P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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やば、予約忘れた……
バイクの上から投稿します。


洗面台と棍棒と私

 私の横から棍棒が迫る。

 トイレの奥では、今にもまた泣き出しそうなハーマイオニーがこちらを見ていた。

 時間は止めることができない。

 もうすでに、この体勢からでは身を捩って避けることも不可能だ。

 私は咄嗟に左腕を体側で固め、棍棒の衝撃に備える。

 だが、私の予想とは裏腹に、衝撃が来たのは真後ろからだった。

 背後で勢いよく開いた扉が私の体を突き飛ばし、前のめりに地面を転がる。

 横なぎに振られた棍棒は私の頭スレスレのところを通過すると、洗面台一つを粉々に砕いた。

 

「ハーマイオニー! 無事か!?」

 

 扉を開けたのはハリーだった。

 すぐ後ろにはロンの姿も見える。

 何にしても助かった。

 覚悟はしていたことだが、あのまま棍棒を喰らえば粉々になっていたのは洗面台ではなかっただろう。

 利き腕ごと私の肋骨……いや、内臓まで潰されていたかもしれない。

 私はそのまま地面を転がり、トロールの足元を潜り抜ける。

 これでトロールを挟み込む形になったが、私にはトロールに致命的なダメージを与える手段はなかった。

 

「これでも喰らえ!」

 

 ロンは壊れた蛇口を拾い上げると、トロールに投げつける。

 ダメージにはなっていなさそうだが、トロールの意識はロンに向いた。

 

「そのまま引きつけて!」

 

 私はロンにそう叫ぶと、ハーマイオニーの元へと走る。

 

「ハーマイオニー、逃げるわよ!」

 

 そしてハーマイオニーの手を掴んで引っ張るが、ハーマイオニーは腰を抜かしてしまっており、立ち上がれる気配がなかった。

 

「ご、ごめ……脚が……」

 

「便座に座りすぎて痺れたなんて言ったらただじゃおかないわよ!」

 

 私はハーマイオニーを引っ張り起こすと、そのまま肩に担ぎ上げる。

 あまり筋肉のない私の足腰が悲鳴を上げるが、無視できる範疇だった。

 

「やーい、ウスノロ! こっちだ!」

 

 ロンは必死になってトロールに洗面台の破片を投げつけている。

 だが、徐々にロンとトロールの距離は近くなっており、壁に追い詰められるのも時間の問題だった。

 その瞬間、ハリーが後ろからトロールにしがみつき、足をトロールの首に回して肩車のような状態になる。

 まるでプロレスのような動きだが、ハリーの必死の形相からして偶然の産物なのだろう。

 ハリーは杖を握ったまま暴れ牛にでも跨っているかのように振られ、今にも地面に落ちそうだった。

 

「ハリー!」

 

「早く、なんでもいいから呪文を──」

 

 トロールは一際大きく暴れると、ハリーを掴もうと棍棒を持っていない手で頭の周りを探る。

 変に振られたためか、ハリーの杖は深々とトロールの鼻に刺さった。

 あまりの痛みにトロールは膝をつき体を捩って苦しみ、杖を抜こうと頭を振るう。

 その衝撃でハリーは吹き飛ばされ、ロンを巻き込みながらトイレの壁に叩きつけられた。

 

「あとは任せて」

 

 私はハーマイオニーを肩から下ろすと四つん這いになって苦しんでいるトロールの顔面を──要するに鼻に刺さっている杖を思いっきり蹴り込んだ。

 杖は蹴られた衝撃で鼻の裏の骨を貫通し、トロールの脳に深々と刺さる。

 脳に杖が刺さったトロールは数度大きく痙攣すると、そのまま動かなくなった。

 

「いたた……ロン、受け止めてくれてありがと」

 

「いや、巻き込まれただけだよ」

 

 トロールを挟んで向かい側では、ハリーがロンに手を貸して起き上がらせているのが見える。

 あの様子を見るに二人とも大きな怪我はなさそうだった。

 

「これ……死んだの?」

 

 ハーマイオニーは壁伝いに立ち上がりながら震える声で言う。

 私はトロールの鼻に刺さっている杖を力任せに引き抜いた。

 杖が抜けると同時にドロリとした血と髄液が入り混じった液体がトロールの鼻から出てきて小さな血溜まりを作る。

 私は無事な洗面台でハリーの杖を洗いながら答えた。

 

「こいつの体の構造が人間に近いなら死んでるはずよ」

 

