P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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飛行訓練と思い出し玉と私

 ホグワーツに入学してからしばらくして、談話室の掲示板に一枚の羊皮紙が貼られた。

 その羊皮紙には飛行訓練が行われる旨と、場所と日時が書かれている。

 

「うげっ、スリザリンと合同かよ」

 

 私の横でお知らせを読んでいたロンが嫌そうに呟く。

 私はそうでもないのだが、ハリーとロンはスリザリンと、特にマルフォイたちと仲が悪かった。

 

「そらきた。最悪だよ……マルフォイの前で箒に乗って、物笑いの種さ」

 

 ハリーは卑屈な表情を浮かべて冗談を言う。

 

「自分に箒の才能がないって決めつけるのは良くないわ。一度も乗ったことがないってことは、無限の可能性を秘めてるってことなんだから」

 

「そうさ、きっとうまく乗れる。それにマルフォイのやつ、散々自慢してるけど口先だけだよ」

 

 ロンはそう言っているが、私の予想ではマルフォイはそこそこ箒には乗れると思っている。

 入学前にこっそりクィディッチ用の箒を持ち込もうとしていたほどだ。

 よっぽど箒に乗るのが好きなのだろう。

 

「まあ木曜日が来ればわかるわよ」

 

 かく言う私も空を飛んだ経験はない。

 魔法使いが空を飛ぶと言ったら箒だが、箒に跨って飛んでいる自分を、全く想像できなかった。

 飛行訓練が行われる木曜日の朝。

 やはり皆飛行訓練を楽しみにしているのか、いつもよりも大広間は騒がしい。

 私はミートパイを齧りながら、壊れたラジオのように本で読んだ箒の乗り方のコツを話すハーマイオニーの隣で相槌を打っていた。

 結局あの後ハーマイオニーとはなし崩し的に仲直りをしたが、ハリーとロン、ハーマイオニーの間には大きな溝を感じる。

 互いに話しかけることは無いものの、顔を合わせると険悪なムードが漂っていた。

 ハーマイオニーを挟んで反対側には、藁にも縋る思いでハーマイオニーの話を一言たりとも聞き逃さまいとしているネビルがいる。

 地に足を着けていたとしても危なっかしいネビルだ。

 足が地面から離れたら、何が起こるかわかったものではなかった。

 ハリーとロンはというと、机の反対側で朝食を取っている。

 私がハーマイオニーの話に適当に相槌を打っていると、大広間にフクロウたちが一斉に舞い込んでくる。

 私に郵便が来たことはなかったが、横にいるネビルはしょっちゅう実家から忘れ物が届けられていた。

 

「ばあちゃんからだ! 入学祝いに買ってくれた『思い出し玉』を家に忘れてきたんだけど、それを届けてくれたみたい!」

 

 ネビルは小包の中から手のひらサイズのガラス玉を取り出す。

 思い出すための道具を忘れるというのがなんともネビルらしいが、ネビル本人はとても嬉しそうだった。

 

「中の煙が赤くなったら何かを忘れているってことなんだ。見てて……って、あれ?」

 

 ネビルは思い出し玉をぎゅっと握り込む。

 すると中の煙はみるみるうちに赤く染まった。

 

「僕、何を忘れてるんだろう?」

 

 ネビルは不安そうな顔で頭を捻る。

 何を忘れているか思い出せなければ何にも意味がない。

 ネビルが思い出そうとしていると、近くを通りかかったマルフォイがネビルの思い出し玉を引ったくった。

 それを見て、ハリーとロンが弾けるように立ち上がる。

 

「待って」

 

 私は今にも喧嘩を始めそうなハリーとロンを制すと、立ち上がってマルフォイの方を向く。

 マルフォイは私の姿がハーマイオニーの陰に隠れて見えていなかったのか、私と目を合わせると途端にバツの悪そうな顔をした。

 

「ドラコ、一言断った方がいいわ。見せてって」

 

「あ、ああそうだな。ごめん」

 

 マルフォイはネビルに思い出し玉を押し付けると、逃げるようにクラッブ、ゴイルを連れて去っていった。

 

「ありがとう」

 

 ネビルは小さい声で私にお礼を言う。

 私としてはここで問題を起こされて厄介ごとに巻き込まれる方が御免だった。

 マルフォイとは魔法薬学でペアを組んでいるため、彼との仲が悪くなると、今後魔法薬学の時間気まずくなる。

 それは避けたいところだ。

 

「ヒュー、あのマルフォイもサクヤの前じゃかたなしだな。何か弱みでも握ってるのか?」

 

