P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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腐敗と日記帳と私

「……さて」

 

 私はゆっくり立ち上がると、ロックハートの死体に近寄り、しゃがみ込む。

 ロックハートの杖は手に入れたが、どこかに私の杖も隠しているはずだ。

 私はロックハートのローブを剥ぎ取ると、ローブを弄り始める。

 

「……っと、あったあった」

 

 すると、私の予想通り私の杖はローブの中から見つかった。

 そのほかに取られているものがないか一通り確認したが、杖以外に取られたものはないようだ。

 

「さてと、取り敢えずこれで杖は取り戻したし……」

 

 私はロックハートの杖をローブで拭うと、ロックハートの近くに放り投げる。

 ロックハートは私を助けにきて、そのままバジリスクと相打ちになったことにしよう。

 ロックハート自身魔法界で名を売りたかったみたいだし、ちょうどいいだろう。

 私はロックハートの死体に背を向けると、ロックハートの胸ポケットから出てきた日記帳を手に取る。

 あの時は余裕がなく詳しく調べなかったが、これはロックハートの日記帳だろうか。

 

「いや、それにしては古すぎる」

 

 日記帳に使われている紙は黄ばんでおり、表紙は今にも剥がれ落ちそうになっている。

 少しペラペラとめくってみるが、中には何も書かれていなかった。

 

「ん? ここに名前が書いてあるわね」

 

 私は最初のページに書かれていた名前を目を凝らして読み取った。

 

「T・M・リドル……何故ロックハートがリドルの日記を?」

 

 リドルは五十年前に秘密の部屋の事件を解決した人物だ。

 ロックハートは何かの参考資料としてリドルの日記を持っていたのだろうか。

 

「でも、この日記何も書かれてないし……謎ね」

 

 私はリドルの日記をロックハートの近くに投げ捨てる。

 何か書かれているんだとしたら何かの役に立つかもしれないが、何も書かれていないんだとしたらただのインクに汚れた紙屑だ。

 

「さて……」

 

 私は改めて石造りの部屋を見回す。

 少なくとも大きな部屋が最深部のようで、出入り口は一つしかない。

 私は部屋の奥まで進むと、部屋の扉を調べる。

 石でできた扉には取手やドアノブなどはついておらず、何か特殊な手段でないと開けることができないようになっているようだ。

 

「ボンバーダ・マキシマ!」

 

 私は扉に向かって完全粉砕の呪文をかける。

 だが、扉は私の呪文を完全に跳ね返した。

 

「この空間、盾の呪文で守られてるんだわ」

 

 私は時間を止めると、もう一度石の扉に向かって粉砕呪文をかける。

 時間を止めたことで盾の呪文の効果がなくなったのか、今度こそ石の扉は粉々に砕けた。

 

「よし」

 

 私は粉々になった扉の破片を踏みながら奥へと進む。

 扉の先はトンネルになっており、ずっと奥へと続いているようだった。

 私は杖明かりを灯すと、まっすぐトンネルの奥へと進んでいく。

 途中バジリスクの抜け殻があったが、それ以外には何もなく、クネクネと曲がりくねるトンネルをひたすら進んだ。

 感覚ではよくわからないが、二十分は歩いただろうか、私はついに終着点へとたどり着く。

 

「行き止まり……」

 

 トンネルの終着点は少し広い空間になっており、正面には太いパイプの入り口が見える。

 私はパイプの中に入り、少し先まで進んでみたが、急にパイプの勾配がキツくなり最終的にはパイプは完全に垂直になっているようだった。

 

「流石に登れないか」

 

 パイプはヌメヌメしており、手をかけられそうな突起もない。

 ここを登るのは実質不可能に近いだろう。

 私は今来た道を戻りながら懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 十時三十九分。

 夜なのか朝なのかはわからないが、少なくとも私が気絶してから結構な時間が経過しているはずだ。

 元の部屋に戻って助けを待っていた方がいいかもしれない。

 私は元の部屋まで戻ると、ロックハートの死体を部屋の隅に引きずり、清めの呪文をかける。

 血で汚れたロックハートの死体は眠っているかのように見えるほど綺麗になった。

 

「これでよし」

 

