P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
時計屋を出てしばらくは特にあてもなくふらふらとダイアゴン横丁を見て回った。
高級クィディッチ用品店で無駄に高い箒の手入れグッズを眺めたり、フローリッシュ・アンド・ブロッツで買う気は起きないが少し気になる本を立ち読みしたりする。
流石に本屋でニコラス・フラメルについて調べようとは思わなかった。
ホグワーツの図書室であれだけ調べて出てこないのだ。
本屋で少し立ち読みした程度では特に有益な情報は得られないだろう。
私はフローリッシュ・アンド・ブロッツを出ると、漏れ鍋の方へと歩き始めた。
まだ日が沈むまで時間があるが、どこかで夕食も取らないといけない。
だとしたら、帰りがてら漏れ鍋で何か食べて帰るのが効率的だろう。
私はクリスマスの装飾を眺めながら来た道を戻る。
あと少しで漏れ鍋に辿り着くというところまで来たとき、不意に奇妙な匂いを感じ取り、私は足を止めた。
なんとも形容しがたい匂いがした方向に私は振り向く。
そこには、占いで使う道具が売られている店があった。
先程ここを通りかかったときはこのような匂いはしていなかったが、それは多分まだ開店していなかったからだろう。
店の中では店員と思わしき眼鏡をかけた魔女が、慌ただしく何かを準備していた。
その様子は開店準備というよりかは、何か催し物の準備をしているように見える。
私は占い用品店に近づくと、壁に貼られている張り紙を見た。
『毎年恒例 百年に一度の伝説の夜! 不死の女王によるクリスマスオールナイト占い講演会』
なるほど、占いの講演会の準備をしていたようだ。
確かホグワーツでも三年生から占いの授業が取れるんだったか。
別に占いに興味はないが、普通の人間が行う占いよりかはいくらか信憑性がありそうである。
私は匂いの正体に納得すると、また漏れ鍋に続く道を歩き始めた。
私は漏れ鍋に辿り着くと、カウンターの座面が高い椅子に座り、バーテンダーに話しかけた。
「すみません。夕食をここで取っていこうと思っているんですけど……どんなものがあります?」
バーテンダーは私の顔を見て少し何かを考えていたようだが、不意に思い出したかのように笑顔になった。
「お、マクゴナガル先生に連れられていた嬢ちゃんじゃないか。ちょうどクリスマス特製ローストビーフが出せるよ」
私はバーテンダーの男性に勧められるままにローストビーフを注文する。
十分もしないうちに私の前には薄くスライスされたローストビーフが出てきた。
「何か飲むかい?」
「じゃあバタービールを」
私がバタービールを注文すると、バーテンダーはすぐさまジョッキを取り出してそこにバタービールを注いでくれる。
「はいよ」
ガンと鈍い音を立てて私の前にバタービールがなみなみ注がれたジョッキが置かれた。
だが、私の前に置かれたバタービールはどうも様子が変だ。
私はビールという飲み物はキンキンに冷やして飲む飲み物だというイメージがある。
だが、目の前に置かれたバタービールはうっすらと湯気が立っていた。
冷たすぎて水蒸気が上がっているのかとも思ったが、ジョッキに触れてみると確かに温かい。
「あの、これホットなんですけど……何か間違ってません?」
私はバーテンダーの男性に恐る恐る話しかける。
バーテンダーの男性は軽く首を傾げると、思い出したかのように笑いながら説明してくれた。
「そういえば嬢ちゃんはあんまり魔法界には詳しくないんだったか。実はバタービールはホットで飲む方が主流なんだ。体の芯まで温まるよ」
そんな馬鹿な、と思いつつも私はジョッキに口をつける。
「……おいしい」
「だろう?」
私の予想とは裏腹にホットバタービールは非常に美味しい飲み物だった。
バターの風味と程よく効かされた生姜が身体を中から温めているような気がする。
なんにしても甘い味付けと相まってアイスで飲んだ時とはまた違う飲み物になっていた。
私はローストビーフのほうも一口大に切り分けて口に運ぶ。
こちらも非常に柔らかくローストされており、かけられているグレイビーソースの味も最高だった。
私が夢中になってローストビーフを頬張っていると、後ろの暖炉が緑色に光り輝いた。
何事かと思い、私はフォークを咥えたまま暖炉の方を振り返る。
一体何が起こったのかわからないが、暖炉の前には赤と黒のドレスを着た少女と、ビシッとしたスーツ姿の長身の女性が立っていた。
なんとも奇妙で目立つ二人組だと私は思う。
