P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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期末試験と金縛り呪文と私

 その日終わらせないといけない宿題を片付け、私たちはハグリッドの小屋を訪ねていた。

 ハグリッドは押し掛けるような形で来た私たちに気を悪くすることなく、紅茶とクッキーを振舞ってくれる。

 

「それで、何か聞きたいんだったな?」

 

 ハリーは紅茶を一口飲むと、単刀直入に聞いた。

 

「フラッフィー以外に賢者の石を守っているものは何なのかをハグリッドに聞きたくて」

 

「教えることはできん。まず、俺が知らんからな。それに、そうでなくともお前さんらは知りすぎとる。そもそもフラッフィーのことも一体どこで知ったのやら……」

 

 いや、流石に賢者の石の守りに関して何も知らないということはないだろう。

 私が口を開きかけると、ハーマイオニーが任せてくれと言わんばかりに目配せしてきた。

 どうやら、何か考えがあるらしい。

 ここは彼女に任せるとしよう。

 

「知らないなんて嘘。ここで起きていることで貴方の知らないことなんてあるはずないもの」

 

 ハグリッドの口元が少し動く。

 なるほど、ハーマイオニーはハグリッドをおだて倒す作戦のようだ。

 やり方としてはなんのひねりもないが、ハグリッドには非常に有効だろう。

 

「私たち、石が盗まれないように誰がどうやって守りを固めたのか知りたいだけなのよ。ダンブルドアがハグリッド以外に信頼して助けを借りるのは誰なのかってね」

 

「まあ、それぐらいなら……」

 

 ハグリッドは気を良くして話し出す。

 

「俺のほかにもホグワーツにいる先生方は大体力を貸しとる。スプラウト先生に、フリットウィック先生に、マクゴナガル先生だろ? それからクィレル先生もそうだな。勿論、ダンブルドア先生も手を加えとる。……待てよ? 誰か忘れとるな。ああそうだ。スネイプ先生もそうだ」

 

「スネイプもだって?」

 

 ハリーは驚いた様子で聞き返した。

 

「ああ、そうだとも。まさか、まだスネイプを疑っとるのか? スネイプは石を守る手助けをしとるんだ。盗むはずなかろう」

 

 それを聞いてハリーはいっそう不安そうな顔をする。

 もしスネイプが石の守りに関わっているのだとしたら、どのような仕掛けがなされているかスネイプは全て知ることができるということだ。

 つまりクィレルの仕掛け以外はもうすでに対策ができているのかもしれない。

 だとしたら、スネイプがクィレルを脅していたのにも説明が付く。

 

「フラッフィーを大人しくさせれるのはハグリッドだけだよね? ほかの先生にも話してないよね?」

 

 ハリーは心配そうに聞く。

 

「勿論だとも、俺とダンブルドア以外は知らん」

 

 ハグリッドがそう言うと、ハリーはほっとしたようにため息をついた。

 だが、安心するにはまだ早い。

 フラッフィーがケルベロスであると分かれば、フラッフィーは簡単に無力化することができる。

 まだ試してはいないが、伝承通りならば音楽を聞かせれば眠ってしまうはずだ。

 だがまあ、ここでそれを指摘して無駄にハリーの不安を煽ることもないだろう。

 私は紅茶を一口飲むと、話題を切り替えた。

 

「そういえば、さっき図書館にいたときは凄い機嫌が悪そうだったけど、何かあったの?」

 

 私がそう聞くと、ハグリッドは頭を掻きながら話し出す。

 

「いや、その……昨日ホグズミードにあるホッグズ・ヘッドっちゅうパブに飲みに行ったんだが、そこでしこたまポーカーで負けてな。あと少しでドラゴンの卵が手に入るところだったんだが……」

 

「ドラゴンの卵?」

 

 ドラゴンという単語にロンが食いついた。

 

「ああ。パブで意気投合したやつが持っておってな。それを賭けてポーカーをやることになったんだが、途中で吸血鬼が私も交ぜろと割り込んできたんだ」

 

「吸血鬼?」

 

 私が聞くと、ハグリッドが頷いた。

 