 私は死体の処理を終えるとスリザリンの巨大な石像のある部屋で、スリザリンの像を背に地面に座り込んだ。

 少なくとも数時間は助けは来ないだろう。

 だとしたらかなりの長期戦になる。

 

「さて……今こそ新たな能力に目覚める時よ」

 

 私は懐中時計を取り出し、時計の針が早く進む様子を想像する。

 時間を止めることができるのだったら、自分の時間だけを遅くすることだって出来るはずだ。

 私はじっと時計の針を見つめ続けるが、時計の針はいつも通りの速度で進み続ける。

 やはり自分の時間だけを遅らせるなんてことは不可能なのだろうか。

 私は大きくため息をつくと、懐中時計をポケットの中に仕舞い直した。

 

「サクヤ!! 無事だったんだね!!」

 

 その瞬間、部屋の奥の方から複数人が走ってくる音が聞こえて来る。

 どうやら長期戦になると言う私の予想は外れたようだった。

 私は座ったまま走ってくる人物に目を凝らす。

 先頭はハリー、その後ろにダンブルドアが続き、マクゴナガル、スネイプ、フリットウィックと続いていた。

 

「もう、遅いわよ」

 

 私は大きく背伸びをすると、ゆっくりと立ち上がる。

 その瞬間、急にマクゴナガルが私に抱きついてきた。

 

「サクヤ……! よくご無事で……」

 

「ちょ、どうしたんですか急に」

 

 マクゴナガルは私に怪我がないか一通り確かめると、ようやく解放してくれた。

 

「よかった。もう何ヶ月も経っていたから流石に無事じゃないかと思ったよ」

 

 ハリーは私の顔を見て、にこやかに微笑む。

 私はその言葉を聞いて、バジリスクの方に目を向けた。

 バジリスクは既に一部が白骨化しており、死んでから数ヶ月経っているような状態だった。

 今度は私は部屋の隅にあるロックハートの死体の方を見る。

 そこでは朽ちかけたロックハートの死体を調べているスネイプの姿があった。

 

「あ、なるほど」

 

 どうやら私がこの部屋に攫われてからかなりの時間が経過したようだった。

 先程私自身の時間を遅くできないか試していたが、どうやら遅くできていたようである。

 懐中時計の針は早くならなかったが、私が手で持っていたため懐中時計も一緒に遅くなっていたんだろう。

 

「もうそんなに経っていたのね。ハリーが動いてるってことはもう六月?」

 

 私がハリーに聞くと、ハリーではなくダンブルドアが答えた。

 

「そうじゃ。君がスリザリンの継承者に攫われてからもう二ヶ月は経っておる。何にしても、詳しい話は帰りながら行おう」

 

 ダンブルドアは地面に落ちていた日記帳を手に取ると、スネイプに声をかけ部屋の外に向かって歩き出す。

 スネイプはロックハートの死体に魔法で作り出した布をかけると、宙に浮かせて運び始めた。

 私はハリーと一緒にダンブルドアの後ろをついていく。

 

「君が攫われた後、すぐに捜索隊が組まれたようでな。先生方が学校中を探し回った。じゃが、結果としては君は見つからず、ロックハート先生も失踪してしまったのじゃ」

 

 まあ、ロックハートの予定ではその日のうちに私を助け出してホグワーツに戻る予定だったのだろう。

 きっと誰にも何も言わずに秘密の部屋に入ったに違いない。

 

「事態を重く見た魔法省はすぐさまわしを呼び戻した。……じゃが、わしにも秘密の部屋を見つけることはできなんだ。結局サクヤも、ロックハート先生も見つけることは出来ずに二ヶ月が経過してしもうた」

 

 後ろからはダンブルドアの顔は見えないが、背中には哀愁が漂っている。

 

「では、どうやってここへ?」

 

「ハリーじゃよ。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が過去の事件を推理し秘密の部屋を見つけ出したのじゃ」

 

「嘆きのマートルだよ。彼女が五十年前にバジリスクに襲われた生徒だったんだ」

 

 ハリーは秘密の部屋を見つけた経緯を私に説明してくれる。

 どうやら嘆きのマートルのいる三階の女子トイレが秘密の部屋の入り口だったらしい。

 