スーツ姿の長身の女性の方は赤い髪を腰まで伸ばしており、黒いスーツと相まって赤い髪が非常に鮮やかに見える。
ドレスを着た少女の方は肩までの薄い青色の髪に、鮮やかな赤い瞳。
極めつけに背中には大きな蝙蝠のような羽が生えていた。
「おや、これはこれはスカーレット嬢。今夜も講演ですか?」
バーテンダーの男性はグラスを磨きながら暖炉から現れた二人組に話しかける。
羽の生えた少女は一度大きく羽をばたつかせ体についた灰を払うと、バーテンダーに返事をした。
「ええ、今日はいつもの店でクリスマス講演会なの。だから帰りは明け方になると思うわ」
「そうですか……丁度上物のカリブーを仕入れたところだったんですが……」
「また今度にするわ。それとも賞味期限今日までだった?」
羽の生えた少女は冗談めかして言う。
バーテンダーはかなわないと言わんばかりに頭を掻いた。
「ヴィンテージになる前には飲みに来てくださいね?」
「じゃあそれまで精々死なないようにしなさい。少なくとも、まだ貴方の死は見えていないわ」
羽の生えた少女はスーツ姿の女性を引き連れて中庭の方へと消えていく。
なんというか、どこか惹かれる雰囲気を持つ少女だった。
「バーテンダーさん、今の人たちって──」
「ん? ああ、占い師のレミリア・スカーレットさんとその従者の方だよ。ダイアゴン横丁で講演会を開くときはよくここの暖炉に煙突飛行してくるんだ」
「煙突飛行?」
聞きなれない言葉に、私はバーテンダーに聞き返す。
「イギリスの魔法使いの家の暖炉は煙突飛行ネットワークで繋がっていてね。煙突飛行粉を使って自由に暖炉間を移動できるんだ」
なるほど、そんな便利な機能が暖炉に付けられているのか。
まるで瞬間移動装置だ。
「もっとも、繋がっていない家もあるし、意図的に繋げていない暖炉もある。例えば嬢ちゃんの通うホグワーツの暖炉は煙突飛行ネットワークには繋がっていない。談話室の暖炉がネットワークに繋がっていたらホグワーツ生は抜け出し放題だ」
ということは、ここの暖炉からグリフィンドールの談話室に戻ることはできないということだろう。
私は少々残念に思いつつ、ローストビーフの最後の一切れを口の中に入れた。
結局のところ、私はクリスマス休暇の殆どをホテルの中で過ごした。
真冬のロンドンは肌寒く、あまり出歩く気になれなかったというのもあるが、そもそも私は遊び歩くということに慣れていない。
去年のクリスマスは孤児院の子供たちと遊びつつ、ずっと本を読んで過ごしていた。
普通の家庭の子供というのは、クリスマスをどのように過ごすのだろう。
ホグワーツに戻ったらハーマイオニーやラベンダーあたりに聞いてみるのもいいかもしれない。
私はホテルの中をぐるりと見まわし、忘れ物がないかを確かめる。
特にハーマイオニーから送られてきたクリスマスプレゼントがトランクに入っているかをしっかりと確かめた。
ハーマイオニーからはゼンマイ仕掛けの小さなオルゴールが送られてきた。
オルゴールに収められている曲は『スカボロー・フェア』
イギリスでは有名なバラッドだ。
私はもう一度部屋の中を確認し、部屋から出る。
受付でチェックアウトの手続きを済ませると、懐中時計を取り出して時間を確認した。
十時七分、今から歩いてキングズ・クロス駅に向かえばいいぐらいの時間だろう。
私はトランクを片手にロンドンの街を歩く。
のんびりと歩いたつもりだったが、汽車が出発する二十分も前に私は九と四分の三番線に辿り着いた。
「少し早すぎたかしら」
ホテルの部屋を十時五十五分に出てもよかったかもしれない。
私の能力を使えば、一分前にホテルを出ても十一時に出発する汽車に乗り遅れることはないのだ。
私はまだ一人もホグワーツ生が入っていないコンパートメントを探して、中に入る。
手に持っていたトランクを座席の下に滑り込ませ、窓枠に肘をついて頬杖をついた。
のんびりとしたクリスマス休暇は終わりだ。
明日からまた勉学に勤しむ日常が戻ってくるのだろう。
私は窓越しに駅のホームを眺める。
家族との別れを惜しんでいる者、友達とふざけ合いながら汽車に乗り込む者、様々な人間模様が私の目に映った。
「来年からはクリスマスに帰らないっていうのもありかも」
私はコンパートメントの中で呟く。
次の瞬間、コンパートメントの扉がノックされた。
「はぁい」
私は気の抜けた返事をする。
開かれた扉の先にはマルフォイとクラッブ、ゴイルの三人が立っていた。
「ここいいかい? 割とどこも人が入っていてね」
「ええ、どうぞ。このコンパートメントは私が一人で使うには広すぎるもの」
