P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
ついに多くの生徒が待ち望んでいたクリスマス休暇がやってきた。
殆どの生徒が一刻も早くホグワーツから離れようと、逃げるように城を後にしていく。
この調子では、今年のクリスマスはホグワーツの中が殆ど空っぽになるだろう。
「それじゃあ、作戦を確認しましょう」
クリスマス当日、私たち以外殆ど誰もいない談話室の暖炉の側でハーマイオニーは声を潜めて私とハリー、ロンに言う。
「まず、私たち三人は夕食のあとハグリッドの小屋に遊びに行く。そこで五十年前ホグワーツで何が起こったのか聞き出すわ。サクヤはマルフォイを誘い出してスリザリンの継承者について何でもいいから聞き出して」
「わかった。私はクリスマス・ディナーには出席せずに、その時間を狙ってマルフォイを誘い出すわ。そのタイミングが一番人が少ないでしょうし」
私たちは互いに頷き合って談話室を後にする。
私は談話室を出ると、西塔にあるフクロウ小屋へと向かった。
ホグワーツのフクロウ小屋には学校が飼っているフクロウが結構な数おり、自由に手紙を配達させることができる。
私は西塔にいた小さなフクロウの足に羊皮紙を括り付けながら言った。
「この手紙をスリザリンのドラコ・マルフォイに届けて頂戴」
私がフクロウの頭をひと撫ですると、フクロウは窓の外へと飛び去っていった。
「……さて」
私はフクロウを見送ると、階段を降りて厨房へと向かう。
夕食が食べられないことが確定しているので、今のうちに腹ごしらえを済ませてしまおう。
私が屋敷しもべ妖精に厨房を追い出されてから数時間後、私はランタン片手にホグワーツの敷地内にある湖の畔にやってきていた。
昨日が新月だったこともあり月明かりは殆どないが、その分星が綺麗に瞬いている。
私は一人湖の畔で立ち尽くしながら空を見上げた。
「ストーブでも持ってきた方が良かったかしら」
十二月ということもあり、周囲には雪が降り積り、湖にも氷が張っている。
私は恐る恐る氷の上に立ってみたが、意外にも氷は厚いようで割れる様子はなかった。
「お待たせ……」
私が氷の上で遊んでいると、後ろから声をかけられる。
私が声のした方向に振り返ると、そこには防寒着を着込んだマルフォイの姿があった。
「待たせたかい?」
「ううん、そんなことないわ。ごめんね、急に呼び出したりして」
私は滑るように氷の上から地面のあるところまで戻ると、マルフォイの方へと近づく。
「話したいことがあって。誰にも聞かれたくないの」
私はそのまま後ろ向きに倒れ仰向けになる。
そしてマルフォイの手を引っ張りマルフォイも仰向けに倒れさせた。
「何を──」
「見て、凄い綺麗……」
私は満天の星空を指さす。
マルフォイは一瞬私の方を見たが、すぐに夜空を見上げた。
「ほんとだ。星なんて天文学の授業で見飽きたと思っていたけど……」
マルフォイは星空を見ながら目を輝かせる。
私とマルフォイはそのまましばらく無言で夜空を見つめ続けた。
「こうやって空を見上げていると、何もかも忘れそうになる。学校ではスリザリンの怪物が生徒を襲っているっていうのに」
私は夜空を見上げながら話を続ける。
「スリザリンの継承者は、本当にホグワーツからマグル生まれを追放するつもりなのかしら」
マルフォイが横目で私を見ているのを感じる。
私はスッと手を空に伸ばした。
「私ね、最近思うのよ。私は赤子の頃に捨てられたから、両親の顔どころか名前も、親が魔法使いなのかもわからない。……怖いのよ。私はマグル生まれなんじゃないかって。私もスリザリンの怪物に襲われるんじゃないかって……」
「それは……」
私はマルフォイのほうに体を向ける。
「そんなことないって、言ってくれないのね」
「……ごめん」
「謝らないで。意地悪なこと言ったわ」
私はマルフォイに対して力なく微笑む。
「でも、スリザリンの継承者は一体誰なのかしら。継承者は間違ったことはしていないとは思う。でも、次襲われるのが私なんじゃないかと思うと、怖くて震えが止まらない」
私はマルフォイの顔をじっと見る。
マルフォイは真剣な顔で真っ直ぐ空を見上げていた。
「スリザリンの継承者が誰なのかわかったら……私きっと──」
私はそこで言葉を切り、空を見上げる。
そして時間を止め、ポケットから目薬を取り出すと溢れんばかりに目に注した。
私は目薬をポケットに戻すと、時間停止を解除する。
そのままゆっくり目を瞑り、涙を流したように見せた。
「……ごめん。ごめんなさい。こんなこと話すつもりで呼び出したわけじゃないのに……」
「サクヤ……」
「ドラコがスリザリンの継承者だったらよかったのに」
私はマルフォイの顔を見つめる。
マルフォイも私の顔をじっと見ていた。
そのまま何秒間見つめあっていただろうか。
私は諦めたような笑みを浮かべると、もう一度マルフォイに謝った。
「ごめんなさい。こんなこと言っても貴方を困らせるだけなのに……」
私はゆっくり立ち上がり、背中についた雪をはたき落とす。
「……もう会わないようにしましょう。私なんかと一緒にいたら貴方にまで危険が及ぶわ」
「ま、待って!」
私がその場を去ろうとすると、マルフォイは慌てて立ち上がった。
「……待ってサクヤ」
「……」
私は静かにマルフォイの言葉を待つ。
マルフォイはしばらく何かを考えるように押し黙っていたが、やがて小さな声で呟いた。
「僕が……僕がスリザリンの継承者だから……安心して……」
私はマルフォイの目をじっと見つめる。
そして優しく微笑みかけた。
「ありがとう。気を遣ってくれて」
私はそのままマルフォイに背を向けてホグワーツ城の方へ歩き出した。
マルフォイはああ言っているが、スリザリンの継承者ではないだろう。
あれは私に気を遣って嘘をついている顔だ。
そもそもマルフォイがスリザリンの継承者だという可能性は低いと考えていた。
ここ一ヶ月ぐらい一緒に行動していたが、マルフォイは今回の事件に関してはどこか傍観的だったように感じる。
純血の家系でスリザリン生だから自分は襲われない。
もしマルフォイがスリザリンの継承者で怪物に生徒を襲わせているのだとしたら、そこまで他人事にはできないはずだ。
マルフォイはスリザリンの継承者ではない。
……だとしたら、スリザリンの継承者は誰だ?
