P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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週一ってペース的には遅いんでしょうか。一作目の私は倍の文量を毎日投稿していたわけですけど、一体どういう魔法を使ったんですかね。逆転時計でも持っていたんでしょうか。


キングズ・クロス駅とホグワーツ特急と私

 ついにホグワーツへ向かう日がやってきた。

 私はいつも通りに皆で朝食を取り、身支度を済ませる。

 

「サクヤおねえちゃんもういっちゃうの?」

 

「向こうの学校でも元気でね」

 

 ちびっ子や自分より少し年上の子供たちは寂しそうな声で口々に私に声をかけてくる。

 孤児院内では私はスコットランドにある全寮制の学校に入学するということだけが広まっており、魔法学校へ入学するということは院長しか知らなかった。

 

「ええ、行ってくるわ。みんな元気でね」

 

 私は子供たちに手伝ってもらって院長の車に荷物を積み込むと、助手席に乗り込む。

 院長は車のエンジンを始動させ、アクセルを踏みこんだ。

 孤児院からキングズ・クロス駅まではそう遠くはない。

 なんなら歩いても一時間掛からないような距離だ。

 

「それにしても、サクヤが魔法使いだったとはな」

 

 今年で七十になろうかという院長は、ちらりと私の方を見る。

 

「私としてもびっくりです」

 

 私は姿勢を正して言った。

 

「これでも多くの子供たちを見てきたが、過去にもいたんだよ。魔力を持っている子がね」

 

 院長に意外な告白に、私は少し驚く。

 

「大体五十年ぐらい前だったかなぁ。とても優秀な子でね。ホグワーツを卒業したあとは音信不通になってしまったが……」

 

 私の前にも孤児院に魔法使いがいたというのは初耳だった。

 まあ、そんな突拍子もない話、普通はしないだろうが。

 

「彼はホグワーツに入る前から魔法を使うことができたようだったが、サクヤ、君はどうなんだい? 私は君が魔法を使っているところを見たことがないが」

 

 確かに、私は人前で時間を止める能力を使ったことはない。

 それ以外に何か力が使えるかといえば、そんなこともなかった。

 

「いえ、私は魔法を使ったことはありません」

 

「何か君の周囲で不思議なことが起こったことはないかい? 物が大きくなったり、小さくなったり。気が付いたら別の場所に移動していたり」

 

 院長は興味ありげに私に聞く。

 

「そういえば、あったような、なかったような」

 

 私は院長にはそう言ったが、実のところ時間停止以外で魔法らしい力を使ったことはなかった。

 しいて言えばダイアゴン横丁に買い物に行ったときにオリバンダーの店で杖から氷の結晶のようなものが出たのが最初だろうか。

 

「ちなみに、その昔いた魔法使いの名前は覚えていたりしますか?」

 

 私がそう聞くと、院長は何でもないことだと言わんばかりに答えた。

 

「トムという男の子だよ。珍しい名前でもない」

 

 確かに、トムならば今現在の孤児院にも同じ名前の子供がいる程度にはありふれた名前だ。

 その後も院長と他愛もない話をしているうちに車はキングズ・クロス駅へと到着した。

 院長は車のトランクから手押しカートへと荷物を積むのを手伝ってくれる。

 最後に大きな革製のスーツケースを載せると、院長は私の方を見た。

 

「きっと面白いことがある。楽しんでおいで」

 

「ありがとうございます」

 

 私は握手を交わしたのち、院長と別れる。

 あまり駅に来たことはなかったが、電車の乗り方ぐらいは一般常識として知っていた。

 私はハグリッドからもらった封筒を取り出すと、中の切符を確認する。

 

『ホグワーツ特急 ホグズミード行き 九と四分の三番線 十一時発』

 

 九と四分の三番線というはよくわからないが、何かの都合でそのような表記になっているだけだろう。

 私はそのままカートを押しながらプラットホームを歩いた。

 

「九番線と十番線が同じホームになっているから、必然的に九と四分の三番線はここよね?」

 

 私は九番線と十番線の共通プラットホームへと入っていく。

 すると、見覚えのある後ろ姿が見えてきた。

 

「そーれ、着いたぞ小僧。よくみろ、こっちが九番線、あっちが十番線。お前が行きたいプラットホームはその中間らしいが、どうやらまだできていないようだな?」

 

