P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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軟禁と屋敷しもべ妖精と私

 ロンドンから引き返した私たちは二十分もしないうちにプリベット通りにたどり着くことができた。

 

「よし、このまま空から家に近づいて──」

 

「待ちなさい。流石にそれは拙いわ。車は路上に止めていった方がいい」

 

「それもそうか」

 

 フレッドは道路の端に車を着地させると、周囲に誰もいないことを確認して車の透明化を解除する。

 私はなるべく音を立てないように慎重に扉を開け、車の外に出た。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 私たちはジョージを先頭にしてポツポツと電灯が灯っているプリベット通りを歩く。

 もう日付が変わって数時間経っている。

 深夜に生きる現代の人間でも、流石に寝静まっている時間だ。

 

「ハリーの家はどれだ?」

 

 フレッドが近くの家の庭を覗き込みながら言う。

 

「ダーズリー、ダーズリー……ここね」

 

 私は順番に表札を確認し、ダーズリーの文字を見つける。

 ダーズリー家の庭の芝は綺麗に切り揃えられており、玄関回りもかなり気を使われて清掃がなされていた。

 

「綺麗好き……にしてはあまりにも清掃が行き届いているわね。大事なお客さんでも来たのかしら?」

 

 私が庭を観察している間に、フレッドが玄関の扉に張り付く。

 五分もしない間に玄関の扉は微かに軋みながら開いた。

 

「お見事」

 

「ハリーの部屋はどこだ?」

 

 フレッド、ジョージ、ロンの三人は足音を殺しながら家の中へと入っていく。

 私は音を立てないように丁寧に玄関の扉を閉めると、誰も見ていないことを確認して時間を止めた。

 

「さてと」

 

 私は止まっているロンたちの横を通り抜け、手当たり次第に扉を調べる。

 しばらく家の中を捜索しているうちに、ダーズリー夫妻が就寝している寝室を見つけた。

 

「おはようございま……す」

 

 私は小さな声で呟きながら二人に近づく。

 もっとも、時間が止まっているのでどんな騒音を立てたとしても二人が目を覚ますことはないのだが。

 私は杖を取り出すと、右手で太った男性に触れる。

 そして失神呪文を男性に掛けた。

 

「うっ!」

 

 男性は低い唸り声をあげると、そのまま失神する。

 私は男性から手を放し、今度は女性に触れ、失神呪文を掛けた。

 女性もビクンと大きく体を震わせ失神する。

 これでたとえこの家の中で花火が爆発したとしても、この二人が目を覚ますことはないだろう。

 私は寝室から出ると、ドアノブに付いたであろう私の指紋を拭った。

 流石にこの二人が警察に通報するとは思えないが、万が一ってこともある。

 用心に越したことはない。

 

「あとは息子のダドリーだけど……」

 

 私は家の中を探索し、ダドリーの部屋を探し出す。

 そして両親と同じように失神呪文を掛けた。

 

「これでよし」

 

 私はダドリーの部屋から出ると、玄関口に戻る。

 そして元居た位置で元の体勢を取り直すと、時間停止を解除した。

 

「確か、ハリーの部屋は二階のはず」

 

 私は囁き声で三人にそう伝える。

 私たちはそのまま足音を殺しながら階段を上った。

 二階に上がった私たちは、特に苦労することもなくハリーの部屋を見つけることができた。

 というよりかは、ハリーの部屋がどこか探すまでもない。

 二階にある扉の一つだけに、明らかに外付けされたであろう鍵が取り付けられていた。

 

「うわぁ……あんなにあからさまに軟禁されているとは」

 

 ここまでくれば明らかに虐待だ。

 然るべきところに通報したら、かなりの問題になるだろう。

 

「ハリー、ハリー! 僕だよ!」

 

 ロンは扉に付けられた小さな窓から小声でハリーを呼ぶ。

 

「ロン? どうしてここに?」

 

 扉の向こうのハリーはこんな時間にも関わらず起きていたようだった。

 

「なんで手紙を返さないのさ? 山のように送ったのに」

 