私は城の中に入ると、真っ直ぐ談話室へと向かう。
いや、今の時間だったらまだハリーたちは大広間でクリスマスディナーを楽しんでいる筈だ。
だとすると時間を見計らってハグリッドの小屋に一緒に行くのもありかもしれない。
私は防寒着を脱ぎ捨てると冷え切った体を暖炉で温める。
どちらかと言うとマルフォイよりもハグリッドのほうが本命だ。
私はソファーを暖炉の前に動かし、雪で濡れたローブをソファーに掛けて乾かす。
十分もしないうちに体はぽかぽかと温まり、ローブもしっかりと乾いた。
私は一度女子寮へと上がると、ベッドの下に隠している鞄を手に取り鞄の中にあるベーコンの盛り付けられた皿に手を伸ばす。
私がその皿に触れた瞬間、皿に盛られたベーコンの時間が動き出し焼きたてのいい匂いを放ち始めた。
私は鞄からベーコンの盛られた皿を取り出すと、フォークで突き刺し口に運ぶ。
ハグリッドの小屋でまともな料理が出るとは思えない。
今のうちに腹ごしらえしておいた方がいいだろう。
一時間後、私は大広間から出てきたハリーたちと合流する。
ハリーたちは無事ハグリッドを捕まえたようで、後ろに顔を真っ赤にしたハグリッドを連れていた。
「おお、サクヤ。お前さんどこに行っとったんだ?」
ハグリッドは私をチラリと見ると、不思議そうに呟く。
「何言ってるのよ。サクヤはずっと大広間にいたわ」
「そうだったか? ……そうだったかもしれん」
ハグリッドはハーマイオニーの言葉をそのまま鵜呑みにし、自分の小屋の方に歩いていく。
私たちはハグリッドの少し後ろを歩きながら情報共有を始めた。
「うまくいったの?」
ロンは小さな声で私に聞く。
私はロンの言葉に首を横に振った。
「マルフォイはスリザリンの継承者ではなかったわ」
「ほんとに? 絶対マルフォイが継承者だと思ったんだけどな……」
ロンはどこか悔しそうに呟く。
「でも、だとしたらなおさらハグリッドからしっかり話を聞かなくちゃ」
ハーマイオニーは前を歩くハグリッドの背中を見つめる。
ハグリッドの足取りはどこかおぼつかない。
あの様子では大広間で相当お酒を飲んだのだろう。
私たちはハグリッドが踏み固めた雪の上を歩き、ハグリッドの小屋までやってくる。
「さあ、入っとくれ。今暖炉を……っとっとっと」
ハグリッドは小屋の入り口で転びそうになりながらも、なんとか踏みとどまり小屋の中に入っていく。
中でファングが吠え始めるが、ハグリッドはお構いなしだった。
このままではあまりにも危なっかしいので私たちはハグリッドを椅子に座らせると暖炉に火をくべ、ランタンに灯りをつけた。
「すまねぇ……ちょっと飲み過ぎたみたいだ……」
ハグリッドは机の上をぼんやりと見つめている。
もう眠気も限界に近いのだろう。
だが、今寝てもらっては色々と困る。
私は足元をウロウロするファングに気をつけながら酒瓶が並んでいる棚の方に向かう。
そして棚の中から刺激の強そうなウォッカを手に取ると、グラスに注いでハグリッドの前に置いた。
「ほら、水を飲んだ方がいいわ」
「ああ、ありがとうサクヤ」
ハグリッドはウォッカの注がれたグラスを手に取ると、一気に煽る。
「サクヤってたまに恐ろしく残酷なことするよな」
ロンがその様子を見て身震いした。
私たちは互いに頷き合うと、それぞれ椅子を引っ張ってきてハグリッドと共に机を囲む。
私はもう一つグラスを持ってきて、水差しの水をその中に入れた。
「いい夜ねハグリッド」
私はハグリッドのグラスにウォッカを注ぐ。
ハグリッドはグラスに注がれたウォッカをじっと見つめていた。
「ねえハグリッド、前に秘密の部屋を開いたのは誰なの?」
ハリーはハグリッドの意識があまり持たないことを察すると、単刀直入に聞く。
「俺じゃねえ! 俺は秘密の部屋を開いちゃいねぇ……」
ハグリッドは顔を真っ赤にしながら大きな声で怒鳴る。
ハーマイオニーはハグリッドの大声に気圧されながらも、質問を続けた。
「じゃあ、誰が秘密の部屋を開けたの?」
