P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
結局のところ、秘密の部屋騒動はバジリスクの死体が確認されたことで解決ということになった。
学校側の発表ではバジリスクはロックハートによって討伐されたということになっている。
生徒たちの間では、死闘の末バジリスクを倒したロックハートだが、バジリスクの毒にやられて死んでしまったのではないかという噂話が広まり、それが事実のようになっていた。
まあ、その噂を広めたのは私だが。
そして二ヶ月ぶりに学校に戻った私だが、あまり大きな騒ぎになることもなくクラスに戻ることができた。
というのも、魔法界では二ヶ月ぐらい誰かが行方不明になることなんて日常茶飯事らしい。
数日間質問攻めにはあったが、一週間も経たないうちに私の扱いは元に戻った。
その代わりというわけではないが、今のホグワーツ生の間では、ハリー、ロン、ハーマイオニーの話題で持ちきりだ。
ハリーたちはあの後、秘密の部屋を見つけ出し私を救い出した功績で『ホグワーツ特別功労賞』とともに百点ずつが与えられた。
これで今年も寮対抗杯はグリフィンドールのものだ。
まあ、三百点も加点されて優勝できなかったらそれはそれで問題だが。
そうしている間にも六月はあっという間に過ぎていき、ホグワーツは夏休みに入る。
私は学用品の全部を容量無限大の鞄の中にしまうと、他の生徒とともにホグワーツ特急へと乗り込んだ。
「そういえばマルフォイの親父がホグワーツの理事をクビになったって。なんでも他の理事を脅しつけてダンブルドアを停職させる書類にサインさせたとかで」
ホグワーツ特急のコンパートメントの中で、ロンが百味ビーンズを慎重に選びながら教えてくれた。
「へえ、それじゃあ今ホグワーツの理事は一つ空席ってことよね?」
「うん。でもすぐに埋まったらしい。ホグワーツの理事って意外と人気があるから」
私は百味ビーンズの箱に手を突っ込み、ヤバそうなビーンズグミを敢えてつまむと、ロンの口の中に放り込む。
ロンはビーンズグミを口に含んだ瞬間、急いで窓を開けて外に吐き出した。
「やめろよ! 今の確実にヤバいやつだったよ!」
その慌てふためきように、私とハリーは声をあげて笑う。
ハーマイオニーだけは呆れたように肩を竦めた。
「あ、そうだ。みんなにこれを渡しておくよ」
ハリーは何かを思いついたのか、羊皮紙の切れ端に羽ペンを走らせ始める。
そして数字の羅列が書かれた羊皮紙を私たちに一枚ずつ手渡した。
「これ、うちの電話番号。夏休み電話してよ。二ヶ月間話し相手がダドリーだけっていうのは耐えられないから……」
「えっと、電話番号って?」
私とハリーとハーマイオニーはマグルの世界出身なので電話に馴染みがあるが、ロンはきっと電話を見たことすらないだろう。
電話番号の書かれた羊皮紙を見つめながらポカンとしていた。
「君のお父さんに去年教えたから、使い方を知ってると思う」
確かに私もロンの家にホームステイしている時に、アーサーからマグルの機械について色々聞かれた記憶がある。
確か電話の説明もしていたはずだ。
「わかった。パパに聞いてみるよ」
ロンは電話番号の書かれた羊皮紙を大事そうにローブの中に仕舞い込む。
私も何度か暗唱し番号を覚えてからポケットの中に突っ込んだ。
私たちを乗せたホグワーツ特急はマグルの世界に向かってまっすぐと走っていく。
あまりにも色々あった一年だったが、今年も何とか無事に過ごすことができた。
それに、私が殺したロックハートからこの夏のお土産をタップリと頂いている。
教科書と共に鞄の中に大量に詰め込まれているパチュリー・ノーレッジの本にも少しずつ目を通さなければ。
ロックハートにどのような打算や思惑があろうが、彼が良い教師であったことには変わりない。
「いい先生……ね」
私は窓の外を見つめながら誰に言うでもなく呟く。
秘密の部屋でロックハートにも言ったことだが、私はロックハートが魔法界の支配を目的にしてようが別にどうでも良かった。
あそこでロックハートに言ったことはその場凌ぎの戯言ではない。
私は本気で、ロックハートにだったら協力してもいいと思っていた。
だが、今更結果を変えることはできない。
ロックハートは私を殺そうとし、私はロックハートを殺した。
最終的には、それ以上でもそれ以下でもない。
習った魔法や知識は、私の人生に有効活用させてもらおう。
私は窓から視線を外すと、ハリーたちの会話に参加した。
生徒が誰もいなくなったホグワーツの校長室で、ダンブルドアは一冊の日記帳と向かい合っていた。
日記帳には抉られたような穴が開いており、そこを中心にインクがまるで血のように染み出している。