「手紙なんて届いてないよ。それに、見ての通りさ」

 

 ロンは扉に付けられた大きな南京錠を弄る。

 

「フレッド、何とかなる?」

 

「任せとけ」

 

 ロンと入れ替わるようにフレッドが扉の前に行き、南京錠にヘアピンを差し込む。

 そしてものの数分で南京錠を開錠した。

 

「器用なものね」

 

「ほんとだよ」

 

 扉の向こうでハリーも呆れたような声を出す。

 私たちは扉を開いてハリーの部屋の中に入った。

 ハリーの部屋の窓には鉄格子が嵌められており、さながら簡易的な牢屋のようになっている。

 ハリー自体も少しやつれているように見えた。

 

「おいハリー、荷物はどこだ?」

 

 フレッドは部屋の中をぐるりと見回す。

 

「階段下の倉庫だよ。でも鍵が掛かってる。それよりどうやってここに?」

 

「そういう話はあとだ。ロンとサクヤはここでハリーの荷造りを手伝って、準備ができたら下に下りてきてくれ。俺とジョージは倉庫の鍵を開けて荷物を庭に出しておくよ」

 

 フレッドとジョージは言うが早いか足音を立てずに部屋を出ていった。

 彼らにとってこれぐらいの冒険は朝飯前なのだろう。

 私たちは部屋中に散らばっているハリーの荷物を片っ端から鞄の中に放り込む。

 荷物を詰め終わり、ハリーに鳥かごを抱えさせるともう一度部屋を見回して忘れ物がないかを確認した。

 

「よし。こんな家ともおさらばだ。行こうハリー」

 

 ロンはハリーの荷物を持つと、足音を殺しながら階段を下りていく。

 

「気を付けて。一番下の階段だけ軋むから」

 

 ハリーの忠告通り、確かに一番下の階段だけ体重を乗せるとギシリと軋んだ。

 まあこの音を聞いて起きる可能性のある人間は、もうすでに失神しているが。

 覚醒呪文を掛けないかぎり、朝まで意識が戻ることはないだろう。

 

「あ、ちょっと待って。置き手紙しとかなきゃ」

 

 キッチンを通り過ぎた時、ふとハリーが思い出したかのように言った。

 

「多分来年もここに戻ってくることになるだろうし。その時僕の部屋がダドリーのテレビゲーム置き場になってないようにしないと」

 

 ハリーは電話の横に置いてあった紙とペンを手に取ると、「友人が迎えにきたので学校が始まるまでお世話になろうと思います。また来年お会いしましょう」と走り書き、リビングのテーブルの上に置いた。

 

「これでいい。連中も僕がいなくなって清々するに違いない」

 

 ハリーは笑顔でそう言った。

 私たちが玄関から外に出ると、ちょうどジョージが箒を庭に運んでいるところだった。

 

「準備できたか? フレッドが家の前に車を回しているところだ。積み込むのを手伝ってくれ」

 

 私たちは黙って頷くと、フレッドが運転してきた車のトランクに荷物を積み込んでいく。

 私はロンが最後の荷物を積み込んだのを確認すると、囁き声で言った。

 

「ちょっと待ってて。証拠を消してくるわ」

 

 私は家の中に戻り、時間を止める。

 そしてハリーの部屋まで戻ると、丁寧に指紋と足跡を消していった。

 どうも止まった時間の中では魔法の痕跡というものは残らないらしい。

 つまり時間を止めてさえいれば、学校の外で魔法が使いたい放題ということだ。

 私は清めの呪文を使いながら少しずつ後退し、最終的に玄関の痕跡を消す。

 これで警察が調べに入ったところで私たちの指紋や足跡は出てこないはすだ。

 私は時間停止を解除すると、ハンカチ越しにドアノブを捻って外に出る。

 そして小走りで路上に停まっている車に潜り込んだ。

 

「出していいわよ」

 

「よしきた!」

 

 フレッドは銀色のボタンを押し車を透明にすると一気に空高く車を上昇させる。

 車は見る見るうちに天へと昇っていき、そのまま雲を突き抜けてその上に出た。

 