 私は水洗いした杖の水分をトイレットペーパーで拭き取り、ハリーに渡す。

 ハリーは恐る恐る杖を手に取り、汚れが残っていないか確認した。

 そうしているうちに、三人の人影が女子トイレに駆け込んでくる。

 先程大広間で気絶したクィレルを先頭に、スネイプ、マクゴナガルだ。

 クィレルは床に倒れているトロールを見て弱々しい悲鳴を上げ、床にへたり込んでしまう。

 スネイプはトロールに近づいていくと、血溜まりに沈むトロールの顔を足で転がした。

 

「死んでいる。お前たちが殺ったのか?」

 

 スネイプは驚愕交じりの目で私たちを見る。

 ハリーとロンは顔を見合わせたあと、私の方を見た。

 あの顔から察するに、どう説明すればいいかわからないのだろう。

 

「……私が殺しました」

 

 私はおずおずと手をあげる。

 スネイプは怪訝な目で私を見ると、トロールの検分に戻る。

 打って変わって顔面蒼白のマクゴナガルが目の前に立ちはだかった。

 

「一体全体どういうつもりなんですか……」

 

 マクゴナガルは血さえ上っていないものの、相当怒っていることが声色から伝わってくる。

 

「運が良くなければ、そこに転がっていたのは貴方たちになっていたんですよ?」

 

 確かにそれはそうだ。

 私も一回は大怪我を負うことを覚悟した。

 無傷でトロールを殺すことができたのは、単純に運が良かったからだろう。

 どう言い訳したものかと迷っていると、私の横で震えていたハーマイオニーが声を絞り出した。

 

「みんな、私を探しにきたんです……」

 

 ハーマイオニーは自分の体を抱くようにしながら続ける。

 

「私……本でトロールのことを読んで……一人で倒せると思って……」

 

 嘘だ。

 ハーマイオニーはロンとの喧嘩が原因でトイレで泣いていた。

 ハーマイオニーがハリーやロン、私を庇おうとマクゴナガルに嘘をついている。

 

「サクヤは私を引き止めようとここまでついてきてくれて……でも、結果として私は何も出来ませんでした。それどころかサクヤまで巻き込んでしまって……ハリーやロンが駆けつけてくれなかったら……私、きっと死んでいました」

 

 ハーマイオニーは俯きながら嘘の顛末をマクゴナガルに伝える。

 マクゴガナルはじっと何かを考えるように私たちを見ると、ハーマイオニーに厳しい口調で言った。

 

「貴方は確かに他の生徒と比べてほんの少し優秀です。ですが、所詮ホグワーツの一年生に過ぎません。まだ十一歳の子供なのですよ? 過度な自信は身を滅ぼします。これに懲りたら二度と無茶なことはしないように。グリフィンドールは五点減点です」

 

 減点と言われ、ハーマイオニーはしゅんと小さくなる。

 先程命の危機に瀕した時よりもダメージが大きく見えるのは私だけだろうか。

 マクゴナガルはハーマイオニーを先に寮に帰すと、今度は私たちに向き直った。

 

「先程も言いましたが、貴方たちは運がよかっただけです。ですが、野生のトロールと対決できる一年生はざらにはいません。一人五点ずつ上げましょう。今日はもう帰りなさい」

 

「わかりました。マクゴナガル先生。おやすみなさい」

 

 私は口早にそう言うと、ハリーとロンの手を引いて逃げるように女子トイレを後にする。

 グリフィンドールの寮へと続く階段を上りながらロンが冗談交じりに言った。

 

「三人で十五点は少ないよな」

 

「ハーマイオニーが五点減点だから実質十点だけどね」

 

 ロンの軽口をハリーが訂正する。

 それに対しロンは不満を垂れた。

 

「ああやって彼女が僕らを助けてくれたのはありがたかったけど、僕たちが彼女を助けたのも確かなんだぜ?」

 

「僕たちが鍵をかけてトロールを閉じ込めなかったら助けは要らなかったかもしれないよ」

 

「貴方たちが鍵をかけたのね」

 

 ハリーとロンは隠していた答案用紙が見つかった時のような反応をする。

 あの時扉が開かなかったのは、この二人が扉に鍵をかけたからだったのか。

 結果としてこの二人に助けられたのは事実だが、この二人が鍵をかけなかったら扉を開けてすんなりトロールを外におびき寄せることができたはずだ。

 

「まあ誰も大怪我を負っていないのだし、何も言わないわ」

 

「うん、ごめん。ありがとう」

 

 私たちは廊下を進み、突き当りにある太った婦人の肖像画の前にたどり着く。

 肖像画の横にはハーマイオニーが一人ぽつんと立っていた。

 ハリーとロン、ハーマイオニーの間に少し気まずい雰囲気が流れる。

 私は小さくため息をつくと、ハリーとロンの背中をドンとハーマイオニーのほうへと押した。

 

