとキレちゃって」

 

「あら怖い。私にキレても膨らませるのは胸だけにしてよ?」

 

「そ、そんな! しないよ!」

 

 ハリーは顔を真っ赤にして手をブンブンと振る。

 私はケタケタと笑うと改めてハリーに言った。

 

「ま、というわけで私も夏休みの間はここにいるわ。店の手伝いとかもあるけど自由時間がないわけじゃないから、また一緒に買い物にでも行きましょう?」

 

「うん、そうだね。サクヤがいれば心強いよ。ロンもハーマイオニーも家族旅行に行ってるみたいだし」

 

 私はハリーの顔をじっと観察する。

 ハリーの顔に同情や憐れみの色はない。

 きっと、私の暮らしていた孤児院がブラックに襲われたことを知らないのだろう。

 そういえば、結局ロンやハーマイオニーにも私が無事であるという手紙は送っていない。

 いや、正確には手紙は送った。

 ただ手紙の内容は旅行先での彼らの近況を聞くものであり、私のことは一切書かなかったのだ。

 本来ならば伝えた方がいいのだろう。

 だが、腫れ物を扱うような接し方はされたくない。

 

「まあともかく、昼前に買い出しに出かけるんだけど、一緒に来ない? どうせ暇でしょ?」

 

「うん」

 

「じゃあ、時間になったら部屋に呼びに行くわ。朝食、冷めないうちに食べちゃいなさいよー」

 

 私は手をひらひらと振ってカウンターへと戻る。

 デイジーはハリーに見えない位置で私に対し親指を立てていた。

 

「いい雰囲気じゃない。付き合ってどれぐらいなの?」

 

「あ、いやそういう関係では……でも学校では一番仲のいい友達の一人です」

 

 ハリーに対し恋愛感情を抱いたことはない。

 だが、特別な存在ではないと言えば嘘になる。

 

「いや、どちらかと言えば……手間の掛かる弟?」

 

「あらあら。でも、そのうち異性として意識する日が来るかもね」

 

「はは、まさか。私結婚するならイケメンで金持ちな優男って決めてるんです」

 

「貴方一生独り身かも」

 

 まあ、それもある意味ありだろう。

 いい相手が見つからないのなら、無理して結婚することもない。

 私はカウンター越しに朝食を食べているハリーを眺める。

 将来的にどうなるかはわからないが、今の関係は仲のいい男友達で十分だ。

 

 

 

 

 

 ハリーが漏れ鍋に来てからは、一緒にダイアゴン横丁へ買い出しに行くことが多くなった。

 私だけでも結構オマケしてもらえるが、やはりハリーのネームバリューは半端ない。

 ハリーが横にいるだけで買う予定の無いものまで勝手に押しつけられてしまう。

 また、私もだいぶ名前が売れてきたのか、私目当てに店に来る客も多くなった。

 そうしているうちにもあっという間に時間は過ぎていき、夏休みも残すところ一日となった。

 私はいつも通りの時間に起きると、軽く身支度を済ませてパブへと下りる。

 パブの開店時間から働いているデイジーに朝の挨拶をし、料理の手伝いを始めた。

 

「明日からホグワーツよね? 準備は大丈夫?」

 

 デイジーは軽快にフライパンを振るいながら私に聞く。

 

「はい。買うものも買いましたし、宿題は七月中には終わっていたので」

 

 実際のところこの身一つでホグワーツに行ったとしてもなんとかなるだろう。

 それに私の場合何でもかんでも鞄に仕舞う癖がついてしまったので忘れ物という概念がそもそも存在しなかった。

 

「……そう。寂しくなるわね」

 

「私はこの店の売り上げが心配ですけどね。まあでも立地がいいので大丈夫だとは思いますが」

 

 シリウス・ブラックがどこにいるかわからない今の情勢を思えば、この一ヶ月漏れ鍋は異常なほど客が入っていた。

 一概に全部が全部そうとは言えないが、私目当てで店に足を運ぶ者が一定数いるのは確かだ。

 

「サクヤ、来年はどうするの? 孤児院は……その、あんな状況だし、もしよかったら来年もここで働いてもいいのよ? トムも反対しないと思うわ」

 

「うーん……」

 

 別に、その誘いを受けるのはやぶさかでは無い。

 頼るものが何もない今、来年の寝床の保証ができるのは大きい。

 だが、確定させてしまうには早すぎるような気もした。

 

「他に頼るところがなければ……来年の夏の予定も決まってませんし……」

 

「……そう、よね」

 

「でも、ありがとうございます。そう言ってもらえるだけでどんなに助かるか……」

 

