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理想を求めるには資源確保が先

どうも、公認心理師の勉強がすっかり滞ってしまった、創作&社会問題提唱&シニアファッション研究(仮)の一人サークル、ひいらぎ社の鈴木です。なんかワクチン接種の副反応が後を引いていて体調がぼんやりなので、今日はぼんやりしたまま思い出したことを書きます。自由ですね。というか試験まであと約一か月半なんですがね。

主な内容はタイトル通りなので、忙しい方はタイトルだけ読んで「ふーんわかった」と思いながら会社や学校へ行ったり、家事や勉強を始めたり、ごろ寝からのゲーム課金などをしてもかまいません。もしくは太字部分だけお読みください。ここから先は(いつものことですが)私の個人的な経験から導き出された考えになります。ひとまず先に結論から書きましょう。

  • その理想や夢や目標は現状に即しているか?

  • 現状をよく見て、精神論以外で足りないモノは何か?

  • 足りないモノを補えるツールやツテはあるか、手に入るか?

  • 「どうやって」それを手に入れるか、そのための資金や資源はあるか?

  • それらがないor手に入らないならどうやって理想を叶える気なのか?

  • その夢や理想や目標はスモールステップ化できないのか?

  • そもそも夢や理想や目標を達成するのに無駄なことをしていないか?

タイトルの「理想を求めるなら資源確保が先」。こう感じたのは、今朝某動画でかつて自分が勤めていた施設の系列会社で起きた不祥事を漫画にしたものを見てからです。私にもプライバシーというものがあるので詳しくは言えませんが、不祥事自体は全国的なニュースにもなったので、特に同業者などは「もしかしてあそこ……」と思う方もいらっしゃるでしょう。公開された漫画は、先述した系列会社の施設で働く介護職員を主人公にしたものでした。規約のあるサイトでの公開漫画なので多少表現を変更されたり事実とは違う部分もありますが、そこでは現場の忙しさを「分刻みのスケジュール」と表現していました。そしてそこだけは事件に直接関わっていない私も体験した事実です。

ところでこの介護施設における「分刻みのスケジュール」、なんかおかしくないですか?一般的な施設は人不足ゆえ時間に追われることはあっても、人間を相手にしている以上は分単位でのスケジュール管理なんて限りなく無理です。そもそも基本的に介護の仕事は「時間管理」以上に「優先順位」が大事。なのでそんな機械的なことは大体どこの施設も、ざっくりとしたスケジュールはあれどやってないはずです。全介助の方のおむつ交換や体位交換、服薬などの規則的な処置が必要なものは別として。

例えばトイレ誘導、想像してみてください。時間だから今から3分でトイレ行こう!とか言われて納得できますか?「出ねえよ!」ってなるのが普通だと思います。まあそうなると「行きたくなったら呼んでくださいね」ってナースコール渡すのがありがちな対応かと思いますが、そうすると件の利用者さんがいつコールを鳴らしてくるかわかりません。そんな時、一般的な施設なら手の空いている職員や近くにいる職員、または誰か行ける職員に応援を頼んで対処することになるでしょう。つまり、周囲にヘルプを求めることで利用者さんの「行きたいときにトイレに行く」というごく当たり前の生活を少しでも支えているのです。

これが、先の「分刻みのスケジュール」に追われている状況ならどうでしょう。それも各職員は自分にその日割り当てられた、現場を見ていない管理職が作った各自のスケジュール表の通りに動かなくてはならないのです。これでは利用者さんが何度コールを鳴らしても、職員はそれぞれの分刻み業務を時間通りにこなすのに精一杯で、誰も対応できない……という事態が発生します。
そうなれば利用者さんは「ごく当たり前の生活」ができないばかりか、コールを鳴らしても誰も来ないなら、排泄という人間にとっての当たり前のことがかなわない不安、そしてそれが積み重なることによって尊厳が失われてゆく……といった事態に発展しかねません。
それでもスケジュールをやりくりしてできるだけ対応しなければなりません。そうなると時間に追われるイライラやストレスがたまり、また他の職員もスケジュールがあるので助けを呼べず、すべて一人で対応しなければならなくなってしまいます。そのため利用者さんと丁寧に向き合うことが難しくなるのにこの施設、理念が「その人らしい生活」みたいな感じでした。利用者さんそれぞれに希望を聞いてご本人が行きたいところに行く外出レクや、通常業務でも件の分刻みスケジュールに「散歩」「買い物」「おやつ」「レクリエーション」などが含まれ、さらに食事は「その人の尊厳を守るため」という名目でメラミン食器はNGですべて陶器やガラス製でした。当然物をつかむ力の弱い方や、認知症などで食器を投げる癖のある方などもいらっしゃるので毎日のように割れ物がでます。食器を落としたショックで「もう食べない」と仰った方も。尊厳とは一体なんでしょうね。

そんな感じで入職4年目にして同僚に「目が死んでる」と言われ、些細なことでもイライラが隠せなくなり、不眠に悪夢が続いたり夜勤入りの朝に激安ワインを浴びるようになって、精神的におかしくなり限界を感じて辞めたその施設。ただ、施設自体は理念と研修制度と給料と利用者さんへのサービスは、先述のように立派だったんです。何も知らなければ「ここで働きたい」と思う志の高い介護職の方は多いんじゃないかと思います。ちなみに地方ですが夜勤手当や資格手当など含まれているものの、月の手取りがおおむね20万は超えてました。多い時は25万くらい。ほんとお金だけは良かったんですよね……

というわけで長々と思い出話というか当時言えなかった愚痴になってしまいましたが、再度何が言いたいかというと、御大層な理想を掲げて実践するつもりなら資源を用意しろ!つまりヒト・モノ・カネに、その場の現状に即した効率化やツールの導入、するべきところにする投資!現場を見ずに「工場みたく作業をライン化すれば効率いい!」的な考えを介護現場に導入しながら外出レクを……なんて頭が悪すぎます。全く何だったんだあの施設。

ほんとインパール作戦的なことをやらせる、やるのは何の得にもならないどころが損失しか出ないのでやめておきましょうね。おかげさまで私も立派な手帳持ちになりました(今はまあまあ元気ですが)。



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座右の銘は「夢に人が絡むと儚くなる」(by岡田あーみん)、使命は社会福祉学、相対性貧困の観点から母原病をはじめとする「母親責任論」の罪を暴くことです。
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