「うわっ!」

 

 ハリーとロンはつんのめりながらもなんとかハーマイオニーの手前で踏ん張る。

 二人は文句ありげに私を見たが、私は視線でハーマイオニーのほうを示した。

 

「あー、その……ありがと」

 

 ロンが小さくハーマイオニーに言う。

 

「助けてくれてありがとう。ごめんね」

 

 ハーマイオニーも、恥ずかしそうに二人に返事をした。

 

「はい、じゃあこれで仲直り。談話室に入りましょう?」

 

 私は太った婦人に合言葉を伝える。

 順番に入り口の穴を這い上がり、談話室の中に入った。

 談話室の中では大広間から運ばれてきたのか、ハロウィン料理がテーブルに並んでいる。

 先程たらふく食べたところだが、あんなことがあったあとだ。

 私たちは嬉々として料理に飛びついた。

 

 

 

 

 

 あの一件のあと、ハリーとロン、ハーマイオニーの三人はすっかり仲が良くなった。

 ハーマイオニーは積極的に二人の勉強の面倒を見るようになり、二人もそれを煙たがらずに受け入れるようになった。

 なによりハリーはクィディッチの練習が本格的に始まると、ハーマイオニーの手助けなくては宿題が回らないほど忙しくなった。

 そう、クィディッチシーズンの到来だ。

 自然と生徒の間でクィディッチの話題が多くなっていく。

 私は全くクィディッチのことは知らなかったが、クィディッチの話題を聞いているうちにある程度のルールはわかるようになっていた。

 クィディッチは七人のチームで行われ、四つの役職に分かれている。

 クアッフルと呼ばれるボールを奪い合い、ゴールにシュートするチェイサーが三人。

 クアッフルがゴールに入らないように阻止するキーパーが一人。

 ブラッジャーと呼ばれる選手を邪魔するボールから選手を守るビーターが二人。

 スニッチと呼ばれる素早く飛び回るピンポン玉サイズの飛翔物を追いかけるシーカーが一人。

 チェイサーがシュートを決めると十点。

 シーカーがスニッチをキャッチすると百五十点がチームに入るらしい。

 試合時間は無制限で、シーカーがスニッチを捕まえた時点で試合が終わるようだ。

 

「これシーカーの責任が重すぎない? スニッチをキャッチした時点で試合は決まったようなものじゃない」

 

 授業の合間にホグワーツの中庭に集まって暖を取っていた私は、ハリーが読んでいる『クィディッチ今昔』という本をのぞき込みながら尋ねる。

 熱源はハーマイオニーが持ってきてくれた魔法の火だ。

 瓶に入れて持ち歩けるもので、鮮やかな青い火だった。

 

「昔のルールの名残だね。クィディッチには制限時間がないだろう? 昔はスニッチじゃなくてスニジェットっていう鳥を使ってたんだ。今は保護されてスニッチを使うようになったんだけどね。スニジェットは生き物だからスニッチより賢いし、スタジアムなんて知ったことじゃない。腕のいいシーカーでもなかなか捕まらなかったんだよ」

 

 ロンが私の疑問に答えてくれる。

 

「だから大きな点差がつきやすかったんだ。でも、あまりにも点差が開きすぎると負けているシーカーがやる気をなくすだろう? だからスニジェットを捕まえたら逆転の見込みがある点数にして、試合が長時間白熱しやすいようにしたってわけだな。今は魔法具のスニッチを使っているからスタジアムの外に逃げることもないし、試合も短時間で決まるようになった。連盟でもスニッチの得点を五十点に変更したほうがいいんじゃないかっていう意見は上がってるみたい。でも連盟の上のほうは伝統派が多くて、結局今でもスニッチは百五十点のままってわけさ」

 

 まあ確かに、競技性をあげるならスニッチの点数を下げたほうがいい。

 だが、何百年も基本的なルールは変わっていないのだ。

 今更変更するのには抵抗があるのだろう。

 

「まあなんにしても、試合がどうなるかはシーカーに懸かってるってわけね」

 

「試合の前日にそういうこと言わないでよ」

 

 ハリーはそう言って身を震わせた。

 そういえばハリーのポジションはシーカーだったか。

 

「大丈夫だよハリー。スリザリンなんてけちょんけちょんにしてやれ」

 

 そのようなことを話していると、スネイプが近くを通りかかった。

 スネイプは片足を引きずるようにしながら私たちの横を通り過ぎる。

 だが、通り過ぎてから何かに気が付いたのかこちらに戻ってきた。

 

