P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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歓迎会と立ち入り禁止の廊下と私

 組み分け帽子とのひと悶着の結果、私の入る寮はグリフィンドールに決定した。

 一体どんな理由で組み分け帽子は私をグリフィンドールに入れようと思ったのかはわからないが、結果としては私の希望通りだった。

 

「随分長かったな。僕が今まで見てきた中では最長かもしれない」

 

 横に座っている上級生がからかい交じりに言う。

 

「やっぱり長かったですよね」

 

「いやでも、無事寮が決まって何よりだよ。グリフィンドールへようこそ」

 

 上級生はそう言って私に右手を差し出す。

 私は握手に応えながら自己紹介をした。

 

「サクヤ・ホワイトです。これからよろしくお願いします」

 

「オリバー・ウッドだ。グリフィンドールのクィディッチのキャプテンをやってる。君はクィディッチはやるかい?」

 

 クィディッチ、どこかで聞いたことがあるような気がするが、よく思い出せない。

 だが、キャプテンということはクィディッチはスポーツのような何かなのだろう。

 

「すみません、私魔法界のことはよく……」

 

「っと、それならクィディッチのことは知らないか。だが大丈夫だ。すぐにクィディッチが好きになる!」

 

 何が大丈夫かはわからないが、彼のクィディッチに対する情熱は本物のようだった。

 そうしているうちに、最後の生徒の組み分けが終わり、教師陣の中央に座っていた老人が立ち上がる。

 それを見て、皆がその老人に注目した。

 私はその老人を見たことがある。

 ホグワーツ特急で食べた蛙チョコのおまけのカードの中に、その老人のカードがあった。

 

「彼がアルバス・ダンブルドア。この学校の校長だ」

 

 横に座っているウッドが説明してくれる。

 ダンブルドアはにっこりと笑うと、大きな声で話し始めた。

 

「おめでとう新入生諸君! おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言言っておかねばの。では、いきますぞ。そーれわっしょい! こらしょい! どっこいしょ! 以上!」

 

 ダンブルドアの良くわからない挨拶に、皆が大きな歓声とともに拍手喝采する。

 本当に意味が分からないが、あのよくわからないノリは嫌いではなかった。

 ダンブルドアが座った瞬間、目の前の机に料理が出現する。

 どうやら歓迎会とやらが始まったようだった。

 私は目の前に並んでいる料理に舌鼓を打つ。

 時間停止という能力を持っている私だが、孤児院という特性上、好きなものが食べられるわけではない。

 朝昼晩と皆で一緒に食事を取る関係上、私が食べる料理はいつも質素だった。

 

「凄い料理……もしかして毎日こんな料理が?」

 

「流石に毎日ではないな。でも、ホグワーツの料理は美味しいぞ。僕が保証する」

 

 ウッドはそう言いながら自分の皿にローストビーフを山盛りにしている。

 

「ほら、サクヤも食え食え。なにが好きだ?」

 

 そう言ってウッドは私の皿に色々な料理をよそい始めた。

 ローストビーフにローストチキンにベーコン、ステーキ、グリルポテトにラムチョップ。

 彼の好みなのか、皿には肉ばかりが乗っていた。

 私はフォークを手に取ると、ローストビーフを突き刺す。

 本でしか読んだことのない料理だ。

 肉が赤いが、ちゃんと火が通っているのだろうか。

 私は恐る恐るローストビーフを口の中に入れる。

 

「……美味しいわね」

 

「だろう? ここの料理は全部旨いが、イチ押しはローストビーフだね」

 

 ウッドはそう言って自分の皿の肉を口の中に詰め込み始める。

 私も負けじと自分の皿の料理を口の中に放り込んだ。

 どの料理も今まで食べたことがないぐらい美味しい。

 組み分けの時の殺伐とした空気はどこへやら、私は心行くままに料理を楽しんだ。

 

「ほほう。君が組み分け困難者かな?」

 

 私が料理を楽しんでいると、不意に机の下から声がかかる。

 次の瞬間、机の下から半透明の何かが机を突き抜けてせり上がってくる。

 半透明のそれははっきりとした人型をしており、私は直感的にそれがゴーストであるとわかった。

 

「組み分け困難者?」

 

 私はゴーストが実在していたことに内心驚きつつも、ゴーストに聞く。

 ゴーストは私が驚かなかったためか、少々悔しがりつつ私の質問に答えた。

 