「ああ、小さな子供のような見た目をしておったが、既に五百年近く生きとるらしい。なんでもケンタウロスに会いにロンドンからやってきたそうだ。まあ、なんにしても、俺も随分酔っとったから特に深く考えずに交ぜてしまったんだ。それが悪かった。もう少しで髭まで毟り取られるところだった」

 

「でも、なんにしても法律違反だよ。その吸血鬼はドラゴンの卵なんてどうするつもりなんだろう?」

 

「料理に使うと言っとったな。それも法律違反だが、飼育するよりかはバレにくい。証拠が残らんからな。俺からしたらそんな勿体ないことはできんが──」

 

「料理って……ドラゴンの卵は劇薬なのよ? 食べたらどんな症状が出るか……」

 

 ハーマイオニーは心配そうに言う。

 だがまあ、そこは吸血鬼だ。

 人間とは消化器系の強さが違うんだろう。

 闇の魔術に対する防衛術の授業で少し習ったが、吸血鬼というのは血が濃ければ濃いほど歳を取るのが遅いらしい。

 五百年も生きているのにまだ子供の姿だということは、純血か、それに近い血を持っているのだろう。

 

「お前さんらも賭け事には気をつけろ。あっちゅうまに一文無しになっちまうぞ」

 

 なるほど、有り金全部毟り取られたから機嫌が悪かったのか。

 きっとドラゴンの卵が手に入らなかったのが相当悔しくて、気を紛らわせるためにドラゴンの本だけでも読みに来たに違いない。

 

「いや、ある意味負けて正解だったかも。ハグリッドも知ってることだとは思うけど、ドラゴンを飼育するのは法律違反でしょ? 学校の敷地内で飼ったりしたらあっという間にバレてお金どころか職まで失うところだったわよ?」

 

 私がそう言うと、ハグリッドはしゅんと身体を小さくした。

 

「ああ、わかっとる。これで正解だったと俺も思う」

 

 ドラゴンは魔法界にいる生物の中でもトップクラスに危険な生物だ。

 城の近くで飼われてはたまったものじゃない。

 

「過ぎたことを後悔しても仕方がないからな。次の給料が入るまでパブ通いはお預けだ」

 

 まあ、ホグワーツにいる間は食べるものには困らない。

 ハグリッドが餓死することはないだろう。

 

「でも、僕吸血鬼って見たことないよ。どんな感じの人だった?」

 

 ハリーは聞くと、ハグリッドはそこにあることを確かめるように髭を撫でた。

 

「さっきも言ったことだが、お前さんらより小さな少女だ。背中に大きな羽が生えておらんかったら五百歳なんてとてもじゃないが信じんかったろうな」

 

 背中に大きな羽。

 私はその人物を最近見たような気がする。

 

「ハグリッド。その吸血鬼って薄い青の髪の人?」

 

「なんだ? 知っとるのか?」

 

 私はクリスマス休暇中に漏れ鍋で見た少女について皆に話した。

 ハグリッドは悔しそうに唸り声をあげる。

 

「多分そいつだ。背格好も髪型の特徴も同じだった。くそ、占い師だってわかっとれば交ぜんかったんだが……」

 

 まあ確かに、占いを生業としている者に賭け事で勝つというのはかなり難しいだろう。

 

「レミリア・スカーレット……有名な人なのかな?」

 

 ハリーはハグリッドに尋ねるが、ハグリッドは首を横に振る。

 

「俺に聞かんでくれ。占いのことはさっぱりだ。それこそトレローニー先生に聞くのが一番なんだが……あの先生は塔から降りてこんからな」

 

 ハグリッドはそう言うと、壁にかけてある時計を確認する。

 私も懐中時計を取り出して時間を確認した。

 

「おっと、長話が過ぎたな。もう夕食の時間だ。気をつけて帰るんだぞ」

 

 私たちはお礼を言ってハグリッドの小屋を後にする。

 何にしても収穫はあった。

 スネイプが石の守りに関わっているのだとしたら、どのような守りが施されているか知っている可能性が高い。

 クィレルが口を割ったらいよいよ石は危険な状態に晒されるだろう。

 

「どうするんだハリー」

 