「でも、嘆きのマートルがスリザリンの怪物の被害者であることはダンブルドア先生もご存知だったんでしょう? 当事者ですし」

 

「勿論、今回も五十年前にもあのトイレは調べた。じゃが何も見つける事はできないでいたのじゃ」

 

「じゃあ、ハリーはどうやって……」

 

 私がハリーにそう聞くと、ハリーは少し視線を泳がす。

 

「秘密の部屋の入り口はパーセルタングじゃないと開けられない。隠してたわけじゃないんだけど……僕、パーセルマウスらしいんだ」

 

「へえ。それで入り口を開けられたのね」

 

 と言う事は私が粉砕した石の扉もパーセルタングで話かければ開いたのかもしれない。

 

「そう。それで急いでダンブルドア先生を呼びに行って……」

 

 なるほど、そして今に繋がるというわけか。

 

「さて、こちらの話は以上じゃ。次は君の話が聞きたい。攫われてから、一体何があったんじゃ?」

 

 ダンブルドアは足を止めて私の方を見る。

 

「それが、よくわからないんです。意識が戻った時にはバジリスクもロックハート先生も死んでいました。きっとロックハート先生はバジリスクと相打ちになったんだと思います」

 

 結局のところ、何も知らないと言うのが一番都合がいいだろう。

 

「それで、なんとか部屋から出ようとしたんですが、流石にあのパイプを登ることはできなくて……幸い、食料には困らなかったので今の今まで生きてこれました」

 

 私の体感では数時間と経っていないが、実際は二ヶ月も経っているのだ。

 流石に飲まず食わずだったとは言えないだろう。

 

「ふむ、事の真実を見るには、もう少し色々調べんといかんようじゃの。何にしてもサクヤ、君だけでも無事で何よりじゃよ」

 

 ダンブルドアはトンネルの一番奥まで来ると、杖を一振りして私とハリーを宙に浮かす。

 そして自分も浮き上がり、パイプを昇り始めた。

 

 

 

 

 

 曲がりくねったパイプを数分ほど上昇すると、パイプの出口が見えてくる。

 だが、その出口は隙間なく閉じており、このままでは通過できそうにない。

 

「ハリー」

 

「はい」

 

 ダンブルドアに呼ばれ、ハリーは返事をする。

 そして出口に彫られているヘビの彫刻を指でなぞると、空気の漏れるような音を口から出し始めた。

 するとパイプの出口がゆっくりと開き、光が差し込み始める。

 ダンブルドアは私たちをパイプの外に飛ばすと、床の上にゆっくり着地させた。

 そこはハリーが話してくれた通りマートルの住み憑いている女子トイレだった。

 こんなところに秘密の部屋の入り口があるだなんて誰が考えるだろうか。

 少し遅れてマクゴナガルとスネイプとフリットウィックがロックハートの死体を引っ張り上げながら箒に乗って上がってくる。

 とはいえ二ヶ月地下で放置した死体だ。

 通常よりも随分と軽くなっていることだろう。

 

「さあ、サクヤは私と一緒に医務室へ。スネイプ先生はロックハート先生の遺体をお願いします。フリットウィック先生は職員室にサクヤの無事をお伝えいただけますか?」

 

 スネイプとフリットウィックは頷くと、それぞれ女子トイレを出ていく。

 

「あの、マクゴナガル先生。僕も医務室に……」

 

「どこか怪我を?」

 

 マクゴナガルは心配そうにハリーを見る。

 

「あ、いえ。ただ付き添いたいだけと言うか」

 

「ハリー、あなたはまっすぐ談話室に戻りなさい。サクヤの無事を一刻も早く知りたいのは、貴方だけではありません。医務室に来るのはそれからでも遅くないでしょう」

 

 ハリーは嬉しそうに頷くと、談話室の方へ駆けていく。

 最終的にトイレには私とマクゴナガル、ダンブルドアが残された。

 

「では私たちも向かいましょう」

 

 私は二人に引率される形で医務室へとやってくる。

 医務室の中ではマダム・ポンフリーが待機しており、私はあっという間にベッドに寝かされ様々な魔法薬を口の中に突っ込まれた。

 