「ポッター、そこに持っているのは何かね?」

 

 ハリーは素直に手に持っていた本をスネイプに渡す。

 

「図書室の本は校外に持ち出してはならん。グリフィンドール五点減点」

 

「そんな!」

 

 スネイプは本を脇に抱えると、足を引きずりながら中庭を去っていった。

 

「校則をでっち上げたに違いない」

 

 ハリーはスネイプの後姿を忌々しげに見る。

 だが、私はスネイプが怪我していることのほうが気になった。

 

「あの怪我、いつからだっけ? ハロウィンパーティーの前は普通に歩いていたわよね?」

 

「女子トイレに駆け付けた時は引きずっていた気がするわ」

 

 私の問いにハーマイオニーが答える。

 あのような状況でも周囲をよく観察しており、尚且つ覚えているというのは実にハーマイオニーらしい。

 

「知るもんか。でもすっごく痛いといいよな」

 

 ロンはつまらなさそうにそう言った。

 

 

 

 

 その日の夜、いつも以上に騒がしい談話室で私はハーマイオニーと一緒に呪文学の宿題を片付けていた。

 もっとも、ハーマイオニーはとっくの昔に自分の分は終わらせており、今はハリーとロンの宿題を見ているのだが。

 宿題をハーマイオニーにチェックしてもらっている間、ハリーは手持ち無沙汰に暖炉の火をじっと見ている。

 だがどうにも落ち着かないのか、ソファーから立ち上がって言った。

 

「本を返してもらいに行ってくる」

 

「大丈夫か?」

 

 ロンは心配そうにハリーに聞いた。

 

「大丈夫。本を取りに行くだけだよ」

 

 ハリーはローブを着込み始めるが、ただでさえハリーはスネイプに毛嫌いされている。

 トラブルになることは目に見えていた。

 

「ハリーは宿題がまだ残ってるでしょう? 私が行ってくるわ」

 

 私はハリーの額を指で軽く押してソファーに座らせると、背もたれに掛けていたローブを手に取る。

 

「そんな、悪いよ」

 

「明日はクィディッチの試合でしょう? 余計なトラブルを抱えないようがいいわ。それに、ハリーと比べて私はそこまでスネイプに嫌われていないようだし」

 

 不思議と私はそこまでスネイプにキツく当たられることがない。

 多分私がマルフォイのお気に入りだからだろう。

 

「大丈夫。本を取りに行くだけ、でしょう?」

 

 私はローブを着込むと肖像画を押し開いて談話室を出る。

 そして階段を下り一階にある職員室に辿り着いた。

 私は数回職員室の扉をノックする。

 そのまましばらく待ったが、誰も返答しなかった。

 

「誰もいないのかしら」

 

 職員は職員室とは別に自室を持っている。

 すでに全員自室に戻ってしまったのだろうか。

 勝手に職員室に入って本を取ってくるか、このまま談話室に引き返すか迷っていると、中から微かにスネイプの声が聞こえた。

 なんだ、いるじゃないか。

 私はもう一度ノックするためにこぶしを軽く上げた。

 

「忌々しい犬め。三つの頭に同時に注意することなんてできるか?」

 

 ノックしようとした瞬間、確かにスネイプはそう言った。

 忌々しい犬?

 三つの頭?

 私はスネイプが怪我を負った原因を察する。

 スネイプはあのケルベロスに噛まれたのだ。

 どのタイミングだ?

 ハロウィンの朝、大広間ですれ違ったときは普通に歩いていたと記憶している。

 ハーマイオニー曰く、女子トイレに駆け付けたときには怪我を負っていた。

 

「ということは、あの騒ぎに乗じてスネイプは四階の廊下に入った?」

 

 一体何のために?

 ホグワーツの教師であるスネイプが守られているものを盗もうとするとは思えない。

 だとしたら、トロールの侵入を何者かの陽動とみて、確認しにいったのか?

