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第1章 双星と聖剣魔術学園〜入学編〜
13話(1) お兄ちゃん 〜とある女子寮の一日(1)〜

「ねえねえ、シトラちゃんってどうしてアザミさんのことを”お兄ちゃん”って呼ばないの?」


「えっ……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」


 どうしてこのような展開になったのか。物語はシトラがアザミと別れたころに遡る。


* * * *


 シトラ・ミラヴァードは男子寮へと歩いていく兄アザミの後ろ姿をじっと見つめていた。


(あー、振り返ってくれないのですね......って、何を考えているんですか!? 私、、これではまるでブラコンではないですかっ!)


 笑顔で別れたはずなのにどこか寂しいと思っている自分が居た―――それに気が付きブンブンと首を横に振った。ふと我に返ると、自分のやっていることの恥ずかしさを認識して思わず顔が赤くなる。


「……それにしても、“寮”ですか、、」


 馴染みのある”寮”という言葉に、シトラはふと300年前のことを思い出していた。


 とある勇者を育成する施設の寮に住んでいた300年前、シトラは幼い頃からの付き合いだった女の子と再びルームメイトになった。いつもどおり毎朝二人で鍛錬して、一緒に講義を受け、夜遅くまで他愛のない話をする。それが幼い頃から繰り返していたシトラの日課だった。なのに、


「……こうして300年後でも寮に入るなんて、運命の皮肉を感じますね。……もしあのような事がなければ、私にとって寮もいい思い出だったのですが……。ねえ、ミーシャ―――」


 昔のことを思い出していたシトラは、ふとにじんでいる自分の瞳に気づいた。あれっ、と珍しいものに戸惑いながら、グイッと制服の袖で涙を拭う。


(……どうしたのでしょうね。私、この時代に来てから自分の弱さに気付かされてばかりです、、)


 自分が寂しいという感情を持っている―――なんて、シトラにとって生まれてはじめてのことだった。幼少期から勇者になるための施設に預けられ、転生先では魔王でありながらも兄であるアザミとずっと一緒に過ごしてきたシトラにとって、“知らない誰かと同じ部屋で寝る”、などはじめてのことだった。本人は気づいていないが、実はとっても寂しがり屋だったのだ。ただ、そのような弱さを見せてこなかっただけ。強がってきただけ。


 そこでようやくシトラは自分の状況に気がついた。アザミを見送って随分経った気がする。それなのにずっと寮の外で一人で立ち、涙を流しているなんて明らかに不審者ですね、と。キョロキョロと心配そうに周りを見渡したが、どうやら誰も見ている人は居なかったようだ。ひとまずホッと安堵し、シトラはようやく覚悟を決めて女子寮の方へと向かった。


「……ありがとうございます」


 入ってみれば簡単なことだった。まずは寮の管理人室で鍵を受け取る。その鍵に刻まれた部屋番号は偶然にも302。アザミと同じ部屋番号だった。鍵の示す通り三階へと登り、シトラは自分がこれから三年間過ごす部屋の前へと辿り着いた。


(落ち着くのです勇者シトラス。……これは戦いです。そう思いなさい。これから衣食住をともにするパートナーなのですから……最初が肝心、ですねっ!)


 戦う前の心構えで挑むほどのことではない気がするが、元勇者の前世という特殊なものを持っているシトラにとっては大一番だった。部屋の前でスーハーと深呼吸をして気持ちを整えると、


「―――よしっ!」


 鍵を差し込み、バッと手を伸ばして銀色のドアノブを握ると、一思いにガチャッと回した。解錠されたノブはクルリと回り、木製の扉がギギッと開く。


「こんばんは。私は今日から同じ部屋になったシトラ――」


 まずは自己紹介を、と一歩踏み込んだ所でシトラは見た。部屋の中にいた女の子を。……お風呂上がりなのだろう。モワモワと熱気漂う室内でベッドに座り込んでフフフンと上機嫌に髪を拭いている......裸の女の子を。


「――ミラヴァードです」


「きっ、、きゃぁぁぁ!?」


 その少女はとりあえず自己紹介を最後まで貫き通したシトラに気がつくと、恥ずかしそうに慌ててタオルで前を隠した。だが、シトラはその反応に悪びれもキョドることもなく、ガチャンと落ち着いてドアを閉めるとむしろ普通のことかのようにズカズカと少女の元へと歩みを進めた。


「……なぜ恥ずかしがるのです? その体つきから見るにあなたは女性です。そして、私も。何も問題はないように思えますが......」


 もじもじと恥ずかしがる少女の様子に不思議そうに小首をかしげ、シトラはバスタオル越しの体つきと先程の記憶とを照合していた。300年前は油断の許されない戦場に立っていたため、瞬発的な記憶力には優れている。その記憶によると......