「よし、ここまでくれば一安心だ。それでハリー、一体何があったんだ?」

 

 ジョージが助手席からハリーのいる後部座席を覗き込む。

 

「その前にヘドウィグを放してやっていい? ずっと鳥籠から出れてなくてストレスが溜まってるんだ」

 

 私はフレッドからヘアピンを借りると、鳥籠に付けられている鍵を開ける。

 ハリーは鳥籠を開け、ヘドウィグを窓の外へと放した。

 

「じゃあ改めてお聞かせ願おうかしら。何があったの? それに部屋のあの様子、明らかに普通じゃないわ」

 

「だろうね。一歩間違えば監禁だ」

 

「いや間違いなくあれは監禁よ。まさかキングズ・クロスから帰ってからずっとあそこに閉じ込められてたの?」

 

「いや、まさか。そこまで連中は狂ってないよ」

 

 ハリー曰く、夏休みが始まって数週間ほどはそれなりに文化的な生活が送れていたらしい。

 

「ことが起こったのは七月三十一日、僕の誕生日だよ。その日はバーノンおじさんの取引先の人が来ることになってたんだ。バーノンおじさんは大きな注文を取るために二週間も前から接待の準備をしてた」

 

「そこでどえらいことやらかしちまったってわけか?」

 

「うん、まあそうなるのかな」

 

 フレッドの問いにハリーは曖昧な返事を返した。

 

「当日僕は二階の自分の部屋でいないフリをするっていう算段になってたんだ。バーノンおじさんからも物音一つ立てるなって口すっぱく言われてた。だからその日の夜は夕食を取ってすぐ自分の部屋に上がったんだ。そしたら、何故か僕の部屋に屋敷しもべ妖精がいて──」

 

「屋敷しもべ妖精?」

 

 私がハリーに聞き返すと、ロンが私の疑問に答えてくれた。

 

「豪邸とか由緒正しい魔法使いの家には屋敷しもべ妖精が住み着くんだ。主人の言うことには絶対に服従する魔法生物だよ。でも、屋敷しもべ妖精がマグルの家に住み着くなんて話は聞いたことないな」

 

「うん。ドビーは他にご主人様がいるって言ってた」

 

「ドビー……っていうのがその屋敷しもべ妖精の名前ね。で、そのドビーさんはどうしてハリーの部屋に?」

 

「それが、僕もよくわからないんだ。でもドビーは僕にホグワーツに戻ってほしくないみたい。みんなからの手紙をこっそり隠してたのもドビーらしいんだよ」

 

 なるほど、これで手紙の謎は解けた。

 ハリーとは違う者が手紙を回収していたのだったら、フクロウが手ぶらで帰ってきたのにも納得がいく。

 

「どうしてその屋敷しもべ妖精はハリーをホグワーツに戻らせたくないんだろう? 主人にそう命令されたとか?」

 

 ロンがハリーに聞くが、ハリーは首を横に振った。

 

「いや、ドビーが言うには僕のためだって言うんだ。ホグワーツは今年すっごく危険な罠が仕掛けられるから、ホグワーツに戻らないほうがいいって」

 

「危険な罠……ね。もしそれが本当だとして、どうしてドビーはそれを知っているのかしら」

 

「わからない。詳しいことを聞く前に消えちゃったから。でも、例のあの人とは違うらしい」

 

 ますます意味がわからない。

 ドビーは一体何を知っていて、どうしてハリーにそれを伝えにきたのだろうか。

 

「でも手紙はドビーがくすねてたにしても、どうして閉じ込められてたんだ? それまでは普通に生活できてたんだろ?」

 

 ロンが不思議そうにハリーに聞く。

 

「手紙を取り返そうとしたらドビーが部屋を飛び出していって……客人に出すデザートの大皿を魔法で浮かしてひっくり返したんだ。おじさんもおばさんもカンカンだよ。そしたらキッチンに魔法省からフクロウが飛んできて……」

 

「魔法を使うなと忠告の手紙を受け取ったってわけね」

 

