P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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紅い髪と陽気な少女と私

 

「サクヤ・ホワイト。貴方は一九九八年の夏に死ぬわ」

 

 カーテンが神経質にしっかり閉められている薄暗い占い用品店の店内に、五百年を生きる吸血鬼の少女、レミリア・スカーレットの予言が響き渡る。

 私は息をするのも忘れてレミリアの赤い瞳をじっと見つめることしかできなかった。

 

「は、はは。まさか……」

 

「残念ながらはっきり見えちゃったし。間違いないわ。貴方は六年後の夏に死ぬわね」

 

 レミリアは大きく肩を竦める。

 私は救いを求めるようにソフィアの方を見た。

 

「スカーレット先生がそう言うならそうなんだと思いますよ?」

 

「それじゃあ……私の命はあと……」

 

「ええ、そうね。あと六年しか生きられないわ」

 

 あと六年……ちょうどホグワーツを卒業する歳だ。

 ホグワーツを卒業してすぐに私の身に何かが起こるということなのだろうか。

 私は軽く首を振ると、無理矢理笑顔を浮かべる。

 

「ははは、まあ占いですし。精々六年後の今頃に気を付けることにしますね」

 

「ええ、これはただの予言。あまり気にしなくていいわ。気にしたところで運命は変えられないし」

 

 私は笑ってその場をやり過ごそうとするが、レミリアも笑って占いの結果は変えられないと告げた。

 私はまた何も言えなくなってしまう。

 静寂に包まれた店の中では、ソフィアがいそいそとティーセットを片付ける音だけが響いていた。

 私の額から頬に掛けて一滴の汗がつぅと滴り落ちる。

 この季節だ。

 汗を掻いても不思議ではない。

 だが、暑さどころか、私は背骨の裏側をなぞられるような寒気を感じていた。

 席を立つことはおろか、身じろぎ一つ出来ずに五分以上が経過しただろうか。

 突然店の扉が勢いよく開いた。

 

「おっ待たせしましたー! お嬢様、買い出し終わりましたよー!」

 

 緑色を基調とした動きやすそうなメイド服を来た赤い髪の女性は、両手に大きな紙袋を抱えたまま足を使って器用に店の扉を開けている。

 扉が開いたことで日の光がまっすぐと店内に差し込み、レミリアと私を煌々と照らした。

 

「ちょ! 美鈴! さっさと扉を閉めなさい!」

 

「え? ああ、申し訳ありません」

 

 美鈴と呼ばれた女性は特に悪びれる様子もなく店の中に入ると、また足を使って器用に扉を閉める。

 そして私の目の前の机の上に紙袋を置いた。

 

「はあ、全く……危うくローストチキンになるところだったわ」

 

 レミリアは少し赤くなっている二の腕を軽くさする。

 そんなレミリアの仕草を見て、美鈴はカラカラと笑った。

 

「吸血鬼ってローストしたらチキンになるんですねー」

 

「うるさいわね! で、目的の物は全て買えたんでしょうね?」

 

 レミリアは机の上に置かれた紙袋の中を探り始める。

 美鈴はレミリアの向かい側に座っている私の存在に気が付くと、紙袋に半ば頭までつっこみかけているレミリアに聞いた。

 

「お嬢様、こちらのレディーは?」

 

「迷子よ。煙突飛行に失敗したんですって」

 

 私は美鈴に小さく頭を下げる。

 それを見て、美鈴は拳と手のひらを突き合わせ、深々とお辞儀をした。

 

「それはそれは災難でしたね。私の名前は紅美鈴。そこで紙袋に頭を突っ込んでいるレミリア・スカーレットお嬢様の使用人です」

 

「あ、どうも。サクヤ・ホワイトです……」

 

「ホワイト……なるほど、確かに」

 

 美鈴は私の名前を聞いて小さく笑う。

 私が首を傾げると、美鈴は取り繕うように慌てて言った。

 

「ああ、いや。苗字が変とかそういうことじゃなくてですね。私と同じだなーと思いまして」

 

 そう言うと美鈴はもう片方の紙袋に万年筆で漢字を書きこむ。

 私は中国語や日本語は全く分からないので、その漢字を読むことはできなかった。

 

「『紅美鈴』……私の名前です。この『紅』という漢字には赤い色という意味があるんですよ」

 

 そう言って美鈴は鮮やかな赤い長髪を手で持ってパタパタと振った。

 

「お揃いですね、ホワイトさん」

 

 美鈴は私の顔を見てニコリと笑う。

 