 ロンはハリーの方を伺う。

 ハリーは何か考えるようにしながら校庭を歩いていた。

 

「しばらくは様子を見るしかないよ。スネイプがどうして石を狙っているかはわからないけど、僕たちがどうこうしないといけないことでもないと思う。それこそやばくなったらダンブルドアに相談したほうがいい」

 

 まあ、ハリーの言うことはもっともだ。

 賢者の石を盗まれたところですぐさま私たちの身に危険が及ぶわけでもない。

 逆に下手に首を突っ込んだほうが危険が大きいだろう。

 私たちは談話室へは戻らず、そのまま大広間へと入る。

 そして少しの間賢者の石のことは忘れて夕食を楽しんだ。

 

 

 

 

 試験勉強は日に日に忙しくなっていき、私たちは賢者の石どころではなくなっていった。

 複雑な魔法薬の調合法を暗記したり、呪文学の呪文を羊皮紙に書き写したりしているうちに、ついに試験の日がやってくる。

 ハーマイオニーは十週しかないと言っていたが、まさしくその通りだ。

 十週間など、過ぎてしまえばあっという間だった。

 筆記試験は茹だるような暑さの中、大教室で行われた。

 私は答案用紙に自分の名前を記入すると、ひとまず自分で一通り問題を解く。

 試験時間の半分を使って大体八割ほど空欄を埋めることができた。

 さて、ここから先は私の能力の領分だ。

 私は一度深呼吸をすると、息を止め、ピタリとその場で静止する。

 そしてそのまま時間を止めた。

 私の周囲からペンを走らせる音が一斉に消える。

 私は椅子から立ち上がるとハーマイオニーの近くへと移動し、答案用紙を覗き見た。

 流石ハーマイオニーといったところだろうか。

 答案用紙は全て埋まっており、書き直した後もない。

 私は埋められていなかった答えを暗記すると、自分の席に戻る。

 そして先程と全く同じ姿勢を取り、時間停止を解除した。

 私は暗記した答えを答案用紙に記入していく。

 これで筆記試験に関しては九割以上の点数は取れるだろう。

 問題は実技試験の方だ。

 呪文学の授業ではパイナップルを机の端から端までタップダンスさせるという、なんともフリットウィックらしい試験が出た。

 私は自分の順番が来ると時間を止め、納得がいくまで止まった時間の中で練習をする。

 そしてある程度見せれる練度に達したところで時間停止を解除し、パイナップルに魔法をかけた。

 パイナップルは私の思った通りにステップを踏み、机の端へと移動する。

 私が試験を終えるとフリットウィックは小さく拍手して褒めてくれた。

 変身術の試験はネズミを嗅ぎタバコ入れに変える試験だったが、そこでも私は納得のいくまで止まった時間の中で練習を重ねてから本番に臨む。

 装飾の美しい箱である方が点数が高いとのことだったので、わざわざ試験中に図書室に美術品の写真が沢山載せられている本を探しに行ったのはここだけの話だ。

 マクゴナガルは私が変身させた嗅ぎタバコ入れを見て、少々目を見開いた。

 

「ミス・ホワイト。貴方そこまで上手に変身術を扱えるならどうして普段の授業からやらないのです?」

 

 マクゴナガルのそんな言葉を聞いて、私は少し失敗したと感じる。

 普段の授業で手を抜いていたことがバレたというのもあるが、二年生からの変身術の授業で手を抜けないどころか全力以上を常に出さなければいけなくなってしまった。

 

「は、はは……今日のために練習したんですよ」

 

 乾いた笑いが私の口から溢れる。

 何にしても、二年生からの変身術の授業は少し頑張らなければ。

 そういう意味では、魔法薬学の試験は私にとっては気楽なものだった。

 私は試験前に時間を止めて忘れ薬の調合法を復習すると、いつも通りに材料を鍋に入れ、煮込んでいく。

 そんなに時間が経たないうちに私の魔法薬は完成した。

 私は鍋の中身を小瓶に入れて机の上に提出する。

 薬を試したわけではないが、色と匂いからして私の忘れ薬は完璧に調合されているはずだ。

 魔法薬学の実技試験を最後に、学期末の試験は終わった。

 私は時間を止めて小細工をしていた分、他の生徒より長い時間を起きていたことになる。

 夕食の時間にはすっかり眠たくなっており、私は眠たい目を擦りながら夕食を食べて力尽きるように談話室のソファーに腰掛けた。

 