ダンブルドアは表紙を開いて確認するようにそこに書かれている名前を読み上げた。
「T・M・リドル……」
秘密の部屋で拾った日記帳にはそう名前が書かれている。
ダンブルドアはこの名前に見覚えがあった。
トム・マールヴォロ・リドル、その名前自体は魔法界ではそれほど有名ではない。
だが、ダンブルドアは魔法界を震撼させた闇の魔法使いであるヴォルデモートの正体がリドルであることを知っていた。
ヴォルデモートがまだ本名を使っていた頃の日記帳。
それが秘密の部屋の中に落ちていたのである。
ダンブルドアは日記帳に杖をかざし、魔力の痕跡を探し始める。
そして日記帳から強い魔力の残滓を見つけ出した。
「やはり、ただの日記帳ではない。だとすると……」
ロックハートはこの一年、この日記帳に操られていたのではないか。
リドルに支配されたロックハートが秘密の部屋を開いたのではないか。
飛躍した考えだが、そう考えればロックハートの豹変具合やこの事件についてもおおよその説明がつく。
ダンブルドア自身、本来は生徒の良き反面教師となるようにロックハートをホグワーツの教員として招き入れたのだ。
ところがロックハートはダンブルドアの予想を裏切り、評判以上の実力を発揮した。
もしヴォルデモートがロックハートに憑依していたのだとしたら、全て納得できる。
「ただ、一つわからないことがあるとすれば……」
ダンブルドアは机の上に置かれたロックハートの検死結果を手に取る。
そこにはバジリスクの毒で中毒死したという検死結果が記載されていた。
ロックハートが操られて秘密の部屋を開けたのだとしたら、バジリスクと相打ちになることはないはずだ。
ロックハートは何故自分の味方であるバジリスクと相打ちになる形で死んでいたのだろうか。
途中でロックハートの意識がリドルを打ち負かし、支配が解けたのだとしても、あのロックハートがバジリスクを倒せるほどの実力があるとは思えない。
ダンブルドアは校長室の椅子に深く腰掛け、ロックハートに憑依していたであろうリドルの考えを推理する。
一時間ほど考え込み、ダンブルドアはある一つの仮説を導き出した。
ロックハートは今すぐにマグル生まれをどうこうしようという気はなかったのではないか。
教師として生徒に闇の魔術に対する防衛術を教えている時も、他の教員と話す時も、ロックハートはスリザリン的な純血主義をカケラも表に出さなかった。
もし今すぐにマグル生まれを追放しようと思っているのなら、もっとバジリスクにマグル生まれを殺させ、学校全体の危機感を煽るはずである。
では、何故そうしなかったのか。
ロックハートは秘密の部屋の事件をマッチポンプ的に解決することで魔法界全体に影響力を持ちたかったのだろう。
きっとロックハートの本来のシナリオではダンブルドアを追放できた時点でこれ以上被害を広げる必要はなかったのだ。
ロックハートが校長に就任し対策を施したことで被害者が出なくなり、ダンブルドアと自分自身を対比させる。
そして校長として定着してきたところで大きな事件を自らの手で解決する。
そうすれば、英雄的な名声と信頼を得ることができる。
サクヤを攫ったのはそれを引き立てるためのフレーバーだろう。
だが、そんなロックハートにも思わぬ落とし穴があった。
サクヤを救い出すためにバジリスクと対峙したロックハートだが、バジリスクが抵抗したことにより最後の最後で日記帳ごと胸を貫かれてしまう。
何とかバジリスクを殺したロックハートだが、結局治療が間に合わずバジリスクの毒に倒れたのだろう。
「自分の牙に貫かれたか、トムよ……」
ダンブルドアは日記帳を見つめながら静かにそう呟いた。
まあ、実際のところロックハートごと日記帳を殺したのも、バジリスクを殺したのもサクヤなのだが。
数少ない手がかりから完全なる真実を突き止めるのはあまりにも難しい。
そう言う意味ではリドルの思惑をほぼ完璧に推測したダンブルドアの推理力は相当なものだ。
完全な答え合わせをするとなると、話は去年、一九九二年の夏休みにまで遡る。
アーサー・ウィーズリーによる闇の魔術が掛けられた道具の抜き打ち調査を恐れたルシウス・マルフォイは、ヴォルデモートから預かった秘密の部屋を開ける力があるという日記帳を処分しようとノクターン横丁を訪れる。
結局ノクターン横丁では日記帳を処分することはできなかったが、ダイアゴン横丁のフローリシュ・アンド・ブロッツでアーサー・ウィーズリーの娘であるジニー・ウィーズリーを発見し、その娘の大鍋の中に日記帳を滑り込ませた。