 もしそうだとしたら自分たちが仕掛けた罠で怪我したことになる。

 ミイラ取りがミイラではないが、狩人罠にかかるというやつだ。

 

「そうだとしたら相当間抜けね」

 

 私は心の中でクツクツ笑うと、今度こそ大きな音が出るように扉をノックした。

 

「誰だ!」

 

 中からスネイプの声が聞こえてくる。

 私は扉越しに声を張り上げた。

 

「グリフィンドール生のサクヤ・ホワイトです! スネイプ先生に用事があって参りました!」

 

「少し待ってろ」

 

 すぐに動ける状態ではなかったのか、返事があってから数分経ってようやく職員室の扉が開く。

 スネイプは私を見下ろすと、いつも通りの口調で言った。

 

「何の用だ?」

 

「ハリーから取り上げた本を返してほしくて……あの本、私が図書室で借りたのですが、返却期限が迫ってるんです」

 

「私が返却しておくから、早く談話室に戻りなさい」

 

 スネイプはそう言って扉を閉めようとする。

 私はできるだけ不安そうな声色を作って言った。

 

「そんな! 先生は怪我をされているのに……私が借りた本ですので、私が責任をもって返却します」

 

 スネイプは何かを考えるように数秒黙ると、職員室の奥に声をかける。

 

「フィルチ、そこにある本を持ってこい」

 

 どうやら管理人のフィルチも一緒にいたらしい。

 スネイプはフィルチから本を受け取ると、私に突き出した。

 

「ありがとうございます」

 

 私は本を両手で抱え、深くお辞儀をすると図書室の方向へ走り出す。

 

「こら! 廊下を走るな!!」

 

 期待通りのフィルチの怒鳴り声が聞こえたため、私はわざとらしく早歩きをした。

 廊下の角を曲がったところで私はぴたりと止まると、グリフィンドールの談話室がある八階へと続く階段のほうへ歩き出す。

 上手いこと焦った風を装えただろうか。

 私は本を小脇に抱えてグリフィンドールの談話室へと戻る。

 談話室の中では先程と同じ場所でハリーとロン、ハーマイオニーが明日のクィディッチの試合の話をしていた。

 

「あ、サクヤ。おかえり」

 

 私はスネイプから返された本をハリーに渡す。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。宿題は無事終わった?」

 

 私はハーマイオニーのほうを見る。

 ハーマイオニーは二人の宿題が書かれた羊皮紙を軽く持ち上げた。

 

「なんとかね。サクヤのほうこそ大丈夫だった? 変なことされてない?」

 

「されてたらスネイプは今頃アズカバンよ」

 

 私はハーマイオニーに軽口で返すと、先程まで座っていたソファーにローブをかけ、腰掛けた。

 

「それに、面白い話が聞けたわ。スネイプのあの怪我、どうもフ……ケルベロスにやられたみたいなの」

 

 一瞬フラッフィーと言いそうになる。

 私があの犬の名前を知っているのは色々と不自然だ。

 三人の認識では、私はあの犬のことはハリーやロンから聞かされただけなのだから。

 

「あの犬にスネイプが?」

 

 ハリーとロンは顔を見合わせる。

 

「つまり、スネイプはあの犬が守っている何かを狙ったのか?」

 

「いや、あの犬が守っている何かを奪われないために先回りしたんでしょ」

 

 ハリーの見当違いの予想に、私は咄嗟にツッコミを入れてしまう。

 

「でもスネイプが盗みに入ろうとしたのかもしれないだろ?」

 

 ロンはハリー寄りの考えのようで、ハリーの意見に同意する。

 

「確かに意地悪だけど、ダンブルドアが守っているものを盗もうとする人ではないと思うわ」

 

 逆にハーマイオニーは私の意見に同意した。

 

「おめでたいよ。先生はみんな聖人君子って思ってないか?」

 

 ロンにそう言われて、ハーマイオニーはわかりやすくムッとした。

 

「ほら、喧嘩しないの。それに、職員室にはフィルチもいたわ。もし盗みに入ったのだとしたら、フィルチにそのことを話さないと思うけど」

 

「うーん、確かに……」

 

 ハリーは本を手に持ったまま考え込む。

 どうにも納得はしていないようだった。

 

「なんにしても、あの犬は何を守っているんだろう?」

 

 ロンの疑問はもっともだ。

 グリンゴッツに強盗に入るほどの重要な何か。

 ホグワーツで厳重に守らなければいけないほどの何か。

 考えても答えが出るものではないが、ハリーたちとケルベロスについて調べた時のような軽い空気はそこにはなかった。

 トロールの件が守られている何かに関係しているのだとしたら、私たちは事件に巻き込まれた当事者だ。

 何が隠されていて、誰が狙っているのか。

 興味本位ではなく、己の身を守るために知らなければならないような気がした。




設定や用語解説

予約忘れた
 毎週土曜日19時にセットする予約を忘れたのに気がつき、信号待ちを利用してバイクの上から投稿。結果五分の遅れが出た。また、バイクに乗りながら小説を投稿したのは生まれて初めて。

スニッチキャッチの点数
 ほぼ独自解釈。でもそう考えるとスニッチキャッチが百五十点なのにも納得がいくというもの。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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