「ダメよサクヤ……ベッドで寝なきゃ……」

 

 そんな独り言が自然と自分の口から漏れる。

 だが、睡眠欲には抗いきれず、私はそのまま吸い込まれるように夢の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

「サクヤ……サクヤ起きて」

 

 誰かが私の肩を揺すっている。

 私は大きく伸びをすると、自分を起こした相手の方を見た。

 私を起こしたのはハーマイオニーだった。

 談話室には既に私とハーマイオニー、それにハリーとロンしかおらず、静けさに満ちている。

 私はポケットから懐中時計を取り出すと、目を擦りながら時間を確認した。

 

「……もう二十三時じゃない」

 

 どうやら談話室のソファーの上で寝てしまったようだ。

 夕食の時間からと考えると、結構な時間ソファーの上で寝ていたことになる。

 

「ありがとうハーマイオニー。起こしてくれて。ちゃんとベッドで寝るわ」

 

 私はソファーから立ち上がると、大きな欠伸をしながら女子寮へと向かう。

 だが、次の瞬間ハーマイオニーに右手を掴まれ引き戻されてしまった。

 

「なに呑気なことを言ってるのよ。それどころじゃないの」

 

 ハーマイオニーは私を引っ張るとソファーに座らせる。

 私は何かの冗談だと思いハーマイオニーの顔を見たが、その顔は真剣そのものだった。

 その横にいるハリーとロンも、かなり深刻な表情をしている。

 

「……何かあったの?」

 

 私がそう聞くと、ハリーは私がソファーで居眠りをしていた間の出来事を話してくれた。

 試験が終わり考えることが少なくなったハリーは改めて賢者の石のことを考えたらしい。

 今まで狙われていなかった、いや、グリンゴッツに預けるだけで事足りていた賢者の石を、何故今年はホグワーツに移動させたのか。

 それは賢者の石が盗まれそうになっているからに他ならない。

 スネイプが賢者の石を盗もうとしているのは確定事項として、何故石を今盗もうとしているのか。

 賢者の石で一体何を行いたいのか。

 色々考え、ハーマイオニーとも相談した結果、ハリーたちはある結論に達したようだった。

 スネイプは自分自身が使うために石を手に入れようとしているのではなく、自分が忠誠を誓っている相手のために石を手に入れようとしているのだと。

 

「スネイプが忠誠を誓った相手?」

 

 私が聞くと、ハリーは声を潜めて言った。

 

「ヴォルデモートだよ。スネイプはクィレルにどちらに忠誠を尽くすのか決めろと言っていた。闇の魔術に傾倒しているスネイプが忠誠を尽くす相手で、おそらく死にかけているのはヴォルデモートぐらいしかいない」

 

 ……なんとも想像力が豊かなことだ。

 流石に話が飛躍し過ぎている。

 私は小さくため息をつくと、ハリーに言った。

 

「でもたとえスネイプが例のあの人のために石を盗もうとしているとしても、フラッフィーとクィレルの仕掛けた魔法を破らないといけないわけでしょ? だったら何も変わらないじゃない」

 

「思い出してくれサクヤ、ハグリッドがパブで賭け事に負けた時、相手は偶然ドラゴンの卵を持ってたんだ。ドラゴンが欲しくてたまらないハグリッドの前に、偶然違法であるドラゴンの卵を持った人間が現れると思うかい? ハグリッドにその時の状況を詳しく聞いたら、ハグリッドはその人物にフラッフィーの宥め方を教えちゃったって言うんだ」

 

 ハリーはそのままの勢いで捲し立てる。

 

「それで心配になってダンブルドアに相談しに行こうとしたんだけど、ダンブルドアは魔法省への用事で今日はホグワーツにいないんだ。もしスネイプが石を狙っているとしたら、チャンスはダンブルドアが不在の今日しかない」

 

「で、みんなでフラッフィーを飛び越えて賢者の石を守りに行こうってわけ?」

 