「組み分けに五分以上の時間が掛かった新入生をそう呼ぶのですよ。意外かもしれませんが、あの組み分け帽子が五分以上悩むというのは物凄く珍しいことなのです」

 

 ゴーストはマクゴナガルを見ながら続ける。

 

「ここ十年以上組み分け困難者は出ておりませんでした。まあ珍しいことではありますが、悪いことではありません。そもそも組み分け困難者という単語自体知っている生徒は少ないでしょう」

 

 ゴーストはそう言うと、今度は自分の自己紹介を始めた。

 

「おっと、申し遅れました。私はニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿といいます。グリフィンドール付きのゴーストです」

 

「やあ、ほとんど首無しニック。厨房でピーブズが暴れたんだって?」

 

 横にいるウッドがゴーストをそのように呼んだ。

 ほとんど首無しとはどういう意味だろうか。

 

「やあ、ウッド。いい夜ですね。ピーブズが暴れなければもっといい夜でした。危うく今目の前に並んでいる料理が全て台無しになるところでしたよ」

 

 そう言ってゴーストは肩を竦める。

 

「ですが、新入生の前でぐらいは本名で呼んで欲しいところですね」

 

「ほとんど首無しって、どういうこと?」

 

 私がゴースト、ほとんど首無しニックに聞くと、ほとんど首無しニックは左耳を無造作に掴み、引っ張った。

 

「ほら、この通り」

 

 ほとんど首無しニックの首がぱたりと横に倒れる。

 首は皮一枚で胴体と繋がっており、そこがほとんど首無しの所以なのだろう。

 

「このせいで私は首なし狩りクラブに入れませんし、首ポロにも出れません」

 

「自分で残り少しを切り取ったらいいんじゃない?」

 

 私が提案すると、ほとんど首無しニックは驚いたように後ずさった。

 

「可愛い顔して随分えぐいことを言いますね。ですが残念なことに、ゴーストはこれ以上怪我をすることも治ることもありません。なにせ、もう死んでいるのですから」

 

 ほとんど首無しニックは悲しそうに肩を竦めると、そのまま机の下へと消えていった。

 

「ホグワーツにいるゴーストの中では一二を争うぐらいにはニックはいいゴーストだよ。何か困ったことがあったら相談してみるといい。グリフィンドール寮に取り憑いているからよく会うと思うよ」

 

 ウッドは肉を詰め込む作業に戻りながらそう言う。

 私もフォークを握り直し、料理を口に運んだ。

 しばらく料理を楽しんでいると、不意に机の上から料理が綺麗さっぱり消え去る。

 まだ満足はしていなかったが、皆の満足そうな顔を見るに、もう歓迎会は終わりということだろう。

 料理が消えると同時に、ダンブルドアが立ち上がる。

 特にやることもないので、ダンブルドアの話を聞くことにした。

 

「皆、よく食べ、よく飲んだことじゃろう。新学期に入る前に少しお知らせがある。まず一つ。禁じられた森への立ち入りは、文字通り禁じられておる。二つ目に、管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で呪文を使わんでほしいという忠告があった。気を付けるように。また、とても痛い死に方をしたくない者は今年いっぱいは四階右側の廊下には入らんように」

 

 とても痛い死に方。

 あまりにも学校という場所には似つかない言葉だ。

 一体四階に何があるというのだろうか。

 

「冗談にしては笑えないわ」

 

「いや、多分冗談じゃない。でもおかしいな。立ち入り禁止の場所があるときは必ず理由を言うのに」

 

 ウッドが私の独り言に反応する。

 なんにしても、何がどう危険なのか調べておいた方がいいだろう。

 私は密かに決心すると、ダンブルドアの話に意識を戻した。

 

「では、寝る前に皆で校歌を歌おうぞ」

 

 ダンブルドアは杖を取り出すと、軽く振るう。

 すると金のリボンのようなものが杖から出て、空中に歌詞を作り上げた。

 

「ではみんな好きなメロディーで。……さん、はいっ!」

 

 全員が好き勝手に空中に表示された歌詞を歌い始める。

 私も有名な歌の替え歌のような感じで歌詞を歌い切った。

 

「あぁ、音楽は何にも勝る魔法じゃな。それでは諸君、よい夢を」

 

 ダンブルドアはそう言い残すと、大きくあくびをして大広間を出ていく。

 それを合図にしてロンのお兄さん、パーシーが声を張り上げた。

 

「一年生! 談話室に案内するから僕についてきて!」

 