「し、知らん……結局本当の犯人は見つからなんだ。俺はホグワーツを退学になって……でもダンブルドア先生はそんな自分を森の番人として雇ってくださった。ダンブルドア先生は本当に偉大なお方だ」
なるほど、ハグリッドは秘密の部屋を開けた犯人としてホグワーツを退学になったのか。
確かにハグリッドが秘密の部屋を開ける動機がないわけではない。
ホグワーツの中に何百年も閉じ込められている可哀想な怪物がいると知ったら、解放してあげようと思うに決まっている。
当時の教師陣もそういう視点からハグリッドが犯人ではないと否定しきれなかったのだろう。
「ハグリッド、アラゴグって誰なの?」
ハリーがまたハグリッドに質問する。
「アラゴグは俺が物置で孵化させたアクロマンチュラだ……でも、アラゴグはスリザリンの怪物じゃねぇ。俺はアラゴグを物置からは決して出さんかったし、禁じられた森に逃したあともずっと交流を続けとった。アラゴグが人を襲うもんか。それに襲ったとしたら、死体が残るはずがねえ」
私はハーマイオニーの方をちらりと見る。
ハーマイオニーは小さな声で「アクロマンチュラは肉食なの」と囁いた。
「でも、アラゴグはスリザリンの怪物だと勘違いされた。そういうこと?」
「ああ、そうだ。あの時は時期が悪かった。レイブンクロー生が殺されてホグワーツは閉鎖寸前だった。ああ、そうだ。リドルのやつ、きっとホグワーツが閉鎖されたら困るから俺を犯人にでっち上げたに違ぇねえ……」
「ハグリッド、リドルって?」
ハリーはすかさず新しく出てきた名前について質問する。
「スリザリンの監督生だ。俺はやつが気に食わんかった。きっとやつも俺の存在を疎んでたに違ぇねえ。きっとそうだ……きっと……」
「ハグリッド、かんぱーい」
私はハグリッドにウォッカの入ったグラスを持たせると、水の入った自分のグラスを打ち付ける。
ハグリッドは反射的にグラスを持ち上げ口に運ぶと、半分こぼすようにしながら一気に煽った。
ハグリッドはそのまま何度か痙攣し、少し意識を取り戻す。
「じゃあ、ハグリッドを犯人として突き出したのはトム・リドルなんだね?」
ロンは確かめるようにハグリッドに聞く。
ハグリッドは小さく頷くと、そのまま机に突っ伏して今度こそ意識を手放した。
私はハグリッドを揺するが、ハグリッドが起きる様子はない。
この様子では明日の朝には今日の夜のことは綺麗さっぱり忘れていることだろう。
「ロン、貴方リドルっていう人を知ってるの?」
ハーマイオニーがハグリッドに毛布を掛けながらロンに質問する。
「うん。暴れ柳に車をぶつけた罰則で僕とハリーはフィルチと一緒にトロフィー磨きをしたんだけど、その時にリドルの金の盾を嫌ってほど磨かされたから覚えてる。確か特別功労賞だったかな?」
ロンの意外な記憶力に少々驚きを隠せないが、それが本当なのだとしたらトム・リドルという人物について調べてみるものいいかもしれない。
「もしかしたらリドルはハグリッドを捕まえた功績で特別功労賞を貰ったのかも」
ハリーの言葉にハーマイオニーが頷いた。
「可能性はあるわね。明日にでもトロフィー室を覗きにいきましょう」
私たちは頷き合うと、ハグリッドが凍死しないように暖炉に薪を目一杯くべてから小屋を後にする。
少しずつ過去の事件については分かってきたが、
まだ核心には迫れていない。
五十年前の事件が今回の事件に繋がるかはわからないが、今は少しでも情報が欲しい。
私たちは今後のことを話し合いながらホグワーツ城へと急いだ。
設定や用語解説
マルフォイの嘘
もしマルフォイがスリザリンの継承者だったら私のことは襲わないでしょう? というサクヤの儚い希望を少しでも叶えるために付いた嘘。
水(ウォッカ)
ハグリッドなのでなんとかなってますが、普通の人にやったら急性アルコール中毒で死に至る可能性があるので絶対にやめましょう。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。