 私はハリーの手に握られている透明マントを見る。

 確かハリーがクリスマスプレゼントとしてダンブルドアから受け取ったものだったか。

 ハリーがダンブルドアから聞いた話では、元々透明マントはハリーのお父さんの持ち物だったらしい。

 

「もしスネイプとヴォルデモートが繋がっているとして、スネイプが石を手に入れてヴォルデモートを復活させたら魔法界は終わりだ。奴が魔法界を征服しようとしていた時、どんな有様だったかサクヤも聞いているだろう?」

 

「でも、だからって私たち四人でどうするつもりなのよ。ダンブルドアがいないんだったら副校長のマクゴナガルに相談すればいいじゃない」

 

「とっくにしたさ! 石の守りは万全だから、外で遊んでいろって言うんだ」

 

「だったらその通りなんでしょ。貴方たちが石を守りに行ったところで、フラッフィーの餌になるだけよ。たとえ歌でも歌ってフラッフィーを寝かしつけたとしても、その後に何が待ち構えているかわからない。わざわざ死にに行くことないわ。危ないことは大人に任せましょうよ。それに、マクゴナガルに相談したんでしょう? 流石に今日一晩ぐらいは警備を強化するはずよ」

 

 ハリーの言いたいこともわからないわけではない。

 だが、これはあくまでハリーの妄想でしかない。

 スネイプが怪しいのは確かだが、スネイプがヴォルデモートを復活させようとしているというのは流石に話が飛躍し過ぎている。

 だがハリーの中では石が盗まれたらヴォルデモートが復活してしまうというのは、もはや決定事項のようだった。

 

「もし僕がヴォルデモートだったら、復活したら真っ先に僕を殺す。自分を倒した象徴である僕を殺して、復活したことをアピールするに決まってる。サクヤ、待ってるだけじゃ死が近づいてくるだけだ。僕たちの手で石を守らないと」

 

「ダメよ。危険だわ。それに夜中出歩くだけならまだしも、立ち入り禁止の廊下に入ったことがバレたら相当重い罰則を受けるわよ?」

 

「だからなんだって言うんだッ!!」

 

 ハリーの叫び声が談話室に響く。

 

「ヴォルデモートが復活したらどうせ僕は殺されるんだ! だったらどんなに危険だろうが僕は行く。ベッドの中で殺されるのを待っているよりも随分とマシだから」

 

「行かせないわ。マルフォイと決闘するためにトロフィー室に行くのとはわけが違う。たとえ本当にスネイプがヴォルデモートを復活させるために今夜石を盗もうとしているのだとしても……いや、もし本当にスネイプが今夜賢者の石を盗み出すのなら、尚更肖像画を潜らせるわけにはいかないわ。ハリー、貴方も私も十一歳の子供なのよ? 自分ではもう十分大人だと思っていたとしても、はたから見ればガキでしかない」

 

 私はハリーの額の傷跡を指で突く。

 

「貴方は自分のことを特別だと思っているのかもしれないけど、私から見れば、ただの、十一歳の、無知で、無力な、お子様よ。さっさとベッドに戻って眠りなさい。心配で眠れないなら全身金縛り呪文をかけてあげましょうか? 大丈夫、ベッドまでは運んであげるわよ」

 

 私は肖像画の前に立ち塞がる。

 ハリーは顔を真っ赤にして杖を引き抜いた。

 

「サクヤ……そこをどいてくれ」

 

「杖なんて持ってどうするつもり? ロクに呪文も使えないくせに。その時点で貴方は魔法という不思議で便利な力に依存しているのよ。自分は魔法使いだからなんとかなるってね。本当に覚悟を固めているのだとしたら、杖なんて持たずにこぶしを固めなさい。私一人殴り倒せなくて、貴方はスネイプに勝てるのかしら?」

 

 これでハリーが殴りかかってきてくれるなら万々歳だ。

 ボコボコに返り討ちにして気絶させ、翌朝医務室に放り込めばいい。

 ハリーは私の目をじっと睨むと、ローブに杖を仕舞い込む。

 そして空いた右手をぎゅっと握り込んだ。

 私はハリーの右こぶしに全神経を集中させる。

 