 私はぞろぞろとパーシーについていく一年生の集団に合流する。

 その途中で眠そうなハリーと興奮冷めやらぬ様子のロンと合流した。

 

「サクヤもグリフィンドールなんだね。ちょっと意外だったかも」

 

「そうかしら」

 

 ロンは少し頬を掻きながら答える。

 

「レイブンクローに入ると思ってたよ。そんな雰囲気」

 

「組み分け帽子も結構悩んでいたみたいだけどね」

 

 私たちはパーシーの後に続いてホグワーツの廊下を歩く。

 しばらく歩いていると、パーシーは廊下の突き当りにある一つの肖像画の前で立ち止まった。

 肖像画の絵はまるで生きているように動いており、近づいてきたパーシーに気が付き軽く手を振る。

 

「合言葉は?」

 

 肖像画に描かれている太った婦人は、パーシーにそう聞く。

 

「カプート ドラコニス」

 

 パーシーがそう唱えると、肖像画は前に開く。

 その後ろの壁には丸い穴が開いていた。

 どうやら、そこがグリフィンドールの談話室の入り口らしい。

 一年生は順番に少し高い位置にある穴へとよじ登っていく。

 私は一人でなかなか登りきることが出来ないネビルのお尻をグイッと穴へと押し上げると、自分もよじ登った。

 穴を潜った先には円形の部屋が広がっていた。

 部屋には肘掛け付きの椅子が沢山並べられており、かなり居心地が良さそうだ。

 

「暖炉もついてるし、孤児院と比べたら居心地は良さそうね」

 

 孤児院では同部屋の少女が養子に取られて出ていったためしばらく一人部屋だったが、流石にここでも個室というわけにはいかないだろう。

 私は女子寮と書かれている扉を開け、螺旋階段を上る。

 部屋の構造を見るに、ここはホグワーツ城にある塔の一つのようだった。

 螺旋階段を取り囲むようにして、ドーナッツ型の部屋が階層状に並んでいる。

 どうやら女子寮は九階建てのようだ。

 私は自分の部屋を探して螺旋階段を上がっていく。

 どうやら一年生の部屋が一番上で、最高学年の部屋が一番下になっているようだった。

 私は螺旋階段を一番上まで上ると、部屋の扉を開ける。

 そこには真紅のカーテンがかかった天蓋付きのベッドが四つ並んでおり、そのうちの一つに私の荷物は置いてあった。

 

「あら、貴方も同じ部屋なのね」

 

 声がした方向を振り向くと、ホグワーツ特急でネビルのカエルを探していた少女、ハーマイオニー・グレンジャーが荷物の整理をしていた。

 

「ええ、これからよろしくね」

 

「……私はハーマイオニー・グレンジャー。ハーマイオニーでいいわ」

 

 そういえばまだ自己紹介をしていなかったか。

 私は今日一番の笑顔を作ると、ハーマイオニーに対し名前を名乗った。

 

「サクヤ。サクヤ・ホワイトよ」

 

「サクヤ……日本の神様みたいな名前ね」

 

 サクヤと聞いてすぐそれが出てくるあたり、この少女の知識量はかなりのものだ。

 

「孤児院の院長がつけてくれたものなの。日本の神様に木花咲耶姫っていう神様がいるらしくて、そこから名前を貰ったんですって」

 

「やっぱり! 絶対そうだと思ったわ」

 

 少々背伸びしているが、やはり年相応の十一歳。

 自分の予想が当たってハーマイオニーは大喜びだった。

 まあ、実のところ私の名付けに日本の神様はこれっぽっちも関係ないのだが。

 私はその後同じく同部屋のパーバディ・パチルとラベンダー・ブラウンとも挨拶を交わす。

 パーバディ・パチルは双子の妹がいるらしいが、妹の方はレイブンクローに組み分けされたらしい。

 

「離れ離れになって寂しいんじゃない?」

 

 私は少々冗談交じりにパーバディに聞く。

 だがパーバディはあっけらかんと答えた。

 

「顔も身長も声も一緒。寮まで一緒になったら全く区別できなくなるわよ? それに自分たちは違う人間なんだって証明されたみたいで少し嬉しいの」

 

 なるほど、そういう考え方もあるのか。

 一方ラベンダーはというと、可愛いもの好きのどこにでもいそうな女の子といった印象を受けた。

 ただし、根っからの魔法使いの家庭で育った、という枕詞がつくが。

 魔法界での流行り物は彼女に聞くのが早そうだ。

 私は挨拶を済ませるとベッド下の収納に多くない私物を押し込むと、お古の寝巻きを着てベッドに潜り込む。

 ハーマイオニーはまだ荷物の整理をしているようだ。

 横からガサゴソと物音がするが、うるさいのには慣れている。

 私は物音を気にすることなく眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 数時間後、私は静かに目を開けた。