「二ヶ月も地下にいたんです。少なくとも二日は入院してもらいますからね」

 

 マダム・ポンフリーはそう言うと魔法薬の入っていた空の瓶を抱えて医務室の奥の方へと消えていく。

 

「とにかく、今はおやすみなさい。私はあなたの孤児院にフクロウを飛ばしに行きます。何か不自由があればマダム・ポンフリーに言うように」

 

 マクゴナガルはマダム・ポンフリーにハリーたちがお見舞いにくるだろうという旨を伝えると、医務室を出て行く。

 それと入れ替わるようにハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が医務室の中になだれ込んできた。

 

「サクヤ!!」

 

 ハーマイオニーはベッドで寝ている私に抱きついて泣き始めてしまう。

 私はハーマイオニーの背中を撫でながらハリーとロンを見た。

 

「見つけ出してくれてありがとね」

 

「遅くなってごめん。それにしても、よく無事だったね」

 

 ロンは私の顔を見て不思議そうな顔をしている。

 

「流石に二ヶ月飲まず食わずだったわけじゃないよな?」

 

「バジリスクの肉って食べ慣れれば案外美味しいの。それに、私は魔女よ? 食料以外は魔法でなんとでもなるわ」

 

 私がそう言うと、ロンの顔色が少し悪くなる。

 別にヘビ肉を食べること自体はそこまで変なことではないと思うんだが。

 

「それで、秘密の部屋で何があったんだ? あ、えっと、言いたくないならそれでもいいんだけど……」

 

「それが、私にもよくわからないの。目が覚めた時にはバジリスクもロックハートも両方死んでたし」

 

「きっとロックハート先生は身を挺してサクヤを守ったのね……」

 

 ハーマイオニーは顔を袖で拭うと、ようやく私から離れる。

 

「ほら、やっぱりロックハート先生は逃げていなかったわ!」

 

「うーん、まあ、そうだね。ごめん」

 

 ハーマイオニーがロンにそう指摘すると、ロンは素直に謝った。

 きっとロックハートが逃げ出したのかそうじゃないのかで喧嘩でもしていたんだろう。

 

「学校の方はどんな感じ? 私がいなくなったことで色々変わったんじゃない?」

 

 私がそう聞くと、ハリーが答えてくれる。

 

「うん。ダンブルドアが戻るまでの間は授業が休講になった。ホグワーツを閉鎖するって話も出てたみたいだけど、そうはならなかったみたい」

 

「ホグワーツは閉鎖されなかったのね。じゃあ……私の扱いは?」

 

「行方不明ってことにはなってたけど、みんなもうサクヤは死んでるものだと思ってたよ。僕も実際にサクヤが生きてるところを見るまでは死んでると思ってたし。みんなびっくりすると思う」

 

 まあ、普通に考えたらそうだろう。

 秘密の部屋に連れ去られた少女が二ヶ月経っても発見されないとなったら、死んでいると考えるのが普通だ。

 

「取り敢えず、二日は入院みたい」

 

 私は懐中時計を取り出し、時刻が狂っているのを思い出して仕舞い直す。

 そして医務室に掛けられている時計を見て言った。

 

「退院できるのはそれ以降になりそうよ」

 

「わかった。みんなにも伝えとくよ」

 

 ハリーたちはマダム・ポンフリーの機嫌がいいうちに退散することに決めたようで、名残惜しそうにしながらも医務室を出ていく。

 私は懐中時計の時間を修正したあと、毛布に潜り込んだ。

 色々考えなければならないことはあるが、今は取り敢えず惰眠を貪りたい気分だ。

 私は毛布の中で静かに目を閉じ、睡魔に身を任せた。




設定や用語解説

秘密の部屋
 飛行能力がないと脱出不可能。ゆえに咲夜は取り残される結果に。

サクヤ自身の時間の流れを遅くする能力
 今回の場合、サクヤにとっての一秒が、現実時間での一日になった。

復活のハリー
 ちゃんと主人公しました。

サクヤを見つけることができなかったダンブルドア
 実をいうと、もはや死んでいるものと考えていたためそこまで真剣に探していなかったりします。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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