 その後ろ姿はハリーだった。

 その横には小太りの男性が立っており、嫌らしい笑みを浮かべている。

 

「精々新学期を楽しめよ」

 

 小太りの男性は大笑いしながらハリーを置いてプラットホームを出ていく。

 ハリーはどうしていいかわからないといった様子で頭を抱えていた。

 

「ハリー。どうしたの?」

 

 私はハリーの肩をポンと叩く。

 ハリーは大袈裟なほど飛び上がって振り向くと、私の顔を見て途端に笑顔になった。

 

「サクヤ! 君に会えてよかった!」

 

「口説き文句としては三点ね。さっきのが貴方のおじさん?」

 

 私は遠ざかっていく小太りの男性を見ながら言う。

 

「うん、一応。……そうだサクヤ、切符のことだけど」

 

 ハリーは私が持っているものと同じ切符をポケットから取り出した。

 

「九と四分の三番線ってどういう意味だと思う? この通り九番線と十番線しかないわけだけど……」

 

 ハリーは九番線と十番線を指さす。

 確かに九と四分の三番線なんて標記はどこにも見つからない。

 

「私もキングズ・クロス駅には詳しくないのだけど……彼らに聞くのはどうかしら」

 

 私は後ろから近づいてくる私たちと同じようなカートを押した集団を指さす。

 カートの上には大きなトランクや大鍋、中にはハリーのようにフクロウを連れている者もいる。

 どこからどう見ても魔法使いの集団だ。

 

「そうか。彼らについていけばホグワーツにたどり着ける」

 

 私とハリーは横を通り過ぎた集団の後ろについてプラットホームを進んでいく。

 しばらく進んだところで、魔法使いであろう集団は立ち止まった。

 

「ママ、私も行きたい」

 

 母親らしき恰幅の良い女性と手を繋いでいる少女が顔を見上げながらごねる。

 

「ジニー、貴方はまだ小さいから大人しくしててね。パーシー、先に行って」

 

 恰幅の良い女性がそう言うと、真面目そうな顔をした少年がプラットホームの真ん中に建てられている柱に向かってカートを押していく。

 そのまま激突するものかと思ったが、カートは柱をすり抜け、少年は柱の中に消えていった。

 

「フレッド、次は貴方よ」

 

「僕フレッドじゃなくてジョージだよママ。まったく、本当に僕らの母親かい?」

 

 双子と思わしき少年が、恰幅の良い女性に文句を言う。

 

「あら、ごめんなさいねジョージちゃん」

 

「冗談だよ。僕がフレッドさ」

 

 フレッドは言うが早いか逃げるように柱の中に消えていった。

 その後を追うようにジョージが柱の中へと消えていく。

 

「まったく、なんて息子なのかしら」

 

 恰幅の良い女性は少し眉をひそめたが、怒ってはいないようだった。

 私は恐る恐る恰幅の良い女性に話しかける。

 

「あの、すみません」

 

「あら、貴方たちも今年からホグワーツ? うちのロンもそうなのよ」

 

 恰幅の良い女性は最後に残っていた少年の肩を抱く。

 最後に残った少年はハリーや私より少し背が高く、赤毛でそばかすだらけだった。

 

「それで、九と四分の三番線には、どのようにしていけば……」

 

 ハリーが聞くと、恰幅の良い女性は微笑みながら言った。

 

「心配しなくていいわ。あの柱に向かって歩いていけばいいの。怖かったら少し走るといいわよ。さあロン、お手本を見せてあげて」

 

 ロンと呼ばれた少年は少し表情を固くすると、覚悟を決めて柱へと走っていく。

 そしてそのまま柱の中へと消えていった。

 

「ね? 簡単でしょう? 心配いらないわ」

 

 ハリーと私は顔を見合わせる。

 どちらが先に行くか、ハリーの目はそれを訴えていた。

 

「れ、レディーファーストというわけにはいかないかい?」

 

「貴方がそれでいいなら別にいいけど……」

 

 腰が引けているハリーを置いて、私は柱へとカートを押していく。

 そしてそのまま柱を突き抜け、紅の蒸気機関車が止まっているプラットホームへと出た。

 私は周囲を見回して九と四分の三番線という文字を確認する。

 どうやら無事に目的のプラットホームへとたどり着けたようだ。

 

「凄い、機関車だ!」

 

 後ろからついてきたのであろうハリーが機関車を見て目を輝かせている。

 