「ペトリフィカス トタルス!」

 

 突然ハリーの腋の下から閃光が走り、私のお腹にぶつかる。

 次の瞬間、私の身体は一直線に伸び、全く身動きが取れなくなった。

 バランスが取れないため、私はそのまま肖像画の方向にバタンと倒れる。

 私は唯一動く眼球だけ動かしてハリーの後ろを見た。

 そこには辛そうな表情で杖を構えているハーマイオニーの姿があった。

 どうやら私はハーマイオニーに全身金縛り呪文を掛けられたらしい。

 

「ごめんなさい、サクヤ。でも、私もハリーと同じ考えだから……」

 

 三人は私を談話室の壁際の踏まれにくい場所へと移動させると、透明マントを被って談話室を出ていった。

 明かりの消えた薄暗い談話室には、金縛り状態のまま動けない私だけが取り残される。

 まさかハーマイオニーに攻撃されるとは思ってもみなかった。

 普段の彼女を見ている限り、他人に暴行できるような人間には見えない。

 私は心の中で大きなため息をつくと、時間を停止させた。

 とにもかくにも、止まった時間の中で金縛りの効果が消えるのを待とう。

 私のこの時間停止という能力は、時間を止めるときと動かすときに力を消費するが、止めている間は特に何の力も消費しない。

 つまりこの止まった時間の中で体力の回復や睡眠、魔法の効果が切れるのを待つことができるのだ。

 私は金縛りの効果が切れるまでの間、この後のことを考える。

 あの様子ではどのような妨害をしても石を守りに行こうとするだろう。

 このままでは三人が危険に晒される。

 折角友達になったのに、その友達を三人同時に失いたくはない。

 

 こうなったら、私が先回りして危険を全て排除するしかない。

 

 フラッフィーを無効化する方法はハリーたちもわかっている。

 その先に何があるかはわからないが、一つ一つ確かめて対策を立てていけば何とかなるはずだ。

 とにかく、今は体力の回復を優先させよう。

 先程までソファーで眠っていたため、あまり眠たくはないが、どうせ金縛りの効果が切れるまでやることはない。

 私は目を瞑ると、そのまま眠りについた。




設定や用語解説

ドラゴンの卵
 原作ではここでハグリッドがドラゴンの卵を手に入れ、育て始めることによってひと悶着起きる。具体的にはドラゴンが原因でハリーとハーマイオニーが罰則を貰い禁じられた森に傷ついたユニコーンを探しに行ってそこでヴォルデモートと出会いケンタウロスに助けられる。今回は全ての原因となったドラゴンの卵がレミリアのお腹の中のため、ハリー、ハーマイオニー、ネビル合わせて百五十点の減点を貰わなければ禁じられた森でヴォルデモートに会うこともケンタウロスと知り合うこともない

ケンタウロスに会いに来たレミリア
 占い繋がりでたまに禁じられた森を訪問している。勿論お忍びで

レミリアに食べられたノーバート
 原作では孵化したドラゴンにはノーバートという名前がつけられていたが、孵化する前にレミリアのお腹の中に消えた。なお、レミリアからしたらドラゴンの卵は珍味

立ちはだからないネビル
 原作では三人を止めようとするのはネビル。だが、この世界のネビルは五十点の減点を貰っていないので三人の前に立ちはだかる動機がない。原作ではこれ以上点数を減らさないために三人の前に立ちはだかった

立ちはだかるサクヤ
 サクヤからしたら、近くの銀行にライフルを持った強盗が来るから小学生四人で銀行を守りに行こうと提案されたようなもの。勿論、警察は来ない。そんな状況で、「よし、守りに行こう」とは普通思わないし、普通行かせない

全身金縛り呪文を受けるサクヤ
 対象を完全にハリーに絞っていたため、ハリーの背後で呪文を唱えたハーマイオニーに気が付かなった

時間停止中の回復
 サクヤの中では時間停止というのはオンオフを切り替えるもので、切り替えるときにしか力を消費しない。時間を止めている最中は特に力を消費することはない。故に、止まった時間の中で休息を取ることもできるし、魔法の効力が終わるのを待つこともできる

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