大鍋の中に入れられた日記帳は同じく大鍋に教科書を入れていたサクヤに一度回収され、トランクの中に詰められるが、その後サクヤはトランクをひっくり返してしまい、日記帳はダイアゴン横丁の石畳の上に放り出された。
サクヤはそれに気が付かず日記帳をダイアゴン横丁に置き去りにしてしまう。
それを拾ったのはサイン会が終わり帰路に就いていたロックハートだった。
ロックハートはあっという間に日記帳に取り込まれ、日記帳の中にいたリドルがロックハートの人格を支配する。
そしてロックハートを支配したリドルは現在の魔法界の情報を入手。
ヴォルデモートがハリー・ポッターに敗れ、すでに魔法界にいないことを知った。
それならば僕がやるしかないと、ホグワーツの教員としてロックハートがダンブルドアに呼ばれていることを利用し、魔法界を支配する計画を立て始める。
リドルはもともと闇の魔術に対する防衛術をホグワーツで教えたかったという経緯もあり、優秀な教師としてホグワーツに入り込むことに成功。
それと同時に秘密の部屋を開け、生徒が死なないよう加減をしながらバジリスクに生徒を襲わせ始めた。
リドルとしてはダンブルドアを追放し、自分が校長の座につくことが目的なのでホグワーツが閉鎖されるほどの事件は起こしたくない。
全て順調に進んでいたリドルの計画だが、クリスマス休暇の前の決闘クラブにてハリー・ポッターがパーセルマウスであることを知る。
バジリスクとパーセルマウスはあまりにも相性が悪い。
パイプの中を蠢くバジリスクの声をハリーに聞かれてしまうからだ。
リドルはパーセルタングを使ってハリーを夜中談話室の外に誘き出すと、バジリスクに襲わせて石に変えてしまう。
ハリーを襲うこと自体は当初の計画にはなかったため、リドルも予想していなかったことだが、ここで何も知らないルシウス・マルフォイから思わぬ援護射撃が飛んできた。
そう、ダンブルドアの停職命令と、ロックハートを校長に推すという理事会からの声明である。
ルシウス・マルフォイ自体、自分の期待通り秘密の部屋が開かれたことを好機だと考えており、これを機に間接的にホグワーツを作り替えようとしていた。
ルシウス・マルフォイ的には何も知らない間抜けを校長職に推薦したつもりだったが、結果的にリドルの背中を押す形となる。
運が味方し計画より早い段階で校長に就任したリドルは、バジリスクに生徒を襲わせるのをやめさせ、自分が行った対策で被害が無くなったと見せかける。
ほとぼりが冷め始めたのを見計らい、連れ去られた生徒を助けに行くという英雄的ストーリーでこの事件を終わらせることに決めた。
ロックハートはサクヤを誘拐し、秘密の部屋に監禁。
そしてマッチポンプ的にそれを助けに向かった。
ここで、リドルの計画に一つ目の誤算が生じる。
サクヤが杖も無しにバジリスクを殺してしまったのだ。
もちろんリドルはバジリスクにサクヤを殺すなと命令を出していた。
だが、そうだとしても小さな少女一人に殺されるような生物でもない。
リドルはその状況を見て、咄嗟に計画を変更。
サクヤを殺すことによって目撃者を無くし、完全な状態とは行かずとも事件を解決したという名声だけ得ようと試みる。
だが、リドルは知らなかった。
サクヤが時間を止める能力を持っているということを。
時間を止めたサクヤはバジリスクの毒牙でロックハートを殺すことでバジリスクとロックハートが相打ちになったように見せかけようとした。
そして不運にもサクヤの振り抜いた毒牙はローブの中に仕舞っていた日記帳に直撃。
日記帳はバジリスクの毒に侵されて中にあったヴォルデモートの魂ごと力を失った。
その時点でサクヤが攻撃をやめていれば、その場には何も知らないロックハートが残されただろうが、サクヤはそんなことは知るよしもない。
もう一度毒牙をロックハートに突き刺し、リドルの支配が解けたロックハートはバジリスクの毒に侵されて死亡した。
故にサクヤは、自分がリドルを、ヴォルデモートの日記帳を殺したことを知らない。
逆にダンブルドアは、ヴォルデモートの日記帳が死んだことを知っているが、サクヤがそれを行なったことを知らない。
複雑に各々の考えが交差し、絡み合っていた今回の事件だが、結局は誰もが断片的な情報しか得ることが出来ずに解決を迎えた。
設定や用語解説
英雄ロックハート
ロックハートが実は無能で、リドルに操られていただけということを知っているのはダンブルドアのみ。
ルシウス・マルフォイ、理事をクビに
だが、ドビーはいまだマルフォイ家で働いている模様。
ダンブルドアの推理
限られた情報から限りなく正解に近い答えを導き出せるのはダンブルドアの推理力があってこそ。
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