 実際のところ、襲われた孤児院に私が暮らしていたことを知っている人間は少ない。

 マグルの新聞はもちろんのこと、魔法界の新聞やメディアにも孤児院の名前はおろか、あの孤児院に生き残りがいることすら報道されなかった。

 その理由は単純で、私の身に危険が及ばないようにするためだ。

 孤児院に生き残りがいることがわかれば、私がブラックに狙われるかもしれない。

 それを恐れた魔法省が報道規制をかけているのだろう。

 まあ、私としては生き残りがいることを実名報道してもらっても全然構わないのだが。

 シリウス・ブラックが私を殺しにくるなら好都合だ。

 殺される前に返り討ちにしてやる。

 何にしても、そのような理由もあり私が孤児院の生き残りであることを知っている人間は少ない。

 バーの店主であるトムとデイジー、ホグワーツの教師、それに魔法省の役人ぐらいだろう。

 私がそんなことを考えていると、見覚えのある少女が大荷物を引きずりながらロンドンのほうの入り口から店内に入ってくる。

 少女はキョロキョロと周囲を見回すと、カウンターの方に駆け寄ってきた。

 

「サクヤ! 久しぶり! 本当に漏れ鍋で働いているのね」

 

 店に入ってきたのはハーマイオニーだった。

 ハーマイオニーはこんがり日焼けしており、この夏を相当楽しんでいたのを窺える。

 

「久しぶり、ハーマイオニー。そんな大荷物抱えてどうしたの? 貴方も家出?」

 

「もう、ハリーと一緒にしないで。私今日はここに泊まることにしたの。ロンも家族全員で泊まるらしいわよ。明日はみんな一緒にキングス・クロスに行けるわ」

 

 なるほど、そのままホグワーツへ向かうために荷物を全部持ってきたのか。

 私はカウンターの下から簿冊を取り出すと、空き部屋を確認する。

 

「えっと、空き部屋空き部屋……ないわね」

 

 そういえば、昨日魔法省の役人が空いている部屋を片っ端から予約したんだった。

 そもそも漏れ鍋には宿として泊まれる部屋はそう多くない。

 私が一部屋、ハリーが一部屋使っているため、残りの部屋は片手で数えられる程度だ。

 

「え? 部屋、ない……の?」

 

「残念だったわねー。今日は店の前で野宿して頂戴」

 

 ハーマイオニーはショックを受けたようにその場で固まってしまう。きっとここまで荷物を運んでくるのにも沢山の苦労があったのだろう。

 私はそんなハーマイオニーを見てひとしきり笑うと、涙を拭いながら言った。

 

「冗談よ。部屋は一杯だけど私の部屋に泊まればいいわ」

 

 それに、今埋まってる部屋もウィーズリー家が泊まるために抑えてあるに違いない。

 私はカウンターから出ると、ハーマイオニーの荷物を部屋に運ぶのを手伝った。

 

 私の部屋に荷物を運び込んでいると、隣の部屋からハリーが眠たそうに目を擦りながら出てくる。

 この様子だと今さっき目が覚めたばかりのようだ。

 

「おはようサクヤ……相変わらず朝早いね」

 

「貴方が遅いだけ。そんな様子じゃ学校が始まってから苦労するわよ?」

 

 私はハリーのパジャマの胸ポケットに入っている眼鏡を引っこ抜くと、ハリーの顔に掛ける。

 ハリーは何度か目をパチクリさせた後、ようやくハーマイオニーの存在を認識した。

 

「ハーマイオニー! 久しぶり!」

 

「ええ、久しぶり。叔母さんを膨らませて家出したって聞いてたから心配してたんだけど……その様子じゃ自堕落な夏休みを過ごしたようね」

 

 ハリーはそう言われて恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「まあ、何にしてもハリーは朝ごはんを食べてきた方がいいわ。デイジーさんが首を長くして待ってるわよ。ハーマイオニーはもう朝ごはんは食べた?」

 

「家を出る前に軽く食べてはきたけど、何か貰いたいわ」

 

「じゃあパブのほうに下りましょうか」

 

 私はハーマイオニーとハリーを引き連れてパブに続く階段を下る。

 私たちがパブに戻ると、見慣れた面々がテーブルの一つを占拠していた。

 

「っと、私たちが最後のようだ」

 

 カウンターでデイジーと話していたアーサーが私たちを見て呟く。

 どうやら荷物を運び込んでいる間にウィーズリー一家が漏れ鍋に到着したようだ。

 

「ハリー! ハーマイオニー! サクヤ!」

 

 ロンが跳ねるように椅子から立ち上がってこちらに駆け寄ってくる。

 

「聞いたぜハリー。叔母さんを膨らませちゃったんだって?」

 

 ロンは楽しそうに笑いながらハリーの肩を叩く。

 

「うん、退学になるかと思ったけど、お咎め無しだったよ」

 