「……はい! そうですね」

 

 私は美鈴の言葉に同意した。

 気が付くと、不思議と先程まで感じていた寒気は綺麗さっぱり消えている。

 その場にいるだけで周囲の空気を変える人間は稀にいるが、美鈴はまさにその典型だと思った。

 

「あ、そうだ。私は勝手に帰るからその子の親御さん探してあげなさいよ」

 

 レミリアは紙袋から顔を出すと、一冊の本を取り出す。

 表紙にはブロンドのハンサムな魔法使いの写真が載っていた。

 

「えぇ~、まあいいですけど……ちゃんと帰ったらすぐに寝るんですよ? もう朝も遅いんですから」

 

「お前は私の母親か何かか?」

 

「お? 母性をお望みですか? はーい、ママですよー!」

 

 付き合ってられんとレミリアは頭を抱える。

 そして椅子から立ち上がると暖炉の近くまで移動し、横に積まれている薪を一本手に取り、指で弾いて火をつけた。

 

「あ、粉がないんだっけ」

 

 レミリアは燃えている薪を暖炉に放り込むと、鉢の中を覗き込む。

 そして小さくため息をつくと、机の上の紙袋を両腕に抱えたままバチンという破裂音とともにその場から消えた。

 

「ったく……姿くらまし出来るならなんでいつも漏れ鍋経由なんでしょうねほんと。と、それじゃあ行きましょうか」

 

 私は美鈴に言われて慌てて暖炉横のトランクを取りに行く。

 そして小さく手を振るソフィアに見送られながら占い用品店の外に出た。

 薄暗い店内から朝日が差し込む通りに出たためか、私は眩しさに目を細める。

 何度か目をしばしばと瞬き、改めて外から店を見た。

 全ての窓にはカーテンが掛かっており、店の中を覗くことはできない。

 扉には『占い用品店 灰かぶり』と店名が書かれていた。

 

「ああ、だからか」

 

 私は何故この店の暖炉に出てしまったのか理解し、そして納得する。

 「灰が喉に」が「灰かぶり」と勘違いされたんだろう。

 

「えっと、まずはどこに向かいましょうか。どこか心当たりがあったりします?」

 

「そうですね……多分グリンゴッツだと思うんですけど……」

 

 私は美鈴に夏休みに同級生の家に泊まっていたことや、その家族と買い出しに来る予定だったことを話す。

 

「多くの現金を家に置いているようには見えませんでしたし、ダイアゴン横丁で合流する予定だったもう一組の家族はマグル生まれです。きっとマグルのお金の両替も必要だと思います」

 

「なるほどですね。確かに一理も二理も三理もありそうです」

 

 私と美鈴は横並びになって朝日の差し込むダイアゴン横丁を歩く。

 ホグワーツが夏休みだからか、ダイアゴン横丁にはホグワーツ生だと思われる子供の姿もちらほら見えた。

 

「それにしても災難でしたね。煙突飛行に失敗するなんて。たまに起きるんですよそういう事故。そういう場合は大抵魔法省の役人がなんとかするんですけど……」

 

「ああ、いえ。単純に私が失敗しただけといいますか……初めてだったんです、煙突飛行。それで目的地を言う前にむせてしまって」

 

「ああ、そういうことですか。『灰かぶり』ですもんね。あの店。うちのお嬢様が迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 

「いえ、ご迷惑をおかけしているのはこっちの方で……スカーレットさんには占いをしてもらったんです」

 

 私がそう言うと、美鈴はわかりやすく驚いた顔をした。

 

「お嬢様が占いを……何か変なこと言われませんでした? なんにしてもあまり気にしなくていいですよ。占いなんて三割当たったらいいほうなんですから」

 

「そうなんですか?」

 

 美鈴は私の問いに何度も頷く。

 

「そうですよ。外れることの方が多いです。まあ都合のいいことに外れたら外れたで、「未来の出来事を貴方自身が知ったことで貴方が運命に干渉し、違う未来になった」なんて言うんですよ」

 

「そう、ですか……」

 

 私の視線の先には目立つグリンゴッツの建物が見えてくる。

 その建物の近くには見慣れた赤毛の集団がいるのが確認できた。

 

「もしかして、お嬢様に何か変なことでも言われました? 何か嫌なことが起きるとか」

 

「まあ、そんなところです。でも、美鈴さんの話を聞いて少し安心しました」

 