「ハリー、私も人生で一二を争うほど感動はしてるんだけど、早く汽車に乗り込んだ方がよさそうよ。じゃないとホグワーツまでトランクの上に座っていくことになるわ」

 

 私は停まっている汽車の窓を指さす。

 既に先頭から三両ほどは生徒でいっぱいだ。

 その後ろの客室が埋まるのも時間の問題だろう。

 

「それが良さそうだね」

 

 私とハリーは開いている客室を探してプラットホームを歩き始める。

 もうかなりの客室が生徒で埋まっており、空いている客室を見つけるころには最後尾の車両まで来ていた。

 私とハリーは二人掛かりで荷物を客室に引っ張り上げる。

 特にハリーの荷物は大きなトランクにぎゅうぎゅうに詰まっていたため、凄まじい重さになっていた。

 

「何入れたらこんな重さになるのよ……鉛?」

 

「僕も君みたいに荷物を分けて来ればよかったかも」

 

 二人して息を切らせながらコンパートメントの椅子に座り込む。

 窓の外では先ほどの親子が別れを惜しんでいた。

 

「なんだか実感がわかないよ」

 

 ハリーは窓の外を眺めながら呟く。

 まあ、それに関しては同意見だ。

 あのフクロウが窓に突っ込んできてから、私の人生はレールから外れた。

 いや、あのマクゴナガルの口ぶりからして、外れてはいないのだろう。

 ただ自らが進んでいるレールを知らなかっただけ。

 

「まあでも、今までの生活よりかはマシなんじゃない?」

 

「確かに」

 

 けたたましい汽笛とともに、汽車が少しずつ動き出す。

 次第に汽車は速度を増していき、窓から見える駅のホームがぷっつりと途切れた。

 

「ここ、あいてる?」

 

 不意にコンパートメントの扉が開く。

 そこに立っていたのは先ほど駅のホームにいたロンと呼ばれていた少年だった。

 

「ええどうぞ」

 

 私が向かい側の席を指さすと少年は遠慮がちに腰かける。

 少年の鼻の頭が少し汚れていたのが気になったが、自己紹介の前に指摘するようなことでもないだろう。

 

「僕、ロナルド・ウィーズリー。家族はみんなロンって呼んでるから君たちもそう呼んでよ」

 

「私の名前はサクヤよ。よろしくねロン」

 

「僕はハリー。ハリー・ポッター」

 

 ハリーが名前を出すと、ロンは目を大きく見開く。

 

「じゃ、じゃあ君がその……本当かい? それじゃあ、本当にあるの? ほら……」

 

 そういってロンはハリーの額を指さす。

 額に何があるというんだと思ったが、ハリーが髪の毛を持ち上げるとそこには稲妻型の傷跡があった。

 

「痛々しい傷ね……シャワールームで転んだの?」

 

 私は冗談めかして言う。

 だがロンはそんな私の冗談が聞こえていないのか、ハリーの傷を見てぽかーんと口を開けていた。

 

「それじゃ、これが例のあの人につけられたっていう……」

 

「うん。でもなんにも覚えていないんだ」

 

「なんにも?」

 

 ロンは興奮気味にハリーに聞く。

 

「そうだな……緑の光がいっぱいだったのはなんとなく覚えてるけど、それだけだよ」

 

「うわーっ!」

 

 ロンはしばらく呆然とハリーを見つめていたが、私が咳払いをするとハッと我に返った。

 

「君の家族はみんな魔法使いなの?」

 

 今度はハリーがロンに聞く。

 ハリーからしたら魔法使いの家族というのは興味をそそられる対象らしい。

 

「うん、多分。近い親戚はみんな魔法使いだよ」

 

 純粋な魔法使いの家系。

 マルフォイの基準から言ったら優秀な魔法使いの家系ということだろう。

 

「そっか、なら君はもういっぱい魔法を知ってるんだろうな」

 

 ハリーが少し羨ましそうに言う。

 

「ま、まあね」

 

 ロンはそう言うが、私はロンが少し目を泳がせたのを見逃さなかった。

 

「ホグワーツに入学するのは僕で六人目なんだ。上の兄弟たちはみんな優秀だから期待に沿えるかどうか……ビルとチャーリー、長男と次男はもう卒業したんだけど、ビルは主席だったし、チャーリーはクィディッチのキャプテンだった。それで今年はパーシーが監督生だ。双子のフレッドジョージはおちゃらけているけど成績はいいみたいだし……」