 ロンが満足げな顔でベーコンを齧る。

 

「さあ? マルフォイとは何もないはずだけど……」

 

 私はスリザリンの机に移動したマルフォイの背中を見る。

 入学してすぐにここまで嫌いあえるということは、相当相性が悪いのだろう。

 

 

 

 

 

 午前、午後の前段の授業が終わり、飛行訓練の時間がやってきた。

 校庭には箒が並べられており、グリフィンドールとスリザリンに分かれて固まっている。

 

「さあ飛行訓練を行いますよ! 何をボヤボヤしているんですか!」

 

 飛行訓練を担当しているマダム・フーチが城の方からこちらに駆けてきた。

 私の感覚では五十歳程に見えるが、既に百歳近い歳らしい。

 マクゴナガルも七十前後の歳だと言うし、魔法使いは若作りが上手い。

 

「みんな箒の側に立って! さあ早く!」

 

 フーチはやってきて早々に生徒たちに指示を飛ばす。

 私は言われた通りに箒の横に立った。

 

「右手を箒の横に突き出して! 『上がれ!』と言う」

 

 フーチに言われた通り皆が一斉に箒に手をかざし、口々に上がれと言い始める。

 

「上がれ」

 

 私も皆と同じように自分の横に置かれた箒に向かって言った。

 だが私の箒はコロンと地面を転がっただけだった。

 周囲を見回すと、何人かは手に箒を握っている。

 上手くいけばあのように箒が浮き上がるのだろう。

 

「上がれ」

 

 私は冷静にもう一度試す。

 今度は箒はピクリとも動かなかった。

 ふむ、何かコツがあるのだろうか。

 私は箒の先につま先を引っ掛けると、足で蹴り上げて右手でキャッチする。

 ちょっとズルだが、授業が進まないよりかはいいだろう。

 そのあとフーチは滑り落ちない箒の跨り方をやってみせる。

 生徒たち、特に今まで箒に乗ったことのない者は見様見真似で箒に跨った。

 フーチは生徒たちを見て回って握り方や跨り方を指導していく。

 

「ホワイト、握り方が少し違うわ。もう少し体の近くを握りなさい」

 

「こうですか?」

 

 私はフーチに言われた通りに握り方を直す。

 フーチは全員の姿勢を点検すると大きな声を張り上げた。

 

「私が笛を吹いたら強く地面を蹴ってください! 箒をしっかり押さえ、二メートルほど浮き上がったらそこで止まり、そしてゆっくり降りてきてください!」

 

 フーチは鋭い視線で生徒たちを見渡す。

 そして笛を咥えながらカウントダウンを始めた。

 

「いいですか……一、二の──」

 

 フーチが笛を吹こうと大きく息を吸い込んだ瞬間、私の横にいたネビルが焦って笛が鳴る前に地面を蹴ってしまう。

 私は咄嗟に手を伸ばしてネビルのローブの襟を掴んだ。

 掴んでから、それが間違いだと悟った。

 脱臼しそうになるほどの勢いで私は腕を引っ張られる。

 箒の推進力は私が思っていたよりも高く、人間二人分の重さなどものともせずにあっという間に十メートル以上上昇した。

 

「ネビル! しっかり箒を掴みなさい!」

 

 時間を止めて私だけでも逃げようかとも思ったが、私の体はもう宙に浮いてしまった。

 もうすでに時間停止を使ってこっそり事態を打破することはできない。

 私はネビルの箒の先端に足を引っ掛けると掴んでいた襟から手を離す。

 そのまま引っ掛けた足を軸にして箒の先端を掴み直すと、逆上がりの要領でネビルの前に跨った。

 

「サクヤッ!!」

 

 ネビルは歯をガチガチと鳴らしながら私のお腹に両手を回ししっかりと掴まる。

 私としても重心が安定していた方が操作がしやすい。

 

「サクヤ! 降りてこれますか!!」

 

 下からフーチの声が聞こえてくる。

 

「ネビル、もう大丈夫よ。大丈夫だから」

 

 私の後ろですすり泣く声が聞こえてくる。

 私は空いている地面を確認すると、ぐっと箒の先端を下に押し込んだ。

 私とネビルを乗せた箒はゆっくり降下していき、無事地面に着陸する。

 その瞬間拍手喝采が私を包んだ。

 

「すっげぇ! なんだ今の!」

 

 ハリーと同部屋のシェーマスが興奮したように叫ぶ。

 ハリーやロンも安堵の笑みを浮かべながら手を叩いていた。

 