 私はグリンゴッツの階段近くで不安そうな顔をしているモリーに手を振る。

 モリーは私の姿を確認すると、大きな安堵のため息をつくのが見えた。

 

「それは何より。そしてお友達とそのご家族も見つかったみたいですね」

 

「はい。ここまでありがとうございました」

 

 私は美鈴の方を向くと、丁寧にお礼を言う。

 

「いえいえ、お嬢様のご命令でもありますので。それに占い自体も、死を予言されたとかじゃなかったらよっぽどお嬢様の悪ふざけだと思うので気にしないでくださいね」

 

 美鈴はそう言い残すと、あっという間に来た道を戻っていってしまう。

 私はいきなり冷水を掛けられたような気分になってその場で固まってしまった。

 

「サクヤ! 心配したわ! 怪我してない?」

 

 私が呆然と美鈴の後ろ姿を見つめていると、後ろからモリーが駆け寄ってきて私に抱きつく。

 そして全身を触り私に怪我がないことを確かめた。

 

「貴方に何かあったら施設の方にどう申し開きしていいか……先程の方は?」

 

 モリーは私を解放すると、もうかなり小さくなっている美鈴の方を見る。

 

「紅美鈴さんです。迷子になっていた私をここまで案内してくれて──」

 

「親切な人に見つけてもらってよかったわ。さあ、こっちよ。ハリーもハグリッドが連れてきてくれたし、これで全員集合ね」

 

 モリーは私の肩をガッチリ掴むと、グリンゴッツに向けて歩き出す。

 グリンゴッツの前には先程まで隠れ穴にいたメンバーとハーマイオニー一家が集まっていた。

 

「サクヤ! 大丈夫だった?」

 

 私が皆と合流すると、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が駆け寄ってくる。

 

「私は大丈夫だったけど……ハリーは? ハリーも逸れたんでしょう?」

 

「あ、うん。その話なんだけど……」

 

 どうやらハリーはノクターン横丁という一本隣の通りの、ボージン・アンド・バークスという店の暖炉に出たらしい。

 

「その店でマルフォイ親子を見かけたよ。マルフォイの父親は店主に何か売っているようだったんだ」

 

「ほう? 売りに……多分心配になったんだろう。最近は抜き打ち調査を頻繁に行なっているからな」

 

 ヘトヘトになりながら一晩中抜き打ち調査している甲斐がある、とアーサーが皮肉交じりに言った。

 その後私はハーマイオニーの両親に挨拶すると、全員でグリンゴッツの中へと入る。

 そして邪魔にならない場所まで移動すると、それぞれの動きを確認した。

 

「ハリーと私たちは金庫からお金を取り出してくるわ」

 

「私は両親を連れてポンドをこっちのお金に換金してくる。……サクヤは?」

 

「私は使ったお金の申請に行ってきます」

 

 私は隅の方にあるマーリン基金のカウンターを指さす。

 

「なら、各人用事が終わったらまたここに集合だ」

 

 アーサーはそう言い、ウィーズリー家とハリーを連れてカウンターの方へと歩いていく。

 ハーマイオニーも両親を連れて換金用のカウンターへと歩いていった。

 

「さて、私もお金を補充しないと」

 

 私はマーリン基金の受付をしているカウンターへと進む。

 そしてそこにいるゴブリンに話しかけた。

 

「すみません、帳簿の申請に参りました」

 

「帳簿をこちらに」

 

 私は言われた通りにゴブリンに帳簿を渡す。

 ゴブリンは帳簿に目を通すと、カウンターの下から書類を取り出して確認し始めた。

 五分程で確認は終わったのか、ゴブリンは私の方に向き直る。

 

「金貨の袋をこちらに」

 

 私は金貨の入った小袋もゴブリンに渡した。

 ゴブリンは小袋を秤に載せると、書類に何かを書き込む。

 そしてカウンターの下から新しい帳簿と金貨の袋を取り出した。

 

「それでは、また一年以内にはこちらまでお越しください」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 私はゴブリンから帳簿と金貨の袋を受け取ると、頭を下げて受付を後にする。

 

「良い休暇を」

 

 私の後ろからゴブリンのそんな声が聞こえた。

 私は振り返りもう一度頭を下げると、待ち合わせ場所まで移動する。

 やはり私の用事が一番時間が掛からなかったようで、待ち合わせ場所には誰もいなかった。

 

「金庫組は時間が掛かるとして、ハーマイオニーの方はどうかしら」

 

 私は周囲を見回しハーマイオニーを探す。

 すると、マーリン基金から少し離れた場所にあるカウンターで換金の手続きをしているのが見えた。

 