「いい気にならないの。本当だったら退学だったんだから」

 

 ハーマイオニーは大きなため息をつく。

 

「そういえば、ロンはエジプトに行ってたんだったかしら」

 

 私がロンに聞くと、ロンは楽しそうに話し始める。

 

「うん。パパが当てた懸賞のお金を使って。まあ旅行で殆ど無くなっちゃったんだけど、新しい杖は買ってもらえる予定だよ」

 

 ロンはそう言ってテープでぐるぐる巻きの杖を取り出した。

 

「それ、まだ買い直してなかったのね。買い直せって言ったのに」

 

「あー、うん。でも、こいつとも今日でおさらばだ。去年はこいつのせいで散々だったからなぁ」

 

 確かに宿題の羊皮紙を燃やしたり授業中に変な煙を出したりと、折れた杖に相当苦労させられていた記憶がある。

 私は小さく肩を竦めると、カウンターにいるアーサーに話しかけた。

 

「お久しぶりです。今晩は泊まっていかれるんですよね?」

 

「ああ、その予定だよ。……なるほど。本当にここで働いているんだね」

 

 アーサーは私の着ている制服を見て頷く。

 私はその場でクルリと回ってみせた。

 

「似合ってます?」

 

「ああ、凄くしっかりして見えるよ。とてもロンと同い年には見えないな」

 

 私はアーサーの顔をじっと観察する。

 表面上は上手く隠しているが、アーサーの目の奥には同情の色があった。

 きっとアーサー、それに妻のモリーは私が暮らしていた孤児院が襲われたことを知っているのだろう。

 

「そういえば、部屋割りはどうします? 確か四部屋予約されてましたよね?」

 

「ああ、丁度彼女とそのことについて相談していたところだ」

 

 アーサーはデイジーから部屋の鍵を貰うと、子供たちに声をかけて荷物を部屋に運び入れ始める。

 私はハリーとハーマイオニーの朝食を準備するためにカウンターへと立ったが、すぐさまデイジーに追い出されてしまった。

 

「サクヤは明日から学校でしょう? それに友達も来てるんだし、今日ぐらいはゆっくりするべきよ」

 

 私は渋々ハリーたちと同じテーブルに座る。

 まあでも、そういうことならお言葉に甘えて今日はゆっくりしよう。

 

「そういえば、ハリーとサクヤはもう次の学年に必要なものは買い揃えた? 魔法薬の材料の補充だったり新しい教科書だったり」

 

 ハーマイオニーはホグワーツから届いた手紙を机の上に広げる。

 そこには三年生の授業で必要な教科書が記載されていた。

 

「あら? ハーマイオニーの教科書のリスト、私の倍近くあるわね」

 

 私も鞄の中からホグワーツから届いた手紙を引っ張り出し確認する。

 やはり私のリストはハーマイオニーのに比べると半分ほどしかない。

 

「多分、選択した授業が違うからだと思うわ」

 

「そういえば、三年生からは選択科目があるんだっけ。秘密の部屋のゴタゴタで適当に決めたからすっかり忘れてたわ」

 

 ホグワーツでは三年生になると、変身術、呪文学、魔法史、薬草学、天文学、魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術の七科目に加えて、占い学、マグル学、魔法生物飼育学、数占い学、古代ルーン文字学の五科目が選択可能になる。

 

「そういえば、サクヤは何を選択したの?」

 

「えっと、占いと魔法生物よ」

 

 ハーマイオニーの質問に私はそう答える。

 

「ハリーとロンに合わせたわ。正直選択科目はどれも実用性に欠けそうだし。基本の七科目をしっかり押さえていれば十分よ。そういうハーマイオニーは? このリストを見る限り、相当な数の授業を取ってるみたいだけど」

 

「勿論、全部選択したわ」

 

 ああ、なるほど。

 実にハーマイオニーらしい。

 

「貴方のそういう知識にがめついところ好きよ、私」

 

「褒められてる気がしないわね」

 

 でも実際のところ、全部の教科を受講することは可能なのだろうか。

 たとえ上手く時間割を調整したとしても、課題や試験勉強をこなす時間があるとは思えない。

 それこそ、時間でも止めない限り限度があるだろう。

 そんな話をしていると、デイジーが大皿にサンドイッチを盛り付けて持ってきてくれる。

 私たちはそれをつまみながら、この後のことを話し合った。




設定や用語解説

結婚するならイケメンで金持ちな優男
 リドル憑依のロックハートがドンピシャでしたが、自分で殺してしまいました。

選択授業
 ホグワーツでは三年生から占い学、マグル学、魔法生物飼育学、数占い、古代ルーン文字が選択できるようになる。一番就活向きなのは実はマグル学。一番実用性がないのは占い学。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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