私は開いている座席を示しながら答える。
「悪いね。失礼するよ」
マルフォイはそう言うと、私の正面に腰かけた。
「なんというか、久しぶりに君に会ったような気がするよ。クリスマス休暇前の魔法薬学以来かな?」
「まあ、休暇中には会っていないのだし、多分そうだと思うわ」
マルフォイは親から持たされたのか、早速お菓子の詰め合わせの袋を広げ始める。
「サクヤも好きにつまんでくれ」
「あら、ありがとう」
私は上品にチョコレートが飾られた小さなクッキーを指でつまむと、口の中に放り込んだ。
「そういえば、ドラコは休暇はどうだった?」
「僕の家ではクリスマスは家族と静かに祝っているよ。僕の父上はあまり賑やかなパーティーは好きではないみたいでね」
なるほど、マルフォイ家ではクリスマスは家族と過ごすらしい。
確かにパーティーをして盛り上がるだけがクリスマスというわけではない。
「そういうサクヤはどうだったんだい? 確か孤児院住まいだったっけ?」
「大変慎ましやかなクリスマスパーティーだったわ。一応ローストチキンは出たけど、褒められるような味ではなかったわね。ホグワーツに入学してから本当に舌が肥えた気がする」
「孤児院も大変だな……」
マルフォイは憐れそうな表情を浮かべると、お菓子を私に勧めてくる。
私は遠慮なしにキャンディーをつまんだ。
「どこか裕福な家庭に養子として貰われたら……なんなら、僕の家に来ないかい? 父上はホグワーツの理事もしている。母上も娘が欲しいという話をしていたし──」
「嬉しいお誘いだけど、遠慮しておくわ。ホグワーツに入校している間は衣食住には困らないし、孤児院に帰ると言っても休暇中だけだもの。それに、卒業後はすぐにでも独り立ちしようと思っているわ」
確かに、マルフォイ家に養子に取られるというのは悪くない話なのかもしれない。
だが、私はグリフィンドール生だ。
私にどれだけスリザリンの素質があったとしても、結果的に所属しているのはグリフィンドール。
代々スリザリンであることが誇りのマルフォイ家に養子に取られるのは難しいだろう。
「……そうか。まあ、考えておいてくれ」
甲高い汽笛を鳴らし、窓の外の景色が動き出す。
ホグワーツ特急は次第に線路の継ぎ目を踏むテンポを上げていった。
しばらく私はマルフォイが持ってきたお菓子をつまみながら休暇中の出来事を語り合う。
やはりダイアゴン横丁に買い物に行くのはお決まりのようであり、マルフォイも休暇中に一度ダイアゴン横丁に買い物に行ったようだった。
「まあ、ダイアゴン横丁はノクターン横丁のついでに寄る程度だけどね」
「ノクターン横丁?」
ノクターン横丁という名前は初めて聞いた。
マルフォイの話では、ダイアゴン横丁と隣接する形でノクターン横丁という通りがあるらしい。
「本当に価値のあるものはノクターン横丁でしか手に入らないんだ。その分治安も悪いけどね」
マルフォイは少し誇らしげに言う。
まあ、この歳の男の子は危険な場所に首を突っ込みたがるものだ。
私がノクターン横丁のことをマルフォイから聞いていると、不意にコンパートメントの扉に付けられた窓から視線を感じた。
私は咄嗟にその方向に目を向ける。
その瞬間、扉の前に立っていたハーマイオニーと目が合った。
ハーマイオニーは慌てて通路の奥へと逃げていく。
「誰か覗いていたのか?」
マルフォイが怪訝な声を出した。
「さあ? よくわからなかったわ」
私は適当に誤魔化すと、マルフォイに話の続きを急かした。
私はマルフォイの話を聞き流しつつ、先程のことを考える。
ハーマイオニーはコンパートメントを覗き込んで何をしていたのだろうか。
もし私を探しに来たのだとしたら、コンパートメントに入ってくるはずである。
まるで何か見てはいけないものを見てしまったかのような顔をしていた。
まあ、考えていても答えは出ないだろう。
私はハーマイオニーのことは一旦忘れ、マルフォイの話に相槌を打った。
しばらく他愛もない話をしていると、今度はコンパートメントの扉がノックされる。
「どうぞ」
私が返事をすると、車内販売のおばさんがお菓子が山のように盛られたカートを押しながら扉を開いた。
「坊ちゃんたち何か買うかい?」
「そうだな……じゃあ──」
マルフォイが持ってきたお菓子は決して少なくはなかったが、四人で食べたら割とあっという間になくなってしまった。
マルフォイはガリオン金貨をポケットから取り出すと、適当にカートからお菓子を見繕う。
一分もしないうちに私たちのコンパートメントの座席にお菓子の山が出来上がった。