「通しなさい! ほら、道を空けて!」

 

 取り囲む生徒を押し除けながらフーチが私たちに近づいてくる。

 フーチは心配そうに私とネビルの怪我の状態を確認した。

 

「ロングボトムのほうは……大きな怪我はなさそうですね。痛いところはありますか?」

 

 ネビルは急上昇した時に貧血状態になったのか、顔が真っ青だった。

 今にも吐き出しそうな顔をしている。

 

「ホワイト、貴方もなんて無茶を……一歩間違えば箒から落ちて大怪我していたところですよ! 怪我はありませんか?」

 

 私はネビルの襟を掴んだ右腕をグルリと回す。

 やはり筋を痛めたようだ。

 右腕の節々が少し痛んだ。

 

「少し痛めたみたいです」

 

 フーチはネビルの顔色と私の腕を交互に見ると、私たちを取り囲んでいる生徒の方に顔を向ける。

 

「私はこの子たちを医務室に連れていきますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにしておくように。勝手に箒に乗ったりしたらクィディッチの『ク』の字も言う前にホグワーツから出ていって貰いますからね!」

 

 フーチは生徒たちにそう言いつけると私とネビルを連れてホグワーツ城の方へと歩き始める。

 私は少し腕が痛いだけで歩くのにはなんの支障もなかったが、ネビルの方はフーチに支えて貰わなければ立つことすらままならなかった。

 私たちはそのままホグワーツ城を進み、医務室へとたどり着く。

 

「マダム・ポンフリー! いらっしゃいますか?」

 

 フーチは医務室の扉を開けると、大きな声でポンフリーを呼ぶ。

 ホグワーツの校医であるポンフリーはフーチの大声に大慌てで扉口へと駆けてきた。

 

「フーチ先生、医務室ではお静かに。患者ですか?」

 

 ポンフリーはネビルの顔を覗き込む。

 

「この子は体調が優れないようで、この子は右腕を少し痛めたようです」

 

 フーチが先程の状況をポンフリーに説明する。

 ポンフリーはそれを聞くとネビルと私を椅子に座らせた。

 

「ではこの子達は私が預かります。先生は授業に戻ってもらって大丈夫です」

 

「よろしくお願いします」

 

 フーチはそう言うと、医務室から出ていった。

 ポンフリーは棚を漁り小さな小瓶を取り出す。

 

「ほら、これを飲んで」

 

 ポンフリーはネビルに小瓶の中身を飲ませると、ベッドに寝かせた。

 

「次は貴方ね」

 

 睡眠薬でも飲まされたのか、ネビルは既に眠りに落ちている。

 

「服を脱いで右腕を見せてちょうだい。もしかしたらどこか脱臼しかけているかもしれないわ」

 

 私はネビルがよく寝ていることを確認すると、ローブと上着を脱ぐ。

 ポンフリーは私の右腕を優しく手に取ると、肩から順番に関節の状態を確かめ始めた。

 私は少々時間が掛かりそうだったので窓の外を見る。

 そこには箒に乗って睨み合っているマルフォイとハリーの姿があった。

 

「なにやってるんだか」

 

 先程箒に乗るなと言われたばかりだが、そんなことは些細なことだと言わんばかりにマルフォイとハリーが何かを言い合っている。

 マルフォイの手にはガラス玉が握られており、私の記憶が正しければあれはネビルの思い出し玉だった。

 マルフォイは突進してくるハリーを間一髪で避けると、手に持っていた思い出し玉を宙に放り投げる。

 その瞬間、ハリーは落下する思い出し玉を追うように地面へと急降下した。

 

「──ッ! 馬鹿!」

 

 私はポンフリーが腕を診ていることも忘れて窓の下を覗き込む。

 そこには思い出し玉を見事キャッチして歓声を浴びているハリーの姿があった。

 

「こら、まだ治療の途中ですよ」

 

「あ、すみません」

 

 私はほっと息をつくと、先程まで座っていた椅子に座り直す。

 ポンフリーは杖を取り出すと、呪文を唱えて私の腕に魔法を掛けた。

 すると先程までギシギシと痛んだ関節が軽くなり、痛みも消える。

 どうやらこれぐらいの怪我なら一瞬で治すことができるようだった。

 

「はい、終わりました。こっちの子はもう少し寝かせておきますが、貴方は授業に戻ってよろしい」

 

「ありがとうございました。マダム・ポンフリー」

 

 私はポンフリーにお礼を言うと、医務室を出て校庭へと戻る。

 その途中でハリーを半ば引きずるように歩くマクゴナガルに出くわした。

 