 ベッドの中で辺りを軽く見回し、部屋の全員が寝静まっているのを確認すると、そのまま時間を止めた。

 私はゆっくりと起き上がり、大きく背伸びをする。

 寝巻きから動きやすい服に着替え、荷物からポーチを取り出し腰に巻く。

 そして螺旋階段を下り女子寮から談話室に移動した。

 

「さてと。四階の右側廊下だったかしら」

 

 私は談話室を横切り、肖像画を静かに押す。

 特殊な鍵が掛かっていたらどうしようかと思ったが、肖像画は軽い手応えとともにゆっくりと開いた。

 私は肖像画の中にいる太った婦人の時間が止まっていることを確認し、肖像画を開けたまま暗いホグワーツの廊下を歩く。

 

「流石に暗いわね」

 

 私はポーチから懐中電灯を取り出すと、ボタンを押して明かりをつける。

 あまり強い光ではないが、周囲を照らすには十分だった。

 私はそのまま階段を下り、四階まで移動する。

 大広間から談話室まで移動した際はあらゆるものが意思を持って動いていたが、時間の止まった世界では、全てのものが平等に動かなかった。

 

「さて、四階の右側……ここね」

 

 私は指紋が残らないように手袋をはめると、静かに扉を押す。

 扉はまったく動くことはなく、どうやら鍵が掛かっているようだった。

 まあ当然だ。

 私はポーチから細い金属の棒を取り出すと、鍵穴に差し込む。

 このレベルで古い建物ならウォード錠だろう。

 だとしたら簡単に開くはずだ。

 

「あらよっと」

 

 私は隙間から鍵を押し上げ、くるりと回す。

 カタンと音がして、鍵は簡単に開いた。

 

「さてさて、一体何があるのかしら」

 

 私は特に躊躇することなく扉を開ける。

 扉の奥は廊下となっており、その途中に今まで見たこともないような化け物が鎮座していた。

 

「これは……犬?」

 

 化け物はかなりの巨体だ。

 大きさからして普通の犬ではない。

 私は動物園には行ったことがなかったのでライオンを見たことはなかったが、確実にこの犬はライオンよりも大きいと断言できる。

 今は伏せているが、起き上がれば廊下の天井に頭がついてしまうのではないだろうか。

 それに、この化け物が化け物たる由縁は大きさだけではない。

 この犬のような化け物には頭が三つあった。

 

「頭が三つの犬……まるでケルベロスのようね」

 

 もしくは、本当にケルベロスなのか。

 私はケルベロスに近づき、三つある顔をよく観察する。

 正面にある頭は目を瞑り眠っているように見えたが、その両隣にある二つの頭は、目を開き、正面の扉を見つめていた。

 

「ん? 首輪をしているわね。……フラッフィー?」

 

 私はグイっと首輪に顔を寄せ、懐中電灯で照らし名前を読み取る。

 

「フラッフィーって見た目じゃないけど……首輪をしているということはここで飼われているのよね?」

 

 何かしらの理由でこの化け物のような犬を飼育しないといけなくなったため、四階の右側廊下は立ち入り禁止、そういうことだろう。

 

「いや、こんな狭い部屋で飼わなくてもいいでしょうに。見たところ敷地は広そうだし、外で飼いなさいよ」

 

 まあその辺も何かしらの理由があるのだろう。

 私は立ち入り禁止の理由に納得すると、扉を閉めて元通り鍵を閉める。

 そして来た道をまっすぐ戻り、肖像画の穴をよじ登って肖像画を閉めた。

 

「無駄足……でもないか」

 

 私は大きく伸びをすると、女子寮に続く螺旋階段を上って自室に入る。

 そして寝間着に着替えるとベッドに潜り込み時間停止を解除した。




設定・用語解説

組み分け困難者
 実際にハリー・ポッターの原作でもある設定。原作キャラではマクゴガナルやペティグリューが該当します。

女子寮の構造
 原作の描写を元に考察

懐中電灯
 昔からよくあるような白熱球を使うモデル。LEDはまだない。ホグワーツではマグルの機械は使えないはずだが……

四階廊下
 サクヤはフラッフィーに気を取られており、隠し扉には気が付いていない

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