「うん。僕が魔法を使っちゃいけないって知った瞬間、連中は嬉々として僕を閉じ込めたよ」

 

「なんというか、散々な夏休みだな」

 

「ああ、うちのママもそこまではしないな。せいぜい黒焦げの鍋を顔が映り込むぐらいピカピカに磨かせるとかその程度だぜ?」

 

 アレはマジしんどかったけどな、とジョージは冗談めかして言った。

 

「そこから先は君たちも知っての通りさ。惨めな思いでベッドで寝ていたら、救世主様のご登場だ。助けにくるのがあと数日遅かったら多分部屋の中で餓死してたと思う」

 

「冗談に聞こえないよ」

 

 ロンはハリーを見ながら苦笑いを浮かべた。

 

 その後一時間ほど雲の上を飛び、明け方に私たちは隠れ穴に戻ってきた。

 フレッドは車を慎重に車庫の前に着地させると、すぐさまエンジンを切って音を立てないように車から降りる。

 私も車から降り、荷物を取り出すために車の後ろに回った。

 

「いいか? 静かに二階に上がるんだ。それでお袋が朝ですよと呼びにくるのをベッドの中で待つ。そしたらロン、お前は飛び跳ねながら下に降りてこう言うんだ。『ママ! 夜の間に誰が来たと思う?』ってな。そうすりゃお袋はハリーを見て大喜びで、俺たちが車を飛ばしたなんて誰も知らずにすむ」

 

 だとしたら荷物はまだトランクの中に置きっぱなしの方がいいか。

 私は静かにトランクを閉じる。

 その瞬間隠れ穴の方から扉を開ける音が聞こえ、私は恐る恐る玄関口を見た。

 

「あ」

 

 玄関口の方から凄い形相のモリーがこちらに向かって歩いてきている。

 他のみんなもモリーに気がついたらしく、皆玄関口を見て固まっていた。

 

「こりゃダメだな」

 

 フレッドが諦めたような笑みを浮かべる。

 

「挑戦してみる価値はあるんじゃないかしら?」

 

「じゃあお手並み拝見だな」

 

 私はすまし顔を作ると真っ直ぐ玄関口に向けて歩き出す。

 そしてこちらに迫るモリーに向けて微笑みながら挨拶した。

 

「おはようございます、モリーさん。先に台所で朝食の準備をしておきますね」

 

「はいおはようサクヤ。眠たかったら寝ててもいいのよ?」

 

 モリーはにこやかな笑みで私にそう返してくれる。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です」

 

 私はそのままモリーの横を通り過ぎ、玄関から家の中に入った。

 

「……セーフ。他のみんなはどうなったかしら?」

 

 私は台所に移動し、そこにある窓から庭を覗く。

 どうやらジョージが私の後に続いて突破を試みたようだったが、あえなくモリーに捕まっていた。

 

「お袋酷いぜ! サクヤはスルーだったじゃないか!」

 

「どうせ貴方たちが無理矢理連れて行ったんでしょう! 夜中にベッドを抜け出すだけならまだしも、車に乗って飛んでいくなんて……心配で心配で気が狂いそうだったわ!! お父様が帰ってきたら覚悟しなさい!」

 

 凄い剣幕で叱られてハリー含め四人とも身を縮こまらせている。

 あの様子では説教が終わるにはまだ相当に時間がかかりそうだった。

 

「取り敢えずスープの用意だけでもしちゃいますか」

 

 私は壁に掛けられている鍋をかまどの上に置くと、水を張って火に掛ける。

 取り敢えず簡単にトマトスープでいいだろう。

 私は外の会話に耳を傾けながら朝食のスープを作り始めた。




設定や用語解説

時間停止中の魔法の行使
 止まった時間の中では魔法の痕跡は残らない。また、各種妨害魔法も意味を成さなくなるためホグワーツの中に姿現しをしたり、ホグワーツ内でマグルの機械を使うことができる。

ハリー脱走
 原作よりも穏便に見えるが、やってることは相当物騒

ドビー
 ○フォイ家の屋敷しもべ妖精。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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