 

 ロンは恥ずかしそうに頬を掻く。

 なんやかんやいって優秀な家族を持って誇らしくはあるらしい。

 

「だから何か凄いことをしたとしても、兄弟と同じで別に凄いことじゃなくなっちゃう。それに上に五人もいるから新しいものは何も買ってもらえないんだ」

 

 そう言ってロンは着ている服の裾を引っ張った。

 

「服はビルのお古だし、杖はチャーリーのだし、ペットはパーシーのお古だ。パーシーは監督生になったお祝いにフクロウを買ってもらったんだ」

 

 ロンはポケットから太ったネズミを取り出す。

 ネズミはロンに掴まれてもぐっすりと寝ており、起きる様子はなかった。

 

「あら、このネズミ怪我してない?」

 

 私はロンのネズミの指を触る。

 

「え? あ、本当だ。指が欠けてる。このありさまだよ」

 

 ロンも今気が付いたらしく、大きくため息をついた。

 

「スキャバーズって名前なんだけど、寝てばかりで役立たずなんだ。僕に新しいものを買ってくれる余裕はうちには……」

 

 そこまで話してロンは恥ずかしそうに口を噤む。

 

「あら、貧乏自慢なら負けないわよ」

 

 私は着ているTシャツの胸元を少し引っ張る。

 

「このTシャツなんて私の前に十人は着てるわ。靴の底だってすり減りすぎて溝がなくなってるもの」

 

 私は靴を脱いでひっくり返す。

 私の予想に反して、靴底がなくなっているどころかつま先に穴が開いていた。

 

「えっと、君のうちも大家族なのかい?」

 

「ある意味ね」

 

 私はそう言っていたずらっぽく微笑む。

 ハリーはなんて言っていいかわからないといった顔をしていたが、おずおずとロンに言った。

 

「サクヤの家は孤児院なんだ」

 

「……なんかゴメン」

 

「よかろう」

 

 ロンは顔を赤くして謝る。

 私は何故謝られたのか分からなかったが、取り敢えず許しておくことにした。

 その瞬間、コンパートメントの扉がコンコンと叩かれる。

 私が扉を開けると、そこには車内販売であろうおばさんがお菓子が山盛りに積まれた台車を押して立っていた。

 

「何か買うかい? ホグワーツに着くころには夜になっているからお昼を持ってきてなかったら買っとくといいよ」

 

 おばさんはニコニコと私たちに笑いかける。

 私はハリーとロンに目配せした。

 

「僕はサンドイッチ持たされてるから」

 

 そう言ってロンは口ごもる。

 私は小袋からガリオン金貨を二枚つまむと、車内販売のおばさんに渡した。

 

「よくわからないからこれで買えるだけください」

 

 車内販売のおばさんは金貨を受け取ると、色々なお菓子を山のように私に渡してくる。

 ある程度のお菓子の物価を調べようと思って渡したガリオン金貨だったが、私の予想以上に魔法界のお菓子の値段は安いようだった。

 

「君さっきの貧乏自慢はなんだったのさ!」

 

 ロンは少し強い口調で私に文句を言ってくる。

 

「どうも私の就学資金はマーリン基金というところが出してくれるみたい。基本的には学用品を買うためのお金だけど、多少なら嗜好品に使ってもいいって」

 

「ガリオン金貨二枚って多少かい? くっそー、なんかズルいぞ。マーリンのひげ!」

 

「まあまあ、みんなで食べましょ? どうせ私のお金ではないんだし」

 

 私は帳簿に日付を分けながらお菓子の名前と値段を書いていく。

 ロンは遠慮なしと言わんばかりに早速お菓子に手を付け始めた。




設定や用語解説

院長
 長いことウール孤児院で勤務している男性

九と四分の三番線
 現実のキングズ・クロス駅にも半分壁に埋まったカートのモニュメントがあったりします

ホグワーツ特急
 ホグワーツへ確実に生徒を移動させるためにマグルの汽車を改造して作られたもの。これができる以前はホグワーツへ無事たどり着く生徒が半分もいなかった。

ハリーの額の傷
 赤子の頃ヴォルデモートを撃退したときについた傷

ガリオン金貨二枚で買えるお菓子の量
 ハリーが原作で支払ったのが十一シックル七クヌートなので、二倍以上

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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