「ポンドをガリオンに換えれるなら、ガリオンをポンドに換えれるのかしら」

 

 だとしたら、マーリン基金のお金を少しポンドに換金しておくのもいいかもしれない。

 そうすればリスクを負わずにマグルの世界で使えるお金を手に入れることができる。

 私がそんなことを考えていると、ハーマイオニーが両親を引き連れてこちらの方に戻ってきた。

 

「無事に換金できた?」

 

 私がそう聞くとハーマイオニーは革製の袋を振る。

 きっと中にはガリオン金貨が何枚か詰まっているのだろう。

 

「サクヤも無事手続きできたみたいね」

 

 私もハーマイオニーと同じように金貨の入った小袋をポケットから取り出した。

 

「マーリン及び支援者様様ってね。有難いことだわほんと」

 

「どんな人にも平等に学ぶ権利が与えられるというのは本当に素晴らしいことだと思うわ」

 

 ハーマイオニーはそう言って何度も頷く。

 

「そういえば、ハリーはボージン・アンド・バークスに出たみたいだけど、サクヤはどこに出たの? すぐに戻ってこれたということはそんなに離れた場所でもなかったんでしょ?」

 

「ん? ええ。漏れ鍋近くの占い用品店に出たわ」

 

「なんて店?」

 

「『灰かぶり』って店だけど……」

 

 ハーマイオニーは店の名前を聞いて少し考え込む。

 だが心当たりはないようだった。

 

「じゃあさっきの女性はお店の店員さん?」

 

「いえ、違うわ。あの人は占い師の使用人さん」

 

「占い師?」

 

 ハーマイオニーは分かりやすく首を傾げた。

 

「ほら、ハグリッドがホグワーツの近くの村のパブでボロ負けした占い師よ」

 

「ああ、子供みたいな吸血鬼の」

 

 どうやらハーマイオニーはしっかりと覚えていたようだった。

 

「そういえば『亜人、人間、吸血鬼』という本に書いてあったわ。吸血鬼は血が濃ければ濃いほど成長が遅いって」

 

「だとしたら、彼女は物凄く血が濃いってわけね。あの見た目で五百歳近いってことは五十年に一歳分ぐらいしか歳を取らないんじゃないかしら」

 

 私はレミリアの姿を思い出す。

 

「いえ、吸血鬼の成長は漸減的に遅くなるらしいわ。つまり赤子の頃は成長が早いけど、大きくなるにつれてどんどん成長が遅くなるんですって」

 

「まあ、生物的にはそっちの方が正しいわよね」

 

「本によれば五歳ぐらいまでは普通の人間と変わらないぐらいの成長速度らしいわよ」

 

「なるほど……でも五百歳であの見た目なら、実質不老不死のようなものよね。それにしても、よくそんな本読んでたわね」

 

 まさかハーマイオニーも時間を止めることができて、止まった時間の中で好き放題読書をしているのだろうか。

 

「ええ、だってノーレッジ先生の本だもの」

 

 どうやら、ただ単に好きな著者の本だっただけのようだ。

 そんな話をしていると、ウィーズリー一家とハリーがこちらに歩いてくるのが見えた。

 あの様子だと無事にお金を下ろすことができたようだ。

 

「いやはや、お待たせしましたかな? さて、ここから先は自由行動としましょう。グレンジャー氏、これから漏れ鍋で一杯どうです?」

 

 アーサーは戻ってくるなりグレンジャー夫妻を誘って漏れ鍋の方へと歩いて行ってしまう。

 どうやらマグルの機械について詳しい話を聞きたいらしい。

 

「じゃあ一時間後にフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店で落ち合いましょうか」

 

 そんなアーサーを呆れた目で見ながらモリーが言った。

 




設定や用語解説

紅美鈴
 紅い長髪が特徴的な背の高い女性。スカーレット家に仕えており主人のレミリアとは冗談が言い合える仲

ノクターン横丁
 ダイアゴン横丁と隣接している横丁であり、闇の魔術に関する店が多く存在している

吸血鬼
 吸血鬼としての血が濃ければ濃いほど吸血鬼としての力が強く、成長が遅い。純血の吸血鬼は人間基準で見るとほぼ不老不死のようなもの。逆に一番低俗な吸血鬼は吸血鬼に噛まれたことによって生まれた吸血鬼。このような血の薄い吸血鬼は吸血鬼としての力が弱く、また歳を取るのも早い。

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