「じーー。……なるほど、スタイルは良いですが……胸は寂しいのですね。……かわいそうに、、」


「なっ!? ちょっと、勝手に人の裸を分析しないでよ!!」


「―――ほう、どうやら私の勝ちのようですね」


「な、なんの勝負ぅ!? ……あと、あなただって大きいわけじゃ無―――」


「―――Cはあります。……でも安心してください。貧乳にも需要はありますから」


 謎の自信でドヤ顔を浮かべながら、シトラはグッとサムズアップする。なお、シトラは戦場の様子や敵の状態など、“周りの分析”は得意だが、“自分自身の分析”は不得手だったりする。……なので、勝ちなのかは......想像におまかせしよう。


「そっ、そんな需要いらないよぅ!」


 少女の中に溜まっていた羞恥心をすべてぶつけるかのように、ボフッとシトラの顔面になかなかの速さで枕が飛んできた。


* * * * *


「……エイド・ロッツォです。よ、よろしくね、、」


 シトラのルームメイトになった、小柄でツインテールの少女は未だ顔を赤くしながらそう名乗った。綺麗なエメラルドグリーンの髪に、同色で宝石のような瞳。それに低身長であることとツインテールもあってか、幼い印象を感じられる。エイドは正真正銘シトラと同い年なのだが、やはり実年齢よりもかなり下に見える。


「……ロッツォ、、なるほど、そうですか。よろしくおねがいします、エイド……さん?」


「ううん、私のことはエイドでいいよ。“さん”、なんて他人行儀でしょ? シトラちゃん」


 先程はガツガツ踏み込んできたくせに、落ち着いたらスッと身を引くシトラの距離感にエイドが屈託のない笑顔を見せた。


「じゃあ、私のこともシトラで―――」


「いやいや、それはなんか恐れ多いよ。……私なんかがそんな、、」


 自分も名前で呼んでください、というシトラの言葉にエイドは顔の前でブンブンと手を振った。そこまで拒否しなくても……という勢いで。エイドは自己評価が低く、自分のような小物が“初日から生徒指導”という不名誉な称号は付いてきたものの選抜科を倒すなんて快挙を成し遂げたシトラを呼び捨てにするなんて―――と本気で恐れていた。シトラは納得はしていなかったものの、そこまで言われたら強制も出来ない。


「……そうですか? ……まあ、別にエイドの呼びやすいように呼んでくれたら良いのですけど」


 そこからしばしの沈黙が流れた。どうやらお互い喋るのは苦手なタイプのようだ。なにかきっかけがあれば喋れるが、そのきっかけを作れないタイプだ。だが、これから三年間同じ部屋で過ごすのにそれでは幸先不安でしかない。エイドは震える手をギュッと握り、勇気を出してシトラに声をかけた。


「―――あのっ! ……私、シトラちゃんと同じクラスなんだけど、、知ってくれてた?」


「ええ、もちろんです。席は私の右斜め後ろでしたよね?」


「わぁ、覚えていて......うんっ! そ、それでね―――」


 返事が返ってきた嬉しさと、覚えてくれていたという嬉しさとでエイドはパァッとその顔を明るくした。しかし同時に、何かを思い出したようにすぐに俯いて表情を曇らせる。


「……エイド? どうかしたのですか?」


「……ごっ、ごめんなさい! ううん、今日のことをどうしても謝っておきたくてっ、、、」


 突然、エイドがバッと頭を下げた。だが、今日のことを謝りたいと言われてもシトラには一切の心当たりがなかった。話すのも初めてだし、教室でもチラッと見た程度で別にアイコンタクトを取ったわけでもない。エイドの言う“今日のこと”が何を指していることなのか分からず、ただただシトラは困惑していた。


「……えっと、、なんの話ですか? 私はエイドと今、初めて話したと思うのですが、、、」


「ひゃあっ!? あっ、いや......私じゃなくてグリム……ほら、赤髪の。あの子、悪い子じゃないんだけど、ちょっと喧嘩っ早いところがあるの。だから、今日も危うくシトラちゃんに怪我させるところで......」


「赤い髪......ああ、あの少年ですか。別に大したことないですよ。アザミもいましたし」


 エイドの口ぶりからホワンホワンとその脳裏に教室でのことを思い出し、シトラは気にしないでと微笑んだ。本気で気にしていなかったし、なんなら今の今まで記憶から消していたぐらいだった。そんな平然とした反応を見せたシトラを、エイドは不思議そうにジーッと見つめていた。


「アザミさん、か。……でも、本当に兄妹仲いいよね。双子、なんでしょ?」


「ええ、そうです。アザミが兄で私が妹です。でも、そう見えるのですか? 私はそこまで仲が良いとは思っていないのですが……」


 不思議です、と首を傾げて微笑を浮かべたシトラのその言葉に、エイドは「えぇっ!?」と、驚愕した表情でグイッと詰め寄った。


「―――えっ!? いや、それ本気で言ってるの......? だってさっきのセリフって『お兄ちゃんが守ってくれるから大丈夫だよ♡』ってこと......だよね?」


 真剣な表情で恥ずかしい自分を捏造され、「ブゥーッ!?」とシトラは吹き出した。一切の自覚がなく、アザミも特に触れてきていなかったため普通の距離感だと思っていたが、それが周りからはこう見られていたのだという客観的事実にただただ赤面する。


「そ、そ、そそそんなつもりは全く無くて……私、ただあのような厄介事はアザミに任せているというだけで……!!」


 仲がいいなんて有り得ない、とシトラはブンブンと慌てて否定した。確かに協力して居場所を守りましょう、とは誓ったが、決して語尾にハートマークが着くような距離感をとった覚えはなかった。

 激しく否定するシトラにそれ以上追求しても同じだと思ったのか、エイドは「そう言えば......」と話題をチェンジした。


「そうだ! あの、今日ずっと気になってたんだけど......、シトラちゃんってどうしてアザミさんのことを“お兄ちゃん”って呼ばないの―――?」


「えっ……ええぇぇぇぇぇぇェェェェ!?!?」

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