「はい、毎度あり」
車内販売のおばさんは気前のいいマルフォイに頭を下げると、次のコンパートメントまでカートを押していく。
マルフォイは手に持っていた蛙チョコを座席に放り投げると、コンパートメントの扉を閉めた。
「さあ、ここは僕の奢りだ。好きに食べてくれ」
マルフォイは誇らしげに胸を張る。
別にマルフォイが稼いだ金ではないが、親の金は子の金だ。
今日はお金持ちのマルフォイ家に乾杯しようではないか。
「それじゃあ遠慮なく」
私はお菓子の山の一番上に置かれている蛙チョコの箱を手に取り、開け始める。
開封した瞬間チョコレートの蛙が空中に飛び出したので、私は咄嗟に手で蛙を弾いた。
私が手で弾いた蛙は放物線を描いて飛んでいくと、ゴイルの口の中にすっぽりと収まる。
「あら、ナイスキャッチ」
私がそう言うと、ゴイルは口をもごもごさせながら親指を立てた。
チョコレートはゴイルの口の中に逃げてしまったので、私はおまけの魔法使いのカードだけ箱から引っ張り出す。
そこにはホグワーツに入学してからよく見る魔法使いの顔があった。
「ダンブルドア……」
おまけのカードはダンブルドアだった。
別にカードを集めているわけではないが、ダンブルドアのカードは既に持っていたはずである。
私は興味なさげにダンブルドアのカードを眺めると、ひっくり返して説明文を読んだ。
『アルバス・ダンブルドア 現ホグワーツ校長。近代の魔法使いの中では最も偉大な魔法使いだと言われている。その功績は数知れないが、特筆するとしたら一九四五年に闇の魔法使いであるグリンデルバルドを破ったことやドラゴンの血の十二種類の利用法の発見、ニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などだろう。趣味は室内楽とボウリング』
「ん? ニコラス・フラメル?」
私はずっと探していた名前を意外な場所で発見し、何度かダンブルドアの説明を読み返す。
どうやら私たちが探していたニコラス・フラメルという人物は錬金術師らしい。
錬金術といったら現代化学の基礎を作った学問だ。
錬金術自体は卑金属から貴金属を生み出そうとする学問だが、結果はともあれ研究が無駄だったわけではない。
硫酸や塩酸といった薬品、フラスコなどの実験道具、質量保存の法則などは研究の副産物として生み出されたり、発見されたものだと記憶している。
「ダンブルドアのカードがどうかしたのかい?」
私があまりにもダンブルドアのカードを凝視していたため、マルフォイが私の手元を覗き込んでくる。
私は手に持っていたダンブルドアのカードをマルフォイに手渡した。
「いや、そういえばダンブルドアってホグワーツの校長のイメージが強すぎて、何をした人物なのか知らなかったなぁって」
マルフォイはダンブルドアのカードの説明書きを読むと、興味なさげに私にカードを返してきた。
「やっぱり一番有名なのはグリンデルバルドを破ったことじゃないか?」
「やっぱりそのグリンデルバルドさんは有名な魔法使いなのね」
私が聞き返すとマルフォイは簡単にグリンデルバルドについて教えてくれた。
どうやら今から五十年以上前に魔法族によるマグル支配を掲げて反乱を起こしていた闇の魔法使いらしい。
魔法の技術や力はダンブルドアに敵わなかったものの、人を惹きつけるカリスマ性においては驚異的なものがあったらしく、欧州を中心としてかなりの勢力を持っていたようだ。
「まあ、グリンデルバルドはもう改心してしまったっていう話だ。今は自分が作りあげたヌルメンガードって城の最上階に収監されてるそうだよ」
まあ一九四五年から収監されているとしたら既に四十五年以上牢屋の中で過ごしていることになる。
それだけの長い時間を牢屋の中で過ごせば考え方も変わるだろう。
私はダンブルドアのカードをポケットに入れると、次のお菓子の箱に手を伸ばした。
設定や用語解説
占い用品店
お香や水晶など占いで使う道具を幅広く取り扱う店。売り上げはそこまでよくないが、有名な占い師が講演会の会場として使うことがあるのでそこそこ人は入る。
バタービール
USJで飲めるらしいが、作者はまだ飲んだことがない
カリブー
カリブーの血液をイメージして作られたカナダの酒。鮮やかな赤色をしている。
マルフォイ家に養子に取られる
もし本当に養子に取られた場合、マルフォイルートに突入するフォイ
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