「おや、ミス・ホワイト。もう腕は大丈夫なのですか?」

 

 フーチから私のことを聞いたのか、マクゴナガルは私の右腕の心配をする。

 

「はい、すっかり良くなりました」

 

「そうですか。貴方は授業に戻りなさい。私はポッターと大事な話があります」

 

 マクゴナガルはそう言うと、ハリーを連れて廊下の曲がり角に消えていく。

 勝手に箒に乗ったことで罰則でも食らったのだろうか。

 いや、にしてはマクゴナガルの表情は柔らかかった。

 

「よくわからないわね」

 

 マクゴナガルと比べ、ハリーの方は今にも死にそうな顔をしている。

 あの顔を見る限りでは退学を宣告されたようにしか見えないのだが。

 まあ考えていても答えは出なさそうなので飛行訓練の授業に戻ることにしよう。

 私は城を出て校庭へと戻る。

 授業は少し進んでおり、フーチの統制のもと少し浮かんでは地面に降りるという訓練を行っていた。

 

「今戻りました」

 

 私は近くに落ちている箒に手をかざす。

 すると箒は自然に飛び上がり、私の手の中に収まった。

 

「腕はもう大丈夫ですか? 今日は見学でも構いませんが」

 

 フーチは生徒から目を離さないようにしながら私に声をかける。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「そうですか。では端にお並びなさい」

 

 私はフーチに言われた通りに端っこに移動すると、そのまま飛行訓練に参加した。

 

「サクヤ、大丈夫かい?」

 

 私の横でつまらなさそうに飛行訓練を行っていたマルフォイがささやき声で声を掛けてくる。

 彼からしたら、こんな初歩の初歩は今更歩き方を習っているようなものだろう。

 

「ロングボトムのマヌケめ。自分一人で怪我するならまだしもサクヤまで巻き込むなんて」

 

「私が勝手に手を出したのよ。でも、心配してくれてありがとね。怪我はマダム・ポンフリーがスッカリ良くしてくれたわ」

 

 私は箒に跨ると、フーチの指示で箒で飛ぶ練習をする。

 箒なんかで空が飛べるわけがないと思っていたが、一度あんなにアクロバティックに飛んだあとだ。

 一度飛べるものと認識してしまえば、あとは感覚でどうにかなるものだった。

 しばらく基礎的な訓練を行い、授業の後半はフーチの監視のもとある程度自由に飛んでもいいことになった。

 マルフォイは意気揚々と箒を上昇させ、ホグワーツ城を回り始める。

 私は校庭の隅に座り、自由に飛び回る生徒を眺めた。

 

「サクヤ! もう怪我は大丈夫なの?」

 

 箒で飛んでいたロンが私の横に着地する。

 私は大きく肩を回して見せた。

 

「もう痛みもないわ。そもそもそこまで痛かったわけでもないけど」

 

 私がそう言うと、ロンはホッとしたようにため息をつく。

 

「こっちは気が気じゃなかったよ。サクヤはネビルと吹っ飛んでいくし、ハリーはマクゴナガルに連れていかれちゃうし」

 

「それよ。こっちに戻る途中でマクゴナガル先生とハリーに会ったんだけど……」

 

 私がそう言うと、ロンは少し表情を暗くした。

 

「ハリーがマルフォイの挑発に乗って箒に乗ったところをマクゴナガルに見つかっちゃって連れていかれちゃったんだ。フーチは勝手に箒に乗ったら退学だって言ってたけど……」

 

 ロンが心配そうにホグワーツ城を見る。

 確かにフーチはそう言っていたが、そんな些細なことで退学になるとは思えない。

 

「きっと大丈夫よ。流石にそんなことで退学にはならないと思うわ。ドラッグや売春なら話は別だけど」

 

「ドラッグ? マグルの学校じゃ薬を飲んだら退学になるの?」

 

「……魔法界には麻薬よりヤバい魔法薬が溢れてそうね」

 

 私は横に置いていた箒を掴むと、習った通りに跨る。

 そのまま上空へと飛び上がり、マルフォイの後を追ってグルリとホグワーツ城を一周した。




設定・用語解説

サクヤにとことん弱いマルフォイ
 サクヤが間に挟まっていることで、原作ほどハリーとマルフォイの仲は悪くない。良くもないが。

吹っ飛ぶネビルとサクヤ
 一歩間違えば脱臼もの。

麻薬
 魔法界には惚れ薬や真実薬、幸福薬などといったやばい薬が沢山ある。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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